番外編：師弟・2　作：光芒

「そっか、うちの学校受けてくれるんだ。それなら私たちも安心できるってもんだね」

　遊希とも結衣とも面識のある綾香と出会えたことは遊大にとっては幸運に他ならなかった。もしこのまま遊大と結衣が二人きりだった場合はセントラル校のいいところを何一つアピールできないまま終わってしまうところだったのだから。遊大は綾香に事情を説明すると、彼女は代わりにセントラル校を案内してくれた。伊達に三年間通っているだけあって遊大が知らないようなところまで知っている。持つべきものは上級生である。

「はい。ですが、遊希さんや綾香さんと一緒に学べないのは残念です」
「まあそればっかりはね……そのために留年するわけにもいかないし」

　しかし、結衣が入学するのと入れ替わりで現在の三年生、つまり遊希や綾香たちは卒業を迎える。そのため遊大がこの頼れる上級生に甘えられるのも残りわずかということになってしまうのだ。

「まあ交流会の時に一緒だった“あの子”もいるし、何よりこれからはこの高海君をはじめとした優秀な先輩が結衣ちゃんたちを引っ張ってくれるから！ 」
「ほ、星乃先輩……」
「優秀……ですか」

　「優秀」という言葉を聞いて何処か訝しげに遊大を見つめる結衣。その目つきは彼女が遊大のことを優秀な人間とは思っていないのは火を見るよりも明らかであった。最も遊大自身も今の自分を優秀だなんて思ってもいないのだが。

「あっ、その目。結衣ちゃん高海君のこと優秀と思ってないでしょ？ 言っておくけど高海君のデュエリストとしての才能は遊希だって認めているんだからね？」
「遊希さんが？」
「そうだよ。だって高海君は遊希が直々にデュエル委員に指名したんだからね。デュエル委員の時の活動ももちろんデュエリストとしてもちゃんと面倒を見てあげているんだからね？」

　綾香が褒めてくれているようだが、さすがに買いかぶりすぎているのではないかと思ってしまう遊大。遊希が色々と気にかけてくれているというのはわかってはいるが、彼女が自分に注意を払っているのも遊大の持つ《覇王烈竜オッドアイズ・レイジング・ドラゴン》のような世界で遊大一人だけが持つ特別なカードの存在が大きい。そのため純粋に一人のデュエリストとして見てくれて貰っているという実感はなかったのだ。しかし、次に綾香の言い放った一言が全てを一変させる。

「ま、何より高海君が遊希の彼氏だからってのもあるけどね」
「はぁっ！？」
「ええっ！？」

　その言葉を聞き、椅子を倒しながら同時に立ち上がる遊大と結衣。遊希と遊大の関係についてまさか綾香からそんな言葉が出るとは思っていなかった二人の驚きようはとんでもないものだった。しかし、驚きの後に来る感情に関しては二人は異なっていた。

「どういうことですか！ こんな人が遊希さんの彼氏……？ 遊希さんにはふさわしくありません！」
「そうですよ！ 俺は遊希さんとはまだそんな関係じゃ……
「まだ？」
「まだ？」
「あっ」

　墓穴を掘る、ということはこういうことを言うのだろう。遊大は自分がとんでもないことを口走ってしまったのはわかったが、もはや取り消すことなどできない。

「よかった。まだってことは高海君にもそういう感情があるってことなんだね。遊希も喜ぶよー」
「喜ぶって……」
「あのね、高海君と出会ってからの遊希ね。結構な確率で高海君の話してるよ？ ぶっちゃけ今告ってもOK貰えると思う！」
「いや、貰うとか貰えないとかじゃなくて……」
「……ません」
「ん、結衣ちゃん？」





―――私は認めません！！





　怒りの表情を剥き出しにして遊大を指差す結衣。他人を、しかも年長者に対して指を差すのは失礼なことであるとわかっているのだが、もはや今の彼女には何を言っても焼け石に水であった。

「えっ……？」
「なんですか、さっきから。遊希さんに目をかけて貰っているからといって実力も無いのに弟子面をするだけに飽き足らず、遊希さんを自分の彼女に？ 思い上がりも甚だしいんじゃないですか！？」
「いや、だから俺は遊希さんとはそういう関係じゃ……」
「遊希さんや綾香さんがいい学校と言う以上、このセントラル校はいい学校なのかもしれません。ですが、遊希さんを……そんな下卑た眼で見ている人と同じ制服に袖を通したくありません！」

　元々頑固なところがある結衣である。一度頭に血が昇ってしまえばそうそうわかって貰えるものではないだろう。しかし、自分一人が侮辱されるならいざ知らずセントラル校全体を悪く言われるということに関してはそれを見過ごすわけにはいかない。

「ちょっと、落ち着こう。結衣ちゃん」
「……俺の事はいくら悪く言ってくれても構わない。でも、みんなを、このセントラル校を悪く言われるのは我慢できないよ！」
「高海君も乗らないでってば！」
「っ……！ わかりました。ではセントラル校の在校生として、力を見せて下さい。私とデュエルをしましょう？ あなたが勝ったのであれば、私は自分の非を認め、これまでの礼を欠いた言動を謝罪します。ですが、あなたが負けた場合は……」
「俺が君に頭を下げる。なんだったらデュエル委員も辞めてもう金輪際遊希さんに近づかない、というのはどうかな？」

　ちょっとした冗談のつもりが、まさかここまで燃え広がってしまうとは。綾香はこの後何をされるかを覚悟の上で遊希に連絡を取った。電話口の遊希の逆鱗に触れたのを確信しながら。





＊





「……なるほど、それで高海君と結衣があんなことに」
「はい」
「しかもそのきっかけがあんたのひょんな冗談、なのよね？」
「は……いひゃいいひゃい！ きゅちぎゃしゃけりゅぅぅぅ！！」

　遊大と結衣が一触即発になっていると聞いて駆け付けた遊希は事の顛末を綾香から聞いた。全てを聞き終わった彼女は苦笑いを浮かべる綾香の両の頬っぺたを思いっきり引っ張った。

「この口？ この口なの？ 小火をつけてまわるこの悪い口は！ 引き千切って《ハングリーバーガー》みたいな顔にしてやろうかしら！！」
「ひゃんぎゅりぃびゃーがーはいひゃあ！ しぇめてねきゅろすとかにしてええ！」
「儀式モンスター繋がりだからといって許されると思わないことね！ ああ、もう！」

　珍しく感情を露わにした遊希がデュエル場で対峙している二人の間に割って入る。「私のために争わないで！」という言葉こそ出さないが、そんなドラマのような展開が本当に目の前で起きようとしているのは夢にも思わなかっただろう。

「えっと……あのね。さっきのは綾香の悪ふざけなのよ。あの子に悪気は……あったんだろうけど」
「遊希さん、もう遅いですよ。私も高海さんももう出した刃を引っ込められなくなってしまっています」
「結衣……ねえ、高海くん。考え直すことは……」
「ごめんなさい、できないです。俺にも……その、意地がありますから」
「あう」

　力無く天を仰いだ遊希もよくわかっていた。一度火がついたデュエリストを止めることはまずできないということを。そもそも自分自身がそのデュエリストなのだから。こうなっては無理に止めるよりも二人の気が済むまで、思い切りデュエルをさせた方が二人のためになるだろう。

（後で綾香には二人になんか奢らせる。あと千夏と詩織とエヴァも含めて四人でくすぐり地獄の刑ね）

　遊希が綾香への罰ゲームを考えている中、対峙する遊大と結衣の間には緊迫した空気が満ち溢れる。

「さて、高海 遊大さん。デュエルを持ちかけたのは私ですが、私が誰かは当然知っていますよね？」
「……白幡 結衣さん。中学生にしてプロデュエリストになった天才にして天都 遊希の弟子。これでいいですよね？」
「はい。ちょっと褒められ過ぎている気もしますが……デュエリストとしての力は私の方が上です。なのに私とのデュエルを受けるんですか？」
「確かにあなたの方が俺より強いかもしれない。でも、デュエルに絶対はない」
「……そうですね、不要な質問でした。では、全力で行きます！」



―――デュエル！！―――



先攻：結衣
後攻：遊大


結衣　LP8000　手札5枚
デッキ：35　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　Pゾーン：青/赤　除外：0　EXデッキ：15（0）
遊大　LP8000　手札5枚
デッキ：39　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　Pゾーン：青/赤　除外：0　EXデッキ：15（0）