第136話：決戦・3　作：光芒

「遊希……さん？」
「あっ……高……海……くん？ だめ……見ない……で……」

　拘束された遊希は意識こそはあるようだが、その目に光はなく言葉もどこかたどたどしい。身体の右半分が人間のそれではなくなってしまっている彼女は遊大にその姿を見られたことが苦痛だったのか、壊れた玩具のように、力なく首を左右に振り続けていた。その痛々しい遊希の姿を見て遊大の目には怒りの炎が宿る。

「遊希さん……義父さん、あなたは遊希さんに何を！！」
「彼女にはお前の代わりを務めてもらうことになった。彼女はこの世界のために礎になってもらう」
「礎……？ どういうことですか」
「お前は……私が今どういった使命を与えられているか知っているな？」

　遊厳は現在世界機関であるTWOの日本支部長を務めている。TWOは紛争や飢餓、貧困に苦しむ世界中の人々に支援を行っている組織であり、その支援の一環としてデュエルやスポーツといった様々な文化の振興を行っている。遊厳は竜司らが現れる前、日本を代表するプロデュエリストとして世界中で活躍していた実績を買われてこのTWOの日本支部長というポストを与えられているのだ。

「私は元プロデュエリストとして、デュエルを通してこの世界から戦争やテロを無くそうと考えていた。先進国が武力に代わってスポーツで競い合うように、デュエルの力が武力闘争を少しでも減らしてくれる。私はそう信じていた」

　信じていた。そう言い切った時の遊厳の顔は何処か切なかった。

「だが、この世界は綺麗事で片付かない」

　遊厳は元世界的プロデュエリストとして、紛争が多発する国や貧富の格差が激しい国を度々訪れてはI2社や海馬コーポレーションといった企業と協力してデュエルモンスターズを広げていた。しかし、その想いが踏みにじられたのは言うまでもない。遊厳たちが物資を贈れば、それは本来必要とするべき者のところへは行かず、金となってやがて武器へと変わる。そして流れるのは夥しい血と悲哀の涙。
　それはデュエルモンスターズのカードも同じだった。稀少なカードがあれば、それは大半が金に代わる。時の権力者や親が子供たちからカードを奪い、それを金や武器に変えてしまうのだ。そして結果的に遊厳の一番守りたかったものが失われる。自分が一番守りたかった弱き者たちの命が、未来が。今のTWOのやり方を続けていれば、自分が命を奪う手助けをしてしまっているのではないか、と。その絶望が希望に満ち溢れていた一人の人間の心を壊してしまったのだ。

「……あまりにも報われないと思わないか。何故愚かな者共のせいで未来に希望を持って生まれてきたはずの者たちの命が奪われなければならない？ だから私は気づいたんだ」
「気づいた……？」
「武器や兵器を手にした力を得た者たちをどうすれば粛清できるか。簡単な話だ……より大きな力で抑えつければいい。そして私は核兵器や大陸間弾道ミサイル……それを上回るであろう力の存在を見つけた」
「ま……さか……あなたはそのために？」

　遊希はかつて遊章から聞いたあの話を思い出していた。遊厳がかつてこの世界に存在した大いなる精霊の力を宿すとされている宝珠を探し出し、その宝珠からオッドアイズ、ダーク・リベリオン、クリアウィング、スターヴ・ヴェノムの4体の異なる召喚法のモンスターを作り上げたことを。

「君は知っているようだな、天都 遊希。そう、私が4つの宝珠を探し出したのは……その精霊をこの世に復活させるためだよ」
「精霊を復活させる？ そんなことが人間の力でできるわけが……」
「厳しい試みだった。その精霊はあまりに強い力を持ち過ぎているが故に、その存在を危険視した人間に敵視され、自らの命を4つの宝珠に変えて眠りについた。その4つの宝珠を私は“カードを作る”という名目で手に入れ、現代の最新科学の力でその4つの宝珠から精霊を蘇らせようとした。計算の上では成功率は限りなく高いはずだった」

　4つの宝珠に込められた力を科学の力で最大限に引き出すことで、4つに分かれた力を1つにすることができる。計画の発案から10年以上かかった上で行われた実験の成功率は計算上では非常に高いはずだった。だが、結果は失敗。精霊を蘇らせるどころか、依代となる宝珠すらも失ってしまう。失敗とも呼べず、大失敗と呼ぶものだった。しかし、その失敗の中に一つのイレギュラーが生まれた。

「宝珠も失い、全てが破綻したと思って私は絶望したよ。だが、そんな中に一つだけの希望が残されていた。精霊とはまた違う命が生まれたのだ」





＊





「高海支部長、想定外のことが起こりました」
「想定外？」
「はい……実は装置の中に生命反応が……」
「何だと？ まさか精霊が……」
「いえ。精霊ではなく―――」

　研究員に連れられて来た遊厳が見たのは、仰々しい装置の中に眠る一人の乳児の姿だった。白くきめ細かい肌に美しい金色の髪―――まるで人間とは思えないほど美しい乳児は希望の象徴として荒んだ遊厳たちの心に一筋の光明として舞い降りたのだ。





＊





　これは私事になるが、そう前置きして遊厳はその後の話を続ける。話の流れが見えない様子の遊大とは対照的に遊希は彼の言おうとしていることを理解してしまったようだった。

「私の妻はかつて四人目の子を身籠っていたのだが、残念ながら生まれる前に命を落としてしまってね。私は妻や子たちのためにこの乳児を孤児として引き取ることにした。」
「駄目……それ以上は言わないで……！」
「その子を失った家族の傷を癒してくれること、期待して私は本来四人目の子につけるつもりでいた名前を付けた。そしてこの乳児がもしかしたら成長と共に精霊としての力を目覚めさせてくれることを信じて。最も……その乳児が不出来だったからこそ、今遊希君がこうなっているのだがな」
「あっ……ああ……」

　その話を最後まで聞いた遊大は全てを理解した。そして力無くその場に崩れ落ちた。










―――この乳児に私はこう名付けた。“遊大”とな―――










　自分が普通の人間ではないことは知っていた。そして人間ではないということも知らされた。しかし、自分の命が自然ともたらされたわけではない、ということまでは思っていなかった。

「全てを理解したようだな。お前は望まれて生まれたのではない。実験による―――偶然の産物でしかなかったのだ。最も嘆きたいのは私の方だ。今日この日まで手塩にかけて育てたというのにお前は私の期待を裏切り続けてくれたな」

　血の繋がりがない親子というものはこの世界に多数存在する。血の繋がりがなくとも、親は子を愛し、子は親を愛する。それが親子というものだ。だが、遊厳の言葉にはそれが微塵も感じられなかった。遊厳のその態度に遊希は激昂した。

「……あなたはっ！ いくら血の繋がりがないからってそんなことを！！」
「血の繋がりも何も、遊大は人間ですらない。人間の姿をした化け物に過ぎないのだぞ？ 何故そうまでして君は遊大を庇う？」
「高海くんの出生がもしあなたの言う通りのものだとしても！ 彼はとても優しくて、何にでも一生懸命で……その心はデュエルにだって現れていた！ みんなが彼を慕っている！」
「それは皆が遊大の素性を知らないからではないのか？ いくら精霊の力を宿すデュエリストとは言っても君はあまりに世界を知らなすぎる。人間とは醜悪な生き物だ……ああ、君も遊大と似たようなものだったな、天都 遊希君？」

　後天的ではあるが、デュエルモンスターズの精霊と出会い、後に精霊の力をその身に宿した遊希。精霊の力を秘めた宝珠から精霊を蘇らせる実験から人の姿を取って生まれた遊大。遊厳の言葉は悪意に満ち溢れていたが、遊希と遊大は経緯こそ異なれどもその存在自体に精霊が大きく関わっていることに間違いはなかった。

「所詮君は遊大と同じ存在。人ならざる者同士庇い合っているだけだ。君の親しい者たちは君たちを理解してくれるだろうが、無関係な第三者たちは……君たちを恐れ、君たちを異常な存在として排除しにかかるだろう。かつてかの精霊に行ったかのようにな」
「……っ」
「否定できないか。だが、それは最もなことだ。君に落ち度はない。だから私は暴虐と差別が蔓延るこの世界を変える。そしてその力を変えるためには……君の力が必要なのだよ」

　そう言って遊厳は手に持った装置のスイッチを入れる。次の瞬間、装置全体に強い電撃が走った。



「があああああっ―――！！！」



　まるで断末魔のような悲鳴を上げる遊希。精霊の力を得た彼女が苦しむのだから、通常の人間であれば感電死してもおかしくないレベルであろう。だが、その電撃は遊希を痛覚的に苦しめるだけではなかった。電撃を受けた遊希の身体は更に竜化が進んでいるように見えた。

「遊大が精霊としての力を取り戻せないのであれば、別のもので代用するだけ。天都 遊希……君には人間ではなく、完全な精霊となってもらう」

　遊大が生まれる原因になった精霊を蘇らせられないのならば、遊希の身体に眠る精霊の力を増大させる。彼女の持つ【星龍皇】のカードから生じる力を彼女の身体に流し込むことで、遊希を精霊に変える。それが遊厳が彼女を捕らえた真相であった。

「そしてこの世界に抑止力として君臨するのだ。力を以て力を抑える。君の存在こそが、この星の未来を守る。永遠にな」
「……なるほど、確かにそうだね」

　今まで崩れ落ちて俯いていた遊大は俯いたままゆっくりと立ち上がった。

「強い力があれば、みんながそれを恐れて大人しくなる。そうすれば戦争や紛争が消えて人の命が悪戯に奪われることは無くなる……それが上手く行けば確かに地球上のみんなが幸せになるだろうね」
「ああ。一人の命で、地球の75億の命を救うことになる。素晴らしいことだと思わないか？」
「……うん。よくわかったよ。義父さん……だから俺は……」











―――あなたを、絶対に止める！！―――















―――そして……遊希さんの世界を、未来を守る！！―――