side風音：速見 風音と『彼女』の関係　作：名無しのゴーレム

ーーこれは、私と『あの子』の物語。


「……あら？」


私一人で食堂を開けるようになってからしばらくした頃。ある日、食堂の前にいた『彼女』を見つけた。


「ちょっと、大丈夫！？」
「…………」
（……怪我はないわね。となると、まさか行き倒れ？ どうしよう……）


お母さんの入院費を賄うので精一杯だったうちに、女の子一人を世話する余裕なんてないことは明白だった。けどーー





「…………ここ、は？」
「良かった、元気みたいね。私は速見 風音。あなたは？」
「…………？」
「えっと、やっぱりどこか悪いの？ 病気とか？」
「……そうじゃなくて、その……私は、誰なんでしょうか。」
「……へ？」




いまいち状況が掴めないまま、とりあえずその子に食事を作ってあげた（といってもまかないみたいな物だったけど）。



「どう？ 何か思い出した？」
「……いえ、何も。」
「そう……困ったわね。名前も分からないんじゃ家の探しようもないし……」



「風音！ 来たぜ！」
「おじゃましま〜す……あれ？ 風音さん、その子は？」
「あ、ユーゴ君、それにリンちゃん！ ……！ 2人が来たってことは……」
「？ なあ風音、食堂の準備はしなくていいのか？」
「ど、どうしよう……あ、そうだ。ユーゴ君、この子に辺りの案内してあげてくれない？」
「へ？ なんだよそれ。」
「説明は後でするから、お願いね！ あなたもそれでいい？」
「は、はい。分かりました。」
「よし、じゃあいってらっしゃい！」
「お、おい！ だからどういうことだよ！」
「ほら、さっさと行って来なさい！ 私たちは店の準備しなくちゃいけないから！」
「ちょっ、なんだよそれ〜〜！！」






「……ふぅ。ようやくひと息つけるわね。」
「あのー、風音さん。結局さっきの子は誰なんですか？」
「あー……実は、私もよく分からなくてね。あの子、自分のことも覚えてないみたいだったの。だからユーゴ君に町案内を頼んだんだ。もしかしたら何か思い出すかなぁって思ってね。」
「そうだったんですか。でも2人とも、いつ帰って……」
「ただいま〜。ハァー、疲れた……」
「あ、ユーゴ。どうだった？」
「どうだった？ じゃねえよ！ 風音、なんでこいつ、自分の名前も覚えてないんだよ！ おかげで喋んのも一苦労で……」
「ごめんなさい……」
「ユーゴ、そんな言い方しちゃダメでしょ。」
「いや、それは……」
「まあまあ。それで、あなたは？ 何か引っかかるようなこととかなかった？」


彼女は黙って首を横に振った。収穫なしか……


「……なぁ風音。今日の分のバイト代は出るんだよな？」
「あ、そこは安心して。私が押し付けちゃったからね。それより、これからどうしよう……」


……その時、あることを閃いた。


「……ねえあなた、バイトしてみる気はない？」
「……バイト？」
「そうよ。この2人は買いたい物があって、そのためにここで働いているの。あなたはバイトとして働いて、お金の代わりにうちで暮らすの。……どう？」
「え……いいんですか？」
「もちろん。でもその代わり、やるからにはきちんとやってもらうわよ？」
「……はい！」
「よし、じゃあ名前を決めようぜ！ さすがにずっと名無しは不便だしな！」
「確かに、ユーゴの言う通りかも。風音さんがつけてあげたらどうですか？」
「え？ そうね……ぱっと思いついたのだけど、風子ってのはどう？」
「風子……はい、分かりました。」
「……本当にいいの？ いやなら別のにするし、なんなら自分で決めても……」
「いいえ。私は風子、それでいいんです。……気に入りましたから。」
「……ならいいんだけどさ。」



ーーそうして、その日からうちに新しいアルバイトが加わった。




「そう言えば、風子ってデュエルは出来るの？ ディスクとデッキは持っていたけど……」
「あ、えっと……出来る、と思います。」
「なんだよ、ずいぶん曖昧な答えだな？ ……なあ、俺とデュエルしてみないか？ もしかしたらデュエルで思い出すこともあるかもしれないだろ？」
「いくらなんでも、そんなことあるわけが……」
「……そうかもしれませんよね。デュエル、してみます。」
「えっ……風子ちゃん、本気で言ってるの？」
「はい。……ユーゴさん、よろしくお願いします！」
「おう！ ……へへっ、実は俺もデュエルしたかったんだよな。」
「と言うより、そっちが本音でしょ？」
「……バレたか。ほら風子。さっそく始めようぜ！」





「っ……きゃあぁぁ！！」
「やっりぃ！ 俺の勝ちだ！」
「ちょっと、ユーゴ！ ……風子ちゃん、大丈夫？」
「リンさん、私は大丈夫です……それより、さきほどの『シンクロ召喚』ってなんですか？」
「はぁ？ シンクロ召喚を知らないっていうのか？」
「はい。」
「……マジかよ。」
「シティにいてシンクロ召喚を知らない人なんていないと思うけど……風子ちゃんは忘れちゃってるだけかもよ？」
「そう、なのでしょうか……」
「……じゃあ、私がシンクロ召喚を教えようか？ ちょうどお兄ちゃんが置いてったカードもあるし。」
「本当ですか！？ 風音さん、ありがとうございます！」
「……なんか、急に元気になったわね。」
「風子もデュエル好きってことだろ。風子、お前がシンクロ召喚をマスターしたらまたデュエルしようぜ！」
「はい、喜んで！」









「……うん、シンクロ召喚はもう完璧ね。飲み込みが早くてこっちも教え甲斐があったわ。」
「そう言ってもらえると嬉しいです。……でもよかったんですか？ 風音さんのお兄さんのカードを使って……」
「いいのいいの。どうせしばらく帰ってきてないし……ほとんど連絡もよこさないあてつけみたいなものよ。」
「アハハ……あ、今日は料理の配達があるんでしたよね。」
「そうだったっけ。はぁ、食器の洗い物もたまってるのよねぇ……」
「なら、私が配達して来ましょうか？ 確か、歩いてすぐのところでしたよね？」
「そうだけど……そうね。じゃあお願いしようかしら。」
「はい！ 行ってきますね！」
「いってらっしゃい〜。」



ーー振り返ってみれば、私はここで風子を行かせるべきではなかったのだろう。そうだったならば、きっと……



「……駄目だ！ あっちにもいなかったぞ！」
「私の方も、誰も見ていないって……風子ちゃん、何があったんだろう。」
「っ……私のせいよ。私が、風子を1人で行かせたから……」
「風音さん、あまり自分を責めないでください。……でも、例え誰かが風子ちゃんを拐ったとして、誰が何のために……？」
「んなこと考えてる場合じゃねえだろ！ 次は向こうのほうを探してみる！」
「……私は、もう一度常連さんたちに話を聞いてみる！」
「2人とも……そうよね。私も頑張らないと！」





ーーしかし、私たちの努力も虚しく風子に関する手がかりは一つも得られなかった。私が再び彼女を探すことになるのは、そのずっと後、とある別次元からの客人との遭遇がきっかけとなるのであった……