side郁哉：立ち上がれ、何度でも　作：名無しのゴーレム

ーー夢を、見ているのか。


『郁哉、LDSはどうだ？』

『どうって、別に……結局誰も俺に勝てないよ。』

『……そうか。でもな郁哉、いずれはきっとお前と互角に闘える、そんな相手が現れるはずだ。今は、その時に備えて己の腕を磨くといい。』

『……本当かよ。』



当時、父親に言われたことを信じて俺はLDSでデュエルし続けた。しかし……



『……おい、俺とデュエルしないか？』

『え？ ……うわ、神宮寺じゃねえか。嫌だよ、だってお前とやっても俺の勝率が下がるだけだし。じゃあな。』

『…………』

『見つけたぞ、神宮寺 郁哉！ さあ、俺とデュエルしやがれ！』

『……沢渡か。お前は懲りないんだな。』

『はあ？ 何言ってんだよ。この前は負けたが、今度は俺が勝つんだからな！』

『……いいだろう。』




『それで、やっぱり無敗は続いてる訳か。』

『ああ。最近は誰もデュエルを挑んで来なくなったよ。……沢渡とお前を除いてな。』

『ハハッ、そりゃそうだ。こんなんじゃ選手権に出るための勝利数を稼ぐのも難しいんじゃないか？』

『……それなんだがな、秀。俺、もうLDSを辞めようと思ってるんだよ。』

『……なんでだよ。』

『……デュエルが、苦しいんだ。これのせいで、俺の周りには誰もいなくなった。だから、もう……』

『デュエルもしないってか。シンゴが聞いたら何て言うんだか。』

『そんなこと知ったものか。……それじゃあ。』

『……他にしたいこと、見つかるといいな。』

『……ありがとな。』



ーーそれでもやはり、デュエルの穴を埋めるようなものは見つからなかった。学校でも何かに打ち込むようなこともなく、ただ惰性のままに日々を過ごしていた……そう、『あの時』までは。



『もうこんな時間か。……帰るか。』

『……あ、いたいた〜！！ 見つけたよ、神宮寺君！』

『……誰だ？ 俺に用でも？』

『うん！ 神宮寺君ってデュエル強いんでしょ？ ねえねえ、私のお父さんのデュエル塾に入ってよ！』

『断る。』

『即答！？ そこはまず、理由を聞いたりするもんじゃないの！？』

『自分で言ったんだろう。強いデュエリストを集めて塾の評判を上げようって魂胆か？』

『……バレた？ でもそれだけじゃなくて……』

『話を聞く気はない。……もう帰る。』

『ちょっ、待ってよ！ ……分かった、なら私とデュエルしてよ！』

『……何？』

『私が勝ったら話を聞いて。神宮寺君が勝ったら……ジュース奢るから！』

『何だよそれ……はあ。分かった、やろう。』

『本当！？ よ〜し、それじゃあ……』



ーー結論から言ってしまえば、俺の圧勝だった。さすがにデッキが無いと何かと不便だと思って適当に作ったものだったが、それでも。しかし……



『俺の勝ちだ。……帰る。』

『待って！ ……ジュース、何がいい？』

『……いらない。頼むから、もう俺に話しかけないでくれ。』

『え、あ……』



ーーこれであいつとの関わりも終わり、そう思っていた。それが間違いだったと思い知るのは、なんとその翌日の放課後だった。



『神宮寺君！ はい、ジュース！』

『……どういうつもりだ。いらないと言ったはずだが……』

『そんな訳にはいかないでしょ。さあ、私とデュエルしてよ！』

『はあ？ ……何のために。』

『昨日言ったじゃん！ 神宮寺君にうちの塾に入って欲しいの！ 私が勝ったら話を聞いてもらうから！』

『……俺が勝ったら？』

『……ジュース。』



ーーそれから毎日、放課後になるとそいつはジュースを持って現れた。そして俺にデュエルを挑んでは負け、翌日にジュースを持って現れ……そんな日々を2週間ほど過ごしたところで、俺はそいつにある疑問をぶつけていた。



『……なぁ、お前はどうして俺に執着するんだ？』

『え？ だから、強くって、他の塾に入ってないって聞いたから……』

『だとしても、それは無駄な努力だ。分かってるんだろう？ お前は俺には勝てないってことくらい。』

『？ そんなの、分かる訳ないじゃん。』

『……何？』

『だってさ、やる前から結果が分かってる勝負なんてそうそう無いよ？ 確かに神宮寺君は強いけどさ、それでも……』



『やる前に、やりきる前に諦める理由にはならないよね？』



ーーそう、俺はその言葉に救われた。それまで俺は、自分が勝つことを当然のように思っていた。けれどそれは間違いだった。俺は大海を見ようとせずに井戸の中で退屈を謳う、ちっぽけな蛙だったんだ。



『……そうだな。確かにその通りだ。……なぁ。』

『ん？ どうかした？』

『……お前、名前は？』

『……あ、教えてなかったっけ。私は京子、仙波 京子だよ。』

『そうか……京子。お前の話に乗ってやるよ。』

『……へ？ なんで？』

『理由なんて何でもいいだろ。……そうだ。その前に1つ聞かせて欲しいんだが。』

『なになに？』

『前に言ってただろ。俺を誘った理由、俺が強いから以外にもあるんだったか？ それを教えて欲しい。』

『……私の夢なんだ。友達と一緒にデュエルの練習をして、大会に出て、トロフィーを塾に飾ったりなんかして……そのために、今は塾生集めをしてる最中なの。』

『……何だそれ。』

『何さ、不満でも？』

『いや。……俺は神宮寺 郁哉だ。郁哉でいい。』

『分かった！ これからよろしくね、郁哉！』



ーーああ、そうか。だから俺はあの言葉に……



『世界は、理想だけではできていないんだよ。』



神谷 敦人の言葉に、強い怒りを覚えたのか。それを認めることは、あいつの夢を否定するように思えて……





「……う、ううっ……」
「……郁哉！ もう大丈夫なの！？」
「きょう、こ……？ どうして、お前が……」
「それは……って、今はそんなことはいいでしょ！ 痛むところはない？」


全身、痛くないところなどないが……


「……大丈夫だ。」
「そう？ ……良かった〜！ 半日寝てたから、酷い怪我だと思ってたんだけどさ！」


……待て。半日？


「……そうだ！ お〜い、風音さん、月詠！ 郁哉が起きたよ〜！」
「……何、月詠？ おい京子、なんでお前が月詠と……」
「大丈夫ですか！？」
「おはよう、神宮寺君。……あ、まだ動いちゃダメだからね。」


京子が呼びかけると、続々と人が集まってきた。


「……どうやら、無事だったようだな。」
「……雑賀さん。」


そうか。ここは、雑賀さんの……


「……あ！ 美愛たちは！？」
「それは……」
「……私が説明します。あなたが倒れた、その後……」


天宮 月詠の説明……そのあまりの衝撃に、俺は言葉を失った。


「……すみません。あなたとの約束、守ることができませんでした。」
「……それを言うなら俺も同罪だ。……すまない。」
「それでね、郁哉。私たちは月詠と一緒にエクシーズ次元に行こうと思うんだけど……」
「俺も行く。あいつ……神谷 敦人を止めなくちゃならない。」
「その必要はない。既に神のカードを回収するために3人がエクシーズ次元に向かった。……何より、お前が神のカードに対抗できるとでも？」
「ッ……」


……悔しいが、雑賀さんの言う通りだ。俺はあいつに手も足も出なかった。そんな俺が、どうして……


「……いや、俺は諦めませんよ。」
「……ほぅ。お前は神の力をその身に浴びたのではなかったのか？ それでどうしてそう言える。」
「決まってるじゃないですか。」


……そう、俺はあの日に決めたんだ。




「やる前に、やりきる前に諦めるなんて、俺は絶対にしませんから。」