番外編：甘露　作：光芒

○前書き
・一部台本形式です
・デュエルはありません
・時間軸は本編終了後です










○バレンタインデー～舞原 留奈ちゃんの場合～

舞原 留奈「陸！！ きょうはバレンタインデーだぞ！！」
国広 陸「留奈ちゃん、もしかして俺にチョコを！？」
留奈「ああ！ わたしはあいするおまえのためにとっておきのチョコレートをつくった！ みろ、サッカーボールのラッピングだ！」
陸「おっ、すげえ！ 形もちゃんと立方体してる！」
留奈「わたしはこうみえてりょうりのてつじんなんだ！ さあいくぞ陸！ おまえもゴールキーパーならわたしのあいをこめたチョコレート、みごとにうけとめてみるがいい！！ とおおおっー！！」
陸「よし来た！……って留奈ちゃん、蹴るとチョコレートダメになっちゃうんじゃ……」
留奈「あっ」



砕けたチョコレート「ボールは友達？ 友達を蹴るなよ」



留奈「……」
陸「まあ球体のものに齧り付けるほど俺口大きくないしさ。二人で食べよっか？」
留奈「そうだな！ わたしのりょうりのうでにおどろくがいい！！」




○バレンタインデー～大空 礼ちゃんの場合～

大空 礼「どこもかしこも浮かれちゃって。バレンタインデーなんてチョコレートを売りたいお菓子メーカーの販売戦略じゃない」
大空 仁「ん……全くだな……」
礼「ところであんたは何をさっきから食べてるのよ」
仁「見ればわかるだろう。チョコレートだ」
礼「ふーん……チョコレートねぇ……」



礼「は？」



礼「は？ なんであんたみたいなムッツリスケベがチョコレートもらってるのよ！？」
仁「ムッツリスケベじゃない、俺はオープンスケベだ。声高々に新條ア○ネより宝多○花の方が好みであると断言できるぞ」
礼「いやツッコミどころが違うし堂々とそんな恥ずかしいこと言わないで。というかあんたみたいなのにチョコレート渡す人間がいるなんて……やだ、うちの女子男見る目無さすぎ……」
仁「そのネタは微妙に古い。あとお前は音無と孫をそんな目で見るつもりか」
礼「なんだ、あの二人か……じゃあ義理ね」
仁「義理でもないよりかはマシだ。最も遊大には数で負けてるし、愛の深さでは陸たちには遠く及ばないからな」
礼「……随分と達観しているのね。このままだと色恋においては高海君や国広君に本当に置いていかれるわよ？」
仁「別に構わんさ。俺には俺のやりたいことがある」
礼「ったく……草食系なのか肉食系なのかわからないわねあんたは。まあいいわ、はい」
仁「これは？」
礼「あんたが誰からもチョコ貰えないと思って作ってあげたのよ。双子の妹としての優しさよ」
仁「なるほど。くれると言うなら貰っておこうか」
礼「感想とか要らないから。それじゃ」



仁（……音無と孫が言っていたな。礼はチョコレートを一個しか作らなかった、と。兄としてはこれでいいのか、と思うが。素直に喜んでおくか）




○バレンタインデー～音無 林檎ちゃんと孫 美鈴ちゃんの場合～

孫 美鈴「……ドキドキ」
音無 林檎「いや緊張しすぎだから。チョコレートを渡すくらいでしょ？」
美鈴「で、ですが……」
林檎「ほら、深呼吸深呼吸。ヒッヒッフー」
美鈴「ヒッヒッフー……ってこれは赤ちゃんを産む時の呼吸法じゃないですか！」
林檎「うん、そのツッコミができるなら上出来よ。そう思わない、高海君？」
美鈴「ふぇっ！？」
林檎「うっそーｗｗｗ」
美鈴「もおおおーっ！！」



遊大「……二人ともさっきから何してるの？ 男子寮の入口で」



美鈴「ゆ、遊大さん！？ はわわ……」
林檎「おっ、随分と戦利品を獲てきましたな高海氏～」
遊大「何その呼び方。うん、まあおかげさまでチョコをたくさんもらってしまいました。頑張って全部食べるよ」
林檎「えっと、無理して全部食べるとガチで虫歯になるからやめた方がいいと思うなぁ。でもそんな高海君が虫歯になる手伝いを私もしてしまうのでした。ということで義理チョコあーげる」
遊大「これはどうも。でもその割に結構手が込んでいるような」
林檎「これでも結構凝る方なので私は。ま、この子のには及ばないけどね。ね、美鈴？」
美鈴「ひゃん！」
遊大「美鈴さん？」
美鈴「ゆ、ゆ、ゆ、ゆ……」
遊大「ゆ？」
美鈴「遊大さんっ！！ あ、あなたのために一生懸命チョコレートを作りました！！ 私はあなたの一番になることができませんでしたが、限りなく本命に近い……ぎ、義理チョコです！」
遊大「美鈴さん……うん、ありがとう。美鈴さんのその気持ちが伝わってくる。大事に食べさせてもらうね」
美鈴「あ、ありがとうございます！！」
林檎「まあ2月なのに熱いことで、天都先輩にチクっちゃおうかな？」
遊大「それはやめて」










○バレンタインデー～？？？の場合～



・2月13日

「遊希サンはチョコレート作らないんデスカ？」

　エヴァ・ジムリアが彼女の部屋に来ていた天都 遊希にそう尋ねたのは二人でデッキの調整をしていた時である。バレンタインデーということでうら若き乙女たちが色めき立つ中、星乃 綾香、陽川 千夏、月宮 詩織の三人は進学する大学の二次試験を控えていた。既に卒業後の進路を決めていた遊希はそんな三人の邪魔にならないようにとしばらくエヴァの部屋で過ごすことにしていた。

「何よ藪から棒に。今年はいいわ。竜司さんたちにも綾香たちの邪魔をしないためにも作らないって言ってあるから」
「デスガ、今年のバレンタインデーは誰よりも愛を贈る人がいるはずデス」
「……エヴァが誰のことを言っているのかは敢えて言わないでおくわ。でも、チョコを贈らなかった程度で壊れるほど私たちはやわな関係じゃないから」
「アツアツデスネ！ 私とジェームズに匹敵しマス！」
「はいはい、勝手に言ってなさい」

　結局、その日はこれ以上バレンタインデーのことに触れることなく過ぎていった。しかし、日付が変わり2月14日の深夜。遊希の姿がエヴァの部屋のキッチンにあった。エヴァの部屋で過ごすにあたって彼女は持ってきたキャリーケース。その中には勉強道具や着替えなどの生活用品一式に混じってあるセットが入っていた。エヴァがぐっすりと眠っているのを確認すると、遊希は行動に移した。

「ボウルよし、ハート型の型抜きよし……チョコレートよし」

　遊希がバレンタインデーのチョコレートを初めて自作のは2年前のことである。エヴァがフィアンセであるジェームズ・アースランドに贈るチョコレートを作るのを手伝った時だ。一人暮らしの長かった遊希は決して料理ができないことはなく、千夏の指示のもとそれは立派な手作りチョコレートを作り上げた。しかし、この時や去年遊希が作ったのはあくまで竜司やミハエルといったあくまで“お世話になった人”に贈るためのチョコレートであった。

「チョコレートを刻んで、湯煎して……年に一回しかやらない割に覚えているものね」

　ただ、この時ばかりは違う。遊希は生まれて初めて“心から愛する異性”のためにチョコレートを作るのだ。頭の中に刻み込んだ千夏のチョコレートの作り方を一つ一つ思い浮かべてはチョコレート作りを進めていく。

「お湯を入れた鍋の上にボウルを浮かべて、ゆっくり。丁寧に……かき混ぜる」

　チョコレート作りにおいて大切なのは何よりも丁寧さだ。水を入れた鍋に製菓用の温度計を入れ、火をかける。温度計が50℃を示した頃合いで火を止めてはその上に刻んだチョコレートを入れたボウルを乗せる。
　ボウルの底に接する程度のお湯を放置。チョコレートの周りが溶けてきたらゆっくりとゴムべらで上下を返しながら溶かしていくのだ。お湯にしてはやや低めの温度ではあるが、時間をかけて溶かした方がなめらかに溶ける。焦らず、じっくりと待つ。故に慎重かつ丁寧であることが求められるのだ。

（……誰も聞いていないわよね）

　遊希は周囲をきょろきょろと見回し、エヴァが起きていないことを確認する。そして小声でおまじないを唱えるかのように言い始めた。



「おいしくなーれ、おいしくなーれ……」



　結局そのおまじないは数回言って終わった。一人とはいえ、普段しないことに大真面目に取り組むのはやはり気恥ずかしいものであった。






＊





　テンパリングが終わった時、時計の短針は2と3の間を指し示していた。気合を入れて作っただけに出来は申し分ないだろう。しかし、真剣に取り組んだために作った時の達成感も疲労も一入であった。

「これで……よし、と。どうか遊大が喜んでくれますように、と」

　仕上げは御覧じろ、というわけではないが、我ながらいい出来のチョコレートができた。満足して部屋に戻った遊希であるが、部屋に入った瞬間に彼女はまるで蛇に睨まれた蛙のように硬直する。眠っていたはずのエヴァはなんとも悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ベッドの上に腰かけていたのだ。

「遊希サ～ン、こんな夜中に何をしていたのデスカ？」
「な、なんでもないわよ。ちょっと喉が渇いただけ」
「そうデスカ。まあ喉も乾きマスヨネ……あんなに可愛らしい声でおいしくなーれ、と言っていたら」
「エヴァ！？」
「プロデュエリストを嘗めない方がいいデスヨ！ 私の眼は節穴ではないのデス！！ 遊希サンが遊大サンに気合を入れてチョコレートを作ることなどお見通しデス！」

　まさか全部バレていたとは。クリスマスのデートを経て遊大と付き合い始めたことはエヴァたちも知っているが、そんな遊希もやはり思春期の少女である。周囲の奇異の眼に晒されることは彼女にとっては決して気持ちのいいことではなかった。そのため遊大と仲睦まじくするのはあくまで二人きりの時だけと決めていたのだ。
　それでも、遊大と付き合い始めてからの遊希の変化にエヴァたちが気付かないわけがない。その美しさはもちろんクールな見た目の中に時折見せる愛らしさが以前よりも遥かに磨かれているのだ。それは遊希が一人の少女として恋をして、愛を深めている証拠でもあった。

「うう……綾香たちのためにもみんなの前では浮かれた姿を見せたくなかったのに……」
「遊希サン。実は綾香サンたちから頼まれていたんデス」
「綾香たちから？」

　一見冷たそうに見える遊希であるが、その心は誰よりも優しく暖かい。そんな友達思いの彼女のことだからきっと自分たちのためにやりたいことを色々と我慢をしてしまうだろう。そんな遊希の性格を綾香たちはよく知っていた。そこでエヴァの部屋に行っている間は綾香たちに気を遣って我慢していることを自由にさせてあげてほしい、と頼まれていたのである。

「なによそれ……一人で悩んで一人で抱えて、まるでピエロね」
「アハハ……でも私を含めたみんなが遊希サンのことを大事に思っていることも事実デスヨ？」
「エヴァ……」
「さあ、今夜は徹夜デス！ 遊希サンには遊大サンとの惚気話をたくさんしてもうらうデスヨ！」
「やめて」










＊










　翌日の朝早く、遊希の姿が校舎裏にあった。まだほとんどの男子生徒が眠っている中、事前に遊希から呼び出されていた遊大はきっちり時間通りにその場所に現れた。普段見ることのない寝起きの遊大の姿を見ると、思わず目をそらしてしまう遊希。だが、自分を多くの人が応援してくれている。その思いが彼女に一歩踏み出させた。





―――あなたのために一生懸命作ったの。だから、受け取ってください。