第二十九話・1　作：KOUBOU（旧名：光芒）

高海 遊大　
お疲れさまです。
いよいよ明日はセントラル対ユニオンの
学校対抗戦です。
一年前は参加する側でしたが、
今回は見守る側になります。
見守ることしかできないというのは
少しもどかしいですが、
両チームの代表が素晴らしいデュエルを
してくれることを願うばかりです。
遊希さんもお身体に気を付けて。《既読》


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　天都 遊希
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　忙しいのに連絡をくれてありがとう。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　私も後輩たちの頑張りを胸に臨みます。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　あなたも無理はしないでね。



「遊大サンデスカ？」

　後ろから声をかけられた遊希の身体が小さく跳ねる。振り返るとそこにはどこか悪戯っぽい微笑みを浮かべるエヴァの姿があった。３時間後にデュエルを控えている遊希は待機場所となる控室に一人でいたのだが、遊大への返信内容を考えているあまり、エヴァが入ってきたことに気づいていなかったのだ。

「……人のスマホを覗き見るのは感心しないわね、エヴァ。というかいつ入ってきたのよ」
「ちゃんとノックはしまシタ！ 遊希さんがスマートフォンとにらめっこしているから気になっただけデスガ……遊大サンの連絡を待つ遊希サン、いつも心なしか楽しそうにしていマス。ぶっちゃけバレバレデスヨ？」
「……」

　遊希は何も言わず、自分のスマートフォンに視線を戻す。数分待っても既読はつかないが、外国にいる遊希と日本にいる遊大では時差がある。遊大の書きぶりから今の日本は夜なのだろう。プロとして世界中を飛び回るようになるとどうも曜日や時間の感覚が無くなるというものだ。遊希は小さく息を吐くと、スマートフォンを自分のバッグに仕舞った。

「それにしても、最近は若いデュエリストが増えたわね」

　遠くを見ながらそう言う遊希を見てエヴァは首をかしげる。

「私たちだってまだ１８歳デスヨ？」
「でもプロだって私たちより年少のデュエリストが増えているじゃない？」
「７歳でプロデビューした人が言う言葉じゃないデス！……でも、あの時の遊希サンは前例がありませんデシタガ、今となっては中学生くらいのプロは増えてきマシタネ。どんどん低年齢化するのデショウカ？」

　デュエルに限らず、幼い頃からプロを目指してその道に足を踏み入れるケースは数多く存在する。その代表的競技であるフィギュアスケートは、早くて２歳、遅くても８歳頃から始めるものと言われている。物心つく前から勝負の世界にその身を置いた少年少女たちであるが、その中で若くしてオリンピックに出るような選手は、総じて言葉より先にフィギュアスケートを覚えているといえるだろう。
　さすがにフィギュアスケートほどではないにしても、遊希がその前提を破ったデュエルにおいても突出した才能を持った若い才能たちがアカデミアのような学校に通う前にプロの世界に出るケースが増えており、遊希やエヴァより年少のプロと戦うケースも増えていたのだった。

「……で、今日の相手も年少の子なのよ。しかもＳランクの初デュエル」
「年少ということは結衣サンのようなアカデミアに通っている人デスカ？」
「もっと下。それでいてね……」

　そんな時、遊希の控室のドアがノックされる。それに気づいた遊希はどうぞ、とドアの向こうのノックをした主に声をかける。失礼する、という言葉と共に入ってきたのは５０代くらいのダンディかつ気品あふれる風貌の男性と中学生くらいの小柄な少女だった。

「デュエルの前に済まない。活躍は常々聞いているよ……おや、エヴァくんも一緒だったか。ならば手間が省けたな」
「ご無沙汰しています、千早さん。今日は娘さんのあいさつ回りですか？」

　男性の名は千早 宗次郎（ちはや そうじろう）。竜司やミハエル、竜司の親友かつライバルである藤堂 雄一郎、そして遊大の義父である遊厳と同時代に活躍した元プロデュエリストだ。

「ああ、我ながら子離れができなくてね。だが、実の娘が私と同じ道を選んでくれてよかったと心から思っているよ。さあ、亜沙美。お二人にご挨拶を」
「……千早 亜沙美（ちはや あさみ）、です。よろしく……おねがい、します」

　緊張した様子の少女、亜沙美はたどたどしい言葉遣いで二人にぺこりと頭を下げる。プロだった父の後を追って５歳からデュエルを始めた亜沙美は父譲りの才能を開花させ、１１歳でプロデビューを果たすと、わずか２年で遊希やエヴァと同じＳランクに到達したのだ。今の結衣がＣランクということを考えると、その実力は比べるまでもないだろう。

「天都 遊希です。今日はよろしくお願いします」
「エヴァ・ジムリアデス。えっと、デュエルの時とは雰囲気が違いマスけど、こっちが普段の私デス！ よろしくお願いしマス！」
「……」
「アレ？」
「済まない、この子は昔から引っ込み思案でね……」
「なるほど、ですが私も似たようなものなのであまり気にしないでください。誰だって最初は心細いものですから」
「そう言ってもらえるとこちらも救われるというものだ。では、あまり長居をするわけには行かないからな、我々はこれで失礼させてもらうよ」

　しばし談笑をしたのち、二人は部屋を出ていった。本来ならば亜沙美の初々しさに目を細めるばかり、というところであるが遊希はどこか切なそうな顔をしていた。

「……それにしても、たった２年でＳランクまで登り詰めたのはすごいことよね。裏で相当修練を積んできたんでしょう」
「遊希サン？」
（千早さんには二人娘さんがいた。でも、プロになったのは妹さんだけ……）
「未来のことを考えると、若い力は必ず必要になる。だからといって、何をしてもいいわけじゃないけれど……」





＊





　予定の起床時間よりもだいぶ早く目覚めた遊大は、遊希からの返信に軽く礼をして返すと、まだ眠っている陸や仁を起こさないようにそっと部屋を抜け出しては湿った空気がただよう寮の外に出た。季節的にも天候に恵まれないことの時期ではあるが、今日は初夏を思わせる太陽の光が降り注いでいた。

「こういう日はやっぱり晴れてほしいよね。さて……いよいよだ」

　セントラル校を包み込むどこか異様な熱気。それは若き学生デュエリストたちにとって最初の晴れ舞台であった。