番外編：夏想・4　作：光芒

●前書き
こんなに可愛い子が女の子な訳ないだろ！










「遊大……遅いな」
「もしかして今頃あんなことやそんなことをされちゃってんじゃないだろうな」

　唆されたとはいえ、風呂を覗かれた女子四人は、風呂から上がると実行犯である遊大を自分たちの部屋にほぼ無理矢理連れ込んだ。林檎は目を輝かせながら「ギブアンドテイクでみんな、幸せっぽくなろうよ？」と懐かしいアニメソングのようなことを言っていたため、覗きという行為の対価を支払わされていることが容易に想像できた。

「あんなことやそんなことって？」
「女の子たちは裸を見られた。それでいて林檎ちゃんのギブアンドテイクって言葉……」
「……取り敢えず合掌するか」
「んだな。ドンマイ、遊大」

　煽った自分たちにも罪はある、と一応の罪悪感を抱きながらもやはり他人事である陸と仁。そんな時、数十分して林檎たちが部屋から出てきた。

「ごめんごめん、待たせちゃった？」
「さっそく、ゆうごはんをたべるぞ！」
「まだ作ってすらないけど」
「あれ、遊大と美鈴ちゃんは？」

　何処かスッキリした様子の三人であるが、美鈴と肝心の遊大が出てきていなかった。陸にそれを指摘された林檎は部屋に戻ると、嫌がっていた遊大を無理矢理引っ張り出した。

「はい、みんなにご挨拶！」
「お、お帰りなさいませ……ご主人様……」

　部屋から連れ出された遊大が身に纏っていたのは、まるで秋葉原にあるメイドカフェのメイドが着るような女性向けのメイド服であった。肩と脇、腹部を露出し、少し屈めば中が見えてしまうほどの短いスカート。メイド発祥の地であるイギリスではまず見られないようなその出で立ちは、明らかに本来のメイドに求められる能力とは別のものが求められるものであった。

「……何があった？」
「いやね。高海君は私たちのお風呂を覗いたわけじゃない？ ということで何らかの罰ゲームを受けてもらおうってことになって」
「きょういちにちわたしたちのメイドとしてはたらいてもらうことにしたんだ！あ、きゅうりょうはないからな？」
「まあ警察に通報されるよりかはマシだと思って貰いたいわね。それにメイド服を嫌がったらもっと際どいものを着せられてたわけだし」

　ちなみにこのメイド服は林檎が隙あれば誰かに着せようと思って持ってきたものであり、遊大がこのメイド服を断った場合はより露出の激しいバニーガールや某軍艦擬人化ゲームの駆逐艦の制服を着せるつもりだったという。そうなるともはや遊大に選択の余地は無かった。

（今度なんか奢ってやるか）
（そうだな、なんか本当に悪く思えてきた）
「ところで美鈴ちゃんは？」
「あー……高海君の生着替えとメイド服姿を見て部屋で卒倒してる」

　海では溺れ、風呂を覗かれ、挙句の果てには卒倒。そう言った意味ではある意味一番の被害者は美鈴かもしれない。だが、本人は気を失いながらも「目の奥底に焼きつけたい、そして二度と忘れたくない」と思えるようなものを見ることができて、どちらかという幸せだったりもするのだが。

「うう、早く今日終わってくれないかなぁ……」
（それにしても高海君の女装が似合い過ぎて女であるはずの私たちがジェラシー抱いちゃうのってなんか変な感じだなぁ）

　メイド服姿の遊大はスカートの裾を引っ張りながらもじもじとする。残念ながらその行為自体が林檎たちをより扇情させるのだが、残念ながら彼はそれに気づいていなかった。





＊





「お、お待たせいたしました。こちらが本日のメインディッシュになります……」

　相変わらず露出過多なメイド服のまま料理を運ぶ遊大。遊大一人に全てをさせるのはさすがに忍びないと思った陸と仁が料理を担当したために彼の普段はわずかに減ったが、料理の労力とメイド服による羞恥では明らかに釣り合わないものである。最も陸と仁のマッチョ二人組のメイド服姿など林檎たちからはノーサンキューを突きつけられてしまったのだが。

「二人はわかってないよね！ 高海君だから可愛い恰好が映えるんであって！」
「くうきをよめ！ くうきを！」
「誰もあんたに言われたくないだろうけど……それで、大丈夫、美鈴」
「は、はい。なんとか致命傷で済んでいます……」

　意識を取り戻した美鈴は少し前に戻ってきていたが、やはりメイド服遊大の破壊力は彼女に相当特攻がかかっているようで、早くも限界が近いようだった。そんな美鈴の様子に気付いたのか、メイド服姿のまま遊大が彼女の隣に座る。林檎の持ってきたフレグランスの香りが美鈴の鼻をくすぐった。

「大丈夫、孫さん？」
（ち、近いです……）
「高海君、こういう時はアレの出番だよ！」
「アレって何よ」
「えっと……やっぱりやらなきゃダメ？」

　覚悟を決めた遊大は、いつになく真剣な瞳で美鈴を見つめる。自分の体温と鼓動がみるみる早くなるのがわかる美鈴であるが、ここで目を反らしたくはない、と思った美鈴は負けてたまるかとばかりに遊大を見つめ返す。緊迫した空気が部屋に流れる中、遊大は思い切った行動に出た。





―――……げ、元気を出して？ 萌え萌えどっきゅん♪





「ぶぶぉっ！」

　キッチンの方から陸と仁の吹き出す声が聞こえた。遊大の顔から耳までが真っ赤に染まる中、予期せぬ攻撃を受けた美鈴はまたしてもその場で卒倒してしまった。

「そ、孫さん！？ 大丈夫、しっかりして！！」
「自分で仕込んでおいてなんだけど、破壊力えげつないね」
「林檎、あんたねぇ……」
「というかおとこなのにおんななみにかわいい遊大がいじょうだとおもうぞ！」
「えへへ……もうしんでもいいですぅ……」

　卒倒した美鈴であるが、その顔は幸せそうであった。さすがにこのままでいては美鈴の体調が気掛かりということもあって、遊大の罰ゲームは終了。元の部屋着に戻ることが許された。

「あー、もうメイド服はこりごりだよ……」
「でももう二度と着ないってことはないかもな」
「えっ」
「文化祭とかな。少なくとも音無あたりが触れ回れば今日のことは皆の知れるところになるぞ」

　遊大がメイド服を着て配膳をするところは林檎や留奈がスマートフォンのカメラでばっちり収めていた。少なくとも比較的口の軽いこの二人が言い回したらどうなるかは想像するまでもない。遊大はやがて訪れるであろう試練の日々に怯えながら生きなければならない。そう思うと全身の血がサッ、と引いていくような予感がした。

「……ちょっと水飲んでくるね」

　覚束ない足取りでキッチンへと向かった遊大は冷蔵庫の一番下に入っているボトルを取り出してはそれを開けて一気に口に含む。思えば今日は朝から海で色々なことをして遊び、夜は恥ずかしい思いをしたとはいえ皆の喜ぶ顔を見ることができた。疲れはしたが、その分充実した一日であることは間違いなかった。

（……なんだかんだ言って楽しい一日だったなぁ）
「ふぅー……」
「あっ、高海君。さっきはごめんね。ちょっと私たちもはしゃぎすぎ……って高海君それ飲んじゃダメだよ！！ それ……お酒だよ！？」

　遊大に駆け寄った林檎は彼の手に握られていたボトルを奪い取る。2リットルのペットボトルに入っている透明な液体であったため、遊大はそれをミネラルウォーターだと思ってグラスに入れて飲んでいたのだが、そのペットボトルに入っていたのは紛れもなく焼酎であった。彼はそれを水やお湯で薄めることなくそのまま飲んでしまったのである。

「もうっ！ なんでそんなものが……高海君、大丈夫？ ほら、お水飲んで！」
「……！」
「きゃっ！！」

　林檎は遊大を介抱しようとコップ一杯の水を渡そうとする。しかし、遊大はそのコップの水を一気に飲み込むと、林檎の手を掴み、キッチンの壁へと彼女を押し付けた。二人はいわゆる「壁ドン」の状態になっていた。

「ちょっ！？ 高海君！？」
（やばいやばい、近い近い近い。高海君のイケメンが近い近い近い）








―――さっきはよくもやってくれたね、林檎。これから……たっぷりと、お返ししてあ・げ・る。