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第46話:潜入作戦 作:湯
ヴェルテクス・デュエリア ドミノタウン予選準決勝。
遊次は見事、シャンリンとのデュエルに勝利し、決勝戦に駒を進めた。
自分の願いのために相手の願いを潰すこと。
余命1年の身でまだ認可されていない医療を受けるために大会に臨む虹野譲。
その願いを潰すことへの葛藤は、シャンリンとの戦いで答えを得た。
それは、『相手の願いをも背負う』ということ。
遊次はドミノタウンの復興という願いを掲げ、
魔法のように大勢の人たちを救うために、戦いに臨む。
そして自分が倒した者の願いは、Nextの"みんな"の力を借りて、
向き合い、叶えてみせると決意を固めた。
それこそが遊次の願いであり、その願いは仲間達も背負ってくれるはずだと。
試合の後、次の試合が始まる前に、スタジアム内部のロビーで、
シャンリンから改めて遊次へ話があった。
「今でも前の会社のお客様が、我々の再起を求めてくれるんだ。
我々の強みは柔軟な対応だった。どんなトラブルやアクシデントでも、
臨機応変に対応して輸送ルートを変えられる体制を強みにしてたからな」
「…そっか。信頼されてたんだな」
遊次に敗れたシャンリンの願いは、4年前に倒産した会社を、仲間たちと再び立ち上げること。
遊次はその願いを背負い、自分たちも協力すると願い出た。
「でも、会社をまた立ち上げるためには、最低でもあと2000万サークは必要。
…なんだか、君達に頼り切りなのも情けなくなってくるわね」
シャンリンは左腕を抱えるようにしながら、伏し目で現状を伝える。
「俺が背負うって言ったんだ、気にすんなって!
今でも、アンタが戻ってくることを心待ちにしてくれる人達がいるんだろ。
そんなの、何もせずにはいられねえよ!」
自分を頼ってくれる人がいる。その嬉しさは遊次も痛いほどわかる。
だからこそ、義務感からではなく、心からシャンリンの願いも叶えたいと感じているのだ。
「…ありがとう。でも…君の仲間は了承しているの?」
「まだ話はしてねーけど、多分わかってくれるはずだぜ。
俺ら、実は今けっこうデカい案件抱えてて、もしかしたらめちゃくちゃ稼げるかもしれないんだ。
あんまデカい声で言えないけど、ウン千万サークとか…」
「ウン千万!?!?」
思わず似合わない大声を上げてしまったシャンリンは口を押さえ、恥ずかしそうに周りを見渡す。
「でもただお金をアンタに渡すってだけだと、多分許してくれないと思う。
俺らにも支えなきゃなんねーもんがあるから。
お金じゃないにしても、なんかの見返りはもらうことになるかもしれねえ」
Nextにも、子供達を良い未来に導くという願いや、
自分達の事務所の発展させ、より多くの人を助けられるようにするという目的がある。
元より、裏カジノ打倒の依頼で得るはずの7000万は、そのために使われるものだ。
「…当然ね。こちらからも改めて君達とは話をさせてもらうわ」
遊次が一度頷くと、スタジアムの方から歓声が聞こえた。
そこには、これから準決勝を戦う車椅子の青年、虹野譲の姿があった。
「君は彼の願いも背負うつもりなんだろう。…ここからは修羅の道になるぞ」
「あぁ、わかってる。でも俺が選んだ道だ。引き返す気はねぇ。
まずは譲とも話をしないとな」
認可されていない医療を受ける方法など、今は思いつかない。
彼の病気についても詳しくは知らないからだ。
「まぁ、君が虹野譲に負けてしまっては元も子もないけどね。頑張りなさい」
シャンリンは遊次の肩を叩くと、スタジアムを後にした。
遊次はシャンリンの背中を見送った後、ゲートから見えるスタジアムに目を向けた。
(譲…)
遊次に待ち受けるのは、色々な意味での、彼との対峙。
遊次は覚悟を決めた表情で背を向け、譲の試合を見るために、灯たちが待つ観客席へと向かった。
譲の試合は、圧巻だった。
炎と水が織りなすペンデュラム召喚による大量展開。
そして怜央を敗北に追いやった炎のシンクロモンスターが、
Pゾーンの2つのモンスターの攻撃力を束ね、圧倒的な火力で相手モンスターを撃破した。
「勝者、虹野譲ッ!!
ドミノタウン予選 決勝戦で、神楽遊次と相対するのは、虹野譲です!!」
実況者の興奮した声が会場に響き上げる。
譲はフィールドを自在に操る圧倒的な思考力を持って、当然のように勝利を挙げた。
使われたカードは怜央との試合で見たものばかりで、新しく得られた情報はほとんどなかった。
試合が終わり、観客たちのざわめきがロビー中を飛び交う。
遊次たちが会場を後にしようとしたときだった。
人の波が分かれる合間――車椅子を押して静かにスタジアムを去ろうとする虹野譲の背中が目に留まる。
「譲!」
遊次の声が、吹き抜けのロビーに伸びた。
その声に応じて、車椅子を押す手がぴたりと止まる。だが譲は振り向かない。
「俺、お前と本気で戦うよ。もう、迷ったりしねえ」
その声には決意がはっきりと宿っていた。
しばらくの沈黙ののち、譲が呟くように返す。
「…願いを背負う。それがキミの答えなんだろう」
その声は静かだったが、何かを噛み殺しているように聞こえた。
「あぁ。俺も、譲の病気を治すために全力を尽くしたい。
それが…お前に勝つってことの、責任だと思ってる」
遊次の言葉はまっすぐで、踏み込む覚悟を持った言葉だった。
「だから…詳しく教えてくれねえか?お前の病気のこと。
今のうちからでも、できることがあるかもしれねえ」
その瞬間、譲の肩がビクリと揺れた。
「ふざけるなっ!!」
ロビーの静寂を破る怒声。
何人もの視線が、音のほうへ一斉に向いた。
遊次は驚いたように立ちすくみ、譲の背中を見つめる。
譲はゆっくりと振り向く。そこに浮かんでいたのは、静かな敵意だけだった。
「余計なお世話だよ」
その言葉は牙のように鋭かった。
「僕は最初から、全員を倒して願いを掴むことしか考えてない。
君に病気のことを教える必要なんて、ない」
遊次は譲の目に宿る強い拒絶を感じながらも、そこにある彼の思いを汲み取ろうとしていた。
「…そっか。そうだよな。
最初から負けを勘定に入れるなんて、デュエリストじゃねえ」
数秒の沈黙のあと、遊次は一歩前へ出て、最後に一つ告げる。
「決勝、楽しみにしてんぜ」
譲は一瞬だけ目を伏せ、遊次に背中を向ける。
「…僕も、心待ちにしてるよ」
譲は静かに言葉を吐くと再び車椅子を押し、スタジアムを後にした。
怒りか、または武者震いか。
車椅子に置かれた譲の腕はかすかに震えていた。
車椅子を押す彼の顔には、抑えきれぬ笑みが浮かんでいた。
(なんでだろう。命が懸かってるっていうのに…。
なんで君とのデュエルが、こんなに心底楽しみなんだ…!)
そしてその背を見つめる遊次の表情にも、決戦への期待に満ちた笑みが浮かんでいた。
(何を背負ってても、ワクワクするに決まってる。
お前みたいな、やべえデュエリストと本気で戦えるんだ…!)
闘いへの渇望。それこそがデュエリストの性。
お互いに背負うものがあったとしても、心に根を張るデュエルを楽しむ心は、誰にも奪えなかった。
遊次は倒した相手の願いをも背負うことを"答え"とした。
それは無論、これまで倒してきたマルコスや空蝉の願いとも向き合うという意味だ。
しかし、彼らの居場所もわからない以上、対話すること自体にハードルがあるのも事実だ。
遊次はその機を諦めず、彼らの願いと向き合うという覚悟を胸に秘めたまま、
また、別の"戦い"とも向き合うこととなる。
そして、準決勝から3日が経ったある日の夜。
「さあイーサンちゃん、好きなものを選んでちょうだい!」
輝かしい照明に照らされた、きらびやかな内装の一室。
そこに20着ほど、様々な色のスーツが、ラックに下げられてずらりと並んでいる。
その前には、短い両手をありったけ広げた、ふくよかなマダムが笑顔で立っている。
「わぁー!すごい!」
灯はいかにも高級そうな大量のスーツを前に、目を輝かせている。
「こんなにたくさん…わざわざありがとうございます、マダム」
イーサンは面食らいながら、目の前の女性に礼を言う。
「いいのよいいのよ!うちのワンちゃんたちが健康でいられるのは、Nextさんのおかげなんだからぁっ!」
「いえいえ、こちらこそ!いつもご贔屓にしていただいて、ありがとうございます、マジで!」
遊次はマダムと呼ばれる女性と笑顔で握手を交わす。
彼女は、Next創業当時からの大切なお客様だ。
「でも大変でしょぉ?あんなおっきくて元気なワンちゃん2匹も連れて歩くの」
「むしろ楽しいですよ!かわいいし、私も健康になれるし、かわいいし!いいことしかありません!」
マダムの犬の散歩という大仕事を仰せつかっている灯が、
もふもふのサモエドとゴールデンレトリバーを思い出しながら、とろけた笑顔で答える。
「でもいいんですか?こんな高そうなスーツ、無料で貸していただいて」
イーサンは頬を掻きながら少し居心地の悪そうなひきつった笑みを浮かべる。
「あら、スーツだけじゃないわよ!その生い茂ったパーマヘアも、ヒゲも、全部私が一級品にしてあげる!」
マダムはハサミとカミソリを手に取り、怖いほどの満面の笑みを浮かべる。
そこまでは頼んでいないのだが、彼女の放つ謎の圧力には逆らえず、イーサンは「ハハ…」と苦笑いする。
「それにしても、急にオシャレに目覚めて、どうしちゃったのよ?まさか…中年の恋…!?きゃっ!イーサンちゃんのスケベっ!」
「い、いえ…ちょっとしたパーティーがありまして。今日だけ特別です」
イーサンは後ろ頭をかきながら、1人で盛り上がるマダムに引きつった笑顔を浮かべる。
(ま、言えるわけねえよな。これから裏カジノの元締めを探るためにそいつらの根城に潜入します、とはな)
怜央は少し離れたところでポケットに手を突っ込み、頭の中でぼやいた。
11日前、Nextに舞い込んだのは、違法カジノの元締めを倒し、失った金を取り戻す依頼。
それはある企業の社長からだった。
自分の会社の役員「落合」が会社の損害を補填するために裏カジノへ挑んだものの、
惨敗し、更には裏カジノへ出入りしている事実を盾に脅迫され、金銭を要求されている。
それを打破するのがNextの仕事だ。
探偵「伊達アキト」の協力もあり、元締めは会員制高級サロン「マジシャンズ・スターダスト」を情報源にしている可能性が高いことが分かった。
その高級サロンへ潜入するのはイーサンだ。そのために今は相応しい身なりに変身しようとしている。
「まずはお顔のお手入れをしましょ!
さ、イーサンちゃん、ここに座って!」
マダムの案内でイーサンは席に案内される。
それから30分ほど経った頃。
「ん?これ…」
イーサンがマダムから髭や髪を整えられている途中、
マダムがカミソリを持つ手を止め、イーサンの顔を見つめている。
「どうかしました?」
イーサンに合うスーツを選んでいた灯が、マダムに話しかける。
イーサンは何も言わず、マダムにばつの悪そうな視線を送っている。
「あ、いえ…!なんでもないのよ!
人には聞かれたくないこともあるものね…」
そんなイーサンの様子を察して、マダムは急いで手を動かし始める。
「なぁ、これとかどうだ!?」
灯は気になってしばらくイーサンを見つめていたところ、向こうから遊次が黄金に輝くスーツを手にして戻ってきた。
「ちょっと、なにこれ!」
「な、なんだよ!いかにも社長っぽくていいだろ!」
「こんな社長見たことないでしょ!まじめに選んで!」
遊次の美的センスのなさに呆れて灯は、すっかり気になったことを忘れていた。
それからさらに30分後。
遊次達とマダムは試着室を緊張した面持ちで見つめている。
試着室のカーテンが開くと、そこには別人のように変身したイーサンの姿があった。
パーマのかかった髪は均一に整えられ、乱れもなく額の上で自然な起伏を描いていた。
髭は頬から顎に沿って滑らかに揃えられ、長さも輪郭もきっちりと保たれている。
身に纏っているのは、チャコールグレーのスーツ。
上着は肩からウエストにかけて緩みなく絞られ、シャツの襟は高めに立ち、深緑の無地のネクタイを締めている。
「わぁ!かっこいい!いつもと全然違う!」
灯は両手を合わせ、目を輝かせる。
「そ、そうか?ありがとう。ただ全然違うってのは余計だぞ」
イーサンは賞賛を素直に受け取りつつも、その後に続く引っかかる言葉にはしっかりと釘を刺す。
「なぁ、写真撮っていいか!?」
遊次がスマートフォンを構え、いじらしい笑みを浮かべる。
「ダメだ、絶対ネタにし続けるだろお前」
イーサンはスマホを構える遊次を片手で静止する。
「見違えたな。馬のガキにも……なんとやらってヤツだ」
「馬子にも衣装だろ。それに馬子は馬を引く人のことだ。無理して難しい言葉を使うな」
真面目な顔で呟く怜央に、イーサンは丁寧に訂正を入れる。
「素敵よイーサンちゃん!パーティー会場でも大人気になっちゃうわね!」
「はは、だといいですね…。本当にありがとうございました、マダム」
「いいのよ!またワンちゃん達のお散歩、よろしく頼むわね!」
4人はマダムに深く礼をすると、Next事務所へと戻った。
時刻は夜21:30頃。
Nextのメンバーと探偵「伊達アキト」は事務所に集っていた。
5人はある人物の到着を待っていた。
イーサンが落ち着かない様子で壁掛け時計を見つめていると、事務所の扉が開く音がする。
5人は一斉に扉の方を見る。
「やっほー、元気ぃ〜?」
扉の向こうから陽気に手を振りながら現れたのは、雨宿真白。
黒のノースリーブワンピースに、足元は艶のある黒のパンプスを履き、
手首には細身の金属製の腕時計が巻かれている。
彼女こそ裏カジノの元締めへ辿り着くための唯一のキーマンだ。
サロンへ潜入するためには、会員の協力が不可欠だ。
約10日前、落合以外の3名の裏カジノ参加者は、皆サロンの会員であると推測し、Nextは彼らの協力を得るために動くことになった。
3名の参加者とは、都市開発会社CEOのザリフォス、IT企業CEOのミロヴェアン、個人投資家の雨宿だ。
ザリフォスとミロヴェアンは落合と同様、カジノでの巨額を失った上に脅迫を受けていた。
元締めを打倒し、彼らが失った金を取り戻すことを条件に、彼らは依頼に協力することとなった。
依頼者であるハイデンリヒが支払う分も合わせると、合計2億7000万サークもの大金がNextへ支払われることとなった。
しかし、彼らは2人とも、すでにサロンの会員ではなくなっていた。
頼みの綱は参加者の1人「雨宿真白」だったが、彼女は唯一、裏カジノで勝ち越している人物であり裏カジノから脅迫も受けていなかった。
彼女の協力なくしてサロンへの潜入は不可能。依頼の解決もできない。
幾度となく交渉を仕掛けるも全てかわされた灯は、最後の手段として成功報酬の2億7000万サーク全てをベットしたオースデュエルを持ちかけた。
一世一代の賭けに出た結果、デュエルは灯の勝利に終わった。
契約通り2億サークは支払うこととなったものの、7000万サークはNextに残すことができた。
雨宿への報酬の2億サークはあくまで成功報酬だ。元締めを倒さなければ手に入らない。
さらにはオースデュエルによる強制力もあるため、彼女はNextに協力することとなったのだ。
「えらいゴキゲンじゃねえか、雨宿さん」
これから皆の運命が懸かった作戦が始まるというのに、それに見合わぬテンションで入ってきた雨宿だが
、遊次はとくに咎めることなく、むしろ歓迎するように口元を緩める。
「こんなワクワクするイベント、なかなかないからねぇ。
って…あらオジ様、素敵じゃない。それなら、わたくしの隣に立つことを許してあげてもいいわ」
雨宿の目が部屋の奥にいた変身後イーサンの姿を捉えた途端、
小走りで駆け寄り、まるで値踏みするかのように彼を見下ろす。
「そりゃどうも…。役者は揃ったな。では、作戦を整理しようか」
雨宿の上から目線を軽く受け流すと、イーサンが号令をかける。
イーサンの座る長机の周りに遊次たち5人が集まる。
「今から約1時間後、『マジシャンズ・スターダスト』に俺が架空の社長として潜り込む。
本来、会員ではない俺は入れないが、会員の紹介であれば入場が可能だ」
「そこでわたくしの出番ってわけね。
すでにあのサロンには、知り合いの社長を連れていくと話をしてある。今までもそういうことはあったし、特に怪しまれることはないでしょうね」
「潜入の目的は、俺が"奴ら"に標的として認識されることだ。奴らはこれまでの傾向を見る限り、金持ちしかターゲットにしない。そこで俺が架空の社長になりすまして、こっちから罠にかかるんだ」
イーサンが説明している最中、灯が自席からあるものを持ってくる。
「はい、これ。あなたはこれから、
"ライノルド・サイエンス社"の社長『ネイサン・ライノルド』さんです!」
灯が1枚の名刺をイーサンに渡す。
「おぉ、本格的だな…」
フォントやロゴまで作り込まれたその名刺を見て、イーサンは感心する。
母がデザイナーであることもあり、美術的センスの高い灯が作ったものだ。
「その架空の会社のホームページはIT企業社長のミロヴェアンさんに協力してもらって、超本物っぽく作ってもらった。
それに架空の実績なんかも、とても緻密にインターネット上に大量にちりばめられてる。
ちょっと調べたぐらいじゃ偽物だなんて思わないよ」
アキトがスマートフォンでその架空のホームページを見ながら、満足げに言う。
「それに、会社自体はヒノモトにあるってことになってるから、法人登記は簡単に調べられない。
ネットで検索すれば実在する会社にしか見えないから、奴らも疑わないだろう」
偽装工作に時間をかけただけあり、架空の会社だとはまずバレないだろう。
「で、潜入した後は?」
「俺が奴らの標的になるためには、俺が今まさに金に困ってるということを、
奴らに認識させる必要があるわけだが…その下準備は、すでにできてる」
イーサンが雨宿に目配せする。
「昨日サロンに予約を入れた時、わたくしと一緒に来る社長が、今めっちゃお金に困ってるって話、さり気なく忍ばせといたから。
しかも、2週間後にはヒノモトに戻っちゃって当分こっちに来れないってこともね」
雨宿が遊次にウインクをしてみせる。
「なるほど…2週間後にはデュエリアにいないとなると、何度もサロンに足を運ぶことはないから、
奴らが例の"トリック"を仕掛けてくるのは今日しかない…」
アキトが顎に手を置き、作戦の強固さを噛み締める。
トリックとは、推定30%程度の度数の酒を、10%程度に感じる仕掛けにより、ターゲットを酩酊させ、情報を引き出すというものだ。
「わたくしは時間がないってことにして、1時間程度で店を出るって伝えてある。わたくしがいたら向こうも罠を仕掛けづらいでしょうからね。ネイサン社長だけ1人で残れば、奴らは動き出すはずよ。
しかも"ネイサン社長"は普段は口が硬いけど、お酒が入ったらガバガバって話もしといたわ。こんなチャンス、奴らが逃すはずないわよ!」
「…いくらなんでも露骨すぎねえか。罠だとバレるかもしれねえぞ」
声高に語る雨宿に、水を指すように怜央が口を挟む。
「あら、ナメないでちょうだい。わたくしがポーカーフェイスでどれだけ稼いできたと思ってるのかしら?」
「電話だから"ポーカーヴォイス"だけどね…!」
灯がなぜか得意げに鼻をふんと鳴らしている。
「…そのポーカーヴォイスで超・自然に餌を撒いてきたから大丈夫よ。わたくしが奴らの手口に気付いてるとも思わないでしょうね」
「信頼してるぜ、雨宿さん!
で、つまり…奴らは今日イーサンに、"試作品"とかいう、めっちゃ度数の高い酒を飲ませようとしてくるってことだよな?じゃあイーサン、早く"アレ"見せてやろうぜ!」
遊次がイーサンにうずうずとした視線を送る。
「そうだな。奴らが提供する酒をバカ正直に飲めば、俺は余裕で酔い潰れる。そこで…」
イーサンが灯に目で合図すると、灯はショットグラスとウイスキーの瓶を机に置く。
雨宿はそれを見て条件反射で口を開く。
「まさか、今から飲むつもり!?」
「んなわけないだろ。まあ見てなって」
遊次がショットグラスにウイスキーを並々注ぐ。
その間、イーサンはスーツの袖口をしきりにいじっていた。
イーサンがショットグラスを持ち上げると、一気に上を向き、ウイスキーを流し込む。
「ちょっ…やっぱり飲むんじゃない!大丈夫なの、そんな量…」
ウイスキーを一気に飲み干したイーサンに雨宿は困惑する。
「へへ、飲んだと思うだろ?飲んでないんだな〜これが」
遊次は得意げに胸を張る。
「これだ」
イーサンは袖の内側から、黒く細長いパッドを取り出す。
腕に沿うように平たく作られており、表面はわずかに起毛したフェルト地だ。
「なるほど。飲んだふりをしてお酒を袖口に流し込んで、そのパッドで吸収したというわけか。マジックでよくある仕掛けだね」
アキトは酒に濡れたパッドを指で突きながら言う。
「俺とみっちり練習したからな。見てて全く気づかねーだろ?」
「うん、驚いたよ。でも遊次、マジックなんてできたのか?」
アキトが振り返って尋ねる。
「あぁ。もしかしたらデュエルに使えないかと思って、昔練習したんだ」
「へぇー。それで学んだことは役に立ったのかい?」
「いや、あんまり…。でもここで役に立ったから結果オーライだ」
「だが、このパッドじゃ吸収できても、せいぜい2杯が関の山だ。顔を赤くするために1杯ぐらいは本当に飲むが…それでも3杯がリミット。早めに酔ったフリで情報を吐いて、奴らのターゲットとして認識される必要があるだろう」
何杯も袖口に流し込めば、確実にパッドが吸収しきれず、漏れ出てしまうだろう。
早めに勝負をつける必要がある。
「もしかしたら今日、例の"コンサル"がいるかもしれないんだよね?ザリフォスさんはそのコンサルが来た日に、試作品のお酒を飲まされて、損失のことを喋っちゃったって」
マジックのアシスタントのようにパッドやウイスキーを片付けて戻ってきた灯が、さらに計画について深堀りする。
そのコンサルと言われる男は、ターゲットの弱みを引き出し、その人物をカジノへ誘うかどうかを判断していると思われ、元締め側と深く繋がる人物だ。
もしくは元締め本人である可能性も高い。
「ザリフォスさんの話だと、ガタイの良いサングラスをかけた男らしいぜ。
雨宿さんがすでにイーサンのことを店に話してっから、今日来る可能性は高いと思う」
「じゃあこの前買った超小型カメラがあるから、胸ポケットに仕込もっか」
灯がせわしなく事務所を動き回る。
「今日うまく奴らの標的になれれば、後日"稲垣拓海"が俺をカジノに誘いに来るはずだ。カジノ参加者が4人ともそうだったから間違いない」
稲垣拓海とは坊主頭に眉の上に傷のある男であり、カジノへの案内人を務める元締め側の人間だ。
依頼人である落合の証言と怜央の調査から素性が判明した。
「カジノは大体月2回。次にカジノが開かれるのは今週の土曜日よ。わたくしも参加することになってる。
もし"ネイサン社長"をカジノに誘うなら、向こうも今週中に動くはずだわ」
イーサンが壁の時計に目をやると、席から立ち、スーツの襟を正す。
「そろそろ向かうとするか。灯、悪いが運転を頼む」
「はいよー!」
ついに作戦が動き出す。一気に空気がピリつき、緊張感が走る。
作戦の要となるイーサンと雨宿が事務所を出る時、遊次が言う。
「頼んだぜ」
イーサンはそのまま背中越しにサムズアップをし、雨宿と灯と共に事務所を跡にした。
雨宿とイーサンが見つめる先は会員制高級サロン「マジシャンズ・スターダスト」。
外壁は黒曜石を思わせる深い艶をたたえ、通りに面した正面には看板も出ていない。
ただ無機質に磨かれた黒い扉が一枚、間接照明に照らされて浮かぶように存在している。
入口脇の壁には金属製のプレートにひとつだけ——“Magician's Stardust”と、銀色の細い書体で刻まれていた。
窓はなく、外から中の様子を窺うことはできない。
それでも、扉の隙間から漏れるわずかな光と、時折ふわりと流れ出る上質な香の匂いが、この場所の異質さを雄弁に物語っている。
「さあ、いくわよ」
「あぁ」
雨宿とイーサンは短い言葉を交わすと、入り口へと歩みを進める。
雨宿が黒い扉が静かに開くと、まず視界を満たすのは、深紅の絨毯だった。
重厚な木製の敷居を一歩またげば、
そこはまるで舞台の袖裏のような静寂の空間。
天井は意外なほど高く、黒漆仕上げの梁が奥へと伸び、
間接照明が艶やかな反射を返している。
受付カウンターは左手奥にあり、黒檀を思わせる漆黒の木に、真鍮の象嵌が埋め込まれている。
「雨宿様、お待ちしておりました。こちらの方はネイサン・ライノルド様でいらっしゃいますね」
雨宿が軽く頷き返すと、受付係は静かに、黒檀の奥扉へ向かって手を差し伸べた。
「こちらへどうぞ」
柔らかな絨毯が足音を吸い取る。
磨き抜かれた通路の両側には、小ぶりなシャンデリアが等間隔に連なり、薄く降り注ぐ光が天井からまるで星の雫のように室内を照らしていた。
扉を抜けると、そこは広々とした空間だった。
正面奥にはバーカウンターがあり、
琥珀色の木目が照明を受けて落ち着いた輝きを放つ。
革張りのソファや深くゆったりとしたアームチェアがゆとりをもって配置され、それぞれのテーブルには静かに揺らぐキャンドルの灯りが置かれていた。
客は皆、落ち着き払った表情で互いに会話を楽しんでいる。
一つだけ、他の席よりも大きな笑い声が目立つ席があった。
5名ほどの煌びやかな格好の男女が集まり、何やら盛り上がっているようだ。
その中に、サングラスで肩幅の広いオールバックの男が座っていた。
例の"コンサル"と呼ばれる男だろう。
男は足を大きく広げ、己を誇示するように座っている。
いかにも話題の中心といった様子だ。
纏っている黒のスーツは筋肉質な肉体によって膨張し、張りつめている。
雨宿はその席を横目で見つめた後、迷うことなく、奥まった一角にあるテーブルへとイーサンを伴って歩き出した。
イーサンは表情こそ平静を保っていたが、内心では初めて踏み込む高級な空気感に少しだけ呑まれていた。
雨宿が慣れた仕草で椅子を引き、優雅に腰掛けるのを見届けたあと、彼も静かに席へと腰を下ろした。
すると、ほぼ同時に給仕が現れ、二人の前に深緑色の革表紙に金文字が刻まれたメニューを差し出した。
そして給仕は一呼吸置き、"とある物"をイーサンの前に置いた。
「ネイサン様。こちら、試作品のカクテルでございます。よろしければどうぞ」
イーサンは琥珀色の液体にいくつもの黒い小さな粒が浮いたカクテルを見つめる。
バニラとカラメルの芳醇な甘い香りが鼻腔を刺激する。
ザリフォスや雨宿も飲んだ例の試作品だ。イーサンと雨宿は一瞬目を合わせる。
「わたくしも以前飲んだわ、これ。飲みやすくておいしいのに、まだメニュー化しないのね?」
雨宿は少しだけ目を細めて給仕を見る。
様子を伺う意味もあるが、これはあくまでも1人の客として出る自然な発言だ。
「えぇ、好評の声がもう少し挙がり次第、メニュー化も検討させていただこうかと。では失礼します」
給仕は一切動揺することなく、一礼を送り去っていった。
「やはりまんまと仕掛けてきたな」
イーサンがグラスを手にして転がすように軽く回しながら、一口、酒を煽る。
「噂通りの飲みやすさだな…とても度数30%以上とは思えない」
イーサンは眉を上げ、心底驚いたようにグラスを見つめる。
「それより見た?あそこの席にいるサングラスの男」
雨宿が自身の正面にある席を顎で指し示す。
「あぁ、あれが"コンサル"だろ」
「そう。多分、ちょうど酔った頃合いを見計らって近づいてくるはずよ。うろ覚えだけど、わたくしの時もそうだったわ。
多分もうすぐ、店員がこの席の近くでうろちょろして、わたくし達の話に聞き耳を立てるはず」
「…噂をすれば、さっそく来たぞ」
イーサンの視界の端で、黒服の店員が1人こちらに歩いてくるのが見えた。
綺麗なワイングラスをトレーに積み上げて運んでいる。
「とにかく俺は落ち込んでるテイで酒を煽って、
どんどんBADに入っていく演技プランでいく。うまく合わせてくれ」
「…よくわからないけど、わかったわ」
雨宿は一瞬で楽しそうな表情に切り替える。
それを見てイーサンも演技プラン通り、肩を落としてうなだれる。
「まあとにかく今夜は飲みなさいよ!」
雨宿が試作品のバニラカラのメルカクテルをイーサンに無理やり突き出すと、イーサンは無言でそれを受け取り、喉へと流し込む。
リアリティ追及のため、まずは本当に飲んで、顔を赤くする作戦だ。袖口の吸水パッドはまだ出番ではない。
注文していた食事も届き、30分程度の雑談を挟んだところで、給仕がやってきた。
「失礼いたします。先ほどの試作品はお飲みになられましたか?できれば感想をお聞かせいただければと」
「あぁ、飲みやすいし…バニラ味というのが新鮮でいいね。気に入ったよ」
イーサンの顔は順調に赤みを帯び始めていた。
わざと少し呂律も怪しくして、テンションが高まっていることがわかるように喋っている。
「ありがとうございます。よろしければ、こちらもいかがでしょうか?」
給仕はショットグラスが3つ並んだホルダーをテーブル席に置く。
「先ほどの試作品とベースは同じですが、味をアレンジしたものとなっています。
右から、シナモンとクローブによってスパイシーさを増したアレンジ、コーヒー香を加えたダークな味わいのアレンジ、シーソルトを加えたフレッシュな味わいのアレンジ…となっております」
味を変えたものをいくつも提供することで、
自然に度数の高い酒を気付かない内に何杯も飲ませて酩酊させる。これが元締め側の仕掛けだ。
「ありがとう」
試作品の酒を置いた後も、給仕は両手を前にしてこちらを見ている。
試作品を飲んで感想を言うまでそこにいるつもりなのだろう。
イーサンは一番右のスパイスアレンジのショットグラスを手にすると上を向き、一気に流し込む。
当然、流し込んだのは喉ではなく袖口だ。
喉を鳴らす音まで再現しているため、極めて自然なものだった。
「…うん、おいしいね。さっきのとは違ってただ甘いだけじゃない。こっちの方が俺は好きかな」
「ありがとうございます。参考にさせていただきます」
やはりマジックには気付いていないようだ。
給仕は一礼し、背を向けてその場を去ってゆく。
雨宿はイーサンにウインクを送ると、本題に切り込む。
「…ねえ、あの買収の件、潰れたってホントなの?」
何気ない調子を装っていたが、声の大きさやタイミングには細かい意図があった。
2人の席でワイングラスを丁寧に拭くふりをしている、黒服に届くように。
イーサンは少しだけ視線を落とし、グラスの縁を指先でなぞった。
「…あぁ?ああ、潰れたよ、潰れた…っ。
ははっ、ぜーんぶ、おじゃんだ」
イーサンがテーブルにへたりこみ、露骨に落ち込んでいる様子を見せる。呂律も回っておらず、テンションもシラフのそれではない。
「ふうん…あの時、ずいぶん強気だったのに」
雨宿は軽く息を抜くように言うと、グラスを揺らす。
彼の過剰な芝居を帳消しにするかのように、言葉の力を少し抜いた。
イーサンはわざとらしく大きく息を吐き、ゆっくりと肩を落とす。
「当たり前だろ!ほとんど決まってたんだぞっ…!
なのに向こうの勝手な内輪揉めで全部ご破算だ!
何年もかけて準備してきたってのに……。
俺のあの苦労が、全部水の泡だ!ははっ…」
イーサンはたっぷりと間を使って言葉を吐き、
露骨にテーブルにうなだれる。
その過剰な演技に雨宿は"ちょっとくさいわね"という言葉が喉元まで出かけるが、すぐに飲み込む。
「切羽詰まってるって感じね。でも、まだ十分な資金はあるでしょ?ここで終わりってわけじゃないわ」
「また一から建て直せってのか!?
そんなの耐えられない…っ!今すぐ金がいるんだよ!
すぐに取り戻さなきゃ今までの苦労が…!」
イーサンが肩を震わせて涙を滲ませる。過剰ではあったものの、彼の言葉や所作は迫真性に富んでいた。
黒服はまだ傍でグラスの手入れをして、聞き耳を立てている。まだ資金が残っていること、そして今すぐ金が必要だということ。ここで"ネイサン社長"が裏カジノの誘いに乗る条件に当てはまることをアピールしておく必要があった。
「でも、そうするしかないじゃない…。
すぐに何億も増やす方法なんて…早々ないんだから」
雨宿は意味深に目を伏せてみせる。
彼女は裏カジノ参加者であり、すぐに手持ちの金を増やす方法を知っているが、それを表向きに言うことはできない…というテイの演技だ。
「俺の会社が急速に成長できたのは、他の追随を許さないスピード感だ!また何年も準備してたら、その間に競合に抜かれるのがオチなんだよ!」
そしてイーサンはそれに納得せず、今すぐ手持ちの資金を増やしたいという欲望を捨てられないということをアピールし続ける。
イーサンはホルダーの右から2番目のショットグラスの酒を、マジックの要領で一気に袖口に流し込んだ。
イーサンは一瞬、袖口に目をやる。
吸水パッドから漏れ出た酒が腕を伝い、
気持ちの悪い感覚を覚える。
パッドも重みを帯びている。そろそろ限界だ。
これ以上パッドに酒を飲ませることはできないだろう。
試作品もすでに3杯飲んだことになっており、顔は赤らんで呂律も回っていない様子。
すでに酩酊状態であることは"向こう"にも伝わっているはずだ。
そこからさらに30分後。雨宿がバッグを持ち席を立つ。
「ごめんなさい、時間だわ」
「そんな……まだ話はおわってねえらろぉ…。
俺はどうすればいいんら…」
更に悪化した呂律でイーサンは雨宿を縋るように見つめる演技をする。
「また今度、しっかり話を聞かせてちょうだい。
ここには経営者が他にもたくさんいるから、話を聞いてみてもいいんじゃないかしら。そのためにここにあなたを連れてきたのよ」
「……わかった。今日はありがとう。お代は俺が出すから…」
「フン、当然よね?じゃあ酔い潰れないようにね。それじゃ」
雨宿はあくまで雨宿真白像を貫きながら、軽く手を振って店を出てゆく。
(後は頼んだわよ。わたくしの2億は、あなたにかかってるんだから)
雨宿は背中越しにイーサンに視線を送り、サロンを出る。
テーブルにはイーサン1人が残された。
ここからが本番だ。
1人になったイーサンは、心細そうな表情で辺りを見回す。
その様子を見ていた黒服が一瞬、目でコンサルのいる席に合図をした。
それをイーサンは見逃さなかった。
イーサンの背後の少し離れた席から、"コンサル"のよく通る低い声が聞こえる。
「…じゃあ僕はここいらで、おいとまさせていただきますよ。
他のお客さんにも挨拶しときたいからね」
(来る…!)
イーサンは背後から大きな影が近づいてくるのを感じた。
イーサンは背中を丸め、寂しさを演出する芝居を続けながら、背後に意識を集中させる。
「ここ、初めてですよね?」
イーサンが座るテーブル席に、その男はおもむろに筋肉質な腕をついて現れた。
サングラスを下げ、イーサンの方を胡散臭い顔で見つめている。
遠くからは見えなかったが、髪の左側を大きく刈り上げており、
そこに1本の稲妻のマークが刈り込まれている。
"コンサル"などと呼ばれているが、見るからにカタギではない雰囲気を醸し出している。
「…あぁ」
イーサンは落ち込んだ演技を続けながらも、その鼓動が早まっていくのがわかった。
「いやぁ、見るからに"ツイてない"って様子だったんで、気になっちゃって。お名前を伺っても?」
イーサンはコンサルの男を警戒したような目で見つめる。
「はぁ…最近の若者は礼儀がなってないら。
人に名前を聞く前に、自分が名乗ったらどうら?」
男を探るような発言は危険なものにも思えるが、ここでいきなり心を開く方がかえって不自然だ。
まずは警戒しているという姿勢を見せる方が自然であるとイーサンは判断した。
コンサルは一瞬、真顔になる。
しかし、すぐに胡散臭い笑顔に戻った。
「はは、これは失敬!
僕は『仁科 睦人(にしな むつひと)』と言います。
一応この辺では"コンサル"なんて呼ばれちゃってますけど」
男はあっさりと名乗った。
それが本名かどうかはわからないが。
「コンサルぅ?」
「ええ。経営とか投資のご相談ですね。
ここでも皆さんからよく相談されるもんで、ちょっとした提案をさせていただいてます」
仁科はサングラス越しに笑った。
「たとえばこの間もね、ある資産家の方が困ってまして。
買ったはいいけどどうにもならない事業があって…普通ならそのまま負債ですよ」
手に持ったグラスをくるりと回しながら、仁科が話す。
手慣れた語り口だった。
「でも僕が間に入って、事業はとある会社にスライド。
書類上は"提携"ってことにして、代わりに動かせるキャッシュを作ってあげたんですよ。
売却益も課税対象にならずに済んだし、そのまま別の案件に転がして…結果、資産はむしろ増えました」
その一言に、うなだれていたイーサンが体を起こした。
そして少しだけ眉を動かす。
「…へぇ、そんな凄いのかぁ、アンタ」
やや舌のもつれるような口調で、わざと酔ったように声を発する。
目を細めて少し考えたそぶりをした後、手を震えさせながら、イーサンは1枚の名刺を取り出す。
それは灯がデザインした偽名の書かれたものだ。
「俺は『ネイサン・ライノルド』。
ちょっとばかし…話、聞いてもらっていいかな?」
「…えぇ、僕でよければ」
仁科は一拍置いて名刺を受け取り、唇の端を上げた。
イーサンの胸ポケットに取り付けられた小型カメラは、確実に仁科の姿を捉えていた。
「なるほど…」
呂律の回らないイーサンの話を長々と聞いた仁科は、
空いたグラスをテーブルに戻し、チェアに背を預けた。
「3年前からある企業を買収する話が進んでて、水面下ではほぼ決まりだった。
早く事業に着手したかったから先んじて設備投資を行っていたが、買収予定の会社が内部的な派閥争いで分裂して、その間、買収の話はストップ…」
仁科はイーサンの話を簡潔に整理してゆく。
「でもライノルドさんは、裏では事業に向けて投資しちゃってるから、すでに動き始めてる設備や工場は止められない。
でも結局、買収自体が白紙になって、3年間の何もかもが水の泡…。残ったのは2億の自己資本のみということですね」
酔った演技をしていたが故に聞き取りづらい話だったはずだが、仁科は頭を整理して、イーサンの話をまとめた。
これがイーサン達が考えた損失の理由だ。
イーサンやアキトなど一介の事務所に勤める身では知識が足りないため、企業役員であり依頼者の落合の監修のもと、作られた話だ。
裏カジノは大きな損失をして金に困ってる者をターゲットにする。さらに裏カジノに参加する資金を持ってることもアピールしなければならないため、このような内容となったのだ。
「クソぉッ…!俺ぁ悪くないってのに…!」
イーサンは熱を込めてテーブルを拳で叩く。
しかし仁科は何か引っかかった様子で天井を見つめ、渋い顔をしていた。
てっきり慰めるフリでもしてつけ込んでくると考えていたイーサンは、内心で少し焦りを募らせていた。
そして少しの間が空いた後、仁科は笑顔でイーサンの肩を掴んで距離を縮める。
「ライノルドさんって、けっこうガムシャラなタイプですよねぇ。
水面下で進んでたとはいえ、買収が決まる前から投資を進めちゃうんですもん。
猪突猛進っていうんですか?俺、そういう人好きですよ」
(やはり擦り寄ってきたか…)
イーサンは少し安堵した。
「あぁ、昔っからよく言われるよ。
一度決めたら突っ走る奴らぁ…!って…」
酔っぱらったフリをしながら、擦り寄って来た仁科に話を合わせる。
向こうからすれば、こちらの資金の状況さえ知れれば、あとは違和感を持たれずに帰すだけのはずだ。
イーサンとしては、あとはキリのいい所で千鳥足で店を出ればいい。
はずだった。
「じゃあ…そんな後先考えない奴が、なんで2億だけキッチリ残してんだ?」
先ほどまでと違い、それはまるで相手を恫喝するような声色だった。
心臓を鷲掴みにされたようだった。
息が詰まるような感覚が突然押し迫って来る。
動揺しないように意識していたものの、イーサンの目はあちこちを泳ぐ。
(違う…コイツは擦り寄ってきたんじゃない!
そう思わせて、俺に"道"を選ばせたんだ…!)
買収の話が完全にまとまる前に、先んじて設備投資を行った…これがイーサンの話した"失敗"の概要だ。
少なくともこの行動は慎重とは言えないが、「ネイサン・ライノルド」が猪突猛進で、後先考えないタイプであるならば成立する。
架空の人物が故に、そこは作り手側の匙加減でどうとでもなる事だった。
他の裏カジノ参加者も、巨額な損失を出しながら裏カジノに参加する多額の資金を保持していた。
損失が出ても、2億ほどの資金を留保していたということ自体は、何らおかしいことではない。
だからこそ、企業役員の落合の監修をもってしても、そこに違和感をおぼえることはなかった。
しかし仁科が突いたのは、"行動"と"人格"の矛盾。
イーサン自身が「ネイサン・ライノルドは後先を考えないタイプである」と確定させてしまったことで、
その矛盾はハッキリと輪郭を持ち、姿を現した。
なぜそれほど後先考えない人物が、2億サークもの金を留保しているのか、と。
そのために仁科は、わざと擦り寄ったふり、人格について言質を取ったのだ。
元締めに「カジノに参加する資金はある」とアピールするため、億単位の資金を残しているということを伝える必要があったが、故にそこが小さな綻びとなった。
イーサンはへらへら笑ったふりを続けながら、なんとか言葉を捻りだした。
「あぁそれは、事業とは切り分けてた金なんらよ…。
そう、俺のポケットマネーみたいなもんれさ…」
言い訳にもなっていないような虚しい取り繕いだった。
この期に及んでも呂律の回っていないフリをしているのが自分でも滑稽に思えた。
「だから、なんでまだ2億もポケットマネーを持ってんだよ。
買収の話が途中で止まっても"すでに進んでる事業は止められない"ってのは、"引き返す方がマイナスだから"だろ」
仁科の口調も、最初のように軽薄なものではなく、
獰猛な本性を現したかのような、芯に響くくぐもったものに変わっていた。
「ポケットマネーで2億残せるようなリスクマネジメントができんなら、引き返せないような先行投資はしねえだろ?なぁ」
仁科は肩を組み、さらにイーサンに顔を寄せる。
彼はその本性を隠すこともなく、牙を剥き出しにしていた。
「な、なんらよ、こえぇなぁ…。なんでそんな怒るんらよ…」
イーサンは肩をすくめて怖がるそぶりをして、なんとか考える時間を稼ぐ。
「たまにいるんだよ、ノウハウだけ盗んで売り捌こうとする輩が。
こっちも一応、商売でコンサルやってるもんでね。
でもアンタは違うよな…"ライノルド社長"」
彼はあくまで、ノウハウを盗む者を疑って脅しをかけているのか?
それともすでに裏カジノを探るために潜入したことに勘づかれているのか?
イーサンには判断がつかなかったが、いずれにしてもこの状況から一刻も早く抜け出さなければならない。
(何かないのか…!この場を切り抜ける、何かが…!)
視線が宙をさまよう。驚異的な集中力だった。
視線に入るあらゆる物に意識を向ける。
壁――絹の張り地、額縁の陰に隠れた染み。
天井から吊るされたシャンデリア、
その下に揺れる光の粒。
斜め前、ソファに腰掛ける男のポケット、
覗くタバコの箱。
向かいのテーブル、飲みかけのグラス、
沈んだ氷がわずかに割れている。
その奥、笑い声を上げる女の赤い爪。
違う、これじゃない。
そして右斜め前、バーカウンターの奥に貼られたメニューに目が止まった。
その右下に、白い文字が小さく書かれていた。
《Service charge and sales tax》――。
(これだ……!)
この間、わずか4秒。
イーサンは意を決したような表情で、唾を飲み込む。
「……その2億は、この国にはない」
仁科はその言葉の意図をまだ理解できずにいた。
口から出まかせかとも考えたが、目の前のネイサン社長の雰囲気が変わったことが、妙な説得力を与えていた。
「…じゃあ、金はどこにある?」
仁科は地鳴りのような低い声で、威圧的に問う。
「…天国」
イーサンは苦虫を噛み潰したような表情で、左手の指を一本、真っ直ぐと上に突き立てる。
仁科はその一言で、全て察した。
瞬間、糸が切れたかのように豪快に笑いだす。
「…ッハッハッハ!なんだよ、そういうことかよ社長!
そりゃあまあ、言えねえわな」
仁科はイーサンの肩を強く叩き、笑いを引きずった声で言う。
イーサンがメニュー表を見た時、目に入ってきたのは「tax」の文字だった。
その文字を見た瞬間、降りてきたのだ。
自分を疑う仁科を納得させる方法が。
tax haven《タックスヘイヴン》。
法人税などの税率が極端に低い、または課税が行われない国・地域を指す。
それは文字通り、税の天国だ。
企業や個人がこれらの地域に実体のない会社を設立し、利益をそこに移すことで、本来の居住国での課税を回避する。
このような行為は多くの場合、違法ではないものの、「租税回避」として倫理的・政策的な問題が指摘されている。
各国の税務当局は過度な税逃れを防ぐため、タックスヘイヴンとの取引に関する情報開示や規制を強化している。
「頼むから誰にもいわないれくれよ…
その口座、申告してないんらから…」
イーサンは再び呂律の回らない酔っ払いの演技に戻る。
税金逃れのためにタックスヘイヴンに口座を作り、それを申告していないとなると立派な脱税だ。
買収が白紙になっても2億円を持っていると言ったことや、それを指摘されて言い淀んでいたことも、これで辻褄が合う。
仁科もイーサンの正体について疑うことはないだろう。
「安心しろって、言わねえよ」
仁科が軽く周りを見渡した後、視線をイーサンに戻す。
「で、俺からコンサル受けるつもりはあんのか?
って…もう目、ほとんど開いてねえけど」
イーサンは半目となり、こくこくと首が落ちそうになっている。
首ががくっと落ちたタイミングで目を開き、驚いた表情をしてみせる。
「いや…なんか急激に眠気が…」
すでにターゲットとしては十分認識されたはずだ。
窮地を乗り切ったこともあり、後はこのサロンから出られればいい。
向こうもコンサルなど本来の目的ではないはずだ。
両者の利害は一致している。
「その様子じゃ、コンサルはまた今度ですね。
またここに来た時に会いましょう」
仁科は元の皮を被った口調に戻っていた。
席を立つと、元いた席に戻ってゆく。
イーサンはその背中を真剣な眼差しで最後まで注意深く見送ると、黒服を呼んで会計を行い、ふらふらとした足取りで店を後にした。
店を出たイーサンはサロンの近くで待機していた灯の車に拾われ、すぐにNext事務所へと向かった。
「あら、思ったより早かったわね」
イーサンが事務所のドアを開けると、事務所のソファに踏ん反り返って座っていた雨宿が、座ったまま言葉をかける。
「イーサン!!どうだった!?」
ほとんど心ここにあらずで待機していた遊次は、
飼い主が帰って来た時の犬のように、一瞬でイーサンの元へ駆け寄った。
「多分うまくいった。俺のことをターゲットとして認識したはずだ」
「っっしゃぁーー!!ナイス、イーサン!!すげえぜ!!」
遊次は勢い余ってイーサンに飛びつくも、すぐに引きはがされる。
「例のコンサルって男の姿も撮影してある」
イーサンはスマートフォンに転送されている映像を遊次達に見せる。
そこにはサングラスに筋肉質な身体、
左側に稲妻の刈り上げがされた男が映っていた。
「想像よりだいぶイカついな…」
遊次はコンサルと呼ばれる男の姿から、そこらの輩とは異なる異質なものを感じ取っていた。
「仁科睦人と名乗っていた。まあ本名じゃない可能性が高いけどな」
「うん!これなら、確実に元締めに交渉するための材料になるね!すごいよイーサン!」
イーサンに集う人だかりを雨宿は不満げに見つめていた。
「ちょっと、なんでオジ様だけ褒めるのよ。
誰のおかげだと思ってるのかしら」
雨宿がソファから立ち上がり、ふくれっ面で腕を組んでいる。
灯は跳ねるように雨宿に近寄り、その手を取る。
「雨宿さんも、本当にありがとうございました!」
灯は雨宿の目を見て感謝を伝える。
雨宿は思わず、その純粋な瞳に見入ってしまった。
(ここまで真っ直ぐな感謝をされたの、いつぶりかしら)
雨宿は思わず微笑んだが、すぐにはっとして、そっと灯の手を放す。
「約束は忘れないでね。1ヶ月以内に2億。
あなた達が元締めを倒せなくても、骨の髄まで搾り取ってあげるから」
雨宿はNextの4人の顔を一瞥すると、扉を開き、手を振って事務所を去っていった。
「…こりゃ失敗できねえな」
静寂が訪れた事務所で、遊次は笑顔で呟いた。
「まずは1歩前進だが、安心するのはまだ早ぇ。
お前にはまだ大事な仕事が残ってんぜ、イーサン」
事務所の壁にもたれかかり、未だ真剣な表情で静観していた怜央が口を開く。
「あぁ、わかってる。案内人…"稲垣拓海"が俺を裏カジノに誘ってきた時こそ、勝負だ」
イーサンが遊次、灯、怜央、アキトとそれぞれ目を合わせ、ホワイトボードに文字を書き始める。
「架空の会社のホームページに、明日、企業合同の事業戦略会議を行うと書いてある。奴らが俺を裏カジノに招待するならそのタイミングしかない」
「会場は本当にイーサンさんに押さえてもらってる。
さらに俺のツテで、エキストラを15人ほど呼んである。
外から見る分にはどう見ても本物の事業会議さ」
アキトもこれまで以上に得意げな表情を浮かべている。
「しかもその会場はジェンガベイ。イカれたハイエナ共のお膝元だ」
怜央は邪悪な笑みで、自身のスマートフォンを片手で軽く揺らす。
ジェンガベイという都心から少し離れた地域は
「リッジサイド」と呼ばれる半グレ集団の縄張りだ。
これからおびき寄せる裏カジノ案内人「稲垣拓海」は
元リッジサイドメンバーであり、そのリーダー「ローチ」を裏切ったことで、今も彼らに追われる身だ。
「稲垣の前で直接ローチの声でも聞かせてやりゃあ、
奴はオースデュエルにノらざるを得ねえ。
デュエルを受けなきゃ、お前の居場所をバラすってな」
「だが、リッジサイドの連中と稲垣を引き合わせるのは、裏カジノに乗り込む時だ。
裏カジノに乗り込むためには稲垣が要る。
今リッジサイドの奴らに攫われちゃあ、たまったもんじゃねえからな」
イーサンはジャケットを脱ぎ、ワイシャツの第2ボタンを外しながら、怜央の言葉に頷く。
「その会議が終わる時間は20:00ってことになってんだよな?」
遊次がソファにもたれかかり、ぶっきらぼうに聞く。
「あぁ。人が少ない時間の方が、向こうも俺に接触しやすいからな」
「オッケー。んじゃ見張りもかねて、俺らは灯の車で待機しとくぜ」
2日後 ジェンガベイ ウェストグリッドタワー前
ウェストグリッドタワー。
架空の合同事業会議が行われるそのビルは、
市街の緩やかな坂に面して建っている。
低層部はガラス張りのエントランス。その奥には、ちらほらとまだ明かりの残る会議フロアがのぞく。
街路灯の明かりが広い歩道に散らばり、人影はほとんどない。
その少し先、通りの向こう側の狭い路地に、真紅のスポーツカーが一台、建物の陰に寄せるようにして停まっていた。
濡れたアスファルトに赤いボディの輪郭が滲み、黒いフロントマスクが、光の届かない闇の中で静かに身を潜めている。
運転席には灯。助手席と後部座席には遊次と怜央が座っている。
「お、出てきたぞ!イーサンだ!」
車の中からビルの入り口を注視していた遊次が声を上げる。
綺麗なスーツを纏った中年の男女が一斉にビルから出てくる。
彼らはアキトが雇ったエキストラだが、一見しただけではビジネスマンにしか見えない。
その中に、緑色の整ったパーマをした高級スーツを纏ったイーサンが混ざっていた。
マダムにスタイリングを頼み、今日も彼は「ネイサン・ライノルド」を演じている。
声をかけやすいように、イーサンはスマートフォンの画面に目を落とし、他者より少しスローペースに歩みを進める。
そんなイーサンに近づく影が1つあった。
「あ、あれ…!」
灯は運転席から影を指さす。
遠方からはその面貌は確認できないが、坊主頭にサングラスをした男…間違いなく「稲垣拓海」だった。
イーサンは自分に近づく影を視線の端で捉えていたが、
動じずにスマートフォンの画面に視線を落とす。
「ネイサン・ライノルドだな。YESかNOかで答えろ」
その影はイーサンの目の前に、後ろ手を組み、足を揃えて立つ。
細身だが、長身のイーサンと同じほどの背丈。
坊主頭に、眉の上の傷のある男だ。
「そうだが、どちら様かな」
イーサンはあくまでネイサンとして毅然に振舞う。
「質問は受け付けない。今お前は、事業に失敗し多額の損失を負っている。YESかNOかで答えろ」
(なんだこいつ…。まるでロボットだな)
稲垣の機械的な応答に苛つきを覚えるも、稲垣が明確に裏カジノへ誘ってくるまではやり取りを続けることにした。
「…YESだ。何故そんなことを知っている?」
「質問は受け付けないと言ったはずだ。
私からの提案は1つ。その損失を取り戻す方法がある」
稲垣は1枚の厚みのある紙をイーサンに手渡す。
そこには「CASINO DtoN」という文字と共に、太陽と月が描かれていた。
「裏カジノの招待状…だな。しっかり受け取ったぞ」
その言葉に稲垣は眉をひそめる。想定した応答と明らかに異なるからだ。
イーサンは招待状を高く掲げてひらひらと揺らす。
それを見た遊次達3人は、待ってましたとばかりに車から降り、イーサンのもとへと向かう。
そして瞬時に遊次、灯、怜央が稲垣を取り囲む。
稲垣は四方を囲まれ、明らかな異常事態に顔色を変える。
「じゃあ、こちらからも質問だ。
お前は、元リッジサイドの"稲垣拓海"だな。
YESかNOかで答えろ」
「なっ…!!何故…それをッ…」
「質問は、受け付けない」
イーサンは冷たい眼差しで稲垣を見つめる。
稲垣の背筋に、ひどく冷たい感覚が這うように走る。
その瞬間、全てを理解した。
罠にかかったのは"こちら"だと。
「サツにパクられそうになって、ローチっていうリッジサイドのリーダーの弟分を売ったんだってな。調べはついてんぜ」
怜央は稲垣の左後方から、冷徹な声で迫る。
それは稲垣にとってナイフを突き立てられているかのような感覚だった。
「…何が目的だ」
稲垣の頬を冷や汗が伝う。
無感情に見えた彼の表情に露骨に焦りが見え始める。
「特別に答えてやる。俺達の目的は、お前らをブッ潰し、金を取り戻すことだ」
「…何を戯言を。そんなことは不可能だ」
わずか4人で大層な目的を掲げる彼らに、稲垣は見下すような視線を送る。
「アンタが協力してくれりゃあ、できるかもしれねえぜ?」
遊次が稲垣の肩に手を置き、背後から語り掛ける。
「オースデュエルだ。俺が勝てば、俺らの作戦に協力してもらう。
仮にお前が勝ったら、お前の居場所はリッジサイドの連中に報告しない」
イーサンが折り畳まれたデュエルディスクを掲げ、本題の交渉へと入る。
稲垣はすでに冷静さを取り戻し、目だけで辺りを探りながら、策を巡らせる。
「…リッジサイドに報告するだと?
私の素性を調べることはできても、お前達ごときがリッジサイドと繋がりを持てるはずがない。
子供騙しの虚仮威しだ」
稲垣は背中を向けると、遊次と灯を手で押しのけ、立ち去ろうとする。
遊次は灯の肩を抱いて稲垣の背中を睨みつける。
「我々を欺いたのは見事だが、ここまでだ。
このことが"ボス"の耳に入れば、お前達の命はない」
稲垣は機械のように冷たい眼差しをイーサンへ向けると、再び背を向け歩き出す。
しかし、その時。
プルルルルル。
プルルルルル。
携帯電話のコール音が鳴る。
稲垣はふと足を止めてしまった。その時。
「あぁ…?誰だ?」
携帯電話のスピーカーから聞こえるその声が耳に届いた瞬間、稲垣の呼吸が止まった。
背筋が凍りつき、胸の奥がひどく圧迫される。
肺が膨らまない。喉が狭まり、空気が入ってこない。
この声を知っている。
引き寄せられるように、稲垣は電話の方へ向く。
ひどく、血の気の引いた顔だった。
「よぉ、ローチ。稲垣拓海のことで、ちと進展があってな」
電話の相手は当然、リッジサイドのリーダー"ローチ"。
稲垣の畏怖の対象だ。
「まっ…」
自分の居場所がバレると思った稲垣は、咄嗟に声を発してしまうが、人差し指を唇に当てて「しぃー」というポーズをしている灯の姿を見て、我に返った。
「…あぁ、僕ちゃんか。わかったの?"ガキ"の居場所はさぁ…」
冷たい汗が背中を伝う。
目の奥が疼いた。
稲垣の息が過呼吸のように荒くなった。
電話口の声は、稲垣のある記憶を引きずり出した。
――コンテナだらけの倉庫。
鉄の臭いが鼻につく。
稲垣はコンテナの物陰から身を潜めながら、
怯えた眼差しで“それ”を見ていた。
ローチが男の顔を踏みつけている。
一度、二度、三度。
男の頭が傾くたび、壁に血が滲んでいく。
コンテナに背中を預けたまま、男は動かない。
血が地面に落ち、男がずるずると崩れる。
「"ガキ"はどこだァ!!」
ローチが吠えた。怒りに任せた声が喉を裂き、喚くように倉庫に響き渡る。
「ほ、ほんとに…知らない…」
かすれた男の声。ぐちゃりと、すぐにまた踏みつける音。
あまりの惨たらしさに稲垣が目を背けようとしたその刹那、一瞬だけ、ローチと目が合った気がした。
その顔は笑っていた。
(アイツは…人間の皮を被った悪魔だ…!)
本能が告げた。"今すぐ逃げろ"。
稲垣は一目散に走り出した。
後ろを振り返ることなく、ただ必死に。
以降、稲垣は姿を隠し、ローチから逃げ続けた。
電話口の声を聞いた稲垣の思考は停止した。
その黒目はビー玉のように生気を帯びていなかった。
「居場所はまだ掴んでねえが、もうすぐ会えるだろうぜ」
怜央は稲垣に睨みをきかせながら、ローチとの通話を続ける。
目の前に稲垣はいるが、今はそれを知られるわけにはいかない。
「んだよ、期待だけさせちゃってさぁ…。ナメてんの?」
声だけでもわかる。ローチの顔から笑みが消えた。
その憎しみは、怜央にも向けられた。
「だが、"パーティー"の日程はわかった。
…今週の土曜日、予定空けとけよ」
怜央はローチの気迫に吞まれることなく、淡々と応答する。
土曜日…それは雨宿が告げた裏カジノが開催日。
稲垣に関する情報を提供した見返りとして、稲垣がいる裏カジノに乗り込むその日に、リッジサイドに会場の場所を教える…それがローチと交わした約束だ。
「へぇ、そうなんだ。しょうがないなぁ、大人しく待っててあげるよ…」
電話口の向こうの声に少しだけ明るさが戻った。
「でもさぁ…もしシケたパーティーだったら…
テメェもタダじゃおかねえからな、鉄城怜央」
非常に後味の悪い一言を最後に、一方的に電話は途切れた。
あまりの治安の悪さに、遊次と灯は心配と不安が入り交じった視線を怜央に向けるが、怜央はただ携帯電話をポケットにしまい、無言で稲垣を見ているだけだった。
「…オースデュエル、受けるか?」
まるで聞き分けのない子供を諭すような声で、イーサンは稲垣に問いかける。
稲垣は震える手で、スーツの内ポケットから折り畳まれたデュエルディスクを取り出した。
「ハァ…ハァ…やるしかねぇだろ…。
俺が生き残る道は、これしかねぇんだ…!」
稲垣が初めて、感情を剥き出しにした。
瞳孔の開いた充血した目で、稲垣はデュエルディスクを腕にセットする。
イーサンもデュエルディスクを取り出し、契約の内容を提示する。
「俺が提示する条件は2つ。
1つ目は、お前達が次に開催する違法カジノへの潜入に協力すること。
2つ目は、俺達との関与を一切口外しないこと」
「…俺からの条件も2つ…!
1つ目は、リッジサイドに俺に関するあらゆる情報を口外しないこと。
2つ目は…テメェら全員の身柄の確保だ」
稲垣は脅迫されている立場ながらも、イーサン達に高リスクな条件を提示した。
「お前、自分の置かれた立場がわからないのか?
俺達にそんな条件を飲む理由はない。2つ目については変えてもらう」
「ふざけんじゃねえぞォッ!!こっちは命が懸かってんだ!俺をここで逃して困るのはテメェらだろうが!」
それは瀬戸際で反撃の牙を剥く獣の眼差し。
追い詰められたが故に折れない意思がそこにはあった。
「土曜日にローチを"パーティ"とやらに呼べなきゃ、
テメェらもあの悪魔に目ェつけられんだろ…。
なら、テメェらはこの条件を飲むしかねえ」
稲垣の言葉は芯を食っていた。
オースデュエルによる契約が最上位であるデュエル至上主義の世界において、デュエル以外の方法でここまで自由な法的契約を結ぶ手段は他に存在しない。
つまりいくらローチの存在による脅迫があろうと、オースデュエルで勝利しなければ、稲垣を手中に収められず、裏カジノ打倒の依頼を達成できない。
オースデュエルが成立しなければNext側も危険に陥る以上、イーサンも稲垣の提示する条件をある程度は呑まなければならないのだ。
イーサンは3人と目を合わせる。
しかしレスポンスはすぐに返ってきた。全員が真っすぐとイーサンを見つめ頷く。
誰も端から敗北することなど考えていない。
敗北しなければ、どんな条件を突きつけられようと問題はない。
いずれにしてもここで稲垣を利用できなければ、計画は破綻するからだ。
「…いいだろう。オースデュエルを始めよう」
イーサンと稲垣は同時にデュエルディスクを構える。
「オースデュエルの開始が宣言されました。内容確認中…」
デュエルディスクに搭載されたAI「DDAS」が無機質な声を鳴らす。
プレイヤー1:イーサン・レイノルズ
条件①稲垣拓海は違法カジノ潜入作戦に協力する
条件②イーサン・レイノルズ及びその関係者との関与を口外することを禁ずる
プレイヤー2:稲垣拓海
条件①リッジサイドに対して稲垣拓海に関する情報を口外することを禁ずる
条件②イーサン・レイノルズ、神楽遊次、花咲灯、鉄城怜央の身柄を稲垣拓海に預ける
詳細な契約内容は、ソリッドヴィジョンの契約書として両者の前に浮かび上がる。
そこには一切の別の解釈の余地がないほどに徹底された文章が記載されており、
承認した時点で、完全なる両者の意図通りの契約にしかならないようになっている。
稲垣の契約内容はイーサン以外の他者を巻き込むものだが、本人の承諾が取れているため、契約内容として認められた。
イーサンと稲垣は指でソリッドヴィジョンの契約書にサインを行うと、
DDASがオースデュエルの開始を宣言する。
「契約内容を承認します。
デュエルの敗者は、勝者が提示した契約を履行する事が義務付けられます」
「デュエル!」
第46話「潜入作戦」 完
イーサンと稲垣のデュエルが始まる。
手札が振るわない中、確実に相手にジャブを入れるイーサン。
対する稲垣は、トークンを主軸とした「感錠」デッキで応戦する。
現れたリンクモンスターは、まるで心を象った姿をしていた。
"鍵"によって次々と属性と効果を変え、その度に溢れ出すトークン。
それはまるで"感情"そのものであった。
「思い出したぜ。あの野郎は、タバコに火をつけねえで吸うのが好きで、
蕎麦も天ぷらも、つゆにつけねえで食う…変人野郎だってな」
次回 第47話「心の象徴」
遊次は見事、シャンリンとのデュエルに勝利し、決勝戦に駒を進めた。
自分の願いのために相手の願いを潰すこと。
余命1年の身でまだ認可されていない医療を受けるために大会に臨む虹野譲。
その願いを潰すことへの葛藤は、シャンリンとの戦いで答えを得た。
それは、『相手の願いをも背負う』ということ。
遊次はドミノタウンの復興という願いを掲げ、
魔法のように大勢の人たちを救うために、戦いに臨む。
そして自分が倒した者の願いは、Nextの"みんな"の力を借りて、
向き合い、叶えてみせると決意を固めた。
それこそが遊次の願いであり、その願いは仲間達も背負ってくれるはずだと。
試合の後、次の試合が始まる前に、スタジアム内部のロビーで、
シャンリンから改めて遊次へ話があった。
「今でも前の会社のお客様が、我々の再起を求めてくれるんだ。
我々の強みは柔軟な対応だった。どんなトラブルやアクシデントでも、
臨機応変に対応して輸送ルートを変えられる体制を強みにしてたからな」
「…そっか。信頼されてたんだな」
遊次に敗れたシャンリンの願いは、4年前に倒産した会社を、仲間たちと再び立ち上げること。
遊次はその願いを背負い、自分たちも協力すると願い出た。
「でも、会社をまた立ち上げるためには、最低でもあと2000万サークは必要。
…なんだか、君達に頼り切りなのも情けなくなってくるわね」
シャンリンは左腕を抱えるようにしながら、伏し目で現状を伝える。
「俺が背負うって言ったんだ、気にすんなって!
今でも、アンタが戻ってくることを心待ちにしてくれる人達がいるんだろ。
そんなの、何もせずにはいられねえよ!」
自分を頼ってくれる人がいる。その嬉しさは遊次も痛いほどわかる。
だからこそ、義務感からではなく、心からシャンリンの願いも叶えたいと感じているのだ。
「…ありがとう。でも…君の仲間は了承しているの?」
「まだ話はしてねーけど、多分わかってくれるはずだぜ。
俺ら、実は今けっこうデカい案件抱えてて、もしかしたらめちゃくちゃ稼げるかもしれないんだ。
あんまデカい声で言えないけど、ウン千万サークとか…」
「ウン千万!?!?」
思わず似合わない大声を上げてしまったシャンリンは口を押さえ、恥ずかしそうに周りを見渡す。
「でもただお金をアンタに渡すってだけだと、多分許してくれないと思う。
俺らにも支えなきゃなんねーもんがあるから。
お金じゃないにしても、なんかの見返りはもらうことになるかもしれねえ」
Nextにも、子供達を良い未来に導くという願いや、
自分達の事務所の発展させ、より多くの人を助けられるようにするという目的がある。
元より、裏カジノ打倒の依頼で得るはずの7000万は、そのために使われるものだ。
「…当然ね。こちらからも改めて君達とは話をさせてもらうわ」
遊次が一度頷くと、スタジアムの方から歓声が聞こえた。
そこには、これから準決勝を戦う車椅子の青年、虹野譲の姿があった。
「君は彼の願いも背負うつもりなんだろう。…ここからは修羅の道になるぞ」
「あぁ、わかってる。でも俺が選んだ道だ。引き返す気はねぇ。
まずは譲とも話をしないとな」
認可されていない医療を受ける方法など、今は思いつかない。
彼の病気についても詳しくは知らないからだ。
「まぁ、君が虹野譲に負けてしまっては元も子もないけどね。頑張りなさい」
シャンリンは遊次の肩を叩くと、スタジアムを後にした。
遊次はシャンリンの背中を見送った後、ゲートから見えるスタジアムに目を向けた。
(譲…)
遊次に待ち受けるのは、色々な意味での、彼との対峙。
遊次は覚悟を決めた表情で背を向け、譲の試合を見るために、灯たちが待つ観客席へと向かった。
譲の試合は、圧巻だった。
炎と水が織りなすペンデュラム召喚による大量展開。
そして怜央を敗北に追いやった炎のシンクロモンスターが、
Pゾーンの2つのモンスターの攻撃力を束ね、圧倒的な火力で相手モンスターを撃破した。
「勝者、虹野譲ッ!!
ドミノタウン予選 決勝戦で、神楽遊次と相対するのは、虹野譲です!!」
実況者の興奮した声が会場に響き上げる。
譲はフィールドを自在に操る圧倒的な思考力を持って、当然のように勝利を挙げた。
使われたカードは怜央との試合で見たものばかりで、新しく得られた情報はほとんどなかった。
試合が終わり、観客たちのざわめきがロビー中を飛び交う。
遊次たちが会場を後にしようとしたときだった。
人の波が分かれる合間――車椅子を押して静かにスタジアムを去ろうとする虹野譲の背中が目に留まる。
「譲!」
遊次の声が、吹き抜けのロビーに伸びた。
その声に応じて、車椅子を押す手がぴたりと止まる。だが譲は振り向かない。
「俺、お前と本気で戦うよ。もう、迷ったりしねえ」
その声には決意がはっきりと宿っていた。
しばらくの沈黙ののち、譲が呟くように返す。
「…願いを背負う。それがキミの答えなんだろう」
その声は静かだったが、何かを噛み殺しているように聞こえた。
「あぁ。俺も、譲の病気を治すために全力を尽くしたい。
それが…お前に勝つってことの、責任だと思ってる」
遊次の言葉はまっすぐで、踏み込む覚悟を持った言葉だった。
「だから…詳しく教えてくれねえか?お前の病気のこと。
今のうちからでも、できることがあるかもしれねえ」
その瞬間、譲の肩がビクリと揺れた。
「ふざけるなっ!!」
ロビーの静寂を破る怒声。
何人もの視線が、音のほうへ一斉に向いた。
遊次は驚いたように立ちすくみ、譲の背中を見つめる。
譲はゆっくりと振り向く。そこに浮かんでいたのは、静かな敵意だけだった。
「余計なお世話だよ」
その言葉は牙のように鋭かった。
「僕は最初から、全員を倒して願いを掴むことしか考えてない。
君に病気のことを教える必要なんて、ない」
遊次は譲の目に宿る強い拒絶を感じながらも、そこにある彼の思いを汲み取ろうとしていた。
「…そっか。そうだよな。
最初から負けを勘定に入れるなんて、デュエリストじゃねえ」
数秒の沈黙のあと、遊次は一歩前へ出て、最後に一つ告げる。
「決勝、楽しみにしてんぜ」
譲は一瞬だけ目を伏せ、遊次に背中を向ける。
「…僕も、心待ちにしてるよ」
譲は静かに言葉を吐くと再び車椅子を押し、スタジアムを後にした。
怒りか、または武者震いか。
車椅子に置かれた譲の腕はかすかに震えていた。
車椅子を押す彼の顔には、抑えきれぬ笑みが浮かんでいた。
(なんでだろう。命が懸かってるっていうのに…。
なんで君とのデュエルが、こんなに心底楽しみなんだ…!)
そしてその背を見つめる遊次の表情にも、決戦への期待に満ちた笑みが浮かんでいた。
(何を背負ってても、ワクワクするに決まってる。
お前みたいな、やべえデュエリストと本気で戦えるんだ…!)
闘いへの渇望。それこそがデュエリストの性。
お互いに背負うものがあったとしても、心に根を張るデュエルを楽しむ心は、誰にも奪えなかった。
遊次は倒した相手の願いをも背負うことを"答え"とした。
それは無論、これまで倒してきたマルコスや空蝉の願いとも向き合うという意味だ。
しかし、彼らの居場所もわからない以上、対話すること自体にハードルがあるのも事実だ。
遊次はその機を諦めず、彼らの願いと向き合うという覚悟を胸に秘めたまま、
また、別の"戦い"とも向き合うこととなる。
そして、準決勝から3日が経ったある日の夜。
「さあイーサンちゃん、好きなものを選んでちょうだい!」
輝かしい照明に照らされた、きらびやかな内装の一室。
そこに20着ほど、様々な色のスーツが、ラックに下げられてずらりと並んでいる。
その前には、短い両手をありったけ広げた、ふくよかなマダムが笑顔で立っている。
「わぁー!すごい!」
灯はいかにも高級そうな大量のスーツを前に、目を輝かせている。
「こんなにたくさん…わざわざありがとうございます、マダム」
イーサンは面食らいながら、目の前の女性に礼を言う。
「いいのよいいのよ!うちのワンちゃんたちが健康でいられるのは、Nextさんのおかげなんだからぁっ!」
「いえいえ、こちらこそ!いつもご贔屓にしていただいて、ありがとうございます、マジで!」
遊次はマダムと呼ばれる女性と笑顔で握手を交わす。
彼女は、Next創業当時からの大切なお客様だ。
「でも大変でしょぉ?あんなおっきくて元気なワンちゃん2匹も連れて歩くの」
「むしろ楽しいですよ!かわいいし、私も健康になれるし、かわいいし!いいことしかありません!」
マダムの犬の散歩という大仕事を仰せつかっている灯が、
もふもふのサモエドとゴールデンレトリバーを思い出しながら、とろけた笑顔で答える。
「でもいいんですか?こんな高そうなスーツ、無料で貸していただいて」
イーサンは頬を掻きながら少し居心地の悪そうなひきつった笑みを浮かべる。
「あら、スーツだけじゃないわよ!その生い茂ったパーマヘアも、ヒゲも、全部私が一級品にしてあげる!」
マダムはハサミとカミソリを手に取り、怖いほどの満面の笑みを浮かべる。
そこまでは頼んでいないのだが、彼女の放つ謎の圧力には逆らえず、イーサンは「ハハ…」と苦笑いする。
「それにしても、急にオシャレに目覚めて、どうしちゃったのよ?まさか…中年の恋…!?きゃっ!イーサンちゃんのスケベっ!」
「い、いえ…ちょっとしたパーティーがありまして。今日だけ特別です」
イーサンは後ろ頭をかきながら、1人で盛り上がるマダムに引きつった笑顔を浮かべる。
(ま、言えるわけねえよな。これから裏カジノの元締めを探るためにそいつらの根城に潜入します、とはな)
怜央は少し離れたところでポケットに手を突っ込み、頭の中でぼやいた。
11日前、Nextに舞い込んだのは、違法カジノの元締めを倒し、失った金を取り戻す依頼。
それはある企業の社長からだった。
自分の会社の役員「落合」が会社の損害を補填するために裏カジノへ挑んだものの、
惨敗し、更には裏カジノへ出入りしている事実を盾に脅迫され、金銭を要求されている。
それを打破するのがNextの仕事だ。
探偵「伊達アキト」の協力もあり、元締めは会員制高級サロン「マジシャンズ・スターダスト」を情報源にしている可能性が高いことが分かった。
その高級サロンへ潜入するのはイーサンだ。そのために今は相応しい身なりに変身しようとしている。
「まずはお顔のお手入れをしましょ!
さ、イーサンちゃん、ここに座って!」
マダムの案内でイーサンは席に案内される。
それから30分ほど経った頃。
「ん?これ…」
イーサンがマダムから髭や髪を整えられている途中、
マダムがカミソリを持つ手を止め、イーサンの顔を見つめている。
「どうかしました?」
イーサンに合うスーツを選んでいた灯が、マダムに話しかける。
イーサンは何も言わず、マダムにばつの悪そうな視線を送っている。
「あ、いえ…!なんでもないのよ!
人には聞かれたくないこともあるものね…」
そんなイーサンの様子を察して、マダムは急いで手を動かし始める。
「なぁ、これとかどうだ!?」
灯は気になってしばらくイーサンを見つめていたところ、向こうから遊次が黄金に輝くスーツを手にして戻ってきた。
「ちょっと、なにこれ!」
「な、なんだよ!いかにも社長っぽくていいだろ!」
「こんな社長見たことないでしょ!まじめに選んで!」
遊次の美的センスのなさに呆れて灯は、すっかり気になったことを忘れていた。
それからさらに30分後。
遊次達とマダムは試着室を緊張した面持ちで見つめている。
試着室のカーテンが開くと、そこには別人のように変身したイーサンの姿があった。
パーマのかかった髪は均一に整えられ、乱れもなく額の上で自然な起伏を描いていた。
髭は頬から顎に沿って滑らかに揃えられ、長さも輪郭もきっちりと保たれている。
身に纏っているのは、チャコールグレーのスーツ。
上着は肩からウエストにかけて緩みなく絞られ、シャツの襟は高めに立ち、深緑の無地のネクタイを締めている。
「わぁ!かっこいい!いつもと全然違う!」
灯は両手を合わせ、目を輝かせる。
「そ、そうか?ありがとう。ただ全然違うってのは余計だぞ」
イーサンは賞賛を素直に受け取りつつも、その後に続く引っかかる言葉にはしっかりと釘を刺す。
「なぁ、写真撮っていいか!?」
遊次がスマートフォンを構え、いじらしい笑みを浮かべる。
「ダメだ、絶対ネタにし続けるだろお前」
イーサンはスマホを構える遊次を片手で静止する。
「見違えたな。馬のガキにも……なんとやらってヤツだ」
「馬子にも衣装だろ。それに馬子は馬を引く人のことだ。無理して難しい言葉を使うな」
真面目な顔で呟く怜央に、イーサンは丁寧に訂正を入れる。
「素敵よイーサンちゃん!パーティー会場でも大人気になっちゃうわね!」
「はは、だといいですね…。本当にありがとうございました、マダム」
「いいのよ!またワンちゃん達のお散歩、よろしく頼むわね!」
4人はマダムに深く礼をすると、Next事務所へと戻った。
時刻は夜21:30頃。
Nextのメンバーと探偵「伊達アキト」は事務所に集っていた。
5人はある人物の到着を待っていた。
イーサンが落ち着かない様子で壁掛け時計を見つめていると、事務所の扉が開く音がする。
5人は一斉に扉の方を見る。
「やっほー、元気ぃ〜?」
扉の向こうから陽気に手を振りながら現れたのは、雨宿真白。
黒のノースリーブワンピースに、足元は艶のある黒のパンプスを履き、
手首には細身の金属製の腕時計が巻かれている。
彼女こそ裏カジノの元締めへ辿り着くための唯一のキーマンだ。
サロンへ潜入するためには、会員の協力が不可欠だ。
約10日前、落合以外の3名の裏カジノ参加者は、皆サロンの会員であると推測し、Nextは彼らの協力を得るために動くことになった。
3名の参加者とは、都市開発会社CEOのザリフォス、IT企業CEOのミロヴェアン、個人投資家の雨宿だ。
ザリフォスとミロヴェアンは落合と同様、カジノでの巨額を失った上に脅迫を受けていた。
元締めを打倒し、彼らが失った金を取り戻すことを条件に、彼らは依頼に協力することとなった。
依頼者であるハイデンリヒが支払う分も合わせると、合計2億7000万サークもの大金がNextへ支払われることとなった。
しかし、彼らは2人とも、すでにサロンの会員ではなくなっていた。
頼みの綱は参加者の1人「雨宿真白」だったが、彼女は唯一、裏カジノで勝ち越している人物であり裏カジノから脅迫も受けていなかった。
彼女の協力なくしてサロンへの潜入は不可能。依頼の解決もできない。
幾度となく交渉を仕掛けるも全てかわされた灯は、最後の手段として成功報酬の2億7000万サーク全てをベットしたオースデュエルを持ちかけた。
一世一代の賭けに出た結果、デュエルは灯の勝利に終わった。
契約通り2億サークは支払うこととなったものの、7000万サークはNextに残すことができた。
雨宿への報酬の2億サークはあくまで成功報酬だ。元締めを倒さなければ手に入らない。
さらにはオースデュエルによる強制力もあるため、彼女はNextに協力することとなったのだ。
「えらいゴキゲンじゃねえか、雨宿さん」
これから皆の運命が懸かった作戦が始まるというのに、それに見合わぬテンションで入ってきた雨宿だが
、遊次はとくに咎めることなく、むしろ歓迎するように口元を緩める。
「こんなワクワクするイベント、なかなかないからねぇ。
って…あらオジ様、素敵じゃない。それなら、わたくしの隣に立つことを許してあげてもいいわ」
雨宿の目が部屋の奥にいた変身後イーサンの姿を捉えた途端、
小走りで駆け寄り、まるで値踏みするかのように彼を見下ろす。
「そりゃどうも…。役者は揃ったな。では、作戦を整理しようか」
雨宿の上から目線を軽く受け流すと、イーサンが号令をかける。
イーサンの座る長机の周りに遊次たち5人が集まる。
「今から約1時間後、『マジシャンズ・スターダスト』に俺が架空の社長として潜り込む。
本来、会員ではない俺は入れないが、会員の紹介であれば入場が可能だ」
「そこでわたくしの出番ってわけね。
すでにあのサロンには、知り合いの社長を連れていくと話をしてある。今までもそういうことはあったし、特に怪しまれることはないでしょうね」
「潜入の目的は、俺が"奴ら"に標的として認識されることだ。奴らはこれまでの傾向を見る限り、金持ちしかターゲットにしない。そこで俺が架空の社長になりすまして、こっちから罠にかかるんだ」
イーサンが説明している最中、灯が自席からあるものを持ってくる。
「はい、これ。あなたはこれから、
"ライノルド・サイエンス社"の社長『ネイサン・ライノルド』さんです!」
灯が1枚の名刺をイーサンに渡す。
「おぉ、本格的だな…」
フォントやロゴまで作り込まれたその名刺を見て、イーサンは感心する。
母がデザイナーであることもあり、美術的センスの高い灯が作ったものだ。
「その架空の会社のホームページはIT企業社長のミロヴェアンさんに協力してもらって、超本物っぽく作ってもらった。
それに架空の実績なんかも、とても緻密にインターネット上に大量にちりばめられてる。
ちょっと調べたぐらいじゃ偽物だなんて思わないよ」
アキトがスマートフォンでその架空のホームページを見ながら、満足げに言う。
「それに、会社自体はヒノモトにあるってことになってるから、法人登記は簡単に調べられない。
ネットで検索すれば実在する会社にしか見えないから、奴らも疑わないだろう」
偽装工作に時間をかけただけあり、架空の会社だとはまずバレないだろう。
「で、潜入した後は?」
「俺が奴らの標的になるためには、俺が今まさに金に困ってるということを、
奴らに認識させる必要があるわけだが…その下準備は、すでにできてる」
イーサンが雨宿に目配せする。
「昨日サロンに予約を入れた時、わたくしと一緒に来る社長が、今めっちゃお金に困ってるって話、さり気なく忍ばせといたから。
しかも、2週間後にはヒノモトに戻っちゃって当分こっちに来れないってこともね」
雨宿が遊次にウインクをしてみせる。
「なるほど…2週間後にはデュエリアにいないとなると、何度もサロンに足を運ぶことはないから、
奴らが例の"トリック"を仕掛けてくるのは今日しかない…」
アキトが顎に手を置き、作戦の強固さを噛み締める。
トリックとは、推定30%程度の度数の酒を、10%程度に感じる仕掛けにより、ターゲットを酩酊させ、情報を引き出すというものだ。
「わたくしは時間がないってことにして、1時間程度で店を出るって伝えてある。わたくしがいたら向こうも罠を仕掛けづらいでしょうからね。ネイサン社長だけ1人で残れば、奴らは動き出すはずよ。
しかも"ネイサン社長"は普段は口が硬いけど、お酒が入ったらガバガバって話もしといたわ。こんなチャンス、奴らが逃すはずないわよ!」
「…いくらなんでも露骨すぎねえか。罠だとバレるかもしれねえぞ」
声高に語る雨宿に、水を指すように怜央が口を挟む。
「あら、ナメないでちょうだい。わたくしがポーカーフェイスでどれだけ稼いできたと思ってるのかしら?」
「電話だから"ポーカーヴォイス"だけどね…!」
灯がなぜか得意げに鼻をふんと鳴らしている。
「…そのポーカーヴォイスで超・自然に餌を撒いてきたから大丈夫よ。わたくしが奴らの手口に気付いてるとも思わないでしょうね」
「信頼してるぜ、雨宿さん!
で、つまり…奴らは今日イーサンに、"試作品"とかいう、めっちゃ度数の高い酒を飲ませようとしてくるってことだよな?じゃあイーサン、早く"アレ"見せてやろうぜ!」
遊次がイーサンにうずうずとした視線を送る。
「そうだな。奴らが提供する酒をバカ正直に飲めば、俺は余裕で酔い潰れる。そこで…」
イーサンが灯に目で合図すると、灯はショットグラスとウイスキーの瓶を机に置く。
雨宿はそれを見て条件反射で口を開く。
「まさか、今から飲むつもり!?」
「んなわけないだろ。まあ見てなって」
遊次がショットグラスにウイスキーを並々注ぐ。
その間、イーサンはスーツの袖口をしきりにいじっていた。
イーサンがショットグラスを持ち上げると、一気に上を向き、ウイスキーを流し込む。
「ちょっ…やっぱり飲むんじゃない!大丈夫なの、そんな量…」
ウイスキーを一気に飲み干したイーサンに雨宿は困惑する。
「へへ、飲んだと思うだろ?飲んでないんだな〜これが」
遊次は得意げに胸を張る。
「これだ」
イーサンは袖の内側から、黒く細長いパッドを取り出す。
腕に沿うように平たく作られており、表面はわずかに起毛したフェルト地だ。
「なるほど。飲んだふりをしてお酒を袖口に流し込んで、そのパッドで吸収したというわけか。マジックでよくある仕掛けだね」
アキトは酒に濡れたパッドを指で突きながら言う。
「俺とみっちり練習したからな。見てて全く気づかねーだろ?」
「うん、驚いたよ。でも遊次、マジックなんてできたのか?」
アキトが振り返って尋ねる。
「あぁ。もしかしたらデュエルに使えないかと思って、昔練習したんだ」
「へぇー。それで学んだことは役に立ったのかい?」
「いや、あんまり…。でもここで役に立ったから結果オーライだ」
「だが、このパッドじゃ吸収できても、せいぜい2杯が関の山だ。顔を赤くするために1杯ぐらいは本当に飲むが…それでも3杯がリミット。早めに酔ったフリで情報を吐いて、奴らのターゲットとして認識される必要があるだろう」
何杯も袖口に流し込めば、確実にパッドが吸収しきれず、漏れ出てしまうだろう。
早めに勝負をつける必要がある。
「もしかしたら今日、例の"コンサル"がいるかもしれないんだよね?ザリフォスさんはそのコンサルが来た日に、試作品のお酒を飲まされて、損失のことを喋っちゃったって」
マジックのアシスタントのようにパッドやウイスキーを片付けて戻ってきた灯が、さらに計画について深堀りする。
そのコンサルと言われる男は、ターゲットの弱みを引き出し、その人物をカジノへ誘うかどうかを判断していると思われ、元締め側と深く繋がる人物だ。
もしくは元締め本人である可能性も高い。
「ザリフォスさんの話だと、ガタイの良いサングラスをかけた男らしいぜ。
雨宿さんがすでにイーサンのことを店に話してっから、今日来る可能性は高いと思う」
「じゃあこの前買った超小型カメラがあるから、胸ポケットに仕込もっか」
灯がせわしなく事務所を動き回る。
「今日うまく奴らの標的になれれば、後日"稲垣拓海"が俺をカジノに誘いに来るはずだ。カジノ参加者が4人ともそうだったから間違いない」
稲垣拓海とは坊主頭に眉の上に傷のある男であり、カジノへの案内人を務める元締め側の人間だ。
依頼人である落合の証言と怜央の調査から素性が判明した。
「カジノは大体月2回。次にカジノが開かれるのは今週の土曜日よ。わたくしも参加することになってる。
もし"ネイサン社長"をカジノに誘うなら、向こうも今週中に動くはずだわ」
イーサンが壁の時計に目をやると、席から立ち、スーツの襟を正す。
「そろそろ向かうとするか。灯、悪いが運転を頼む」
「はいよー!」
ついに作戦が動き出す。一気に空気がピリつき、緊張感が走る。
作戦の要となるイーサンと雨宿が事務所を出る時、遊次が言う。
「頼んだぜ」
イーサンはそのまま背中越しにサムズアップをし、雨宿と灯と共に事務所を跡にした。
雨宿とイーサンが見つめる先は会員制高級サロン「マジシャンズ・スターダスト」。
外壁は黒曜石を思わせる深い艶をたたえ、通りに面した正面には看板も出ていない。
ただ無機質に磨かれた黒い扉が一枚、間接照明に照らされて浮かぶように存在している。
入口脇の壁には金属製のプレートにひとつだけ——“Magician's Stardust”と、銀色の細い書体で刻まれていた。
窓はなく、外から中の様子を窺うことはできない。
それでも、扉の隙間から漏れるわずかな光と、時折ふわりと流れ出る上質な香の匂いが、この場所の異質さを雄弁に物語っている。
「さあ、いくわよ」
「あぁ」
雨宿とイーサンは短い言葉を交わすと、入り口へと歩みを進める。
雨宿が黒い扉が静かに開くと、まず視界を満たすのは、深紅の絨毯だった。
重厚な木製の敷居を一歩またげば、
そこはまるで舞台の袖裏のような静寂の空間。
天井は意外なほど高く、黒漆仕上げの梁が奥へと伸び、
間接照明が艶やかな反射を返している。
受付カウンターは左手奥にあり、黒檀を思わせる漆黒の木に、真鍮の象嵌が埋め込まれている。
「雨宿様、お待ちしておりました。こちらの方はネイサン・ライノルド様でいらっしゃいますね」
雨宿が軽く頷き返すと、受付係は静かに、黒檀の奥扉へ向かって手を差し伸べた。
「こちらへどうぞ」
柔らかな絨毯が足音を吸い取る。
磨き抜かれた通路の両側には、小ぶりなシャンデリアが等間隔に連なり、薄く降り注ぐ光が天井からまるで星の雫のように室内を照らしていた。
扉を抜けると、そこは広々とした空間だった。
正面奥にはバーカウンターがあり、
琥珀色の木目が照明を受けて落ち着いた輝きを放つ。
革張りのソファや深くゆったりとしたアームチェアがゆとりをもって配置され、それぞれのテーブルには静かに揺らぐキャンドルの灯りが置かれていた。
客は皆、落ち着き払った表情で互いに会話を楽しんでいる。
一つだけ、他の席よりも大きな笑い声が目立つ席があった。
5名ほどの煌びやかな格好の男女が集まり、何やら盛り上がっているようだ。
その中に、サングラスで肩幅の広いオールバックの男が座っていた。
例の"コンサル"と呼ばれる男だろう。
男は足を大きく広げ、己を誇示するように座っている。
いかにも話題の中心といった様子だ。
纏っている黒のスーツは筋肉質な肉体によって膨張し、張りつめている。
雨宿はその席を横目で見つめた後、迷うことなく、奥まった一角にあるテーブルへとイーサンを伴って歩き出した。
イーサンは表情こそ平静を保っていたが、内心では初めて踏み込む高級な空気感に少しだけ呑まれていた。
雨宿が慣れた仕草で椅子を引き、優雅に腰掛けるのを見届けたあと、彼も静かに席へと腰を下ろした。
すると、ほぼ同時に給仕が現れ、二人の前に深緑色の革表紙に金文字が刻まれたメニューを差し出した。
そして給仕は一呼吸置き、"とある物"をイーサンの前に置いた。
「ネイサン様。こちら、試作品のカクテルでございます。よろしければどうぞ」
イーサンは琥珀色の液体にいくつもの黒い小さな粒が浮いたカクテルを見つめる。
バニラとカラメルの芳醇な甘い香りが鼻腔を刺激する。
ザリフォスや雨宿も飲んだ例の試作品だ。イーサンと雨宿は一瞬目を合わせる。
「わたくしも以前飲んだわ、これ。飲みやすくておいしいのに、まだメニュー化しないのね?」
雨宿は少しだけ目を細めて給仕を見る。
様子を伺う意味もあるが、これはあくまでも1人の客として出る自然な発言だ。
「えぇ、好評の声がもう少し挙がり次第、メニュー化も検討させていただこうかと。では失礼します」
給仕は一切動揺することなく、一礼を送り去っていった。
「やはりまんまと仕掛けてきたな」
イーサンがグラスを手にして転がすように軽く回しながら、一口、酒を煽る。
「噂通りの飲みやすさだな…とても度数30%以上とは思えない」
イーサンは眉を上げ、心底驚いたようにグラスを見つめる。
「それより見た?あそこの席にいるサングラスの男」
雨宿が自身の正面にある席を顎で指し示す。
「あぁ、あれが"コンサル"だろ」
「そう。多分、ちょうど酔った頃合いを見計らって近づいてくるはずよ。うろ覚えだけど、わたくしの時もそうだったわ。
多分もうすぐ、店員がこの席の近くでうろちょろして、わたくし達の話に聞き耳を立てるはず」
「…噂をすれば、さっそく来たぞ」
イーサンの視界の端で、黒服の店員が1人こちらに歩いてくるのが見えた。
綺麗なワイングラスをトレーに積み上げて運んでいる。
「とにかく俺は落ち込んでるテイで酒を煽って、
どんどんBADに入っていく演技プランでいく。うまく合わせてくれ」
「…よくわからないけど、わかったわ」
雨宿は一瞬で楽しそうな表情に切り替える。
それを見てイーサンも演技プラン通り、肩を落としてうなだれる。
「まあとにかく今夜は飲みなさいよ!」
雨宿が試作品のバニラカラのメルカクテルをイーサンに無理やり突き出すと、イーサンは無言でそれを受け取り、喉へと流し込む。
リアリティ追及のため、まずは本当に飲んで、顔を赤くする作戦だ。袖口の吸水パッドはまだ出番ではない。
注文していた食事も届き、30分程度の雑談を挟んだところで、給仕がやってきた。
「失礼いたします。先ほどの試作品はお飲みになられましたか?できれば感想をお聞かせいただければと」
「あぁ、飲みやすいし…バニラ味というのが新鮮でいいね。気に入ったよ」
イーサンの顔は順調に赤みを帯び始めていた。
わざと少し呂律も怪しくして、テンションが高まっていることがわかるように喋っている。
「ありがとうございます。よろしければ、こちらもいかがでしょうか?」
給仕はショットグラスが3つ並んだホルダーをテーブル席に置く。
「先ほどの試作品とベースは同じですが、味をアレンジしたものとなっています。
右から、シナモンとクローブによってスパイシーさを増したアレンジ、コーヒー香を加えたダークな味わいのアレンジ、シーソルトを加えたフレッシュな味わいのアレンジ…となっております」
味を変えたものをいくつも提供することで、
自然に度数の高い酒を気付かない内に何杯も飲ませて酩酊させる。これが元締め側の仕掛けだ。
「ありがとう」
試作品の酒を置いた後も、給仕は両手を前にしてこちらを見ている。
試作品を飲んで感想を言うまでそこにいるつもりなのだろう。
イーサンは一番右のスパイスアレンジのショットグラスを手にすると上を向き、一気に流し込む。
当然、流し込んだのは喉ではなく袖口だ。
喉を鳴らす音まで再現しているため、極めて自然なものだった。
「…うん、おいしいね。さっきのとは違ってただ甘いだけじゃない。こっちの方が俺は好きかな」
「ありがとうございます。参考にさせていただきます」
やはりマジックには気付いていないようだ。
給仕は一礼し、背を向けてその場を去ってゆく。
雨宿はイーサンにウインクを送ると、本題に切り込む。
「…ねえ、あの買収の件、潰れたってホントなの?」
何気ない調子を装っていたが、声の大きさやタイミングには細かい意図があった。
2人の席でワイングラスを丁寧に拭くふりをしている、黒服に届くように。
イーサンは少しだけ視線を落とし、グラスの縁を指先でなぞった。
「…あぁ?ああ、潰れたよ、潰れた…っ。
ははっ、ぜーんぶ、おじゃんだ」
イーサンがテーブルにへたりこみ、露骨に落ち込んでいる様子を見せる。呂律も回っておらず、テンションもシラフのそれではない。
「ふうん…あの時、ずいぶん強気だったのに」
雨宿は軽く息を抜くように言うと、グラスを揺らす。
彼の過剰な芝居を帳消しにするかのように、言葉の力を少し抜いた。
イーサンはわざとらしく大きく息を吐き、ゆっくりと肩を落とす。
「当たり前だろ!ほとんど決まってたんだぞっ…!
なのに向こうの勝手な内輪揉めで全部ご破算だ!
何年もかけて準備してきたってのに……。
俺のあの苦労が、全部水の泡だ!ははっ…」
イーサンはたっぷりと間を使って言葉を吐き、
露骨にテーブルにうなだれる。
その過剰な演技に雨宿は"ちょっとくさいわね"という言葉が喉元まで出かけるが、すぐに飲み込む。
「切羽詰まってるって感じね。でも、まだ十分な資金はあるでしょ?ここで終わりってわけじゃないわ」
「また一から建て直せってのか!?
そんなの耐えられない…っ!今すぐ金がいるんだよ!
すぐに取り戻さなきゃ今までの苦労が…!」
イーサンが肩を震わせて涙を滲ませる。過剰ではあったものの、彼の言葉や所作は迫真性に富んでいた。
黒服はまだ傍でグラスの手入れをして、聞き耳を立てている。まだ資金が残っていること、そして今すぐ金が必要だということ。ここで"ネイサン社長"が裏カジノの誘いに乗る条件に当てはまることをアピールしておく必要があった。
「でも、そうするしかないじゃない…。
すぐに何億も増やす方法なんて…早々ないんだから」
雨宿は意味深に目を伏せてみせる。
彼女は裏カジノ参加者であり、すぐに手持ちの金を増やす方法を知っているが、それを表向きに言うことはできない…というテイの演技だ。
「俺の会社が急速に成長できたのは、他の追随を許さないスピード感だ!また何年も準備してたら、その間に競合に抜かれるのがオチなんだよ!」
そしてイーサンはそれに納得せず、今すぐ手持ちの資金を増やしたいという欲望を捨てられないということをアピールし続ける。
イーサンはホルダーの右から2番目のショットグラスの酒を、マジックの要領で一気に袖口に流し込んだ。
イーサンは一瞬、袖口に目をやる。
吸水パッドから漏れ出た酒が腕を伝い、
気持ちの悪い感覚を覚える。
パッドも重みを帯びている。そろそろ限界だ。
これ以上パッドに酒を飲ませることはできないだろう。
試作品もすでに3杯飲んだことになっており、顔は赤らんで呂律も回っていない様子。
すでに酩酊状態であることは"向こう"にも伝わっているはずだ。
そこからさらに30分後。雨宿がバッグを持ち席を立つ。
「ごめんなさい、時間だわ」
「そんな……まだ話はおわってねえらろぉ…。
俺はどうすればいいんら…」
更に悪化した呂律でイーサンは雨宿を縋るように見つめる演技をする。
「また今度、しっかり話を聞かせてちょうだい。
ここには経営者が他にもたくさんいるから、話を聞いてみてもいいんじゃないかしら。そのためにここにあなたを連れてきたのよ」
「……わかった。今日はありがとう。お代は俺が出すから…」
「フン、当然よね?じゃあ酔い潰れないようにね。それじゃ」
雨宿はあくまで雨宿真白像を貫きながら、軽く手を振って店を出てゆく。
(後は頼んだわよ。わたくしの2億は、あなたにかかってるんだから)
雨宿は背中越しにイーサンに視線を送り、サロンを出る。
テーブルにはイーサン1人が残された。
ここからが本番だ。
1人になったイーサンは、心細そうな表情で辺りを見回す。
その様子を見ていた黒服が一瞬、目でコンサルのいる席に合図をした。
それをイーサンは見逃さなかった。
イーサンの背後の少し離れた席から、"コンサル"のよく通る低い声が聞こえる。
「…じゃあ僕はここいらで、おいとまさせていただきますよ。
他のお客さんにも挨拶しときたいからね」
(来る…!)
イーサンは背後から大きな影が近づいてくるのを感じた。
イーサンは背中を丸め、寂しさを演出する芝居を続けながら、背後に意識を集中させる。
「ここ、初めてですよね?」
イーサンが座るテーブル席に、その男はおもむろに筋肉質な腕をついて現れた。
サングラスを下げ、イーサンの方を胡散臭い顔で見つめている。
遠くからは見えなかったが、髪の左側を大きく刈り上げており、
そこに1本の稲妻のマークが刈り込まれている。
"コンサル"などと呼ばれているが、見るからにカタギではない雰囲気を醸し出している。
「…あぁ」
イーサンは落ち込んだ演技を続けながらも、その鼓動が早まっていくのがわかった。
「いやぁ、見るからに"ツイてない"って様子だったんで、気になっちゃって。お名前を伺っても?」
イーサンはコンサルの男を警戒したような目で見つめる。
「はぁ…最近の若者は礼儀がなってないら。
人に名前を聞く前に、自分が名乗ったらどうら?」
男を探るような発言は危険なものにも思えるが、ここでいきなり心を開く方がかえって不自然だ。
まずは警戒しているという姿勢を見せる方が自然であるとイーサンは判断した。
コンサルは一瞬、真顔になる。
しかし、すぐに胡散臭い笑顔に戻った。
「はは、これは失敬!
僕は『仁科 睦人(にしな むつひと)』と言います。
一応この辺では"コンサル"なんて呼ばれちゃってますけど」
男はあっさりと名乗った。
それが本名かどうかはわからないが。
「コンサルぅ?」
「ええ。経営とか投資のご相談ですね。
ここでも皆さんからよく相談されるもんで、ちょっとした提案をさせていただいてます」
仁科はサングラス越しに笑った。
「たとえばこの間もね、ある資産家の方が困ってまして。
買ったはいいけどどうにもならない事業があって…普通ならそのまま負債ですよ」
手に持ったグラスをくるりと回しながら、仁科が話す。
手慣れた語り口だった。
「でも僕が間に入って、事業はとある会社にスライド。
書類上は"提携"ってことにして、代わりに動かせるキャッシュを作ってあげたんですよ。
売却益も課税対象にならずに済んだし、そのまま別の案件に転がして…結果、資産はむしろ増えました」
その一言に、うなだれていたイーサンが体を起こした。
そして少しだけ眉を動かす。
「…へぇ、そんな凄いのかぁ、アンタ」
やや舌のもつれるような口調で、わざと酔ったように声を発する。
目を細めて少し考えたそぶりをした後、手を震えさせながら、イーサンは1枚の名刺を取り出す。
それは灯がデザインした偽名の書かれたものだ。
「俺は『ネイサン・ライノルド』。
ちょっとばかし…話、聞いてもらっていいかな?」
「…えぇ、僕でよければ」
仁科は一拍置いて名刺を受け取り、唇の端を上げた。
イーサンの胸ポケットに取り付けられた小型カメラは、確実に仁科の姿を捉えていた。
「なるほど…」
呂律の回らないイーサンの話を長々と聞いた仁科は、
空いたグラスをテーブルに戻し、チェアに背を預けた。
「3年前からある企業を買収する話が進んでて、水面下ではほぼ決まりだった。
早く事業に着手したかったから先んじて設備投資を行っていたが、買収予定の会社が内部的な派閥争いで分裂して、その間、買収の話はストップ…」
仁科はイーサンの話を簡潔に整理してゆく。
「でもライノルドさんは、裏では事業に向けて投資しちゃってるから、すでに動き始めてる設備や工場は止められない。
でも結局、買収自体が白紙になって、3年間の何もかもが水の泡…。残ったのは2億の自己資本のみということですね」
酔った演技をしていたが故に聞き取りづらい話だったはずだが、仁科は頭を整理して、イーサンの話をまとめた。
これがイーサン達が考えた損失の理由だ。
イーサンやアキトなど一介の事務所に勤める身では知識が足りないため、企業役員であり依頼者の落合の監修のもと、作られた話だ。
裏カジノは大きな損失をして金に困ってる者をターゲットにする。さらに裏カジノに参加する資金を持ってることもアピールしなければならないため、このような内容となったのだ。
「クソぉッ…!俺ぁ悪くないってのに…!」
イーサンは熱を込めてテーブルを拳で叩く。
しかし仁科は何か引っかかった様子で天井を見つめ、渋い顔をしていた。
てっきり慰めるフリでもしてつけ込んでくると考えていたイーサンは、内心で少し焦りを募らせていた。
そして少しの間が空いた後、仁科は笑顔でイーサンの肩を掴んで距離を縮める。
「ライノルドさんって、けっこうガムシャラなタイプですよねぇ。
水面下で進んでたとはいえ、買収が決まる前から投資を進めちゃうんですもん。
猪突猛進っていうんですか?俺、そういう人好きですよ」
(やはり擦り寄ってきたか…)
イーサンは少し安堵した。
「あぁ、昔っからよく言われるよ。
一度決めたら突っ走る奴らぁ…!って…」
酔っぱらったフリをしながら、擦り寄って来た仁科に話を合わせる。
向こうからすれば、こちらの資金の状況さえ知れれば、あとは違和感を持たれずに帰すだけのはずだ。
イーサンとしては、あとはキリのいい所で千鳥足で店を出ればいい。
はずだった。
「じゃあ…そんな後先考えない奴が、なんで2億だけキッチリ残してんだ?」
先ほどまでと違い、それはまるで相手を恫喝するような声色だった。
心臓を鷲掴みにされたようだった。
息が詰まるような感覚が突然押し迫って来る。
動揺しないように意識していたものの、イーサンの目はあちこちを泳ぐ。
(違う…コイツは擦り寄ってきたんじゃない!
そう思わせて、俺に"道"を選ばせたんだ…!)
買収の話が完全にまとまる前に、先んじて設備投資を行った…これがイーサンの話した"失敗"の概要だ。
少なくともこの行動は慎重とは言えないが、「ネイサン・ライノルド」が猪突猛進で、後先考えないタイプであるならば成立する。
架空の人物が故に、そこは作り手側の匙加減でどうとでもなる事だった。
他の裏カジノ参加者も、巨額な損失を出しながら裏カジノに参加する多額の資金を保持していた。
損失が出ても、2億ほどの資金を留保していたということ自体は、何らおかしいことではない。
だからこそ、企業役員の落合の監修をもってしても、そこに違和感をおぼえることはなかった。
しかし仁科が突いたのは、"行動"と"人格"の矛盾。
イーサン自身が「ネイサン・ライノルドは後先を考えないタイプである」と確定させてしまったことで、
その矛盾はハッキリと輪郭を持ち、姿を現した。
なぜそれほど後先考えない人物が、2億サークもの金を留保しているのか、と。
そのために仁科は、わざと擦り寄ったふり、人格について言質を取ったのだ。
元締めに「カジノに参加する資金はある」とアピールするため、億単位の資金を残しているということを伝える必要があったが、故にそこが小さな綻びとなった。
イーサンはへらへら笑ったふりを続けながら、なんとか言葉を捻りだした。
「あぁそれは、事業とは切り分けてた金なんらよ…。
そう、俺のポケットマネーみたいなもんれさ…」
言い訳にもなっていないような虚しい取り繕いだった。
この期に及んでも呂律の回っていないフリをしているのが自分でも滑稽に思えた。
「だから、なんでまだ2億もポケットマネーを持ってんだよ。
買収の話が途中で止まっても"すでに進んでる事業は止められない"ってのは、"引き返す方がマイナスだから"だろ」
仁科の口調も、最初のように軽薄なものではなく、
獰猛な本性を現したかのような、芯に響くくぐもったものに変わっていた。
「ポケットマネーで2億残せるようなリスクマネジメントができんなら、引き返せないような先行投資はしねえだろ?なぁ」
仁科は肩を組み、さらにイーサンに顔を寄せる。
彼はその本性を隠すこともなく、牙を剥き出しにしていた。
「な、なんらよ、こえぇなぁ…。なんでそんな怒るんらよ…」
イーサンは肩をすくめて怖がるそぶりをして、なんとか考える時間を稼ぐ。
「たまにいるんだよ、ノウハウだけ盗んで売り捌こうとする輩が。
こっちも一応、商売でコンサルやってるもんでね。
でもアンタは違うよな…"ライノルド社長"」
彼はあくまで、ノウハウを盗む者を疑って脅しをかけているのか?
それともすでに裏カジノを探るために潜入したことに勘づかれているのか?
イーサンには判断がつかなかったが、いずれにしてもこの状況から一刻も早く抜け出さなければならない。
(何かないのか…!この場を切り抜ける、何かが…!)
視線が宙をさまよう。驚異的な集中力だった。
視線に入るあらゆる物に意識を向ける。
壁――絹の張り地、額縁の陰に隠れた染み。
天井から吊るされたシャンデリア、
その下に揺れる光の粒。
斜め前、ソファに腰掛ける男のポケット、
覗くタバコの箱。
向かいのテーブル、飲みかけのグラス、
沈んだ氷がわずかに割れている。
その奥、笑い声を上げる女の赤い爪。
違う、これじゃない。
そして右斜め前、バーカウンターの奥に貼られたメニューに目が止まった。
その右下に、白い文字が小さく書かれていた。
《Service charge and sales tax》――。
(これだ……!)
この間、わずか4秒。
イーサンは意を決したような表情で、唾を飲み込む。
「……その2億は、この国にはない」
仁科はその言葉の意図をまだ理解できずにいた。
口から出まかせかとも考えたが、目の前のネイサン社長の雰囲気が変わったことが、妙な説得力を与えていた。
「…じゃあ、金はどこにある?」
仁科は地鳴りのような低い声で、威圧的に問う。
「…天国」
イーサンは苦虫を噛み潰したような表情で、左手の指を一本、真っ直ぐと上に突き立てる。
仁科はその一言で、全て察した。
瞬間、糸が切れたかのように豪快に笑いだす。
「…ッハッハッハ!なんだよ、そういうことかよ社長!
そりゃあまあ、言えねえわな」
仁科はイーサンの肩を強く叩き、笑いを引きずった声で言う。
イーサンがメニュー表を見た時、目に入ってきたのは「tax」の文字だった。
その文字を見た瞬間、降りてきたのだ。
自分を疑う仁科を納得させる方法が。
tax haven《タックスヘイヴン》。
法人税などの税率が極端に低い、または課税が行われない国・地域を指す。
それは文字通り、税の天国だ。
企業や個人がこれらの地域に実体のない会社を設立し、利益をそこに移すことで、本来の居住国での課税を回避する。
このような行為は多くの場合、違法ではないものの、「租税回避」として倫理的・政策的な問題が指摘されている。
各国の税務当局は過度な税逃れを防ぐため、タックスヘイヴンとの取引に関する情報開示や規制を強化している。
「頼むから誰にもいわないれくれよ…
その口座、申告してないんらから…」
イーサンは再び呂律の回らない酔っ払いの演技に戻る。
税金逃れのためにタックスヘイヴンに口座を作り、それを申告していないとなると立派な脱税だ。
買収が白紙になっても2億円を持っていると言ったことや、それを指摘されて言い淀んでいたことも、これで辻褄が合う。
仁科もイーサンの正体について疑うことはないだろう。
「安心しろって、言わねえよ」
仁科が軽く周りを見渡した後、視線をイーサンに戻す。
「で、俺からコンサル受けるつもりはあんのか?
って…もう目、ほとんど開いてねえけど」
イーサンは半目となり、こくこくと首が落ちそうになっている。
首ががくっと落ちたタイミングで目を開き、驚いた表情をしてみせる。
「いや…なんか急激に眠気が…」
すでにターゲットとしては十分認識されたはずだ。
窮地を乗り切ったこともあり、後はこのサロンから出られればいい。
向こうもコンサルなど本来の目的ではないはずだ。
両者の利害は一致している。
「その様子じゃ、コンサルはまた今度ですね。
またここに来た時に会いましょう」
仁科は元の皮を被った口調に戻っていた。
席を立つと、元いた席に戻ってゆく。
イーサンはその背中を真剣な眼差しで最後まで注意深く見送ると、黒服を呼んで会計を行い、ふらふらとした足取りで店を後にした。
店を出たイーサンはサロンの近くで待機していた灯の車に拾われ、すぐにNext事務所へと向かった。
「あら、思ったより早かったわね」
イーサンが事務所のドアを開けると、事務所のソファに踏ん反り返って座っていた雨宿が、座ったまま言葉をかける。
「イーサン!!どうだった!?」
ほとんど心ここにあらずで待機していた遊次は、
飼い主が帰って来た時の犬のように、一瞬でイーサンの元へ駆け寄った。
「多分うまくいった。俺のことをターゲットとして認識したはずだ」
「っっしゃぁーー!!ナイス、イーサン!!すげえぜ!!」
遊次は勢い余ってイーサンに飛びつくも、すぐに引きはがされる。
「例のコンサルって男の姿も撮影してある」
イーサンはスマートフォンに転送されている映像を遊次達に見せる。
そこにはサングラスに筋肉質な身体、
左側に稲妻の刈り上げがされた男が映っていた。
「想像よりだいぶイカついな…」
遊次はコンサルと呼ばれる男の姿から、そこらの輩とは異なる異質なものを感じ取っていた。
「仁科睦人と名乗っていた。まあ本名じゃない可能性が高いけどな」
「うん!これなら、確実に元締めに交渉するための材料になるね!すごいよイーサン!」
イーサンに集う人だかりを雨宿は不満げに見つめていた。
「ちょっと、なんでオジ様だけ褒めるのよ。
誰のおかげだと思ってるのかしら」
雨宿がソファから立ち上がり、ふくれっ面で腕を組んでいる。
灯は跳ねるように雨宿に近寄り、その手を取る。
「雨宿さんも、本当にありがとうございました!」
灯は雨宿の目を見て感謝を伝える。
雨宿は思わず、その純粋な瞳に見入ってしまった。
(ここまで真っ直ぐな感謝をされたの、いつぶりかしら)
雨宿は思わず微笑んだが、すぐにはっとして、そっと灯の手を放す。
「約束は忘れないでね。1ヶ月以内に2億。
あなた達が元締めを倒せなくても、骨の髄まで搾り取ってあげるから」
雨宿はNextの4人の顔を一瞥すると、扉を開き、手を振って事務所を去っていった。
「…こりゃ失敗できねえな」
静寂が訪れた事務所で、遊次は笑顔で呟いた。
「まずは1歩前進だが、安心するのはまだ早ぇ。
お前にはまだ大事な仕事が残ってんぜ、イーサン」
事務所の壁にもたれかかり、未だ真剣な表情で静観していた怜央が口を開く。
「あぁ、わかってる。案内人…"稲垣拓海"が俺を裏カジノに誘ってきた時こそ、勝負だ」
イーサンが遊次、灯、怜央、アキトとそれぞれ目を合わせ、ホワイトボードに文字を書き始める。
「架空の会社のホームページに、明日、企業合同の事業戦略会議を行うと書いてある。奴らが俺を裏カジノに招待するならそのタイミングしかない」
「会場は本当にイーサンさんに押さえてもらってる。
さらに俺のツテで、エキストラを15人ほど呼んである。
外から見る分にはどう見ても本物の事業会議さ」
アキトもこれまで以上に得意げな表情を浮かべている。
「しかもその会場はジェンガベイ。イカれたハイエナ共のお膝元だ」
怜央は邪悪な笑みで、自身のスマートフォンを片手で軽く揺らす。
ジェンガベイという都心から少し離れた地域は
「リッジサイド」と呼ばれる半グレ集団の縄張りだ。
これからおびき寄せる裏カジノ案内人「稲垣拓海」は
元リッジサイドメンバーであり、そのリーダー「ローチ」を裏切ったことで、今も彼らに追われる身だ。
「稲垣の前で直接ローチの声でも聞かせてやりゃあ、
奴はオースデュエルにノらざるを得ねえ。
デュエルを受けなきゃ、お前の居場所をバラすってな」
「だが、リッジサイドの連中と稲垣を引き合わせるのは、裏カジノに乗り込む時だ。
裏カジノに乗り込むためには稲垣が要る。
今リッジサイドの奴らに攫われちゃあ、たまったもんじゃねえからな」
イーサンはジャケットを脱ぎ、ワイシャツの第2ボタンを外しながら、怜央の言葉に頷く。
「その会議が終わる時間は20:00ってことになってんだよな?」
遊次がソファにもたれかかり、ぶっきらぼうに聞く。
「あぁ。人が少ない時間の方が、向こうも俺に接触しやすいからな」
「オッケー。んじゃ見張りもかねて、俺らは灯の車で待機しとくぜ」
2日後 ジェンガベイ ウェストグリッドタワー前
ウェストグリッドタワー。
架空の合同事業会議が行われるそのビルは、
市街の緩やかな坂に面して建っている。
低層部はガラス張りのエントランス。その奥には、ちらほらとまだ明かりの残る会議フロアがのぞく。
街路灯の明かりが広い歩道に散らばり、人影はほとんどない。
その少し先、通りの向こう側の狭い路地に、真紅のスポーツカーが一台、建物の陰に寄せるようにして停まっていた。
濡れたアスファルトに赤いボディの輪郭が滲み、黒いフロントマスクが、光の届かない闇の中で静かに身を潜めている。
運転席には灯。助手席と後部座席には遊次と怜央が座っている。
「お、出てきたぞ!イーサンだ!」
車の中からビルの入り口を注視していた遊次が声を上げる。
綺麗なスーツを纏った中年の男女が一斉にビルから出てくる。
彼らはアキトが雇ったエキストラだが、一見しただけではビジネスマンにしか見えない。
その中に、緑色の整ったパーマをした高級スーツを纏ったイーサンが混ざっていた。
マダムにスタイリングを頼み、今日も彼は「ネイサン・ライノルド」を演じている。
声をかけやすいように、イーサンはスマートフォンの画面に目を落とし、他者より少しスローペースに歩みを進める。
そんなイーサンに近づく影が1つあった。
「あ、あれ…!」
灯は運転席から影を指さす。
遠方からはその面貌は確認できないが、坊主頭にサングラスをした男…間違いなく「稲垣拓海」だった。
イーサンは自分に近づく影を視線の端で捉えていたが、
動じずにスマートフォンの画面に視線を落とす。
「ネイサン・ライノルドだな。YESかNOかで答えろ」
その影はイーサンの目の前に、後ろ手を組み、足を揃えて立つ。
細身だが、長身のイーサンと同じほどの背丈。
坊主頭に、眉の上の傷のある男だ。
「そうだが、どちら様かな」
イーサンはあくまでネイサンとして毅然に振舞う。
「質問は受け付けない。今お前は、事業に失敗し多額の損失を負っている。YESかNOかで答えろ」
(なんだこいつ…。まるでロボットだな)
稲垣の機械的な応答に苛つきを覚えるも、稲垣が明確に裏カジノへ誘ってくるまではやり取りを続けることにした。
「…YESだ。何故そんなことを知っている?」
「質問は受け付けないと言ったはずだ。
私からの提案は1つ。その損失を取り戻す方法がある」
稲垣は1枚の厚みのある紙をイーサンに手渡す。
そこには「CASINO DtoN」という文字と共に、太陽と月が描かれていた。
「裏カジノの招待状…だな。しっかり受け取ったぞ」
その言葉に稲垣は眉をひそめる。想定した応答と明らかに異なるからだ。
イーサンは招待状を高く掲げてひらひらと揺らす。
それを見た遊次達3人は、待ってましたとばかりに車から降り、イーサンのもとへと向かう。
そして瞬時に遊次、灯、怜央が稲垣を取り囲む。
稲垣は四方を囲まれ、明らかな異常事態に顔色を変える。
「じゃあ、こちらからも質問だ。
お前は、元リッジサイドの"稲垣拓海"だな。
YESかNOかで答えろ」
「なっ…!!何故…それをッ…」
「質問は、受け付けない」
イーサンは冷たい眼差しで稲垣を見つめる。
稲垣の背筋に、ひどく冷たい感覚が這うように走る。
その瞬間、全てを理解した。
罠にかかったのは"こちら"だと。
「サツにパクられそうになって、ローチっていうリッジサイドのリーダーの弟分を売ったんだってな。調べはついてんぜ」
怜央は稲垣の左後方から、冷徹な声で迫る。
それは稲垣にとってナイフを突き立てられているかのような感覚だった。
「…何が目的だ」
稲垣の頬を冷や汗が伝う。
無感情に見えた彼の表情に露骨に焦りが見え始める。
「特別に答えてやる。俺達の目的は、お前らをブッ潰し、金を取り戻すことだ」
「…何を戯言を。そんなことは不可能だ」
わずか4人で大層な目的を掲げる彼らに、稲垣は見下すような視線を送る。
「アンタが協力してくれりゃあ、できるかもしれねえぜ?」
遊次が稲垣の肩に手を置き、背後から語り掛ける。
「オースデュエルだ。俺が勝てば、俺らの作戦に協力してもらう。
仮にお前が勝ったら、お前の居場所はリッジサイドの連中に報告しない」
イーサンが折り畳まれたデュエルディスクを掲げ、本題の交渉へと入る。
稲垣はすでに冷静さを取り戻し、目だけで辺りを探りながら、策を巡らせる。
「…リッジサイドに報告するだと?
私の素性を調べることはできても、お前達ごときがリッジサイドと繋がりを持てるはずがない。
子供騙しの虚仮威しだ」
稲垣は背中を向けると、遊次と灯を手で押しのけ、立ち去ろうとする。
遊次は灯の肩を抱いて稲垣の背中を睨みつける。
「我々を欺いたのは見事だが、ここまでだ。
このことが"ボス"の耳に入れば、お前達の命はない」
稲垣は機械のように冷たい眼差しをイーサンへ向けると、再び背を向け歩き出す。
しかし、その時。
プルルルルル。
プルルルルル。
携帯電話のコール音が鳴る。
稲垣はふと足を止めてしまった。その時。
「あぁ…?誰だ?」
携帯電話のスピーカーから聞こえるその声が耳に届いた瞬間、稲垣の呼吸が止まった。
背筋が凍りつき、胸の奥がひどく圧迫される。
肺が膨らまない。喉が狭まり、空気が入ってこない。
この声を知っている。
引き寄せられるように、稲垣は電話の方へ向く。
ひどく、血の気の引いた顔だった。
「よぉ、ローチ。稲垣拓海のことで、ちと進展があってな」
電話の相手は当然、リッジサイドのリーダー"ローチ"。
稲垣の畏怖の対象だ。
「まっ…」
自分の居場所がバレると思った稲垣は、咄嗟に声を発してしまうが、人差し指を唇に当てて「しぃー」というポーズをしている灯の姿を見て、我に返った。
「…あぁ、僕ちゃんか。わかったの?"ガキ"の居場所はさぁ…」
冷たい汗が背中を伝う。
目の奥が疼いた。
稲垣の息が過呼吸のように荒くなった。
電話口の声は、稲垣のある記憶を引きずり出した。
――コンテナだらけの倉庫。
鉄の臭いが鼻につく。
稲垣はコンテナの物陰から身を潜めながら、
怯えた眼差しで“それ”を見ていた。
ローチが男の顔を踏みつけている。
一度、二度、三度。
男の頭が傾くたび、壁に血が滲んでいく。
コンテナに背中を預けたまま、男は動かない。
血が地面に落ち、男がずるずると崩れる。
「"ガキ"はどこだァ!!」
ローチが吠えた。怒りに任せた声が喉を裂き、喚くように倉庫に響き渡る。
「ほ、ほんとに…知らない…」
かすれた男の声。ぐちゃりと、すぐにまた踏みつける音。
あまりの惨たらしさに稲垣が目を背けようとしたその刹那、一瞬だけ、ローチと目が合った気がした。
その顔は笑っていた。
(アイツは…人間の皮を被った悪魔だ…!)
本能が告げた。"今すぐ逃げろ"。
稲垣は一目散に走り出した。
後ろを振り返ることなく、ただ必死に。
以降、稲垣は姿を隠し、ローチから逃げ続けた。
電話口の声を聞いた稲垣の思考は停止した。
その黒目はビー玉のように生気を帯びていなかった。
「居場所はまだ掴んでねえが、もうすぐ会えるだろうぜ」
怜央は稲垣に睨みをきかせながら、ローチとの通話を続ける。
目の前に稲垣はいるが、今はそれを知られるわけにはいかない。
「んだよ、期待だけさせちゃってさぁ…。ナメてんの?」
声だけでもわかる。ローチの顔から笑みが消えた。
その憎しみは、怜央にも向けられた。
「だが、"パーティー"の日程はわかった。
…今週の土曜日、予定空けとけよ」
怜央はローチの気迫に吞まれることなく、淡々と応答する。
土曜日…それは雨宿が告げた裏カジノが開催日。
稲垣に関する情報を提供した見返りとして、稲垣がいる裏カジノに乗り込むその日に、リッジサイドに会場の場所を教える…それがローチと交わした約束だ。
「へぇ、そうなんだ。しょうがないなぁ、大人しく待っててあげるよ…」
電話口の向こうの声に少しだけ明るさが戻った。
「でもさぁ…もしシケたパーティーだったら…
テメェもタダじゃおかねえからな、鉄城怜央」
非常に後味の悪い一言を最後に、一方的に電話は途切れた。
あまりの治安の悪さに、遊次と灯は心配と不安が入り交じった視線を怜央に向けるが、怜央はただ携帯電話をポケットにしまい、無言で稲垣を見ているだけだった。
「…オースデュエル、受けるか?」
まるで聞き分けのない子供を諭すような声で、イーサンは稲垣に問いかける。
稲垣は震える手で、スーツの内ポケットから折り畳まれたデュエルディスクを取り出した。
「ハァ…ハァ…やるしかねぇだろ…。
俺が生き残る道は、これしかねぇんだ…!」
稲垣が初めて、感情を剥き出しにした。
瞳孔の開いた充血した目で、稲垣はデュエルディスクを腕にセットする。
イーサンもデュエルディスクを取り出し、契約の内容を提示する。
「俺が提示する条件は2つ。
1つ目は、お前達が次に開催する違法カジノへの潜入に協力すること。
2つ目は、俺達との関与を一切口外しないこと」
「…俺からの条件も2つ…!
1つ目は、リッジサイドに俺に関するあらゆる情報を口外しないこと。
2つ目は…テメェら全員の身柄の確保だ」
稲垣は脅迫されている立場ながらも、イーサン達に高リスクな条件を提示した。
「お前、自分の置かれた立場がわからないのか?
俺達にそんな条件を飲む理由はない。2つ目については変えてもらう」
「ふざけんじゃねえぞォッ!!こっちは命が懸かってんだ!俺をここで逃して困るのはテメェらだろうが!」
それは瀬戸際で反撃の牙を剥く獣の眼差し。
追い詰められたが故に折れない意思がそこにはあった。
「土曜日にローチを"パーティ"とやらに呼べなきゃ、
テメェらもあの悪魔に目ェつけられんだろ…。
なら、テメェらはこの条件を飲むしかねえ」
稲垣の言葉は芯を食っていた。
オースデュエルによる契約が最上位であるデュエル至上主義の世界において、デュエル以外の方法でここまで自由な法的契約を結ぶ手段は他に存在しない。
つまりいくらローチの存在による脅迫があろうと、オースデュエルで勝利しなければ、稲垣を手中に収められず、裏カジノ打倒の依頼を達成できない。
オースデュエルが成立しなければNext側も危険に陥る以上、イーサンも稲垣の提示する条件をある程度は呑まなければならないのだ。
イーサンは3人と目を合わせる。
しかしレスポンスはすぐに返ってきた。全員が真っすぐとイーサンを見つめ頷く。
誰も端から敗北することなど考えていない。
敗北しなければ、どんな条件を突きつけられようと問題はない。
いずれにしてもここで稲垣を利用できなければ、計画は破綻するからだ。
「…いいだろう。オースデュエルを始めよう」
イーサンと稲垣は同時にデュエルディスクを構える。
「オースデュエルの開始が宣言されました。内容確認中…」
デュエルディスクに搭載されたAI「DDAS」が無機質な声を鳴らす。
プレイヤー1:イーサン・レイノルズ
条件①稲垣拓海は違法カジノ潜入作戦に協力する
条件②イーサン・レイノルズ及びその関係者との関与を口外することを禁ずる
プレイヤー2:稲垣拓海
条件①リッジサイドに対して稲垣拓海に関する情報を口外することを禁ずる
条件②イーサン・レイノルズ、神楽遊次、花咲灯、鉄城怜央の身柄を稲垣拓海に預ける
詳細な契約内容は、ソリッドヴィジョンの契約書として両者の前に浮かび上がる。
そこには一切の別の解釈の余地がないほどに徹底された文章が記載されており、
承認した時点で、完全なる両者の意図通りの契約にしかならないようになっている。
稲垣の契約内容はイーサン以外の他者を巻き込むものだが、本人の承諾が取れているため、契約内容として認められた。
イーサンと稲垣は指でソリッドヴィジョンの契約書にサインを行うと、
DDASがオースデュエルの開始を宣言する。
「契約内容を承認します。
デュエルの敗者は、勝者が提示した契約を履行する事が義務付けられます」
「デュエル!」
第46話「潜入作戦」 完
イーサンと稲垣のデュエルが始まる。
手札が振るわない中、確実に相手にジャブを入れるイーサン。
対する稲垣は、トークンを主軸とした「感錠」デッキで応戦する。
現れたリンクモンスターは、まるで心を象った姿をしていた。
"鍵"によって次々と属性と効果を変え、その度に溢れ出すトークン。
それはまるで"感情"そのものであった。
「思い出したぜ。あの野郎は、タバコに火をつけねえで吸うのが好きで、
蕎麦も天ぷらも、つゆにつけねえで食う…変人野郎だってな」
次回 第47話「心の象徴」
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