第１０５話：首振り人形との大事な約束　作：チュウ

　「さて、ここでいいか」

　俺達は戦闘隊長ダキムに勝利後、城をの外へ出た。モディファーは戦果の報告をするために青の国の上級将校がいるであろう本陣に行ってしまった。

　この機を逃すまいと、俺達はとにかく人気のない場所へ移動した。そして、今はこの町の路地裏に来ている。

　「あまり長居はできないのよ。もう、獣人と青の国とのここでの戦争は事実上終わっていると言っていいの。この町の中にも青の国の人達が流れ込んでくる……そうなったら人気のない場所なんてなくなるのよ」
　「分かっている。急ぐぞ」

　俺はさっき封印した狐耳の少女のカードを取り出した。

　「クロリム、頼む」
　「ほい来たの！」

　クロリムの封印解除の魔法によって、狐耳の少女が目の前に現れた。
　変わらずボロボロの状態だ。早く手当をしないと。

　「【治癒魔法】！ほい！」

　クロリムの魔法によって少女の傷がどんどんなくなっていく。
　本当に魔法は凄いな。

　「治癒は専門じゃないからこれが限界なのよ……でも、これで身体はかなり楽になる筈なのよ」

　治療した少女が起き上がった。

　「助かった、礼を言う……」

　傷がある程度良くなったとはいえ、まだ辛そうだ。身体の動きは緩慢だし、起き上がるのが精一杯で歩くまでには至ってなさそうだ。

　「時間がないから手短に話すぞ王女様。まず、何で捕まっていたんだ？戦闘隊長のダキムは同族だろ？」
　「奴に命を狙われていた……ただ、それだけの話しじゃ」

　こんな状況で同族に命を狙われるってどういう状況だよ。

　「……それはおかしい。だって貴女は王女、貴女がいなければこの国は成り立たなくなる」
　「フィオラの言う通りだ。それに、凄い策士だと聞いたぞ？誰も予想がつかない様な作戦や人事配置をやってのけているって」

　千変のなんちゃらみたいな二つ名のもあるくらい有名人だ。そんな策士を失う様な行為を戦闘隊長自らやるのが理解できない。

　「妾は……そんな大層なもんではない。妾は……お飾りなのだ」

　お飾り？

　「妾は王族の家系に生を受けたが、王には妾の兄弟がなる筈じゃった。じゃが、何故か妾の兄弟は皆、王に就くや否や死んでしまったのだ」
　「そんな事あり得るのか？」

　王に就いたとたん死んでしまうのは、最早他殺としか考えられないが。

　「毒殺、暗殺……色んな方法で妾の兄弟達は死んでいった。もちろんそんな証拠なぞない。だが、事実謎の死が繰り返されていった……そうして本来は王の席に座る予定ではなかった妾の番になってしまった。妾に王が勤まるとは誰も思っていなかったのじゃ。妾の言う事など誰も聞かぬ……王としての学もつけて来なかったからの。当然じゃ」

　それが本当ならおかしな事が出てくる。

　「なら、誰が奇抜な作戦を考えていたんだ？」
　「誰もそんなものは考えておらん……妾はただ頷いていただけじゃ。皆が皆、思い思いの作戦を考えてそれぞれで行動をしてたのじゃ。相次ぐ王の死で疑心暗鬼になっていたり、妾に取り入ろうとしていたりと、内部は滅茶苦茶になってしまい収拾をつける事ができなかった……」

　狐の少女は涙を流しながら語った。
　それ程までに混沌とした内部事情で、彼女の精神は酷く疲弊していたのが見て取れる。

　「頷けば皆、妾の事を気に入ってくれた。妾はただ死にたくなかったのだ。妾の兄弟達を殺したのが誰なのかは未だに分からず仕舞い……誰が敵で味方なのか、妾が一番疑心暗鬼になっておった。戦争は負け続きで同胞はどんどん居なくなっていく。妾のない頭ではなにも思い浮かばず、震えて過ごす事しかできなかった……」

　奇抜な策を操る天才策士などは幻想で、勝手に広まった誤情報だったんだ。
　彼女はただの一人の女の子でしかなく、周りの連中が勝手に行動していただけ……だから、組織同士の連携が取れていなかったり、情報が行き届いていなかったりしていたんだ。

　小さな村にいた獣人、路地で襲って来た獣人、地下に隠れ潜んでいた獣人、そしてダキム……全員がそれぞれで動いていただけ。他の獣人達もそうなんだろう……衝動的な行動が重なった結果、奇抜な作戦の様に見えただけだったんだ。そりゃそんな作戦、本職の軍師も考えつかないだろう。だって偶然そうなっただけなんだから。

　そんなのを何年も続けていたと考えるとゾッとするし、戦争に勝てる訳もない。
　この国は負けるべくして負けたんだ。いや、そんな言葉すら生ぬるい……きっと戦う前から負けていたんだ。

　「なぁ、妾は、どうすれば……よかったんだ？……」

　切実な思いだった。涙を流しているその瞳は、絶望し過ぎて光が見えない。
　そしてその答えを、この場で答えられる者はいないだろう。それ程難解な問いだからだ。

　「……どう、したらいい？」

　フィオラが俺に尋ねて来た。
　俺にも分からない。どうしたらいいんだ……それに彼女の処遇も早く決めないと。ただの情報収集だったのが、とんでもない問題を聞く羽目になってしまった。

　「前提としての話しだ……恐らくこの戦争は黄の国の敗北で確定だろう。この調子なら、後は首都が陥落するだけなんだから。現状の俺の考えでは、最終的に青の国はフィオラに王女として君臨して貰うのが一番いいと思っている。俺とクロリムの目的はモディファーを含めたダークネスの力を追い返す事だ。それに関与しているのがモディファーと青の国の現国王だ」

　そう、一番の問題であるこの二人を何とかするのがクロリムの目的だ。だが、何とかできたとしてそれで全てが終わるわけではない。再発防止のための措置までする必要がある。

　「フィオラの兄についても最終的には退場して貰う事も前提条件に入るが、フィオラが仮に王位に就いた場合、黄の国の処遇は如何様にも変える事ができる。でだ、今一番黄の国で信頼できるのが貴女だけだ王女様。仮の話しだが、黄の国を復興させるのであれば、その国の王は貴女しかいないと考える。その方がこっちとしても都合がいいからだ」
　「何が言いたいんじゃ？……」
　「今すぐに降伏をした方がいい。その方が無駄に血が流れる事もない。カードに封印もされているが、明らかに殺されている者もいる……だから、最終的に貴女が王に返り咲くために、今はこの戦争に負けろ！」

　言うが容易いとこの事だろう。きっとかなり大変な道になるだろうが、全ての事をなるべく丸く収めるにはここまでする必要がある筈だ。

　「無理じゃ！皆、妾の言う事など聞かぬと言っただろう！降伏しようにも誰も降伏しないんじゃ！」
　「その方法はこっちで考える！だから、俺達に協力してくれないか？」

　彼女が協力をしてくれなければ、黄の国の復興はできない。その場合は待遇の改善に留めて青の国の植民地のままにする事になる。その方が本当は楽だ。手間が一つなくなるんだから。

　本来ならここまで俺がする義理はない。ダークネスさえ何とかすればいい。それだけでいいんだ、本当は……でも、この世界を見てきて思う事が沢山あり過ぎる。それになにより、後顧の憂いを絶ってからフィオラには王女になってほしい。彼女には大変な目にあって欲しくない。

　「妾を、助けて、くれるのか？」
　「あぁ！助ける！」

　俺は彼女に手を差し出した。
　フィオラにマリナと、約束事が増えてしまったが、もう二つや三つ変わりはしないだろ。半ばヤケクソ気味だが、俺は彼女を助ける事にした。
　そして彼女が俺の手を取った。

　「絶対、約束じゃぞ？」
　「絶対だ」

　首を縦に振る事しかできなかった狐耳の少女と大事な約束を交わした。彼女は安堵したのか、また泣き出してしまった。

　「まだ、名前を聞いてなかったな？俺は渕野司だ」
　「シャルル・シャルトルーズじゃ、これからよろしく頼むぞ、ツカサ」

　泣きながらに自己紹介をしてくれた狐耳の少女シャルルにはほんの少し笑顔を見せてくれた。