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HOME > 遊戯王SS一覧 > 第21話:踏み出す1歩目

第21話:踏み出す1歩目 作:

遊次「…Nextに来いよ、怜央!」


怜央「……はぁ!?」


月明かりが照らす廃工場で、遊次は怜央に拳を突きつけ、堂々と言い放った。

怜央はこれ以上ないほどに目を丸くし、あんぐりと口を開けて呆気にとられている。


灯「えぇ~!?」

イーサン「…そう来たか…」

灯とイーサンも反応の大小は違えど、全く予想していなかった展開に驚きを隠せない。


ドモン「フッ…ハッハッハッ!
おいおい!とんだヘッドハンティングじゃねえか怜央!」

ドモンは一周回って笑うしかないようだ。


ダニエラ「ちょっとアンタ!何勝手なこと言ってんだい!ダメだよそんなの!」

リアム「おい!兄貴をどうするつもりだ!」

ミオ「怜央…まさか行っちゃわないよね…?」

あまり深刻には考えていない様子のドモンとは対照的に、
他3人からは一斉に反対意見が飛び交う。
その声は収まることなく、各々が好き放題に喚いている。
当の本人は何か発しようとしているが、その声は周りの喧騒に掻き消される。


怜央「〜〜っ!!いったん静かにしろお前ら!
おい遊次!なんでそうなる!話が飛びすぎだろ!」

怜央が一喝で皆を鎮めると、予想以上の反応の多さに戸惑っている遊次に詰め寄る。


遊次「と、飛びすぎじゃねえよ!
お前だって子供達の居場所を守るためにこれから頑張っていくんだろうが!
それも、今までと違って正しい方法でだ!じゃあお前がNextに入るしかねえよな!」

怜央「だからなんでだよ!」


遊次「俺らもドミノタウンの人達を笑顔にするのが目標だ。
そこには居場所をなくした子供達だって含まれてる。
だから、俺とお前の目的は……いや、違ぇな」

遊次が紡ぎかけた言葉を急に止めると、少し考えて再び話し始める。


遊次「俺はお前がほしい!!
だから、Nextに来い!」

怜央「…!」

遊次が怜央に人差し指を突き付けて高らかに言い放つ。
深い理由やそれらしい理屈もない。
遊次はただ怜央を気に入っただけだった。
真っ直ぐな遊次の言葉に、怜央の心は揺れた。
少なくとも先ほどまでの心境とは違い、
遊次の言葉に向き合おうとしていた。


遊次「お前は怒りの感情でひたすらに突き進んできた。
それが悪い方向に向かっちまってたけど、それでも周りには仲間がいるだろ。
自分が味わってきた痛みが半端じゃない分、
お前は人の痛みを自分のことみたいにわかってやれる。
好きだぜ、そういう奴」

遊次は怜央とのデュエルで感じた"何か"を言語化し、
怜央への気持ちをありのままに伝える。


怜央「……いや、でも…」
ここまでの正面からの肯定を、怜央は親を失って以来一度も感じたことはなかった。
遊次の言葉は確実に響いている。
しかしそれをすぐに受け入れられないのは、
これまで彼が他者から受けてきた様々な侮蔑や裏切り故なのだろう。


遊次「灯、イーサン!
このたび怜央が俺らの仲間になるけど、構わねえよな!」

だがそんな怜央には構いもせず遊次は次々に話を進める。


灯「うぅ~……び、びっくりしたけど、私はいいと思う!
遊次とのデュエルを見て、ただのヤンキー?じゃないと思ったし」

イーサン「所長命令だからな。部下である俺らは従うまでさ。
それに、怜央がこの中の誰よりも人の怒りに共感できる奴なのは間違いないと思うよ」

灯とイーサンにとっても怜央の加入の提案は思ってもみないことだったが、
遊次とのデュエルを通した魂の会話や、遊次自身が抱く怜央への気持ちを聞けば、
否定の言葉など湧くはずもなかった。


遊次「だってよ。じゃあ決まりだな、怜央」

遊次は腰に手を当て笑顔で怜央へと向く。

怜央「勝手に決めんな!そもそも、お前らはなんでも屋だろ!
俺はガキ共のために動きてえだけだ、人助け稼業になんか興味はねえぞ!」

さすがに黙っているわけにもいかない流れに、
怜央は最も引っかかっていたことを口にする。
Nextに加入するとなれば、チームの子供達に無関係な依頼にも関わることになる。
それは怜央の加入への明らかなボトルネックであった。


遊次「…で、でもよ!
もちろんNextで子供達のサポートもしていくし、そのためにはある程度の金がいるだろ!
お前らのチームだけで賄えんのか?
あ、今までみたいに人から巻き上げんのは無しだからな」


怜央「ぐっ…」
しかし怜央の主張は遊次の一言ですぐに揺らぐこととなる。
子供達の居場所を守りより良い未来に導くためには、
切実ではあるが資金面が最大の課題であった。


ドモン「俺らは今まで、デュエルで奪うことでガキ共を食わせるための金を用意してきた。
それが無理となると、まず間違いなく俺らは馬車馬の如く働くしかない」

ダニエラ「…まぁ、アタイもそうするしかないと思ってたよ。
まずはバイトでも始めようかってね。
怜央、アンタもだよ」

ドモンとダニエラはすでに前を向いていた。
真っ当な方法で子供達、そして自分達の居場所を守るために。
彼らにとっても今回の遊次との戦いは明確なターニングポイントだった。
不思議なことに、自分達のリーダーの敗北によって、むしろ道が開けたようにさえ感じていた。
今はこれからのことについて、希望さえも湧いてくるような感覚だった。


怜央「そりゃそうだが…別に働くのがイヤってわけじゃなくてだな…」

ドモン「まあ、お前の好きにすりゃあいい。
…ただ、俺は無理矢理にでも何か変えなきゃいけねえと思うがな」

怜央「…」

怜央は未だ答えを出せずにいる。
今まで通ってきた道とは何もかも違う方へと歩みを進めることになる。
その先にいる自分に想像が及ばないのだ。


遊次「どうせどっかで働くなら、お前の事情も全部知ってるウチに来るのが手っ取り早いだろ!
それに、お前に知ってほしいんだ。
ドミノタウンの人達は、お前が憎むような人ばっかりじゃないって。
この町の色んな人達と触れ合えば、きっとわかってくれると思うぜ」

遊次はここで離すまいと説得の言葉を尽くす。


怜央「…言っただろ。そんな簡単に怒りは消えないって」


灯「そうかもしれないけど、怜央自身が人の優しさを知らなきゃ、
子供達にも優しさを伝えてあげられないと思うな」

諦めたように吐き捨てる怜央に、灯は諭すような口調で語りかける。

怜央「…」

子供達をいい未来へ導く。
そのためには怒りだけを原動力にする今までのやり方ではいけない。
それは怜央も理解していることだったが、
人の優しさというものには怜央自身も長らく触れたことがなかった。
今の怜央にとっては大きな課題に思えた。

ミオ「怜央…どこかいっちゃうの?」
今まで大人しくしていたミオが、何かを感じて怜央の服のすそを掴み、
上目遣いで弱々しく言う。
怜央はNextに入るとは言っていないが、ミオは怜央の心がそちらに寄っているように見えたのだ。

怜央はミオの顔を見つめ、ハッキリとした声で答える。

怜央「俺はどこにも行かねえ。
もし身を置く場所が変わっても、俺はお前らの……家族だ」

ミオ「っ…!」
リアム「家族…」

その言葉は、ミオ達にとって彼こそが自分達の居場所であることを意味するものだった。
怜央自身も、今までそんなことを口にしたことはなかった。
しかし今は子供達を強く繋ぎ止める言葉が必要だと無意識下で理解したのだ。

リアム「家族…へへ、家族か…」
隣にいたリアムは嬉しさのあまり何度も復唱する。
ミオも心配は吹き飛んだようなふやけた顔になっている。

怜央はそんな子供達の笑顔を見て何かを決意する。


("今"が変わる時だ!)

怜央の頭には再び遊次の言葉がこだまする。

怜央は一つ大きく息を吐いた後、思い切ったように言葉を紡ぎ出す。

怜央「……俺らだけで金を稼げるか心配してたが、おたくの事務所はさぞ稼げるんだろうな?」

遊次「…え?……お、おう!
……おう!」

遊次は怜央が前向きな返答をしたことに驚き、
同時に痛いところを突かれたことで素頓狂な返事をしてしまう。

イーサン「雇用主が被雇用者に虚偽の返答をするな」

遊次「ハイ…すいません…。
その…今はまだそんなに稼げてないです…。

ただ!俺からお前を誘った以上、お前も子供達も金に困らねえような戦略を考える!

…イーサンが!」

怜央「やっぱやめといた方がいいみたいだな」

怜央は大きな損をしたといった呆れ顔で視線を斜め下に落とす。

遊次「待て待て!た、確かにまだ収入は安定しねえけど、着実に仕事は増えていってる!
俺の覚悟は、デュエルでお前にも伝わったはずだ!
何が何でもチームの子供達を幸せにする!俺はそのために命を賭ける!」

怜央「…」
怜央はまだ少し訝しげな目で遊次を見つめるが、
遊次の言葉に嘘はないことはとうに理解していた。


怜央「言っとくが、チームにはこいつら以外にもまだまだガキがいる。
そいつら全員が食いっぱぐれねえようにしなきゃならねえ」

怜央「それと、いつまでも俺らのチームで使ってるボロ家に住ませるつもりはねえし、
もし居場所がないガキがいたら構わずそいつも引き入れる」

怜央「最低でもウン百万。
いつまで経ってもそれが稼げねえようなら、俺は迷わず辞める」

怜央は淡々と条件を提示する。
しかしNextの面々はその内容よりも重大な事実に気付き、顔を見合う。
そして遊次が怜央に問いかける。


遊次「じゃあ…来るってことだな。Nextに」

怜央はその問いに迷いなく答える。


怜央「ノッてやるよ、お前らに。
その代わり、ガキ共の居場所を守るために、お前らも身を粉にして働いてもらう」

とてもこれから雇われる側とは思えぬ発言に、遊次は思わず口元が緩む。
そしてすぐに凛々しい表情で怜央に拳を突き付ける。

遊次「望むところだ!
よろしくな、怜央!」

怜央は遊次の拳を少しの間見つめると、その拳に勢いよく自分の拳をぶつけた。


こうして、Nextに4人目のメンバーが加わった。


そしてこの選択が、のちに怜央を巨大な運命へと誘うこととなる。



----------------------------------------------------------------------------

遊次達は、怜央の案内でドミノタウンの中でも寂れた地域にある空き家に来ていた。
ドモン・ダニエラ・ミオ・リアムも同行している。
空き家にいるUnchained Hound Dogsのチームの子供達に
これからのことを話す必要があったからだ。

その古びた空き家は、見るからに年月に耐えた痛みの跡がわかる。
外壁は剥がれ落ちたペンキが目立ち、所々割れた窓には木の板が打ち付けられてある。
中に入ると、家具はほとんどなく、
古ぼけた木箱や錆びついたスチールの脚が付いたテーブルだけが残されている。
電気が通っていないため、ランタンやろうそくを灯していた。

中には男の子2人に女の子1人がいた。
怜央は彼らに決闘の顛末を説明する。


「負けた…?怜央さんが…?」

クリーム色の髪に、前髪にカールのかかった緑の瞳の男の子は、
怜央の言葉を聞き呆然と立ち尽くす。
歳は中学生ほどに見える彼は細身で身長も比較的高く、
17歳で身長160cm台後半の怜央とさほど変わらない背丈をしている。


怜央「あぁ。オースデュエルの契約で、
これから俺らは盗みや脅し…まぁ悪ィことは一通りできなくなったってことだ」

淡々と事実を述べる怜央を見て、少年は納得のいかない表情を浮かべる。

「…なんでそんな感じなんだよ!悔しくないのかよ!」

声変わりしかけの中性的な声で彼は怜央に詰め寄る。

ドモン「落ち着け、星弥。まずは話を聞けよ」

ドモンは少年の肩を片手で掴み静止させる。
星弥の後ろで床に座っている男の子と女の子は、何も言わずに落ち着いている。
怜央は動じることなく続きを話す。


怜央「これからは真っ当な方法でお前らの居場所を守らなきゃならない。
そこで、俺はコイツらの事務所で働くことになった」

怜央は後ろにいた遊次達を親指で指し示す。
あまりにも予想外の言葉に子供達は目を丸くする。

「…どういうこと?チームやめちゃうの?」

茶髪のおさげ髪の小学生くらいの女の子は、状況を飲み込めず聞き返す。

ダニエラ「安心しなよランラン。誰も辞めやしない。やり方を変えるだけさ」

ダニエラはすぐにランランと呼ばれる少女の頭を撫でてなだめる。

ランラン「…そっか。みんな一緒なら、ランランはそれでいい」


怜央「言ったろ、この居場所を守るためだ。
今までみたいに誰かから奪って食っていくわけにはいかない。
そのためには働いて稼ぐしかねえ」


「…では、僕達ももう盗みはしなくていいんですね」

黒縁メガネに黒髪の小学生くらいの男の子は、
その見た目に似合わない大人びた口調で話す。
怜央は一瞬、遊次に目をやり遊次も目を合わせるが、遊次は何も言わない。
怜央自身の言葉で語れということだ。

怜央「あぁ。もうお前達を巻き込んだりしねえ。
俺らが責任持って面倒見っから、心配すんな」

「そうですか。僕はその方がありがたいです。
本当はあんなこと、したくありませんでしたから」
チームの中には彼のように略奪行為に反対の者もいた。
しかし生きるために、自分の居場所を失わないように、
チームの方針に従っていたのだろう。


星弥「治はよくても、俺は違う!なぁ怜央さん、どうしたんだよ!
なんで急に何もかも冷めちゃったみたいに諦めるんだよ!
この町の大人をみんな潰さなきゃ、俺達は奪われ続けるだけなんだろ!?」

メガネの少年「治(おさむ)」やランランとは違い、この3人の子供の中で唯一、
星弥だけは怜央の復讐に賛同していた。
怜央と全く同じことを口にする星弥を見て、怜央は複雑そうな顔をする。

怜央「…そうお前に植え付けたのは俺だ。
強くならなきゃ奪われる。
だが、奪う側に回ってもその先にいい未来があるとは限らない。
少なくとも、今までの他人から奪うようなやり方じゃダメだ」

少し前まで遊次とのデュエルで彼が主張していたことと、今の怜央の主張は真逆だ。
自分の中に渦巻く矛盾に気付き、今は怜央の中でもそれを咀嚼し、
進むべき道が見えているからこそ、自分の言葉でそれを伝えることができている。

星弥「何言ってんだよ…。急にそんなの…おかしいだろ…!」

星弥は少し前までの怜央と同じように、現実を受け入れられずにいる。
怜央の考えを受け入れるためには、彼自身が思考し結論を出す時間が必要だ。


怜央「…俺はお前達に謝らなきゃならねえ。
リアム、ミオ…お前らにもだ。
俺の抑えられない怒りにお前達を巻き込んだ。
…すまなかった」

怜央は子供達に頭を下げる。
遊次達は、自分が何も言わずとも
怜央自身がここまで短時間で変わったことに驚きを隠せなかった。
プライドや意地をかなぐり捨てても子供達と本気で向き合う姿勢に、
やはり彼をNextに誘って正解だったと遊次は感じた。


リアム「謝ることねえッスよ!
俺は好きで兄貴について行ったんス!
兄貴が別の道に進むなら、俺もついていくだけっスよ!
だって、"家族"だから!」
リアムが鼻の下をこすりながら嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

ミオ「怜央だけに無理してほしくない…。ドモンとダニエラにも…。
だから私もがんばるから…」

ミオは持っているクマのぬいぐるみの腕を動かしながら決意を表す。

星弥「…」
星弥だけは納得のいかない様子で俯いている。

ランラン「ところで、お兄さんたちは何する人なの〜?」

ランランは呑気な声で、出番のなかった遊次達に声をかける。

遊次「お、よくぞ聞いてくれたなランラン。
俺達はなんでも屋"Next"だ。その名の通りなんでもやる。
俺は所長の神楽遊次。
こっちが花咲灯で、こっちがイーサン・レイノルズ」

ランラン「へ〜。なんだか面白そうだね〜」
遊次が素早く紹介を済ませると、ランランは気楽に答える。


遊次「ちょっと前まで怜央達と俺らはバチバチに戦ってたけど、今は仲間だ。
そんで、怜央はこれからウチで働くことになる」


治「そのなんでも屋とやらの具体的な業務内容は?」

遊次「えっと……一言で説明するのは難しいけど、
とにかくドミノタウンの人達を元気にすることだ!」

治「それは業務内容とは言いませんが」

遊次「あっ…えっと……」

イーサン「業務は依頼内容によって変わる。
犬の散歩を手伝うことから、デュエルで詐欺師を倒すことまで様々さ」

慌てふためく遊次にイーサンが助け舟を出す。

治「そうですか。なぜ怜央がそちらに?」

遊次「俺が誘った。
怜央は俺らにないものを持ってるし、デュエルも強ぇ。
きっとこの町の人達の役に立てると思ったんだ」

治「…無理強いなどはしていないのですね?」

治はメガネの奥の鋭い眼で遊次を見つめると、怜央は真っ直ぐと治に返す。

怜央「全部俺の意思だ」

治「…なら、いいです。あなた達のことも信用します」
怜央の一言で治は抜きかけた刀を収め、読んでいる途中だった本に目を移す。


灯「ありがとう。
急なことでびっくりするかもしれないけど、
これから私たちも、チームの子供たちが良い未来に進むために頑張るから」

イーサン「まずは君達がもう少しいい暮らしができるようにしようと思う。
いつまでも電気も通ってない家にいるわけにはいかないだろう」

ドモン「そもそも空き家を勝手に使ってるわけだしな」

灯とイーサンが子供達に意思表明をする。
子供達からは肯定の返事もないが否定もなかった。
反対していた星弥も、あれから何も言わない。
今は納得はできなくても最低限、怜央の選択を尊重しているのだ。
現時点で彼らとの距離を詰めることは難しいだろう。
少なくとも今後のチームのことを理解してもらえただけでも及第点だった。
要件を伝え終わったため、空き家からは離れることとなる。


ダニエラ「今日の当番はアタイだから、ここに残るよ」

空き家に子供達だけを放置するわけにはいかないため、毎日当番が泊まる決まりだ。
略奪行為を働くチームでも、子供達に関しては大切に扱っていたことに灯は安心感を強める。

イーサン「最後に、家の前で明日からのことを話そう。ダニエラも来てくれ」

イーサンの一声で、子供5人を残して皆が空き家を出る。


灯「…ひとまず、話は通ってよかったね。
…あ、でも他にもチームに子供はいるよね?
リク君っていう男の子とか」
リクはダニエラと灯がデュエルし、Unchained Hound Dogsとの戦いが始まった日にいた子供だ。


ダニエラ「あぁ。リクは家がこの辺とはちょっと遠いから、たまにしか来ないのさ。
今いる5人は家に居場所がない子達だけど、他にも学校に居場所がないって子もいる。
常にいるわけじゃなくても、逃げたい時に逃げられる場所になったらいいとアタイは思ってるよ」

ダニエラの意見に灯もうなずく。
子供達の境遇を根本から取り除くのは難しい。
しかし、いざという時に逃げられる場所があるのと無いのとでは雲泥の差だ。
少なくとも現時点ではそれが限界だろう。

ドモン「それで、話ってなんだ?」

ドモンはイーサンへ本題を促す。

イーサン「あぁ、話ってのはお前達3人のことだ」
イーサンは怜央、ドモン、ダニエラが並ぶ方を向く。

イーサン「お前達は今後この町で真っ当に働いていくことになる。
でもその前にやらなきゃならないケジメがある。わかるだろ?」

イーサンは真剣な表情で、あえて皆まで言わずに怜央達に問いかける。
イーサンの言葉に遊次ははっとする。

怜央「…ケジメ…。
今まで俺らがしてきたことへの…ってことか」

怜央はイーサンの問いかけの意図を理解する。

ダニエラ「…まぁ、当然だね。
明日から何食わぬ顔で働かせてもらおうなんて、虫が良すぎるからね」

イーサン「その通りだ。おそらく住人からの風当たりは想像以上に強いだろう。
でもそれはお前達がしてきたことの報いだ。諦めて受け入れるしかない」

これから希望を持って進んでいこうとしているこの局面で、
イーサンはあえて淡々と現実を突きつけていく。
これは避けては通れぬ問題であり、彼ら自身も自覚を保つ必要のある事柄だ。

イーサン「お前達がやるぺきことはたった1つ。
誠心誠意、心から謝罪することだ。それ以外にない。
当然、許してもらえるとは限らない。それでも頭を下げ続けろ。
少しでも聞き入れてもらえれば御の字だと思え」


怜央「…」
怜央達は何も言えなかった。
謝罪することが嫌だというわけではなく、自分達の罪と向き合う重みを噛み締めているのだ。


遊次「…そうだな。俺もワクワクしてばっかりだったけど、まずはそこからだよな」

イーサンの引き締めによって真っ先にすべきことは明確になった。

イーサン「さっそく明日からドサ回りだ。俺も同行する」

灯「イーサンも?」

イーサン「あぁ。少なくとも怜央はウチのメンバーになるわけだし、その説明も兼ねてな。
それに、3人だけで行かせたら、ただ追い出されたり暴言を吐かれるだけということもある。
しっかり謝罪の場として成立させるためには、緩衝材が必要だろ。
ただし助け舟は出さないからな。お前らの言葉で誠心誠意謝れ」

的確に言語化されたイーサンの言葉は最年長メンバーの説得力を持つ。

怜央「わかった。…やってみる。
このままじゃ、なんでも屋なんか名乗れねえしな」

遊次「お、もうなんでも屋の自覚があんのか!頼もしいね〜!
謝り終わったらバリバリ働いてもらうからな!」

遊次が満面の笑みで怜央を肩で小突く。

怜央「クソッ…下手に出てりゃいい気になりやがって…!
覚えとけよ…!」

遊次の肘を押し返しながら怜央が睨みを利かす。

遊次「言われなくても忘れないって!
じゃ、明日もよろしくな!
あ、朝9:00出勤だからな!
絶対来いよー!」

遊次はだんだんと笑顔で遠ざかりながら勝手に帰路につく。

灯「もう…勝手に行っちゃうんだから…。
じゃあ怜央、これからよろしくね!
ダニエラとドモンも、色々あったけどこれからは仲間として、頑張っていこうね!」

灯も怜央達へ手を振りながら、小走りで遊次を追いかけてゆく。

だんだんと小さくなってゆく遊次と灯の背中を見つめ、イーサンはふっと息をつく。

イーサン「じゃ、3人は明日の9:00に事務所な。
遅れるなよ、社会人に遅刻は厳禁だからな」

イーサンは背中越しにゆらゆらと手を振り、ポケットに手を入れて去ってゆく。

怜央達3人はその背中を見つめる。

ドモン「…不思議な感覚だ。俺らは確かに負けた。
だが、負けたって気にはどうしてもならねえ」

ダニエラ「そうだねぇ。ここまで来たらとことんやってやろうじゃないか」

怜央「…」
冷たい空気が頬を撫でる。

怜央「(奪われたもんを取り返す。そのための本当の1歩目は…)」
たった1日で皆が今までと違う道を歩むこととなった。
おそらくしばらくは険しい道になるだろう。
しかし、これは歩むべくして歩む道なのだと怜央は感じていた。



そして翌日、怜央達3人は約束通り事務所に現れ、
イーサンと共に迷惑をかけた人全員に諸罪をして回ることとなった。
3人は自らの言葉で謝罪の言葉を述べ、深く頭を下げた。
特に怜央はすらすらと言葉が出てくるわけではなかったが、
拙いなりにも自らの思いで本心から話した。

快く謝罪を受け入れた者はやはり少なかった。
しかしイーサンから聞かされていたことで、これも報いなのだと受け入れることができた。
イーサンも彼らがこれからは真面目に働いていくつもりであること、
1人は自分達と共になんでも屋として活動することを伝えた。
イーサンもこの町に住んで長くなる。
男手一つで血の繋がらない息子を育て上げたことも知られている。
そんな彼が責任を持って歩みを共にするということが、
怜央達をドミノタウンの一員として迎え入れるための心の緩衝材になったことは確かだった。


落書きは全て自分達で消した。
謝罪だけでは済まず弁償が発生するケースもあったが、イーサンが肩代わりした。
そのかわり月々の怜央の給料からイーサンへの返済額を天引きするようにした。

そして、全ての償いが済むまで3日を要した。

イーサンと怜央が最後に向かったのはトーマスの自宅だった。
秋山先生と合流し、彼女の報告を聞きつつ遊次たちも含めて全員で向かうこととなった。
トーマスについては、
イーサンがドモンとのオースデュエルでチームと関われないこととなっていたが、
チームメンバーが改心したことによって、イーサンは契約を解除した。
オースデュエルは契約を要求した側は自由にそれを解除できる。

秋山は以前トーマスの家へと赴いた日から、彼の両親との相談や、
トーマスが不登校となる原因となった友人との問題の解消に努めていたという。

不登校の原因であるマイクについては、トーマスが不登校になった時から、
自分のせいだと本人も感じており、自ら謝りたいと秋山に申し出たそうだ。
秋山はマイクと友人2人と共にトーマス宅へ向かい、両親も含めた謝罪の場を設けた。
トーマス本人も謝罪があったことからもう気にしていないといい、
マイク達とも友達でありたいと握手を申し出た。
トーマスの中のわだかまりは解け、来週からまた学校に通い始めることとなった。

そして、トーマスの母親は自分達の家がトーマスの居場所になっていなかったことに気付き、
自分達も初心に立ち返り、トーマスと向き合おうと決めたようだ。
父親は最初はいつものように反抗的な態度であったが、
それでも珍しく母親が強く食い下がったことから、父親もその本気さに気付かされたようだ。
これには一同は胸を撫で下ろした。

トーマス宅につき、あらかじめアポイントメントを取っていたことから
謝罪の場はスムーズに設けられた。
遊次が怜央に勝利した後、イーサンから秋山にその旨は報告され、
トーマスの両親も全て把握していた。
二度と悪事は行わず、皆で真っ当に歩んでいくこととなったことも。
チームに対する契約は法的拘束であり破ることはできないことから、
また非行に巻き込まれるといったことは両親も心配はしていなかった。
怜央達はトーマスを巻き込んだことを謝罪した。
父親から多少の罵詈雑言は浴びせられたものの、反省は伝わったようだ。

トーマスはチームの皆ともまた仲良くしたいと言った。
遊次も、Unchained Hound Dogsの皆が改心していることを必死で説得し、
最終的にはトーマスの両親も承諾した。
学校にまた通い始めるとはいえ、チームというもう1つのトーマスの居場所を守ることができたのだ。


これにて、一連のUnchained Hound Dogsの騒動は幕を下ろすこととなった。

そして怜央達はここから新たな1歩を踏み出すこととなる。


----------------------------------------------------------------------------
遊次とイーサンの自宅


その日の深夜、全てが一通り解決したことでぐっすりと眠りについていた遊次だったが、
ふと目を覚ました。彼は寝間着を着ているが、ある"事情"により、
いつも身につけている赤い大きめのネックレスはつけたままだ。
トイレへ向かうために2階の寝室から1階へ降りていくと、
リビングで1人、イーサンが座って浮かない表情を浮かべていた。
傍らには珍しくウイスキーのグラスが置かれていた。
イーサンはまだ遊次に気づいていない様子だ。


遊次「(酒…珍しいな)」

遊次はイーサンが酒を飲む姿をあまり見たことがなかった。
本人はあまり好きではないと言っていたはずだが、
度数の強いウイスキーを飲んでいることに遊次は疑問を抱く。
彼が酒を飲んでいるのを見るのは初めてではないが、
以前見たときも今と同じように、何やら1人で考え事をしていたようだった。

その時はそういうこともあるだろうとあまり気に留めていなかったが、
遊次達にとって一仕事終えて喜ばしい日だったはずの今日その姿を目撃してしまうと、
その違和感がより鮮明に浮き彫りになる。

階段を降りていくとイーサンもこちらに気付く。

イーサン「…あぁ、遊次。
…こりゃ見られたくない姿を見られたな…」

アルコールが回っているのか、少し呂律の回らない口調で話す。

遊次「珍しいじゃん、酒なんて。好きじゃないって言ってたからさ」

イーサン「…あぁ、まぁな…」
イーサンはいつものキレもなく要領を得ない返事をする。

遊次「…なんか悩みでもあんのかよ?それぐらいしか理由がないだろ」

好きでもない度数の強い酒を飲む理由などそれくらいしか思いつかなかった。

イーサン「…」
イーサンは言い淀んでいるようだ。

遊次「前もあったよな、夜遅くに1人で酒飲んでること。
もし悩んでることがあったら言ってくれよ。
今更隠すようなことは何もないだろ」

イーサン「……」
イーサンは口元に力を入れ、更に沈黙を強めたように見えた。

遊次「おいイーサン、どうしたんだよ!
なんで何も言ってくれねえんだ!」

異様なイーサンの沈黙に遊次は語気を強める。

イーサン「…いや、色々考えることが多くてな。
どう言えばいいのかわからなくて…」

イーサンはようやく口を開く。
このようにイーサンが弱音を吐く姿はほとんど見たことがなかった。
そんな姿を見て遊次は強い口調になってしまったことを反省する。
いつも頼り甲斐のある彼も1人の人間だ。悩むことくらいある。
今は彼に寄り添わなければならないと遊次は感じた。
そして、頭の中でふと思い当たったことを口にする。

遊次「…もしかして、あれか?
あの時、新しい戦略をイーサンが考えるって俺が押し付けちまったから…」

怜央をNextに迎え入れようとする時、
経営難を乗り越える案をイーサンが考えると軽々しく口にしてしまった。
実際、イーサンが今後のNextの戦略について考えることとなったが、
今になってそんな簡単に押し付けていいことではなかったと、遊次の中に反省の念が湧き上がる。


イーサン「…ま、まぁそんなところだ。
確かにそれは悩みの種ではある…。
これからお前達とどうしていけばいいか、ちょっと考えてたんだ」

イーサンは肯定するが、どうも遊次の言葉が的を射たようには見えない。
もっと大きなスケールでの考え事だろう。
だが遊次は、イーサンがこれからのNextについてを悩んでいるのだと捉えた。


遊次「所長だってのに、肝心な時はいっつもイーサンに任せちまってる。
…ごめん。
怜央と謝りに行くのも、所長である俺が行くべきだったのに」

イーサン「いや、いいんだ。むしろ頼られて喜しいよ。
それが俺がNextにいる意義でもあるしな」


遊次「でも、いきなり子供達の居場所を守ることにもなって、
最低でも数百万いるって話になっちまった。
今の俺らの状況じゃ、ハッキリ言って厳しい。
それをイーサンに丸投げなんて、ひでえよな」

遊次は珍しくネガティブな気持ちがどんどんと湧き上がってきている。
そんな姿を見てイーサンも、彼にそんな顔をさせてはいけないと強く感じる。

イーサン「何言ってんだ、適材適所だろ。
お前にできないことは俺がやるけど、逆に俺ができないことはいつもお前に助けてもらってる」

イーサン「それこそ、デュエルで怜央達の心を動して、
あいつらを正しい道に導くなんて、俺には到底できない。
多分俺なら、ただ悪事を辞めさせようとするだけだったと思う。

…本当に凄ぇよ、遊次は」

イーサンは大きく笑顔をみせる。
その表情からは本当に誇らしい気持ちが伝わってくる。
そんなイーサンの顔を見て、遊次は少し安心する。

遊次「へへ…。ありがとな。
でも、なんかあったら1人で抱えないで俺らを頼ってくれよ。もちろん怜央もな。
仲間が増えたってことは頼れる奴が1人増えたってことなんだから」

イーサンは悩みを抱え続けるかもしれないが、それ自体が悪いことではない。
皆がお互い助け合うことが必要なのだ。

イーサン「…あぁ。俺の方こそありがとう」

イーサン「(俺にとって大事なのは、この居場所だ。
何をしてでも、ここだけは守り抜かなきゃならない)」

本来イーサンが抱えていた大きな悩みについても、彼の中で少し答えには近づいたようだ。

イーサン「ふぅ、急に眠くなってきたな。
やっぱこの歳になって深酒は良くない」

遊次「オッサンなんだから、体には気をつけろよ」

イーサン「誰がオッサンだ。訴えるぞ」

遊次「俺が勝つだろそんな裁判。
じゃ、俺も便所行って寝るわ。おやすみ〜」


2人とも少しすっきりしたようだった。

明日から怜央も本格的にNextに加わることとなる。
幼い頃から3人で過ごしてきた中に新たな仲間が加わるのは、遊次の中でも新鮮なことだった。
怜央と決戦を始めた時は遊次自身もそんな展開になるとは夢にも思っていなかった。
デュエルという魂の会話を重ねていく中で、怜央の本質に触れ、彼と歩みを共にしたくなったのだ。

怜央は遊次達3人には持っていないものを持っている。
それが更にNextを飛躍させるのだと遊次は確信していた。


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翌日 Next事務所


怜央「改めて、Nextに参加することになった鉄城怜央だ。
今日からガンガン稼いでいく」

翌朝、Next事務所で改めて怜央が名乗りを上げる。

遊次「おう!ただ今のままだとガンガン稼げるかは微妙だ。
だから俺も直接町を回って足で仕事を取ってこようと思ってる。
人手が足りない店の臨時のバイトをするとか、そういうところからな」

イーサン「俺ももっと大きな仕事を取るための策を考え中だ。
まとまったら話そうと思う」

大きな利益を出すのが難しい業務形態であるため、
ただ事務所で待っているだけでは仕事にはありつけない。
怜央も加入し子供達のために資金が必要になった以上、能動的に行動していくほかない。

灯「じゃあ、まず怜央には今ウチが持ってる仕事の内容を教えるね」

各々が業務に取り掛かろうとした時、事務所の扉が開く音がする。
振り返ると、40代くらいの細身の男性が扉から顔を出す。

「なんでも屋というのはここで合っているかな?」



男性を事務所に案内し、4人で話を聞くこととなる。
4人は自己紹介を済ませ、男はソファに腰かける。
怜央にとってもはやくも依頼者と直接話す初めての機会となる。


「船頭 進と言う者だ。依頼…と言っていいのかな。まずは話を聞きに来た」
船頭進(せんどう すすむ)と名乗る彼は黒い短髪の男性は白いシャツにジャケットを着ており、
第一印象としてはしっかりとした印象を受ける。頬はややこけており目つきは鋭い。
かしこまった様子もなく、その余裕のある振舞いからははどことなく風格のようなものを感じた。

イーサン「お話を伺います」

船頭「僕は普段、デュエリアにいなくてね。ヒノモトのデュエリア大使館に勤めている」

灯「大使館…」
ヒノモトとは極東の国で、
他国とは異なる独自の文化を持ちながらも先進国として発展を遂げている。
怜央は少し考えた後、隣にいる灯に小声で耳打ちする。

怜央「(大使館ってなんだ?)」

灯「(あぁ、えっと…他の国とデュエリアを繋げる架け橋みたいな…)」

灯もふわっとした返答をするが、怜央はなんとなく理解できたようにうなずき、
依頼者の方を向く。

船頭「2日前に実家に帰省しにドミノタウンに戻ってきたんだが、
そこで母からこの町の現状を聞いてね。どうも治安が悪化しているらしい」

船頭の言葉に一同は思い当たる節があった。まさしく直近の出来事だったからだ。

遊次「確かに、そうっすね…。特に最近は」

船頭「僕の体感としても、1年前に帰省した時よりも雰囲気が悪い。
知り合いに話を聞くと、どうやら不良がチームを組んで町を荒らしてるとか」

怜央「…!」
まさしくダイレクトな話が飛んできたことに怜央は驚く。

イーサン「…それはUnchained Hound Dogsという名前のチームのことでしょうか?」

船頭「まさにそれだ。まあ、私は君達がそのチームを知っているからここに来たわけだがね」

まずは話を聞きたいとNextに来た船頭は、すでにある程度情報を知っているようだ。
怜央は居心地の悪そうな顔をしている。
関係者であるが、今この場でそれを口にしてよいのかと迷っているのだ。

船頭「なんでこんな話をするのかというと、最近、母の店が被害に遭ったからだ。
とても悲しんでいてね。
長らくこの町で飲食店を営んできたんだが、今は店じまいをしようか迷っていると」

船頭「私は滅多に怒らないが、母を悲しませることだけはどうしても許せない。
どうにかして解決したいと思っていたところ、
母から最近なんでも屋というのができたという話を聞いた。
最初はなんだそれはと思っていたが、
聞くところによると君達は最近そのチームと戦っていたらしいじゃないか」

そこまで知っていれば話は早い。しかし遊次の中では引っかかることがあった。
怜央が口を出そうかと迷っているのを横目に遊次が口を挟む。


遊次「確かにそのチームとは、ちょうどウチが最近争ってました。
でも4日前にはケリがついて、オースデュエルで二度と悪事は行えないってことになりました」

船頭「4日前…?そもそも母の店が被害に遭ったのは2日前だ」

遊次「え…?いや、でも…」

2人の話が食い違う。
お互いが顔を見合うと怜央が満を持して口を開く。

怜央「Unchained Hound Dogsは俺が仕切ってたチームだ…です。
店が襲われたのが2日前だとしたら、間違いなく俺らじゃない」

船頭「ほう…ではこの事務所は不良チームのリーダーを雇っていると?」
船頭の目は更に鋭くなり、威圧感を増す。

イーサン「いえ…時系列としては、
二度と悪事を働かないことを条件に彼のチームと決着を着けたのが4日前です。
チームの者が更生し、今後は真っ当に働いていくという意思を確認できたため、
その後、彼をウチで雇ったという経緯です。
元々この事務所で働いていた者が略奪行為をしていたわけではありません」

船頭「…なるほど。それが事実なのであれば申し訳ない。
まあ、オースデュエルでそのチームと契約を交わしたのであれば、
母の店を襲ったのは君のチームではないだろう。契約書もあるわけだし、それは物的に証明できる」

オースデュエルで決した契約は、
デュエルディスク上からソリッドヴィジョンとして契約書を提示することができる。
遊次達が嘘をついている可能性は、船頭にとってもここで排除された。

怜央「おそらく、他のチームの奴らの仕業だ。
俺らが力を失ったことを知って、他のチームがまた勢いづいてるって話をドモンから聞いた」

その言葉を聞き灯は眉をひそめる。
Unchained Hound Dogsとの戦いが終結しても、この町に平和が訪れるわけではなかった。
では、真に平和をもたらすまでにはどれほどの道のりになるのか。
終わらぬ争いの連鎖を予感し、胸にもやもやとした感情がつっかえる。

遊次「じゃあ依頼内容は、船頭さんのお母さんの店を襲った奴らを止めること…ですか?」

船頭「そうなるね。
チームの悪事を止めた実績もあるようだし、不良チームの争い事の当事者がこの事務所にはいる。
それ自体の是非はさておき、詳しい事情を知ってるというのは僕にとっては都合がいい」

船頭は威圧感の残る眼差しで怜央を見つめ、淡々と言葉を並べる。

イーサン「依頼内容は承知しました。
まずはそのチームについて一度こちらで調査しますので、追って連絡を…」

船頭「いや、僕は明日ヒノモトに帰る。だから今日中に解決してもらいたい」

遊次「きょ…今日!?」

淡々とした口調で船頭は衝撃的な要望を突きつける。

船頭「無理難題を言っているのは僕もわかってる。それでも、今日だ。
もちろん金は惜しまない」

その言葉を聞き、怜央は立ち上がる。

怜央「俺がやる。今日中にそのチームを調べ上げて二度とこの町に手出しさせない」

遊次「怜央…」

怜央「この町の裏社会の奴らは元々俺らのチームが力で押さえつけてたんだ。
今他のチームの奴が暴れてるとしたら俺に責任がある」

Unchained Hound Dogsが力を失えば他のチームが息を吹き返すことは、ある種自明の理であった。
しかしそこに考えが及ぶほどの余裕は怜央達にはなかった。
この問題はいつか当たる壁だったといえる。

船頭「話が早くて助かるよ。いくら欲しい?」

怜央「そっちこそ話が早くて助かるぜ。
…14万だ。最低でもこれぐらいはもらえねえと困る」

灯「ちょっと怜央、勝手に…!今までそんな額で受けたこと…」

1つの依頼に対して14万サーク(※1サーク=1円)というのは、過去どんな依頼でもなかったことだ。
金は惜しまないと本人が言っているとはいえ、相当大きく出た提示額といえる。

怜央「町で暴れてるチームを1日で止めるって言ってんだ。
俺ら以外に誰ができる?むしろ少ねえぐらいだぜ。
その代わり、今日中に解決できなかったら払わなくていい。
情報のツテならある。必ず今日中になんとかする」

怜央の言い分はもっともだ。
店を襲ったというチームも、Unchained Hound Dogsと同様、
暴力ではなくオースデュエルで略奪を行っているはずだ。
これは正しくは略奪ではなく法によって定められた正当な契約となる。よって警察も介入できない。

オースデュエルでの手続きであれば、他人の金品を賭けた契約も可能であるのは、
逆に暴力による一方的な略奪を避けるための施策とも言える。
不法な手段を使わずともデュエルによって欲望を満たせるなら、
わざわざ暴力というリスキーな方法を取る必要がない。これはある種の抜け道であるが、
デュエリアという国が数十年前に暴力を排除しデュエルを武力とするため、
清濁を併せ吞んだ結果とも言える。
相手に対してオースデュエルを承認させるための条件作りとして、
グレーの範囲内での脅迫めいた手段を取ることはあるものの、
それも取り締まることができる程ではない。
結果的にデュエリアがロールモデルとなり、これが世界にとっての法となっているのだ。

遊次「…」
怜央は子供達の居場所を守るためにNextで働くことを決めた。
その背景を鑑みれば、このチャンスを逃すまいと高額を提示することは理解できた。
船頭にも、怜央が見栄を切っているわけではないことは伝わっていた。

船頭「いいだろう。交渉成立だ。
君たちが今日中にそのチームを止められれば、14万サークを支払おう」

船頭は要件は終わったと言わんばかりに席から立ち上がり退室しようとしている。
怜央以外の3人はその背中を呆然としばらく見つめていたが、
遊次が立ち上がると背中越しに声をかける。

遊次「船頭さん、俺達を頼ってくれてありがとうございます!
俺らがそのチームを止められたら、お母さんに伝えといてください。
店、やめないでくださいって」

船頭は驚いた顔で扉の前で振り返る。

遊次「俺、名前聞いて思い出したんです。船頭さんのお母さんって、洋食屋さんでしょ?
たしか『ビストロSENDO』って店!」

船頭「…!知ってくれていたのかい」

遊次「思い出したんです。
俺、小さい頃に連れてってもらったことあるんすよ。
ハンバーグがめちゃくちゃうまかったのを覚えてる!」

イーサン「あぁ…あの店か…!」

遊次はどうやら幼少の頃にイーサンに連れて行ってもらったらしい。
遊次の言葉を聞いてイーサンの記憶の扉も開いた。
口いっぱいにソースをつけて喜んでいた遊次の笑顔を思い出す。
10年以上前からドミノタウンに根差し人々に愛された店だったということだ。

遊次「だから、やめないでほしいんです!
あんなうまいハンバーグ作れる人が、理不尽な理由で店をやめるなんて、あっちゃいけねえ!」

遊次の熱い思いを船頭は受け止める。

船頭「…僕も母親のハンバーグが世界で一番好きだ。
君たちに依頼してよかった。ま、チームを止められたらの話だがな」

船頭は遊次の真剣な表情を見つめると、少し笑い、一言だけ残して事務所を去った。



怜央「急に14万も吹っかけて悪かったな。気づいたら口走ってた」

遊次「まあびっくりしたけど、結果オーライだ」

イーサン「内容が内容だし、相場的には14万でもおかしくないんだがな…」

灯「今回は期限も短いし危険な依頼だから、たしかに相場的には安い方。
でも、ウチは相場よりも安くしてるし、依頼料はちゃんと試算しないといけないの。
だから、もうあんな真似はやめてよ?」

怜央「あぁ、わかった。悪ィ」
経理担当の灯はしっかりと怜央に釘を刺す。
初めての仕事でいきなり突っ走りすぎたことを怜央は反省する。

Nextの依頼料は以前はざっくりとした計算だったが、
探偵である伊達アキトと業務提携を行ったことをきっかけに、
探偵業の相場を参考に見積もりを行うようにしたのだ。
基本的には人数と時間がベースで計算されるが、
期限やリスクなどによって額は上乗せされることとなる。
今回はチームの悪事を止めるというリスクの伴う案件であり、
並の探偵が対処できるものではない。
そのような案件でもデュエルの実力をもって解決してきた実績を鑑みると、
怜央の言う通り、その希少さも相まって14万でも安いというのは間違っていなかった。

それから4人は依頼について話し合いを行う。

イーサン「で、どうする?まずは問題のチームを探さなきゃいけないわけだが。
怜央はツテがあると言ってたよな」

怜央「あぁ。そのチームには思い当たるところがある。
俺がUnchained Hound Dogsを組む前にこの町を仕切ってたチームだ。
名前は『GREMLINZ』(グレムリンズ)。
半年前ぐらいだったか、俺がそこのリーダーにオースデュエルで勝って俺らは陣地を広げた。
そのあたりから奴らは勢いを失っていった」

遊次「陣地ね~。いかにも不良チームのやることだな。町は皆のものだってのに」
怜央「チームでやっていく以上、
奪われないためには縄張り争いは避けて通れねえ。それだけのことだ」
茶化す言い方をした遊次を怜央は軽くあしらう。

灯「でも、そのオースデュエルの契約はまだ有効なんだよね?
ってことは、船頭さんのお母さんのお店は、なんとかドッグの陣地じゃなかったってことだよね」

イーサン「『ビストロSENDO』は中央エリアだ」
イーサンはパソコンで開いた地図を見せる。

怜央「ドミノタウンの北側はGREMLINZのシマで、俺らの陣地は南側だった。
中央はちょうどその境目で、どっちのシマにしようかって争ってるところだった。
俺らが目を光らせてる間は、奴らも簡単に中央には手出しできなかったが、
それがなくなった途端にこのザマってわけだ」

Nextがあり遊次達が暮らすのもドミノタウンの南側のエリアだ。
Unchained Hound Dogsもその辺りを仕切っていたことになる。
チームの戦力は怜央・ドモン・ダニエラだけであるにも関わらず、
大人数のGREMLINZと張り合っていたことから、怜央達のチームの異常性が伺える。

遊次「でも、まだそのGREMLINZってチームの仕業かわからないだろ?
まずはそこの確証を取ろうぜ」

怜央「あぁ。他のチームがまた動き出してるって話はドモンから聞いたが、
その辺りはアイツが一番知ってるはずだ」

怜央はポケットから携帯を取り出し、ドモンに連絡する。
コールしてもしばらくは出なかったが、30秒ほどでドモンの声が聞こえた。

ドモン「なんだぁ?今忙しいんだが、後にしてくれねえか?」
ドモンの声は切羽詰まった様子だった。

怜央「こっちも急用だ。ある依頼で、今別のチームを調べなきゃならねえ。
そこで…」

ドモン「あっ、スンマセン!!すぐ行きます!!ハイ!」
怜央が話している途中でドモンが別の誰かに大声で返事をする。
後ろからは金槌で鉄を叩くような音が聞こえる。おそらく建築現場だろう。
ドモンは怜央と遊次の決戦後、宣言通り身を粉にして働いているらしい。

怜央「おい、ドモン…」

ドモン「すまねえ、ちょっと今無理だ!昼飯ン時にしてくれ!」

怜央「いや、それじゃ遅ぇんだ。今日中に解決しねえと14万がパーになっちまう」

ドモン「14万!?だがマジで今手が放せねえ!
てか怜央、お前も来い!今人手が足りねえんだ!」

怜央「なんで俺が…!そんな暇こっちには…」

ドモン「いいか!北のグリーンヒルズエリアの建設現場だ!駅前だからすぐわかる!
来ねえと教えねえからな!じゃあな!」

ドモンが一方的に用件を伝えると通話はそこで切られた。

怜央「あっ!あの野郎ッ……!!」

イーサン「行かないと情報を教えてくれなさそうだぞ。行くしかないな」

遊次「じゃあとっとと行くぞ!灯、車出してくれ!」

灯「はいよー!ほら怜央、時間ないよ!」

怜央「あぁクソッ…なんでこんなことに…!」

すぐに身支度を整えて外に出る遊次・灯・イーサン達に、
怜央は苛立ちながらついていくしかなかった。
灯は自前の真っ赤なスポーツカーで現場に向かおうとする。
怜央は車を見て思わず目を丸くする。

怜央「これ…本当にお前の車なのか…?」

灯「そうだよ!まあ中古だけど、高校時代になんとかバイトしてね。
まあ、親にもちょっとだけ借りたけど…。そんなことより、急がないと!」

灯は運転席に乗り、怜央は後部座席へと乗り込む。
車はドミノタウン北側にあるグリーンヒルズエリアへと向かった。

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ドミノタウン グリーンヒルズエリア


駅前の建設現場に場違いな真っ赤なスポーツカーが到着する。
そこではトラックから重そうな鉄骨を抱えているドモンの姿があった。
ドモンの頭には白いタオルが巻かれている。
遊次と怜央が車から降り、ドモンの方へ駆け寄る。

遊次「よぉドモン!本当にちゃんと働いてるんだな。偉いじゃねえか」

ドモン「そんなことはいい!早く手伝ってくれ!」

気楽に声をかける遊次に、ドモンは鉄骨を抱えながら必死の形相で訴えかける。

怜央「約束通り来たんだから情報を…」
ドモン「ダメだ!昼まで手伝ってくれりゃそれでいい!じゃなきゃ教えん!」
怜央「クッソ…!後で覚えとけよ…!」

ドモン「荷揚げの仕事だ。そこのトラックから資材を運んでくれ」

先輩「ドモン!その人達が手伝いか?」
ドモン「ハイ!」

向こうでドモンの先輩が声をかけてくる。彼は遊次と怜央を手伝い呼ばわりしている。
すでにドモンから話は通っているようだ。

遊次「え、"達"…?」

ドモン「当然だろ。早くしねえと昼までに終わらねえぞ」

遊次「え…?」
遊次は違和感に気づき車の方を振り返ると、
車を出発させようとしている灯とイーサンの姿があった。

イーサン「じゃ、俺らは聞き込みしてくるから」

灯「遊次、怜央…がんばってね!」

イーサンは手を振ると灯が車を発進させる。

遊次「ちょ、おい…」
遊次は去っていく車に手を伸ばす。

怜央「モタモタすんな、さっさとやるぞ」
怜央はやるしかないとすでに諦めた様子で資材を担ぐ。

遊次「…これもドミノタウンの人を助けると思えば…。く〜っ!」
怜央の姿を見て遊次も覚悟を決め、肉体労働に勤しむこととなった。


………

時は正午を回る頃。
怜央と遊次はドモンと共に荷揚げの作業を継続していた。

怜央「くっ…!!さすがに重ェ…!」
滝の汗をかきながら怜央が資材の中でも重量のある鉄骨を抱えている。

遊次「おいおい、もう音を上げたのか?
意外と大したことないんだな、新入りさんよぉ!」
そんな怜央を尻目に遊次は同じ重さの資材を抱えながら怜央を追い抜く。

怜央「なんだと…?こんなもん屁でもねえ!
ウゥゥオオオォォ!!」
遊次の煽りを受けた怜央は雄叫びを上げて遊次に追い付く。
結局、昼休みまで2人の争いは続いた。


先輩「いや〜助かった!
急に2人トんじまってよぉ。人が足りなかったんだ」
昼休み、労いの言葉と共に先輩から水と弁当が支給されると、2人は目を輝かせる。

怜央「メシ…!メシだ!!」

遊次「うっひょー!
それにしても、毎日こんなキツイ仕事やってるなんて、マジで尊敬しかないっス先輩!」
遊次の口調はすでに現場作業員のそれになっていた。

先輩「いや、君達もなかなか見込みがあるよ!できればまたお願いしたいぐらいだね!」

遊次「ぜひ!あ、俺らなんでも屋『Next』って言います!
仕事の依頼ならこちらに頂ければすぐに駆けつけますよ!
もちろん怜央も一緒に!」

遊次は胸ポケットから名刺を取り出し先輩に渡す。
本来町を回って自ら売り込む予定だったこともあり、
いい機会であったと遊次はポジティブに捉えている。
怜央は心底イヤそうにしながらも、必死に働いて稼がなければならないことを思い出し、口をつぐむ。

ドモン「よう、本当に助かったぜ。で、肝心の本題だが…こっちに来い」
ドモンが弁当を持って遊次達のところへと歩いてくると、
人に聞かれないように遊次と怜央を裏の方へと誘う。
人目につかない建築現場の裏へ入ると、怜央は本題に入る。

怜央「今ウチに来てる依頼で、2日前に中央エリアにある洋食店を襲ったチームを探してる。
俺は多分GREMLINZだと踏んでるが、お前の方が詳しいと思って聞きに来た」

ドモン「中央か…ならGREMLINZで間違いねえな。
俺らが静まったことで、他のチームの奴らが仕返しに来る可能性が出てきたから俺も調べてたが、
GREMLINZは俺らがいない隙を狙って中央を制しちまったと聞いた。
最近は他のチームの奴を寝返らせたりして、急速に規模を拡大してるって話だ」

遊次「制したってのは、オースデュエルで他のチームはそのエリアに手出しできなくなったってことか?」
オースデュエルでそのチームのリーダーや幹部を倒し、
管轄のエリアからそのチームを排除することで、各チームが勢力を伸ばしてゆくという構図だ。

ドモン「そうだ。今や中央はGREMLINZの縄張り。
2日前となると他のチームが手出しできるわけがねえ」

遊次「なるほどな…助かったぜ!イーサン達に連絡しねえと」

遊次は携帯を取り出しイーサンに連絡する。
数コール後イーサンが電話に出ると遊次は音声をスピーカーにする。

イーサン「お、仕事は終わったか?」

遊次「あぁ、バッチリな。Nextの宣伝もしといたぜ。
依頼の件だけど、例のチームはGREMLINZで間違いないらしい。
中央はGREMLINZの縄張りになったから、他のチームじゃ手出しできないって」

イーサン「なるほどな、それはよかった。
俺らは先にGREMLINZのことを調べてたんだが、どうやら最近リーダーが変わったようだ。
正確に言うとGREMLINZを発足した張本人が戻ってきたってことらしい。
名前は"ウィリアム・ギャリガン"」

その名を聞くと怜央とドモンは顔を見合わせる。

怜央「噂は聞いたことがある。
手段を選ばない奴で、あまりの非道さに2年前ぐらいにチームを追い出されたってな」

GREMRINZを発足した者がリーダーに返り咲いた形となると、
以前に怜央がオースデュエルでGREMLINZを倒した時は、別の者がリーダーだったということだ。

遊次「となると…GREMLINZを止めるにはそいつとオースデュエルで戦わなきゃならないな」
灯「でも居場所がわからないとどうにもならないよね…。アジト?的なものを見つけないと」

灯の発言に一同が少し考えこむが、怜央が口を開く。
怜央「敵の情報を掴むにはいい方法がある。"スパイ"だ」
遊次「スパイ?」

怜央「俺らもたまにやってたが、敵チームを1人、オースデュエルでこっち側に寝返らせる。
そいつにチームの情報をリアルタイムで送らせれば敵の動きがわかる」

灯「でも…どうやって?そんなにうまくいくの?」

怜央「どうにか隙を作って1人になったところを狙うとかな。
だが運の要素が強ぇし、こっちには時間がねえ。うまくいくかは微妙だ」

スパイという案を提案した怜央でさえその具体策は曖昧だった。
一同には少しの間沈黙が流れるが、遊次が口火を切る。

遊次「さっきドモンが言ってたよな。
GREMLINZは他のチームを寝返らせて規模を拡大してるって。それも急速に。だろ?」

ドモン「そうだが…それがどうした?」

遊次「なら、まだチーム全員が顔を把握できてないんじゃないか?
GREMLINZのメンバーのフリして話しかけたら、案外わかんなかったりしてな」

遊次の言葉の意図を理解するのに一同は数秒時間を要したが、
皆がそれを飲み込み始めた頃にイーサンが電話口から返答する。

イーサン「…アリだな。やってみる価値はある」
怜央「悪くねえ案だ。後は誰がやるかだが…」

遊次「怜央は顔が割れてるし無理だ。
イーサンはオッサンすぎるし、さすがに灯はチームにいたら浮くだろ。
ってなると、俺しかねえよな?」

イーサン「おいなんだ"すぎる"って!すぎることはないだろ!」
イーサンが電話口から遊次の言葉に条件反射で反応しているが、
途中からもごもごとした声に変わる。灯がイーサンの口を押えているようだ。

ドモン「GREMLINZは緑色をチームカラーとしてる。
緑のファッションに変えれば少なくともすぐにはバレねえだろうぜ」

灯「じゃあそれでいこ!私達はいい標的がいないか車から探しとくよ!
緑色のワルそうな人がいたらGREMLINZだと思うから!」
電話口からは灯の声と共に、ぺちぺちと何かを叩く音とイーサンの苦しそうな声が聞こえる。

怜央「ターゲット探しなら中央の方でやるといい。
その辺は奴らにとっても落としたばっかの場所だから、人員を多く割いてるはずだ。
その中でもひ弱そうな奴をターゲットにしろ。
それとお前の車は目立つから、怪しまれないように気を付けろよ」

怜央は灯に電話越しに忠告する。

灯「うん、わかった。中央エリアに着いたら車から降りて探すことにする。
遊次が着替えたら2人は中央に向かってね。じゃあよろしくねー」
とんとん拍子に話が進んでいき、電話は切られる。

遊次「思ったより順調でよかったぜ。ドモンはまだ仕事だろ?」

ドモン「あぁ。本当はまだまだ手伝ってもらいたいぐらいだが、そっちも大変そうだしな。
じゃあ俺はそろそろ戻るぜ。頑張れよ」

遊次「おう!お前もなー!」
急いで去っていくドモンに遊次は手を振る。

怜央「作戦としては、お前がGREMLINZのフリして声をかけて標的を人気のない裏道に連れて来い。
そこを俺が脅してデュエルに持ち込む。
俺が前にGREMLINZから奪った縄張りを餌にすれば、食いついてオースデュエルが成立するはずだ」



Nextが依頼を解決するために力を合わせて作戦を進める中、
とあるドミノタウンの倉庫には、緑色の服を纏った不良達が集まっていた。
その中心には緑色のモヒカンに鼻ピアスを空けた猟奇的な目をした男が座していた。
その唇には黒い口紅が塗られており、緑と黒を基調とした特徴的なメイクも施されている。

部下「ギャ、ギャリガン様。どうもUnchained Hound Dogsがまた動きだしたようです」
坊主頭に黒いマスクを着けた巨漢が、何やら怯えた様子でモヒカンの男に報告をしていた。

ギャリガン「……」
ギャリガンは指に黒いマニキュアを丁寧に塗っている。部下の報告には一切反応しない。

部下「ここ数日、Unchained Hound Dogsメンバーのドモン・ハルクがこの辺りを嗅ぎまわっています。
また、リーダーの鉄城怜央もどうやら北側に現れたようで…」

ギャリガン「………」
ギャリガンは無言で更に集中力を高め、マニキュアに専念している。

ギャリガン「……あっ」
黒いマニキュアが爪の付け根を越え、指にはみ出てしまう。
その様子を見ていた周りの部下達は一斉に肝を冷やす。

ギャリガンは放心状態となり、沈黙している。
そして突如として立ち上がり、冷たい目で眼前の部下を睨んでいる。


ギャリガン「…テメェのせいでオシャレが台無しだろうがァ!クソ虫がァ!」

部下「ぐあァッ…!!」

ギャリガンが獣の唸り声のように低いドスの効いた声で叫ぶと、
突然、目にも止まらぬ勢いで目の前の部下の頭に回転蹴りを振り下ろす。
そしてその坊主頭をギャリガンが何度もかかとの尖った靴で踏みにじる。

ギャリガン「オシャレはなァ!心の健康を保つのに必要だって!
何度言ったらわかんだァ!あァ!?」

部下「す、すみません…!すみません…!」
部下は自らの頭を腕で守り、ギャリガンの踏みつけから必死で身を守る。
その後もギャリガンの踏みつけは続き、数十秒経つとようやく足を離す。
部下の頭は真っ赤に染まっていた。


ギャリガン「チッ…また1からやり直しね。いっそ今度は赤にでもしちゃおうかしら?」
ギャリガンは失敗したマニキュアを見つめ、その見た目に似合わぬ口調で話す。

ギャリガン「あ、それと…。例のガキ、さらっていいわよ」
ギャリガンは自分の後ろにいる部下に声だけで指示をする。

部下「ハッ…!人気のない所で拉致します!」
部下はギャリガンの指示を他の者に伝えるため、倉庫の隣にあるビルへと走る。

その後ギャリガンは空中を見つめ独り言を呟く。


ギャリガン「この町はアタシの庭。昔からそう決まっているの。
庭を荒らす野良猫には…オシオキしなくちゃね」


倉庫の隣では、GREMLINZのメンバーが双眼鏡で、遠方のとある学校の校門を見張っていた。
昼休みも終わり体育の授業が始まったようで、校庭では小学生達が走り回っている。

そこには黒い髪を刈上げた褐色肌の少年…Unchained Hound Dogsの"リク"の姿があった。


第21話「踏み出す1歩目」 完





遊次達のもとへ一通の連絡が入る。
それはUnchained Hound Dogsの"リク"がGREMLINZによって狙われているという内容であった。
そして怜央とギャリガンの決戦がついに始まる。
相手の行動を大きく制限するギャリガンのデッキに、怜央は苦戦を強いられる。


次回 第22話「伸し掛かる天井」
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