番外編：聖夜　作：光芒

○注意
・4年連続のクリぼっち
・末永く爆発しろ
・今年のクリスマスプレゼントはメ○カリで買った《銀河眼の残光竜》でした
・○の6時間なので……ちょっとアレを思わせてしまうシーンがあるかもしれません
・BANはやめて











　デュエルの後、遊希と遊大はホテル内にあるレストランでディナーを堪能した。良家に育った遊大ではあるが、テーブルマナーには触れてこなかったために遊希に一から教えられながら食べる高級料理の味ははっきり言ってよくわからなかった。ただ、味はよくわからずとも、遊希と二人きりで食べるディナーはとても幸福なものだった。料理にとって大事なのは味よりも誰と食べるか、ということなのだろう。

「ありがとうございました、何から何まで……」
「気にする必要ないわ。そもそもあなたは学生なんだし、プロ経験者がアマチュアに奢ってもらうのは駄目でしょう？」
「それもそうですよね。ところで今日泊まる部屋の鍵を頂きたいのですが……確か遊希さんが持ってるって……」
「ああ、これね」

　そう言って遊希はカバンの中から1枚のカードキーを取り出した。ドアに取り付けられている機械にこのカードキーを通すことで部屋の中に入ることができる。ただ、遊希が取り出したカードキーは1枚だけだった。

「……これは？」
「私たちの分よ」
「私たち……？」
「取っている部屋、一部屋だけだから」

　その言葉の意味を遊大はすぐに理解できなかった。だが、部屋に着き、中に入って改めて彼は一晩をここで遊希と二人きりで過ごす、ということを理解した。部屋は高級ホテルに相応しいだけのものになっており、窓からは雪の降るネオンの街を見降ろせるようになっていた。

（ま、まさか遊希さんと同じ部屋なんて……ベッドが二つあってよかった）

　元々その手の知識には疎かった遊大であるが、ルームメイトの歳相応の欲求を持つ健全男子二人の影響で思春期の男子が思い浮かべるような想像ができるようになっていた。最も彼がそのような感情を抱くのはあくまで遊希のみであり、その遊希と同じ部屋で一晩を過ごすということが彼の心臓の鼓動を早くさせていた。

「……遊大？」
「はっ、はい！」
「……先、いいかしら？」

　そう言って遊希は浴室を指差す。ホテルの中に入ってだいぶ和らいだとはいえ、少し前まではホワイトクリスマスの中デュエルをしていた。風邪をひかないためにもすぐに身体を暖める必要があった。

「はい、どうぞ」
「わかった。じゃあ先に入らせてもらうわ」
「あ、ゆっくりでいいですよ？ 俺はいつでも大丈夫なので……」
「……そう？」

　浴室のドアノブに手をかけた遊希はそのままそこで立ち止まる。何かを言おうとしているのだろうか、悩んでいる様子の彼女は小さく息を吐くと、結局何も言わずに浴室へと入っていった。

（……いくじなし）





＊





「ごめんなさい、待った？」
「いえ、全然大丈夫……！？」

　数十分ほど後、風呂上りの遊希の姿を見た遊大は思わず息を飲んだ。幻想的な間接照明の灯りで照らされる部屋に浮かび上がるのは湯によって紅潮した白い肌。そんな遊希を彩るのは備え付けのバスローブ。ドラマや漫画などでしか見たことのない衣服を纏った遊希は少しだけ湿った髪を揺らしながら隣のベッドに腰かけた。

「……どうしたの？」
「な、なんでもないです！ その、じゃあ次は俺がお風呂頂きます！」
「どうぞ。あなたも冷えているだろうからゆっくりでいいわよ？」

　バスローブ姿の遊希の美しさと艶やかさに思わず彼女を直視できなかった遊大は逃げるようにして浴室へと駆けこむ。自分の中に眠っていた精霊の力を全て取り戻し、精神的にも肉体的にも成長した遊大であるが、そんな彼であっても遊希の醸し出す魅力の前には形無しと言っていいだろう。

（……綺麗だった。本当に、俺なんかがあんな人と一緒になっていいのかな……）

　彼女の前では決して口に出したくないようなネガティブな感情が浮かび上がる。昔までの自分だったらそのまま腐っていたかもしれない。しかし、今の自分は違う。今の遊大は遊希にデュエルで勝利し、そして正真正銘彼女の隣に立つことを認められた一人の“人間”なのだ。
　熱いシャワーを頭から浴びると、シャンプーやボディーソープと共にネガティブな気持ちは洗い流してしまおう。謙虚と卑屈はまるで違う。卑屈であることは自分を認めてくれた遊希の言葉をも否定してしまうことに繋がる。それだけは嫌だった。

「遊希さ―――」

　遊希が置いておいてくれていた男性用のバスローブに袖を通し、部屋へと戻った遊大。しかし、そんな彼の眼に映ったのは窓際のソファに腰かけながらすやすやと寝息を立てている遊希の姿だった。思えば今日の準備やホテルの手配に奔走した挙句、デュエルでは精霊の力を初めて解放したのだ。いくら遊希といえども疲弊しないわけがない。

「……全く、こんなところで寝ると風邪をひいちゃいますよ？」

　やれやれ、と笑いながら遊希を抱きかかえてベッドまで運んでいく遊大。デュエル相手として対峙している時はとても大きく見える彼女もこうして抱きかかえてみるとやはり女の子であると改めて思い知らされる。この小さく、軽い身体にどれだけの重荷を背負ってきたのだろう。遊希を寝かせた後、遊大は隣のベッドに入った。彼女の寝顔を眺めながら、やがて遊大の眠りに落ちていった。



「っ……はぁっ、はぁっ……」



　それから1時間経つか経たないかのことである。眠りに落ちていた遊大の耳に苦しそうな声が届いたのは。寝ぼけ眼の彼は、違和感の正体にすぐに気がついた。隣のベッドで可愛らしい寝顔を浮かべているはずの遊希がそこにはいないのだ。どこに行ったのだろう、と思うよりに先に遊大は遊希を見つけた。

「ゆ、遊希さん！？」
「ゆ……うだい……」

　遊大の眠るベッドの布団の中で、遊希は苦しそうな吐息を漏らしながら彼の胸元に顔を押し付けていた。常夜灯も落とし、夜の月明かりだけが差し込む部屋。そんな真っ暗な部屋で遊希は息を乱し、顔を紅潮させながら遊大に縋りついていた。このようなシチュエーションについては陸と仁が夜な夜な熱く語っていたのを覚えており、全く理解がない訳ではない。しかし、今の遊希はそのような桃色の考えで収まる範疇にはなかった。

「遊希さん、どうしたんですか！？ 何かあったんですか……？」
「遊大……助けて。自分の力が……抑えられない」

　そう言って遊希は戸惑いを隠せない様子の遊大の唇を自分の唇で塞ぐ。唇と両手を重ね合わせた遊大は、遊希の手と唇から得体の知れない力が伝わってくるのを感じた。

（これは……精霊の力……まさか、遊希さん……まだ精霊の力を制御できていない？）

　遊大の推測は的中していた。生まれながらの精霊であり《覇王龍ズァーク》の力を取り戻したことで自身の中に眠る《オッドアイズ》《ダーク・リベリオン》《クリアウィング》《スターヴ・ヴェノム》という4つの精霊、そして新たに目覚めた《覇王星竜ドラグリステル・ペンデュラム・ドラゴン》の力をコントロールできている遊大に対し、遊希は生まれながらの精霊ではない。デュエルモンスターズの精霊《銀河眼の光子竜》を長らくその身に宿していたとはいえ、彼女自身が完全に精霊になったことで遊希は自分の中から溢れ出る《覇王星竜ドラグリステル・フォトン・ドラゴン》の強すぎる力をコントロールできなかったのだ。

（このまま放置すると暴走しかねない。遊希さんの中にある余剰エネルギー……それを俺が引き受ける！）
「遊希さん、息を吐いて、力を抜いて……あなたの全てを俺が受け止めます。だから……」
「遊大……お願い」

　そう言って遊希は布団の中で身をよじらせる。そして布団の隙間からは彼女が身につけていたバスローブが床に落ちた。一糸まとわぬ、生まれたままの姿に戻った遊希はその身を遊大に預ける。家族を喪って以降、セントラル校に入るまでは世捨て人のような生活を送ってきた遊希。しかし、セントラル校で綾香やエヴァと出会い、いくつもの哀しみを乗り越えてきた彼女はやっと幸せを掴みつつある。もうあのような悲しい日々には戻りたくない。遊大はそんな彼女の願いを、想いを全身で受け止めた。





＊





「……今はなんとか収めることができた。でも、遊希さんの力はこれで収まるとは思えない」

　遊大は一人、白んでいく空を眺めていた。そんな彼の傍らで遊希はすやすやと安らかで愛らしい寝顔を浮かべていた。この寝顔を一生守り続ける。それが遊希と共に歩むことを決めた遊大の誓い。

「遊希さん、今の俺はまだ半人前のデュエリストです。ですがいずれあなたよりも強いデュエリストになります。そして……いつか来る最期の時まであなたを守り抜いてみせます」

　決意を固めた遊大は、隣で眠る遊希を守るように抱きしめる。そんな彼らの後を押すかのように、朝日は煌めいていた。