第122話：悲劇　作：光芒

　部活対抗のトーナメントの決勝戦が行われているその頃。遊希はセントラル校の校門近くにいた。校門には文化祭開催を知らせるカラフルな看板が立てられており、生徒・学外の人間問わず盛況していた。
　有名人であり、人混みが苦手な遊希はなるべく気づかれないように正門から少し出た道路の前に立つようにする。彼女がそもそも何故ここにいるのか。それには深い理由があった。

「……あの車かしら」

　遊希の立っている場所から少し行ったところに黒塗りの高級車が止まる。その車の後部座席からは一人の男性が降りてきた。黒めいた紫色の髪に、凛とした佇まい。男性であるが、とても優美な印象を抱かせる。

「ご無沙汰しております。本日はお忙しいところお越し頂きありがとうございました」

　遊希の元へ微笑みながら歩いてきた男性に、遊希は恭しく頭を下げる。

「これはご丁寧なお出迎えありがとうございます。むしろこちらこそせっかくの文化祭に招いて頂いてありがとうございました。こちらとしてはなるべく早く彼に会わなければならなかったので」
「とは言っても……今彼はちょっと複雑な事情にあるのですが」
「そのことについては弟から聞いていますよ。デュエルモンスターズの精霊が宿っているとか」
「はい。なので今の彼は……あなたが知る彼ではないと思います。高海 遊章（たかみ ゆうしょう）さん」

　この男性の名は高海 遊章。高海家の長男であり、遊万、遊心、遊大の兄。そして遊万同様に世界的に活躍しているプロデュエリストの一人である。





＊





　「One for all，All for one.」という言葉がある。日本語に直せば「一人はみんなのために、みんなは一人のために」といった意味合いであろうか。デュエルは基本的には一対一の勝負である。それはデュエリストならば誰もが認めることだ。
　しかし、このチーム戦というルールではその限りではない。サッカー部の代表に選ばれた陸、英佑、勇史の三人は自分一人の力だけではこのレベルの高い大会を勝ち抜けないことをよく理解していた。そこで彼らは三人で一つ。三位一体となることでこの大会で決勝まで勝ち抜いてきたのだ。

「なあ遊だ……いや、紫苑。お前には正直言って俺らなんかじゃ及ばない。それくらいの実力差があることはわかっている。お前が100の力を持つなら、俺らはせいぜい60か70がいいとこだ」
「自分を低く見過ぎじゃないかしら？ 国広君はもっと強いわ」
「へっ、そういう優しいところはやっぱ遊大だなあんた。でも俺とお前じゃ実力差があることはわかってるよ。でも俺一人では勝てなくても、三人が一つになればどうなる？」

　陸の例えをそのまま当てはめれば、サッカー部の三人を一人70とすれば、70×3＝210。三人が合わされば紫苑にだって勝つことができる。一本ではあっさり折れてしまう矢であっても、三つ重なればそう簡単には折れないように。

「男として、留奈ちゃんの彼氏として俺一人で勝てないって認めるのはちょっと悔しいけどさ。最後に笑うのは俺たちサッカー部ってことを、このデュエルで見せてやるぜ！」
「……わかったわ。だったら全身全霊で迎え撃ってあげる！！」


陸　LP8000　手札5枚
デッキ：35　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　Pゾーン：青/赤　除外：0　EXデッキ：15（0）
紫苑　LP3400　手札1枚
デッキ：31　モンスター：3（ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン、オッドアイズ・ファントム・ドラゴン、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン）魔法・罠：1　墓地：6　Pゾーン：青1（オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン）/赤8（オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン）EXデッキ：13（2）


☆TURN01（陸）

「俺のターン！ 俺の墓地に魔法・罠カードが存在しないことで、俺は手札から《超重武者ヌス-10》を特殊召喚！」

《超重武者ヌス-10》
効果モンスター
星10/地属性/機械族/攻1000/守1000
(1)：自分の墓地に魔法・罠カードが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。この方法で特殊召喚に成功したターン、自分は「超重武者」モンスターしか特殊召喚できない。
(2)：このカードをリリースし、以下の効果から1つを選択して発動できる。
●相手の魔法＆罠ゾーンのカード1枚を選んで破壊する。その後、破壊したその魔法・罠カードを自分フィールドにセットできる。
●相手のPゾーンのカード1枚を選んで破壊する。その後、破壊したそのカードを自分のPゾーンに置く事ができる。

「そしてヌス-10をリリースして効果を発動！ 相手のPゾーンのカード1枚を選んで破壊する。破壊するのはアーク・ペンデュラムだ！」

　機械族ながら風呂敷を被った泥棒のような意匠をしたモンスターは大きくジャンプすると、宝物を盗むかのようにPゾーンのアーク・ペンデュラムを破壊する。アーク・ペンデュラムのP効果は当然のことながら、自身が破壊されてしまった場合は意味を為さない。

「そしてそのアーク・ペンデュラムを俺のPゾーンに置く」
「ヌス-10だけあって狡い真似をするのね」
「サッカーだと一発レッド貰うけどな！ でもこれはデュエルだから悪く思うなよ？ 俺は更にチューナーモンスター《超重武者タマ-C》を召喚！」

《超重武者タマ-C》
チューナー・効果モンスター
星2/闇属性/機械族/攻100/守800
「超重武者タマ-C」の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1)：自分フィールドに「超重武者」モンスター以外のモンスターが存在せず、自分の墓地に魔法・罠カードが存在しない場合、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターとこのカードをフィールドから墓地へ送る。その後、墓地へ送ったそのモンスター2体の元々のレベルの合計と同じレベルを持つ「超重武者」Sモンスター1体をエクストラデッキからS召喚扱いで特殊召喚する。

「超重武者タマ-Cの効果を発動！ 俺のフィールドに超重武者以外のモンスターが存在せず、俺の墓地に魔法・罠カードが存在しない場合、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動！ 俺が対象とするのはルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン！」
「……ルーンアイズをどうするつもり？」
「こうするのさ！ このカードと対象に取ったルーンアイズを墓地へ送り、そのモンスター2体の元々のレベルの合計と同じレベルを持つ超重武者シンクロモンスター1体をEXデッキからシンクロ召喚扱いで特殊召喚する！！」

　タマ-Cの力でタマ-C自身ととルーンアイズの姿がフィールドから消えていく。ルーンアイズの対象に取られない効果はフィールドのPモンスターを素材に融合召喚に成功したターンのみであり、そしてルーンアイズはPモンスターではないため、Pゾーンのペルソナ・ドラゴンの効果も発動しない。

「レベル10の超重武者……そういうことね」
「“魔天の竜よ。不動の武者の魂を得て今、大いなる巨神へと転生せよ！” レベル10の超重荒神スサノ-Oをシンクロ召喚！」

　守備力3800かつ表側守備表示のまま守備力を参照して攻撃を行えるスサノ-Oが鎮座する。陸のデッキの切り札であり、このデュエルにおいて紫苑と林檎の行く道を阻む文字通りの“守護神”であった。

「ルーンアイズをこんな形で利用されるとは思わなかったわ。でも私のフィールドにはまだオッドアイズが2体存在する。このターンでのゲームエンドは難しいわ」
「確かに。このターンでの俺の勝利はない。だからできるだけ流れを引き寄せさせてもらうぜ！ 俺は手札の超重武者装留ダブル・ホーンをスサノ-Oに装備！ このカードを装備したモンスターは2回攻撃できる！ バトルだ！ まずはオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを攻撃！ “クサナギソード・斬”一撃目！」

超重荒神スサノ-O　DEF3800　VS　オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン　ATK2500

紫苑　LP3400→LP2100

「そしてオッドアイズ・ファントム・ドラゴンも倒させてもらう！ “クサナギソード・斬”ニ撃目！！」

超重荒神スサノ-O　DEF3800　VS　オッドアイズ・ファントム・ドラゴン　ATK2500

紫苑　LP2100→LP800

「っ……！」
「さて、そろそろ最後のホイッスルが吹く時かな？ 俺はこれでターンエンドだ！」


陸　LP8000　手札2枚
デッキ：35　モンスター：1（超重荒神スサノ-O）魔法・罠：1（超重武者装留ダブル・ホーン）墓地：1　Pゾーン：青8（オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン）/赤　除外：0　EXデッキ：14（0）
紫苑　LP800　手札1枚
デッキ：31　モンスター：0　魔法・罠：1　墓地：7　Pゾーン：青1（オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン）/赤　EXデッキ：13（4）


☆TURN02（紫苑）

「私のターン、ドロー。ねえ国広君、あなたはさっきはホイッスルが吹く……とかどうとか言っていたわよね？」
「ああ……まあサッカー部としてデュエルしているわけだし、サッカー用語くらい使いたくなるんだよね。ホイッスルとかオウンゴールとか」
「私の母国もサッカーは盛んよ。用語についてはそれなりの知識はあるわ」

　紫苑はドイツからの留学生（という設定）である。精霊である彼女は、当初は現代の文明に疎かったが、遊大の身の体に憑依したことで彼の記憶から多くのことを学んだ。サッカー部の陸が同室のため、遊大も陸と話すうちに自然とサッカーについての知識を得ていたのだ。

「だから教えてあげる。ホイッスルが吹くまで油断は禁物。アディショナルタイムこそ本当の勝負であり、そこを制したチームが勝つ。私は墓地の置換融合の効果を発動！ このカードをゲームから除外し、墓地の融合モンスターであるルーンアイズをEXデッキに戻すことで私は1枚ドローする！」

　あと数分守り切れば―――の場面で相手にゴールを決められ、大会の出場権を失う。この国の人間であれば、サッカーファンではなくても知っているその出来事は今もなお語り継がれていた。そして、それはデュエルでも十分に起こり得る悲劇である。

「私は手札から魔法カード、ペンデュラム・コールを発動。手札1枚を墓地に送り、デッキからカード名が異なる魔術師と名のついたPモンスター2体を手札に加える。私が手札に加えるのは降竜の魔術師と黒牙の魔術師。このカードを発動したターン、Pゾーンの魔術師は破壊されない。私は今手札に加えたスケール8の黒牙の魔術師を片方のPゾーンにセッティングするわ」

　これにより、紫苑は再びレベル2から7までのモンスターのペンデュラム召喚が可能になった。アーク・ペンデュラムの効果は確かに強力だが、強力故に真っ先に狙われるであろうアーク・ペンデュラムの代用として変わらずスケール8以上のPモンスターを採用していた。

「私は手札のレベル7モンスターである降竜の魔術師、EXデッキからレベル7のオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン2体とオッドアイズ・ファントム・ドラゴンをペンデュラム召喚！」

　フィールドにはP召喚の力も相まって4体のモンスターが一気に並ぶ。これらのモンスターの総攻撃力は9900にも達する。しかし、合計こそ9000を超えても、単体の力は守備力3800のスサノ-Oには遠く及ばないのが現状だ。

「そして降竜の魔術師とオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンでオーバーレイ！ 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚！ “二色の眼の竜よ。絶対零度の力を以て全てを支配せよ！” オッドアイズ・アブソリュート・ドラゴン！」
「オッドアイズ・アブソリュート・ドラゴン……もし相克の魔術師があったら俺は負けていたかもしれないが、お前の手札は既に0。アブソリュートの力で攻撃を止めても時間稼ぎにしかならないぜ！」
「……時間稼ぎ？ 冗談言わないで頂戴。私は勝つためにアブソリュートをエクシーズ召喚したのよ」
「勝つ……ために？」
「そうよ。まず一手。Pゾーンの黒牙の魔術師の効果。相手フィールドのモンスター1体の攻撃力をターン終了時まで半分にする。対象はもちろんスサノ-Oよ」

超重荒神スサノ-O　ATK2400→ATK1200

「この効果を発動した黒牙の魔術師は破壊されるけど、ペンデュラム・コールの効果で破壊されない」
「スサノ-Oの攻撃力を下げたところで何になるってんだ！ 超重武者は不動！ 防御こそ最大の攻撃だぜ！」
「そしてこれが次の手。墓地の《ADチェンジャー》の効果を発動！」

《ADチェンジャー》
効果モンスター
星1/光属性/戦士族/攻100/守100
自分のメインフェイズ時に、墓地のこのカードをゲームから除外し、フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターの表示形式を変更する。

「ADチェンジャー！？ そんなカードデッキに入れてなんて……」
「ええ。入れてなかったわ。このデュエルの前まではね」
「まさか俺とデュエルするためだけにそのカードを……」
「留奈ちゃんをワンショットキルした時、彼女は国広君に敵討ちを願ってたじゃない？ 愛し合ってるあなたたちのことだから、きっとあなたは発奮する。そして当たる時が来ることを見越してこのカードを用意していたのよ。備えあれば患いなし、とはよく言ったものね。墓地のADチェンジャーを除外してスサノ-Oを攻撃表示に変更する」

超重荒神スサノ-O　守備表示→攻撃表示　ATK1200

「っ……！！」
「バトルよ。オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンで超重荒神スサノ-Oを攻撃！」

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン　ATK2500　VS　超重荒神スサノ-O　ATK1200

「オッドアイズ・アブソリュート・ドラゴンの効果を発動！ オーバーレイユニットを1つ消費し、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃を無効にする。そして墓地のオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを特殊召喚する」

　守りを解いたスサノ-Oに攻撃を仕掛けようとしたオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの行く手を阻むが如く、氷の壁が現れる。自分で自分の攻撃を止める……一見すれば意味のない行動だ。“あのカード”がある場合を除いて。

「攻撃を無効に……？」
「そしてこれが最後の一手！ チェックメイトよ！ リバースカードオープン！ 攻撃を無効にされたオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを対象に―――





―――速攻魔法《ダブル・アップ・チャンス》を発動！―――




《ダブル・アップ・チャンス》
速攻魔法
モンスターの攻撃が無効になった時、そのモンスター1体を選択して発動できる。このバトルフェイズ中、選択したモンスターはもう1度だけ攻撃できる。その場合、選択したモンスターはダメージステップの間、攻撃力が倍になる。


「ダブル・アップ・チャンス！？」

　ダブル・アップ・チャンス。林檎が最初のターンに砂塵の大竜巻と共にセットしたこのカードは彼女が紫苑のデッキと組み合わせるために入れたカードだ。アブソリュートの攻撃無効効果とオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの戦闘ダメージ倍増効果とのコンボを成立させるために。

「林檎がこのカードをセットしていてくれたからこそ、この勝ちはある。あなたたちは三人で結束してここまで来たようだけど……私と林檎の絆はそれをも凌駕する！！」

　オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンは再び低く身構えては攻撃の態勢に移る。その二色の眼には間違いなく闘志の炎が燃え盛っていた。

「ダブル・アップ・チャンスの対象になったモンスターはそのバトルフェイズ中、選択したモンスターはもう一度だけ攻撃できる。そしてその場合、そのモンスターの攻撃力はダメージステップの間、攻撃力が倍になる！ オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン、もう一度スサノ-Oに攻撃しなさい！“螺旋のストライクバースト”！！」

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン　ATK2500→ATK5000　VS　超重荒神スサノ-O　ATK1200

「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンが相手モンスターと戦闘を行う時、相手に与えるダメージは倍になる！ オッドアイズとスサノ-Oの攻撃力の差は3800……よってその倍、7600のダメージよ！ “リアクション・フォース”！」

陸　LP8000→LP400

「なっ……マジかよ」

　最後の砦である自分をこうもあっさり突破する。デュエルを行っているのは紫苑であるが、これは遊大のデッキでもある。紫苑の実力はそれ即ち遊大の実力となるのだ。

「あなたはさっき三人の力で100の私を超える、って言ったわよね。言っておくけど、私が100なら林檎は……120よ」
（あいつ……どんどん強くなっていくな。俺なんかじゃ、止められねえ。でも、楽しかったぜ！）
「オッドアイズ・アブソリュート・ドラゴンでダイレクトアタック！ ”零度のアブソリュート・バースト！”」

オッドアイズ・アブソリュート・ドラゴン　ATK2800

陸　LP400→LP0





＊





『デュエル終了！！ なんと見事で鮮やかな大逆転勝利！！ 優勝は―――合唱部です！！ チャンピオンおめでとう！！』

　紫苑と林檎の合唱部の優勝が決まり、会場には大歓声が沸く。先鋒の林檎がワンショットキルを食らってしまったが、その後の紫苑は陸を含めたサッカー部三人にワンショットキルで返した。そしてそのワンショットキルは紫苑一人の力で成し遂げられたものではない。
　林檎が残していた幻奏モンスターでダイヤウルフをエクシーズ召喚できたからこそビーストアイズの、セットしていた置換融合のおかげでルーンアイズの融合召喚に成功。そして極めつけのダブル・アップ・チャンス。この勝利は間違いなく二人の力で勝ち取ったものであった。

「紫苑！ やったよ紫苑！」
「林檎……」

　歓声が沸く中、林檎は紫苑の元へと駆け寄っていく。紫苑はにっこりと微笑みながら両手を広げては彼女を抱きしめようとした―――。













―――その瞬間であった。紫苑が苦痛の表情を浮かべてその場に倒れてしまったのは。










「彼女が……遊大だと言うのですか？」
「はい……そして弟さんに宿っているデュエルモンスターズの精霊です」

　林檎や陸が倒れた紫苑を介抱する中、そのデュエルの一部始終を遊希と遊章は見届けていた。そんな遊章の手の中には、紫色のカードが怪しく輝いていた。