side恭治：守る理由　作：名無しのゴーレム

――なんとか師匠の許可を得て、美愛の寝床を確保した。美愛の回復は著しく、次の日には立って歩けるようになっていた。そして師匠の勧めにより、俺のD-ホイールに乗って近くの病院に向かうことになった。


「すみません、迷惑をかけてしまって…」
「気にすんな。師匠の命令なんだから、弟子の俺は絶対服従なのさ。」
「…お師匠さんは、恭治さんの何の師匠なんですか？」
「ああ、デュエルのだよ。俺はプロデュエリストを目指しててな、一番手っ取り早いのはフレンドシップカップで成績を残すことなんだ。そしてそれに出場するために、師匠に弟子入りしたんだ。」
「…？ どういうことですか？」
「…フレンドシップカップに出るためにはな、いろんな方法があるんだよ。その中の1つが、師匠に推薦してもらうことなんだ。師匠はそれなりに有名な人でな、師匠が認めてくれるようなデュエリストになるために、今は師匠の特訓を受けてるんだ。」
「なるほど…」


そんなことを話している間に、目的の病院に辿り着いた。検査は予想よりずっと早く終わり、昼前には帰路に就くことができた。


「よかったな、何の異常もなくて。」
「はい。ありがとうございます。」
「さーて、後は師匠のところに戻るだけだが…」


…あれ？ 病院を出てそれなりに走った辺りで、俺は違和感を覚えた。

「こんなとこ通ったっけ…」
「迷ったんですか？」
「……近くの案内板を見れば一発だ。えーと、どこにあるかな…」

ちょうど、少し先のところに電子案内板があった。さて、ここはどこだ…？

「…そうか、あそこはまっすぐでよかったのか…」

よし、道は把握できた。…やれやれ、これだからこの辺りは苦手なんだよな…

「……そんな、まさか。」
「…？ 美愛、どうかしたか？」

美愛の視線の先にはこの辺りの住民――トップスの電子掲示板だった。…なになに、『我らがキング、ジャック・アトラスの私生活に迫る！ 好評発売中！』『最高のsatisfactionを貴方に… ホイール・オブ・フォーチュン 最新型の予約はこちらへ！』……宣伝ばっかじゃねぇか。

「なあ、何を見てるんだよ？」
「…これを、見てください。」

美愛の指差す先、そこには珍しい住民からの、しかも今時めったに見ないような紙のチラシが貼ってあった。中身は…

「『ミアという少女を見かけた方はこちらへ連絡を』…この『カミヤ アツト』ってのはお前の知り合いなのか？」
「……はい。お願いです、この住所のところまで送ってくれませんか？」

……師匠には早く帰ってこいって言われてるんだがなぁ…まあ、別にいいか。

「分かったよ。どれどれ…げっ、トップスの居住区じゃねぇか。」

…仕方ねぇか。でも気が進まねぇな…




「…ほら、着いたぞ。」

俺たちの目の前に、天を衝くような高層マンションがそびえ立つ。ここに入るのか…

「…ドレスコードとかねぇよな？」
「さぁ、行きましょうか。」

美愛は何も気にせずに入り口へと進んでいく。…おいおい、今のあいつが着てるのって俺のジャージだぞ？ 警備員につまみ出されたりしないよな…？


「お前たち、ここの住人じゃないだろう。一体何の用だ？」
「私は神谷 敦人という人に会いに来ました。彼はどこに居ますか？」
「…悪いが、部屋の番号まで分からなければ取り次ぎは出来ない。」
「なんだと？ 俺たちはそこの掲示板を見て来たんだ。向こうが会いたいって言ってんだから通せよ。」
「それは出来ない。規則なのでな。」

…あー、駄目だ。イライラしてきた。

「黙って通せって…」
「すいませーん！ 警備員さん、その人たち、入れてくれませんか？」

突然、警備員の背後から声が聞こえた。

「よろしいのですか？ このような身なりのものを…」
「いいんですいいんです。さあ、どうぞ中へ。」
「…美愛。あいつは…？」
「…彼が、神谷 敦人です。」

…あいつが。見た目は俺と大して変わらないくらいってところか…


「ようこそ美愛。後、見知らぬ方も。」
「あ、ああ。どうも。」
「……」

……？ 美愛、どうして黙ってるんだ？

「…神谷、私のデュエルディスクとデッキは？」
「ああ、そういうと思ってたよ。はい、ここに。」

青年――神谷が机の上にそれらを置く。これが美愛の…

「……確かに、私の物ですね。」
「当たり前だろ。君には頑張ってもらったんだから、これぐらいはね…」
「…『頑張ってもらった』？ おい、お前たち、何してたんだ…？」
「それは…」
「僕から説明するよ。僕たちは…」



「……」
「これで全部だよ。質問は？」
「…お前、美愛を囮にしたのか？」
「恭治さん…」
「適材適所ってやつだよ。僕じゃなければこれらを回収出来なかった。」
「…それでも、こんな女の子を囮にした。その結果、こいつは河原で倒れていた。ずぶ濡れになってな。違うか？」
「…僕の方だって、あれは予想外だったさ。お陰で上手く装置が起動しなかったんだ。」

…ッ！！ この野郎、美愛を心配してなかったってのか。

「テメェ！ こいつは…」
「恭治さん、止めてください。」

俺の言葉は美愛によって止められた。

「……クソッ。」
「…なんで僕、こんなに怒られてるんだ？ まあいいか。…ところで美愛、そろそろ『これからの話』をしようか。」
「これからの話…？」
「簡単に言えば、僕たちは現在アカデミアに追われている身だ。当然、僕たちを捕らえようとする刺客も送り込まれるだろう。…例えば、月詠とかがね。」
「……」
「そこで提案だ。美愛、ここで暮らさないか？ 2人ならアカデミアの刺客も迎撃できるだろう？」
「それは…」
「駄目だ。」

俺の拒絶は想定外だったようで、神谷は目を丸くしていた。

「へぇ…どうして？」
「お前みたいなやつには任せられない。こいつを囮にしたようなやつに…」
「…だから、それは…」
「…私も恭治さんと同意見です。あなたのところへ行く気はありません。」
「……そうかい。なら仕方ないね。分かった、諦めるよ。」
「…なら、もう用は無いな。帰るぞ、美愛。」
「ちょっと待ってよ。…まったく、どうして君が仕切るんだよ… 連絡先を交換しておこう。もしもの時のためにね。」
「…分かりました。」



連絡先を交換すると、俺たちは神谷の部屋を後にした。


「……あいつ、なんか気に入らねぇんだよなー。何でだろ？」
「さあ…、まずは帰りましょう。……」
「…美愛、どうかしたか？」
「……恭治さん、さっきはああ言ってしまいましたが、私と一緒にいるとあなたたちまで危険な目に会うかもしれません。やはり、私は…」

…はぁ、そんなことを悩んでたのか…

「…美愛、よく聞けよ。」
「はい。」
「……バカヤロー！！」
「ひっ！！ い、いきなりなんですか…」
「いいか、俺がお前を拾ったんだ。だったら途中で見捨てるようなことはしちゃいけねぇんだよ。」
「ひ、人を動物みたいに…」
「黙って聞いてろ。とにかく、俺はお前をあんなやつのところには置いておけない。それでどんなことがあったって、それは俺の責任だ。師匠のことならもっと心配しなくていい。あの人は俺たちよりもよっぽど強い。気にしなくてもいいさ。」
「で、でも…」
「でももへったくれもねぇよ。分かったら素直に頷いときゃいいんだよ。」
「…どうして、そこまで私を？」
「……絶対に笑うなよ。……お前が、なんか妹と被ったからだよ。」
「…え？ 恭治さん、妹さんがいるんですか？」
「…悪いか。もういいだろ。早く帰るぞ。師匠にどやされる。」
「…はい。」



――そうして、俺たちは再び帰路に就いた。


（……あいつ、元気にやってるかねぇ？）