第123話：鬼気　作：光芒

（……思えば、ここ数日間は色々なことがありすぎたわ）

　この国の首都を横一直線で分断する形で走る電車がある。銀色の車体にオレンジ色のラインが特徴的なその電車に天都 遊希は揺られていた。とても10代の少女が着るようなものではないダークスーツに身を包んだ彼女は、ドアの横に寄りかかりながらここ数日のことを思い出していた。
　自身がセントラル校の生徒として臨む三度目の文化祭―――いや、一年生の時はとある事情のため参加できなかったため実際は二度目になるだろうか。楽しむ側ではなく、楽しませる側として参加したが、一人の少年に起きた事態に楽しむどころではなかったと言えるだろう。

（待っていて、私があなたを助けてみせる。だから……負けないで。高海くん）





＊





　話は数日前に遡る。文化祭の目玉企画の一つでもある部活対抗新人戦トーナメントに参加した紫苑と林檎は、二人の互いが互いを思い合った絆の力でチーム最少出場人数の二人だけでありながら見事優勝を果たした。
　しかし、そのトーナメントの優勝が決定した瞬間―――紫苑は倒れてしまった。トーナメント中も体調不良を訴えていた彼女は、それでも戦い続けた結果、林檎を優勝へと導くことができたのだが、やはり万全な状態で連戦に臨んだことが追い込んでしまったのだろう。

「紫苑！ 紫苑！」
「林檎ちゃん、落ち着けって！」
「でも、私のせいで紫苑が……！」
「林檎はわるくない。だれもわるくないんだ。だからあまりじぶんをせめるな」

　自分のせいで、と取り乱す彼女を陸と留奈がなんとか落ち着かせる。倒れた紫苑の下には、林檎に加えて大会に参加していた陸・留奈・美鈴の三人と観客席で皆のデュエルを見続けていた仁と礼が駆けつけた。そして六人は保健室のベッドに横たわる紫苑をずっと見守っていた。

「しかし、どうしたと言うのかしら……ここ数日紫苑と過ごしてみて彼女におかしなところはなかったはずなのに」
「紫苑は遊大に宿るデュエルモンスターズの精霊の1体だったな。もしかしたら遊大の身に何かがあったというのか？」
「縁起でもないことを言わないで下さい！ 遊大さんは、きっと戻ってきてくれます！」
「う……うう……」
「紫苑？」

　紫苑もとい遊大にいったい何が起きているのかわからない六人。そんな時、うなされるように眠っていた紫苑が目を開いた。全身に汗をかき、とても苦しそうな彼女は力なく手を伸ばす。そしてその手を林檎は優しく握りしめた。

「紫苑！ 大丈夫？ 紫苑！」
「林檎……あなたと一緒にデュエルができてよかったわ……あなたとのデュエルはとても楽しかった……」
「ちょっとやめてよ……そんなこと言うの」
「私は……やっぱり人を嫌いにはなれないのかもね……」

　彼女の言っていることはまるで意味が分からない。ただ一つ考えられるのは精霊だった頃に何か人間に対して思うことがあったということなのだろう。もしこのデュエルでその過去が清算できたのであれば、それは紫苑にとっては幸せなことだったのかもしれない。

「林檎、私はこうしてあなたとはもう会えないかもしれない。でも……私はあなたを本当の友達と思っているわ……」
「紫苑、私もだよ。紫苑は私の親友。あなたのことは何があっても忘れないから」
「そう……なら、よかっ……た」

　そう言い残して紫苑は目を閉じる。その手からは力が無くなり、林檎の手に彼女の手の重みが一気に圧し掛かる。まさか本当に最悪の事態を迎えてしまったのか、と思った矢先、紫苑の身体は紫色に激しく輝く。林檎たちがその光から目を背けた次の瞬間。そこには紫苑ではなく、元の身体の持ち主―――遊大がいた。

「し、紫苑が遊大にもどった！」
「やっぱり遊大が回復したから消えただけだったのかな？」

　元々紫苑は悪夢にうなされる遊大を守るために一時的に彼の身体に成り代わっていた。それは遊大が回復すれば身体は遊大に返すということでもあった。

「……」
「遊大さん！ ご無事ですか？」
「お前が無事で助かったぞ。そうだ、天都先輩に連絡を入れないとな」

　戻ってきた遊大に美鈴や仁が声をかける。しかし、遊大は上半身だけ起こしたまま彼らの言葉には反応しなかった。目覚めたばかりでうまく聞こえていないのだろうか。何にせよ、遊大が戻ってきたことは彼らにとっては喜ばしいことには変わりはない。
　仁は事前に遊希から紫苑が目覚めたら連絡を入れるように、言われていたのを思い出すと、すぐに遊希のスマートフォンに連絡を入れた。もちろん目覚めたのは紫苑ではなく遊大である、ということも付け加えて。そして遊希からは「すぐに向かう」という旨の返信が来た。

「天都先輩はすぐ来てくれるそうだ。月宮先輩ら生徒会の役員の方々は文化祭をまとめるために忙しいようだが、終わったら駆けつけてくれるらしい」
「先輩方が来てくれれば百人力ね」
「それよりも遊大！ おまえどうしてずっとうつむいているんだ！ おとこならまえをむけまえを！」

　そう言って留奈は俯く遊大の顔を掴み、無理矢理前を向かせようとする。だが、顔を上げた遊大の顔を見た瞬間、六人は言葉を失った。
　遊大の顔はとても健康な人間のそれとは思えず、目は虚ろで瞳から輝きは失われていたからだ。元々が女性顔負けの美少年であるため、疲労に溢れていても独特の美しさを持っていた遊大であったが、今の彼を称するならば“美しい”ではなく“恐ろしい”という言葉が合う。まさにそんな様相だった。

「遊大……？」
「高海君……？」

　そんな時、保健室のドアがノックされる。入ってきたのは遊希と一人の男性。そしてその男性のことを六人は知っていた。

「あなたは……高海 遊章プロでは？」
「はい。遊大の兄で高海家の長兄の遊章と申します。皆さま、日々私の弟がお世話になっております」

　一回り近く離れた少年少女たちに恭しく頭を下げる遊章。彼の礼儀正しさはプロデュエリスト界随一と言われ、年長相手はもちろん年下相手であっても礼を欠かさないことで知られていた。

「遊章さんが来たということは……」
「以前遊万や遊心がやってきた時と同じ理由です。私は父である高海 遊厳より遊大の実力を見極めるためにこのセントラル校に派遣されました。ですが、この状態でデュエルをするつもりはありません。遊大は私の弟です。弟の健康を気遣うのは兄として当然のことですから」

　その言葉は遊希たちにとってはとてもありがたいことであった。遊大の父である遊厳が遊大のセントラル校入学に好意的ではないのは知っている。そのため彼から課されたテストをクリアできなければ最悪普通科の高校に転校させられることもあり得たからだ。最も遊章をはじめとした遊大の三人の兄たちは弟のセントラル校進学に賛成の立場であったため、父親に逆らってでも遊大のことを気遣ってくれるのは関係者としても願ってもないこと。

「……兄さん」

　しかし、それを喜ばない者が一人だけいた。

「遊大？」
「……俺と……デュエルを……」

　他ならぬ遊大である。もちろん遊大が万全の状態でない以上、そんな状態でデュエルをしてもプロである遊章にはまるで敵わないことは明白だ。そして兄として自ら弟の未来を閉ざすことなど当然したくはない。

「遊大、君の気持ちは痛いほどわかりますが、その状態でデュエルなどとても」

　遊章がそう言いかけた瞬間、遊大は枕元に置いてあった自分のデュエルディスクを手に取ると、それを腕に装着する。そしてまるで鬼神が宿るかのような鋭い眼で兄を睨みつけた。

「俺は……兄さんとデュエルがしたい！ デュエルをしなければならない！！」
「遊大、何を言ってるんだ！？」
「そうだぜ！ そんな身体でデュエルなんかやったらそれこそお前は……」
「……うるさい。黙れ！！」
「っ！？」

　低く、ドスの利いた声が響く。そこに普段の心優しい彼はいなかった。そのあまりの迫力に止めに入った仁と陸の動きが止まる。こんな鬼気溢れる遊大の姿に彼らは本能的に恐怖を覚えてしまっていたのだ。

「……わかりました。君がそれを望むのであれば、受けましょう」

　この場にいる誰もが今そこにいる遊大は遊大ではないと理解していた。しかし、どのような性格になったとしても弟であることには変わりはない。遊章は長兄として末弟の本懐を遂げさせることに決めた。

「遊章さん……」
「申し訳ありません皆さん。私もデュエリストです。デュエルを望みながらそれができない時の悔しさは痛いほどわかってしまうのです。遊大……私は君を見極めるためにここにやってきました。なので手加減はしません。全力で行かせて頂きますよ」

　遊大の体調を慮って、デュエルが開始するのは今から三時間後となった。その時間には文化祭の一日は終わっており、生徒たちは皆寮へと戻っている。その時間なら二人が集中してデュエルが行えるからだ。
　そして何より、遊大は先程まで紫苑だった。そのため着衣は女子のものとなっている。そんな状態でデュエルをさせようものなら本来の遊大であれば泣いて嫌がっているだろう。最も今の遊大は服装よりもすぐのデュエルを望んでおり、その時点でやはりいつもの遊大ではなかったのだ。






＊





「まさか……遊大にあんなことが」

　遊章のために設けられた客間で彼は一人自分のデッキのカードを広げていた。遊章のデッキは融合召喚を軸にしたテーマ【捕食植物】。闇属性・植物族で統一されたそのテーマは植物族の展開力も相まってかなりの完成度を誇っている。その腕前は高海家ではナンバーワンと言っても差し支えない。

「父さん、あなたはこうなることを知っていたのですか。そして……このようなカードをあなたはどこで……」

　遊章の手には今回遊大をテストするにあたって2枚のカードが手渡されていた。1枚は自分のエースカードの絵違いのカードで、身体をくねらせては攻撃態勢を取っている1体のドラゴン。そしてもう1枚は―――遊大の覇王烈竜同様にI2社のデータベースにもないカード。遊大とデュエルをするときはこのカードを召喚することを父から命ぜられていた遊章。遊厳の狙いは息子である彼にもわからなかった。

（遊大、何があろうと私たちは君の兄です）



















―――例え、血の繋がりが無かったとしても―――