50話 三度あることは　作：名無しのゴーレム

「ふひぃ～、疲れた～。」
「…ふぅ。すごい数の客だったな。いつもあんななのか？」
「まあね。…凉花ちゃん、大丈夫？」
「…すみません、足を引っ張り続けてしまって…」
「「「……」」」

気にするな、そう言いたいのは山々だが、さすがにその言葉を口に出すのも憚られるほど、凉花の行動には驚かされた。

「…まさか、『お冷や』が水のことだって知らなかったなんて…」
「生姜焼き定食を注文して生姜しか来なかった時のお客さんの顔、今も忘れられないな…」
「……私の考えていた常識が皆の常識じゃないってこと、今日で思い知ったわ…」
「3人して、止めてくださいよぉ…」

凉花の目に涙が溜まる。責めすぎたか…

「…ところでさ、あなたたちがどこから、どうしてこんなところに来たのか、そろそろ教えてもらってもいいかな？」
「あー、それはな…」
「私たちは舞網市から…ぐむっ！」
「なんでもない。忘れてくれ…」
「…私たちは、人探しをしています。」
「…人探し？ 誰を探してるの？」
「それは…この子です。」

そう言って、凉花は懐から1枚の写真を取り出した。それには凉花と美愛が笑顔で写っていた。


「……え？ ちょっと待って…いや、まさか…」
「どうかしたか、風音？」
「…私、この子のこと知ってるかも…」
「本当ですか！？」
「どこにいるの！？」

凉花と京子がほぼ同時に声を上げた。それに風音も戸惑ってしまっているようだ。

「う、うーん…かなり前のことだからちょっと自信がないけど…写真があるから、持ってくるね。」

風音は家の方へと走っていく。しばらくして、こちらへと戻ってきた。

「…ねぇ、あなたたちが探してるのって、この子だよね？」

風音が俺たちに見せた写真、そこには…


「美愛だ！」
「望です！」

…間違いない。これは美愛だ。…いや、それよりも…

「…なぁ、じゃあこっちに写ってるのは？」

その写真には、美愛、風音、そして少年と少女が写っていた。しかし、この少年…

（あまりにも遊矢君に似すぎている…それに隣の女の子は…）

「ユーゴのこと知ってるの？」
「…何？ 融合？」
「いや、ユーゴよ。…3人とも、気づけば居なくなってたんだよね…」
「…？ それはどういう意味ですか？」
「…実はね、私が彼女…風子（ふうこ）と出会ったのはだいぶん前の話でね…あ、風子というのは私が付けた名前だけどね。あの子、自分の名前も覚えていなかったから…」

…それじゃあ、まるで…

「そ、そんな…」
「…やっぱり、そうなんですか。」
「…どういうこと？」
「なんでもない、続けてくれ。」
「うん。風子はしばらく私の家に居たんだけど、突然私の前から姿を消しちゃったの。…本当、どこに行っちゃったんだろう…」



俺たちは風音にすべてを話した。次元云々の話をするのは躊躇われたが、風音も当事者だという京子の意見により、そこまで踏みいった話をするに至った。




「……さすがに、突然次元なんて言われても、全然ピンと来ないわね。」
「それでも、これは事実です。彼女は幾つもの次元を渡り歩き、私たちの元へとやって来ているんです。」
「…そう。それで、あなたたちは風子を探しにこの次元まで来た、と？」
「うん。信じてもらえないかも知れないけど…」
「分かった、信じるわ。」
「…え？」
「何よその顔。…まあ、全部鵜呑みにするのは難しいけど、あなたたちが嘘を吐くようには見えないしね。それに、あなたたちに協力したら風子にもう一度会えるんでしょう？ なら、協力は惜しまないわ。」
「…ありがとうございます！」
「お礼なんて要らないわよ。私の為でもあるんだから。」


昼過ぎになり、京子が外に出てみないかと提案してきた。凉花はそれに賛成したが、俺は正直朝のこともあって反対だった。しかし、風音が…

「明るいうちは大丈夫よ。何かあったら私の名前を出したらいいから。」

そんな風に言うので、反対する理由が無くなってしまった。結局、2人は外へと出掛けていった。


「ところで、聞いておきたいことがあるんだが…」
「？ 何かあった？」
「いや、さっき言ってたユーゴについて、聞かせてもらってもいいか？」

彼は、どう見ても遊矢君そっくりだった。彼らの間に何かあるかを知るためにも、まずは風音から話を聞いてみようと思っての頼みだった。

「いいわよ。といっても、一言で言ってしまえばただの客と店員の関係なんだけどね。」
「そうなのか？ そのわりには、かなり親しそうに見えたんだが。」
「まあね。そのころ、ユーゴ君とリンちゃん――あ、さっきの写真の女の子ね。2人は自分たちのD-ホイールを作るために、ここでアルバイトしてたの。それを辞めてからは、たまにうちに食べに来るぐらいだったから…」
「…なあ、ユーゴには兄弟が居たりしないか？」
「え？ それはないと思うけど。だってユーゴ君とリンちゃん、孤児院に住んでて親の顔も知らないって言ってたわよ？」
「そうか…ありがとう。」
「どういたしまして。…こっちも、今日はありがとうね。お陰でかなり楽だったわ。」
「…いつも、従業員はいないのか？」
「残念だけど、雇うお金が無いの。ほとんど利益も出てないしね。」
「…？ どうしてそこまで値段を切り詰めてるんだよ。もう少し上げたら儲けだって…」
「強志の言う通りよ。でもね、これはお母さんの方針なの。私たちはお金を欲しいんじゃない、皆の笑顔が欲しい、ってね。」
「…いいお母さんだな。」
「…まあ、だから頑張れてるんだけどね。」

ところでさ、と風音が一度間を置いた。

「風子――今は美愛なんだっけ――探しの目処は立ってないんだよね？」
「ああ、どうしたものか…」

…凉花も、ここは融合次元ではないだろうと判断した。そうなると、俺たちの方針は一から崩れるが…

「…私に、1つ提案があるんだ。」
「…なんだ？」
「…夜に実行するからさ。２人にも後で話しておいてくれない？」
「だから、何をするつもりだ？」
「ああ、それはね…」



夜になり、再び食堂は満員になった。俺たちは昼のように手伝いに入る。今度は凉花も素っ頓狂な行動に出ることもなかった。時間も経ち、こちらの方も手が空いてきた。そろそろか…


「……さて、皆！！ 今日はお願いがあるの！！」

突然の風音の声に、客も食事の手を止める。

「覚えてるかな？ 何年か前に、うちに風音って子がアルバイトしてたよね！」

客の数人がざわめいている。どうやら心当たりが有るようだ。

「あの子、突然居なくなっちゃったんだけどさ、最近近くに居るかもしれないって話があったの！ だから、皆も探してくれないかな！」

「おう！ お嬢の頼みなら喜んで！」
「久しぶりに風子ちゃんにも会いてぇしな！ 俺らならいくらでも協力するぜ！」

比較的高齢のお客たちが真っ先に声を上げた。…『お嬢』？

「…皆、ありがとう！」

…しかし、若い客たちはそうではないようだ…

「お嬢、俺たちにお願いがあるってんなら…」
「はいはい、分かってるよ。皆、私のデュエルが見たいんでしょ！」

風音の一言に、店中が沸き立った。なんだなんだ…？

「さあ、デュエルの相手はどうする？」

「…おい、どうする…？」
「お前が行けよ。」
「無理だって！ 俺じゃ瞬殺されちまう！」
「……」
「……」

おいおい、黙り込んじまったぞ。

「はぁ、皆して…でも安心して！ 対戦相手は決まってるから！」

「誰だ…？」
「お嬢を相手にして戦える奴なんているのか？」

「相手は……今皆の注文を聞いていた、凉花ちゃん！」

「……え？」
「……おいおい、大丈夫なのかよ…」

心配を他所に、凉花はゆっくりと風音のところまで歩いていく。いつの間にか、腕にはデュエルディスクを着けていた。

「はい、この子が私の対戦相手の凉花ちゃんで～す！」
「…よ、よろひくお願いします！」

…今、噛んだな。

「舐めちゃいけないよ！ こう見えて凉花ちゃんは凄腕のデュエリストなんだから！」

「…おい、本当なのか…？」
「あんな調子で凄腕のデュエリスト…？」

「ふふーん、皆、私の言うことを疑ってるね。でも今からのデュエルを見たら、きっとその態度も一変するよ！ さあ、見たい人は外に出てきなさい！」

ほとんどの客が外に出てきた。これならこれ以上の注文もないだろう。

「行けー、お嬢！」
「情けないところを俺たちに見せんじゃねぇぞ！」
「ハハ、分かってるって！」

「頑張れ、凉花ちゃん！」
「無敵のお嬢に勝ってくれ！」
「…が、頑張ります！」

年配の客は風音を、若い客は凉花をそれぞれ応援し始めた。かなり盛り上がって来たな…

「それじゃあ行くよ！ 凉花ちゃん、準備はいい？」
「は、はい！」

…さあ、いよいよだ。どのようなデュエルになるか、内心俺も興奮している。

「頑張れ2人ともー！ 行っけー！」

…京子ほどではないがな。



「「デュエル！！」」