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HOME > 遊戯王SS一覧 > 第28話:親と子

第28話:親と子 作:

ピピピピピ。ピピピピピ。

携帯のアラーム音が鳴る。


ピピピピピ。ピピピピピ。

アラーム音は鳴り続け、次第に大きくなる。

ピピピピピ。ピピ。

アラーム音は停止する。


「んん…あと…5時間…」

神楽遊次は半分寝たままの状態で、自宅のベッドで大胆な睡眠時間の延長をしようとしていた。
夏も過ぎ、1枚の薄いタオルケットを布団代わりにしていては少し寒さを感じるようになった頃。
足元にぐちゃぐちゃに丸められた布団を蹴り飛ばし、遊次は大の字で二度寝に突入しようとしていた。

そしてその直後、部屋のドアが開く。

「おい起きろー。朝飯できてるぞ」
遊次の育ての親、イーサン・レイノルズは二度寝の予感を直ちにキャッチし、
1階から階段を上がり彼の部屋に無遠慮に入る。彼にとってはこれが日常なのだろう。


「んん…もうちょっとでいく…」
遊次はまだ目も開かない状態で生返事をする。

「それで来た試しは1度もないだろ。ほら…お、き…ろっ!!」
イーサンは無理やり遊次の体を起こして強制的に目を覚まさせる。
彼にとってはこれが日常なのだろう。



「うめーー!!やっぱイーサンのエッグベネディクトは最高だな!」
遊次は数分前まで仮眠状態だったとは思えないほど元気に朝食を頬張る。

「当たり前だろ。何年作り続けてると思ってる。
それより、今日は朝から1件依頼の予約が入ってる。気合入れていけよ」

通勤前の朝。
イーサンは新聞を開きながらブラックコーヒーを飲み、遊次に今日の予定を教える。


「おう!それだけじゃなくて、臨時の手伝いも何件かあるしな。
メインでの宣伝と俺の草の根活動で、仕事がすげえ勢いで増えてるよな。この調子でいきたいぜ」

Nextは数か月前からドミノタウンの各店を回り、
臨時の手伝いが必要な場合は自分達を頼るように地道な宣伝活動を行ってきた。
メインシティでの宣伝活動によって、比較的大きな仕事も遠方から入るようになり、
すでに2度の出張も行った。

「問題なのは人手だ。世間が人手不足だと散々騒ぐ理由がよくわかる。
怜央も3か月前に比べれば1人でこなせる仕事も増えてきたし、
アキトとの分業もうまいこといってるから、ギリギリなんとかなってるが…。
このまま単純に仕事量を増やしていくのも考えものだぞ。断らなきゃいけないケースも出てくる」

怜央がNextに加入して3か月が経過した。
彼が1人だけでこなす仕事も増え、Nextは少しずつ着実に規模を拡大している。
業務提携した探偵「伊達アキト」の協力もあり、
1度に抱える依頼量が多くなった場合、デュエル関連の依頼はNextが、
それ以外の依頼はアキトが解決するという分業を行っている。
向こうからもデュエル関連の仕事はNextに流れるため、Win-Winというわけだ。

「マジかぁ…。できる限り色んな人を助けたくてこの仕事を始めたってのに。
かといって、人をちゃんと雇うほどの儲けはまだないしなぁ。
ドモンとダニエラにバイト頼むのだけじゃ難しいか?」

「あいつらも忙しいからな。常にウチで働いてもらうわけにもいかない。
少なくとも、前みたいに高校生の宿題を肩代わりするとか、
そのレベルのものは断っていかなきゃいけなくなるかもな」

遊次とイーサンは足りない人手問題に頭を悩ませる。
しかし、少し前までは仕事にすらありつけなかった彼らにとっては贅沢な悩みと言える。

「…なるほどな。でも、なんとなくどうすべきかはわかってるんだ。
もし仕事を選ばなきゃいけないとしたら、できる限り困ってる人を優先する。
それに、単価はちょっとずつ上げていく。
じゃなきゃ新しく人も雇えないし、従業員がまともに食えなきゃついてきてくれねえ」

「俺が何も言わなくてもそこまで辿り着けるようになるとは…。
立派になったな遊次…!俺は感慨深い…!」

少し前まで単価という言葉の意味すら知らなかった遊次が、所長らしい経営方針を語る姿に、
育ての親であるイーサンは思わず涙ぐみそうになる。

「ま、結局は目の前の依頼に1つずつ真剣に取り組んでいくしかねえ。
…ごちそうさま!じゃ、俺着替えてくる!」

エッグベネディクトを綺麗に完食した遊次は急いで部屋へ戻り仕事の支度をする。

「(…そうだな。今はとにかく、1日1日を大切にしよう。俺にはそれしかできないんだから)」
イーサンはその背中を追いながら、真剣な表情で物思いにふける。







「予約していました、ジュリエッタ・フォスターです。
本日はお時間をいただき誠にありがとうございます」

事務所のソファに浅く腰掛け、丁寧な挨拶をする彼女は、予約を入れていた依頼者だ。
白いワンピースを身に纏った30代中ごろの女性で、身なりも良い。
左手の薬指には指輪が光っている。

遊次・灯・イーサン・怜央もすぐに座りながら礼を返す。
電話で予約を受けた際に家庭の問題だということは聞いており、
人員を要する可能性が高いと判断したため、Next総動員で話を聞くこととなった。

「本日はよろしくお願いします。
早速、依頼内容をお伺いしてもよろしいでしょうか」

遊次は所長らしく丁寧な口調で本題に入る。
これまではイーサンがこのような問答をすることが多かったが、
最近になってより所長らしくありたいと思い立った遊次が、
積極的に依頼者とコミュニケーションを取ることにしたのだ。

「はい。早い話が、血の繋がらない息子と仲良くしたい…というのがご依頼したいことです」

今までにはない角度の依頼に4人は顔を見合わせる。

「なるほど…。詳しく聞いてもいいですか?」

「えぇ。夫はハリスン、息子はテイルです。
私たち夫婦はなかなか子供に恵まれなくて、
3ヶ月前に施設から養子として、6歳のテイルを迎え入れることにしました。
ついこのあいだ、7歳になったところなんです」

ジュリエッタは携帯でテイルの写真を見せる。
オレンジ色に近い赤毛をした少年だった。
ホールのいちごケーキに7本のろうそくが刺さっており、
その前でパーティハットを被りながら不機嫌そうな顔をしている。

「テイルは1年前に事故で両親を亡くして施設に入った子です。
そのこともあって、まだ私たちを親だと認めてくれなくて…」

「…」
依頼者の話を聞き、怜央の表情は一層真剣みを増す。

「でも、これは仕方のないことだと思っています。
突然知らない大人が自分の親を名乗るんですから…。
少しずつ距離を縮めていくしかないと思って色々がんばってみたんですけど、
なかなか心を開いてくれなくて」

依頼者、ジュリエッタの表情はどんどんと曇ってゆく。

「言ってもまだ3ヶ月だ…でしょう。1年かけても心を開かないこともある」
怜央がつい口を挟む。
自分の境遇もあり、どうしても息子の視点に立ってしまうようだ。

「それはそうだと思います。私達もそこはゆっくり時間をかけていくしかないと思っていました。
けれど、"ある事"が起きてから、より親子に軋轢が生まれてしまって…」

「…ある事というのは?」
想像していたより深い事情がありそうだと察知し、内心で身構えながら灯が問う。

「先日、テイルが学校で同級生と喧嘩になり、相手の子を殴ってしまって。
それを夫が激しく叱りつけたことで、テイルは口も聞いてくれなくなりました。
息子にも息子の言い分があったのですが、夫は頑なに駄目なものは駄目だと譲らず…」

「奥様はどう思ってらっしゃるんですか?
旦那さんと息子さん、どちらかといえばどちらの意見寄りなのか…とか」
イーサンがより詳細に話を詰めてゆく。

「どちらの気持ちもわかります。だからこそどうすればいいのかと…。
息子はクラスメイトに実の父親をバカにされたことで、カッとなって殴ってしまったそうです。
気持ち自体はよくわかります。怒っても仕方ありません。
ましてやもう亡くなってしまっている家族をバカにされたんですから」

「それでも夫のハリスンは弁護士ということもあり、正義感が強く、頑なに態度を譲らなくて。
でも、それも息子が社会からはみ出さないようにという思いがあってのことですから、
一概に否定はできません。私もその考えには賛同してます」

ジュリエッタは中立の立場といったところだろう。
だからこそこうしてNextに足を運んだといえる。

「うーん…。できればハリスンさんとテイル君にも直接話を聞きたいです。大丈夫ですか?」

遊次は頭を悩ませながら言葉を紡ぐ。
まだ概要しか聞いていない状態では何も判断はできない。デリケートな問題なら尚更だ。

「ええ、構いません。私達からの一方的な話では解決しないでしょうし…。
でも、多分私から息子に伝えても反発されると思いますけど…」

ジュリエッタは弱気になる。
もともと息子とコミュニケーションをうまく取れなかった上に、今は更に溝が深まっている。
すんなりと話を聞ける状況ではないだろう。

「私たちだけでテイル君にそれとなく話を聞けないかな?学校帰りとかに」
灯が隣に座る遊次の顔を見る。

「そうだな。待ち伏せしていい感じに話しかければいけるんじゃないか?
ジュリエッタさん、テイル君が通ってる学校を教えてもらえますか?」

「は、はい、大丈夫です。
とはいえ、テイルに話を聞けるのかしら…。あの子が知らない人に悩みを打ち明けるとはとても…」
遊次の少し楽観的過ぎる姿勢に若干困惑しつつ、
ジュリエッタは顎に手を添えながら頭に浮かんだ更なる問題を呟く。

「そこは魂でぶつかればなんとかなるでしょう!」
遊次が右手で握り拳を作り、真っ直ぐな瞳でジュリエッタに伝える。

「えぇー…もうちょっと考えた方がいいよ。
ジュリエッタさん、テイル君の好きなものとか、何か話すきっかけになるものってありますか?」
遊次の相変わらずの無鉄砲さに呆れながら、灯は問いかける。

「うーん、そうねぇ…。私達もあまりしっかりとは話してないから…。
ほんと情けないわね、親として…」

「そんなことありませんよ。
こうして我々に相談してくださったのも、息子さんとのわだかまりを解きたい一心でしょう」
どんどん落ち込んでゆくジュリエッタにイーサンが即座にフォローを入れる。

「ありがとうございます。…あ、そうそう、思い出しました!
あの子、車のオモチャに夢中で、施設でもずっと大事に持ってたんです」
ジュリエッタはぽんと手のひらを軽く叩き、明るい声で語る。

「車…そうだ!灯、いけるんじゃねえか?」
「…なるほど、確かに!」

遊次と灯は同時に顔を見合わせる。ジュリエッタのヒントでピンと来たようだ。

「それとたぶん…好きなお菓子があると思うの。
心を開いてくれないかと思って色々お菓子を買ったりしてみたんだけど、
異様に反応がよかったのが1つあって…。
スナックスターの期間限定のやつだったと思うんだけど、なんて言ったかしら…」

スナックスターはデュエリアで人気のスナック菓子だ。
コンビニやスーパーで発売しており長年愛されている。

「期間限定かー。俺、定番の奴しか買わないからなー」
遊次が片目を瞑り、こめかみを人差し指でぐりぐりしながら記憶を手繰り寄せる。

「スナックスター…もしかして、宇宙カレー味か?」
その時、怜央が閃いたようにぽつりと発する。

「そう!確かそれです!名前にインパクトがあったからつい買っちゃって」
ジュリエッタはぽんと手のひらを叩く。どうやら怜央の勘は正しかったようだ。

「うちゅう…カレー…?」
灯は理解不能なワードに首をかしげる。

「まさか知らねえのか?
口に入れた瞬間、銀河が爆発したみてえな辛さと、その後に来る宙に浮くようなほのかな甘味。
まさにあれは"宇宙カレー"だ」

怜央は真面目な顔で熱弁する。

「知らねーし、なんかヤバそうだな…。
とにかく、そのお菓子があればテイルも食いついてくるかもしれないってわけだな」

「何言ってんだ、あれは夏の期間限定品だぞ。今は売ってない」

「知らねーし、マジか…。でも探せばどっか売ってる店はあるんじゃないか?」
怜央と遊次が嚙み合わないやり取りを繰り返しながらも、必要な情報は手に入れつつある。

「ウノタウンにお菓子を専門にした店がある。ここでは期間限定品も売ってるそうだ」
イーサンが即座に調べ、ノートパソコンを皆の方に向ける。
ウノタウンはドミノタウンの比較的近くにある郊外の町だ。

「おし!じゃあそこで宇宙カレーを買ってから、テイルの学校に向かうか。
そっちには俺と灯で行く。あ、ハリスンさんって今どちらに?」
遊次がジュリエッタに問う。

「今は仕事中なので、弁護士事務所かと。
実はNextさんに依頼したのも私1人で先走っちゃったことなので、まだ夫には言ってなくて…」
ジュリエッタは少し照れくさそうに微笑む。

「電話して事情を説明するので、少々お待ちいただけますか?
忙しくなければ正午には事務所で話せるかと。テイルの話なので、多分大丈夫だと思います」

「わかりました」

現在は午前10時30分。父であるハリスンに話を聞けるのは早くても正午。
小学校に通っているテイルに話を聞けるのは15時頃だろう。
遊次と灯は時間に猶予があるため、他の依頼を片付ける余裕もある。
こうして今日という1日が回り始めるのであった。








「なあアンタ、テイルを引き取らなきゃよかったって思ってるか?」

「な…何を言う!決してそんなことはない!!」

四角い眼鏡をかけた40代ほどの男は、
革張りの黒い椅子から勢いよく立ち上がり、目の前に立つ怜央に大声で反論する。

彼はテイルの父「ハリスン・フォスター」。
高級感のあるスーツを身に纏い、黒い髪は七三分けに整えられている。

ここはフォスター法律事務所。シンプルな内装の一室。
机の上には整然と積まれた書類とパソコンが置かれ、厳かな空気が漂っている。
木製の大きな机の前にはイーサンと怜央が並び、
ハリスンの横では、妻のジュリエッタが驚いた顔で怜央とハリスンの顔を交互に見つめている。

ジュリエッタの電話でアポイントメントを取った後、イーサンと怜央は正午に彼の事務所に来た。
ハリスンの口からも再度事情の説明が成されたが、
その途中で怜央が我慢の糸が途切れたように、突然ハリスンに問いかけたのだ。

怜央は両親を失ったテイルに強く感情移入し、
事務所に来る前からハリスンに怒りの感情を少しずつ募らせていた。

「おい怜央…!」
イーサンが静止しようとするが、怜央は止まらない。

「じゃあ、アンタが折れるしかないな。相手は子供だぜ。
ここに来るまでずっと考えてたが、こんなごちゃごちゃした話し合いなんか必要ねえんだよ」

怜央はポケットに手を突っ込んだまま、ハリスンから目を逸らさずに言葉をぶつける。

「(クソッ、最近は大人しかったから忘れてたが、怜央は元来こういう性格だった…!)」
イーサンは気まずそうな顔で怜央を睨む。

「すみません、こいつ新人なもんで。おい怜央、さっさと謝れ…」
イーサンが無理やり怜央の頭を下げさせようとするが、怜央は一向に折れない。
そしてハリスンも言われたままではいられず、更に口論はヒートアップする。

「折れろだと!それでは私の教育方針に反する!
暴力とは法に反する行為だ、それを悪と認識できないまま育てばどうなる!
あの子は弁護士である私の息子なのだ!」

ハリスンは自分の胸に強く手を当て怜央を真っ直ぐ見つめ返し、反論する。
だがこの言葉が更に怜央の感情を昂らせた。

「オイ…アンタ、結局は自分のためかよ!
息子がグレたら弁護士として脛の傷になっちまうってか!?子供をなんだと…」

「そんな風になど思っていない!何も知らない子供が知った口を聞くな!」
「なんだと…!」

「怜央ッ!!」
イーサンが部屋に響き渡るほど大声を張り上げる。部屋が静まり返る。
さすがの怜央もこの一声には驚いてイーサンの方を向く。

「怜央、そこまでだ。そんなことは考えていないよ、ハリスンさんも。
まだ深い事情を聞いてない。勝手な判断でお客様を責めるなんて言語道断だ。
それは結果的にテイル君のためにもならない。今すぐ謝罪しろ」

怜央は"テイルのためにならない"というイーサンの言葉で我に返る。
怜央は数秒黙っていたが、それより先にイーサンがハリスンへ謝罪する。

「彼の発言は当方事務所の意見ではありません。
大変申し訳ありません。深くお詫びします」
イーサンが90度以上に頭を下げる。

「その……悪かった、です。生意気言ってスンマセン」
怜央はその様子をしばらく見つめると、自分も頭を下げる。

「ったく、一体なんなんだ!突然押しかけてきたと思えば…」
ハリスンもメガネを上げながらジュリエッタに迷惑そうな顔を見せる。

「ごめんなさいね、私が勝手に突き進んじゃって…。
でもね、この方々も本気で私達とテイルに仲直りしてほしいと思っていらっしゃるの。ほんとよ。
だから、怒らないであげて」

「むぅ…」
ジュリエッタは取り乱すことなく穏やかに間を取り持つ。
ハリスンもその様子に更なる口撃を加える気は起きず、口をつぐむ。

「私達はお客様の意に沿う形で、テイル君との和解をお手伝いさせていただきたいと考えています」
イーサンは頭を上げながら真摯にハリスンへ向き合う。
怜央もしばらくは口を挟まないようにと、イーサンの横で大人しくしている。

「…フン、なんと言われようと私の気持ちは揺るがない。
私自身も父に、正しいものは正しい・間違っているものは間違っていると散々叩きこまれてきた。
それが私の中に正義感を形成し、やがては弁護士という誇りへと繋がった。
厳しい教育だから悪ということにはならない、最近の若者はわかっていないのだ。
とにかく、教育方針にまで首を突っ込まれる筋合いはないぞ」

ハリスンは鞘に刀を収めながらも、自分の主張を曲げることはなかった。
やはり頑固者という下馬評には間違いはないらしい。

「…ハリスンさんの思いはわかりました。私もお気持ちは理解できますよ。
これでも一応、一児の父ですから」

「あら、そうでしたの?」
イーサンの言葉にジュリエッタは素直に驚く。

「…だが、私たちは普通の家庭とは違う」
孤児を引き取ったという境遇は普通の家庭を持つ者には理解できない。
ハリスンは率直に自らの思いを返す。

「私の息子も血は繋がっていません。
というより、戸籍上は息子ではありません。育ての親というだけで」

「…!」
「あら…」
イーサンが口にした真実に2人は神妙な面持ちとなる。


「最初はまともに口を利いてくれませんでしたよ。ですから、お気持ちはわかっているつもりです。
まあ、お二方ほど苦労はしていないかもしれませんが」

自分達がこの問題の解決に真剣であるという説得力を伝えながらも、
あくまで相手を立てる形は崩さない。
イーサンの場の諫め方に怜央は素直に感心した。

「…息子に誤った道を進ませてはならない、それが親となる者の負った使命だ。
あなたも父親なら否定できないでしょう」
ハリスンはイーサンに一父親としての矜持を語る。

「ええ、もちろんです。ハリスンさんの教育に対する責任感は並々ならぬものだ。
その精神は大変素晴らしいと感じています。しかし…時には歩み寄ることも必要だと思います」

イーサンは同意しながらもやんわりと問題の解決を図る。
怜央の言ったこともある意味では芯を食っていた。
ハリスンが意固地なままでは子供との和解は難しいだろう。
イーサンもそれとなくその道が正解なのだと考え始めている。


「…フン、とにかく私は態度を変えるつもりはないからな」
しかしハリスンは頑なだった。
この程度で考えが揺らぐならジュリエッタがNextを頼ることもなかっただろう。

「ったく…頑固なオヤジだな」
怜央は小声で悪態をつく。
おそらくハリスンにも聞こえていただろうが、彼も自分の性格は自覚しているようだ。
特に咎めることはなかった。

「そうですよねぇ、ごめんなさいね。
私ももう少し歩み寄ってもいいんじゃないかと言ったんだけど…」
また空気が悪くなることを懸念してジュリエッタが怜央に歩み寄る。

「甘やかした結果テイルが道を踏み外したらどうする。
ヘソを曲げればすぐに歩み寄ってくれると勘違いさせてはならない。
悪いことは誰が何と言おうと悪いのだ」

「…別にその考えが間違ってるなんて言ってねえよ。
ちょっとは息子の気持ちも理解しようとしてやれって言ってるだけだ」

「……」
怜央もハリスンも先ほどとは違い、異なる意見をぶつかりながらも冷静さは保っている。
怜央の言葉をハリスンはすぐには否定できなかった。
それが何故かまでは彼にはわからなかった。

「テイルは多分、本音を言えてねえんだ。誰にも。
俺も両親がコラプスで死んでからは孤児院で育って、誰にも心を開けなかった」

「…そ、そうだったのか」
ハリスンは純粋に衝撃を受けた。
傍若無人な振る舞いをする常識知らずな子供だと思っていた男が、
息子と同じ境遇を持つ者だったのだ。
先ほどの放言も、テイルに感情移入しすぎた故のものであろうことも理解した。

「そういう状況だと、周りの大人が全員、敵に見える。大人だけじゃねえ、子供もだ。
クラスメイトを殴ったってのも、実の親父をバカにされたからなんだろ」

怜央は丁寧な言葉遣いをする装いすら見せなかったが、イーサンはあえて止めなかった。
彼の取り繕わない言葉が、今は直接的にハリスンの心に刺さると判断したからだ。

「理由はどうあれ暴力は悪だ。それこそがこの世界の揺るぎないルールだ。
聞くところによると、正当防衛でもなかったそうだしな。
法という正義こそが人の倫理感を形成する上での基準だ。私はその考えを変えるつもりはない」

それでもやはりハリスンは頑なだった。
手を出した時点でそちらが悪であるという意見に一定の正当性がある以上、
そこを崩すことはできないだろう。

「それに、あの子は絶対に言ってはいけないことを口にしたのだ。
それだけは断じて許すことができなかった」

「言ってはいけないこと?」
初めて聞く情報だ。イーサンはどうにか風穴を開けようと聞き返す。

「…口にするのも憚られる。あのようなこと…」
テイルが口にしたという許されざる言葉。
ハリスンは唇を強く結び、その言葉を発することに強い抵抗を見せた。


「殺してやる」

「え…?」
イーサンと怜央は、ジュリエッタの口から突如として放たれた鋭利な言葉に戦慄する。

「殺してやる、と言ったのです。テイルは」
ハリスンは苦い顔をして俯いている。
彼にとってはその言葉が何よりも心に刺さる言葉なのだろう。

「そりゃ確かに言っちゃいけねえことだが、衝動的に口にしちまっただけじゃねえのか?
そういうことは誰だってある」

怜央の疑問も的を射ていた。
殴ったことと同様、怒りのあまり口走ってしまったということであれば、理解の範疇ともいえる。

「ダメだ!そのような言葉を思い浮かべる時点で、断じて許されることではない!」
ハリスンは机を叩きその言葉への強い怒りを示す。

「…夫は、殺すという言葉に人一倍嫌悪感を抱いています。…ハリスン、話しても大丈夫かしら」
「…いいや、私から話そう」
何やらその言葉に嫌悪を示すことには深い理由があるそうだ。
ハリスンは覚悟を決めて過去を想起する。

「私の父の兄…つまり私の叔父は、若い頃に罪を犯した。殺 人の罪だ」

「…!」
想像を超える重苦しい過去に触れることとなることを、最初の一言から思い知らされる。

「叔父は昔から気性の荒い性格だったらしい。
だが、その両親…私の祖父と祖母は彼に厳しく指導することはなかった。
つまりは甘やかしていたのだ。
その結果、彼の暴力性を抑えるものはなく、日頃から"殺す"という言葉を多様するようになった」

「祖父と祖母はまさしくさっきキミが言ったのと同じように捉えたのだろう。
"つい口走ってしまっただけだ"と。
そんなことが口癖になること自体が異常なのだと、気付くべきだったのだ。
その結果、彼は本当にそれを実行してしまった」

「そんなことが…」
テイルを激しく叱ったことにここまで深い理由があったという事実に、
イーサンと怜央はただ戦慄する他なかった。

「我が父は犯罪者の家族となじられ、長いこと苦しい時間を過ごした。
もう二度とあんな過ちを繰り返してはならない。我が一族から罪人を出すことなど、許されない」

「それで、お父様はハリスンさんに厳しいご指導をなされたのですね」
ハリスンの正義感は父の教育の賜物だ。
暗き過去を乗り越え父の思いを受け継ぎ、それがテイルへの厳しい教育へと繋がっていたのだ。

「…私もね、彼がテイルに強く当たることを止められなかった。
間違ってるなんて口が裂けても言えなかったし、思わなかった」

「…理解しました。今なら貴方がテイル君に頑なに強く当たる事も…簡単には否定できません」

ここまで深い事情があるとは誰も予想していなかった。
ここまで芯のある考えを「折れろ」の一言で揺るがせることはできない。

「…だが、このまま口を利かないままでいいわけもねえよな」
しかし怜央は本質を見失っていなかった。
強い正義感を持っていたとしても、
息子とのわだかまりを解きたいのもまた彼らの望みだ。

「…それはそうだが…。私は、どうすれば…」
ハリスンにも答えは分からなかった。
依頼はジュリエッタの独断で行ったことだが、今やハリスンもNextを頼ることに異議はなかった。

「ハリスンさんの過去について、テイル君は知っているのですか?」

「前に話したが、それでもわかってもらえなかった。
あの子にとっては、自分が強く叱られたことが何よりショックなのだろう。
私の事情を言葉で説明したところで、その気持ちは消えない」

イーサンは「なるほど」と呟き頷いた。

「ハリスンさん、ジュリエッタさん。一度、こちらで持ち帰ります。
色々な事情が重なり合い、当初の想定よりもかなりデリケートな問題だとわかりました。
それと勝手で申し訳ありませんが、奥様の許可をいただいて、
うちのメンバーが息子さんにもお話を伺っているところです。
息子さんの考えも加味した上で、また後日改めてお話させてください」

ここで結論を出すことは不可能だ。
テイルからの意見も聞いた上で総合的に判断すべきとイーサンは考えた。

「フン、勝手な真似を…」

「あなたもテイルと仲直りしたいんでしょう?でもやり方がわからないだけ。
…私もね。何もできなくて悔しいわ。
だから今は、なんでも屋さんたちを信じてあげましょう?」

ジュリエッタの言葉にハリスンは小さく2度頷いた。

「…まぁ、私からはテイルと話せないのでな。
間接的に話を聞けるならそれに越したことはない。できるものならな」

ジュリエッタの独断から始まったNextへの依頼は、
これで正式にハリスンにも認められたものと考えてよいだろう。

「ええ。精一杯、尽力させていただきます。それではこれで失礼いたします。
貴重なお時間をいただきありがとうございました」
イーサンは姿勢よくお辞儀をすると、それにならって怜央も頭を下げる。
そして2人は事務所を後にした。



「…ただの頑固オヤジだと思って来てみりゃ、案外筋が通った男っつーか。
どうすりゃいいんだろうな」
事務所への帰り道、ぶっきらぼうにポケットに手を突っ込んで歩きながら、怜央が空を見上げ呟く。

「ともかく、テイル君から話を聞かないことには始まらない。
遊次と灯の報告を待とう」

父親を説得して謝らせるといったもっとも簡単な和解への道は閉ざされたといっていい。
残りは遊次と灯が、息子のテイルといかに話をつけるかにかかっている。


「…そういえば、あんま詳しく聞いてなかったが、お前と遊次も親子なんだよな。
どんな感じだったんだよ、昔の遊次は。今みたいにバカだったのか?」

怜央はイーサンを横目で見上げながら問いかける。
怜央は性格上、加入から3か月間、Nextメンバーの過去を深堀するといったことは一度もなかった。
ここにきて初めてメンバーに興味を示したことにイーサンは少し驚いたが、
特に反応をすることなく軽く答える。

「まあ、そうといえばそうだが…。最初は心を開いてくれなくてな」
「ふーん、あんま想像できねえな。誰とでもすぐ仲良くなるだろ、あいつ」

「まあ基本、人懐っこいしな。そこは昔も今もあまり変わらない。
でもあの時は、実の父親が急に失踪して、
赤の他人が突然父親代わりとして現れたんだから、受け入れられないのも無理はない」

「…そうか」
遊次とのデュエルで怜央は彼の過去について多少は知っていたものの、
イーサンが父親となった経緯などは詳しく知らなかった。

「俺が遊次を育てることになったのは、コラプスで遊次が記憶を失って1年経った頃だ。
今でもハッキリ覚えてるよ。初めて会った時のこと」

イーサンは晴れ渡った青空を見上げ、遠い過去を回想する。


あの日は、この空とは真逆の、土砂降りの夜だった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
12年前



「はーーい!」
自宅で1人で父親の帰りを待っていた当時7歳の遊次は、
インターホンが鳴ったのを聞き、元気よく返事をすると、
2階の自室から急いで玄関へ走り、笑顔でドアを開ける。

そこには、背丈の大きい、緑色のパーマがかかった髪をした男が、
豪雨の中、傘もささずに無言で立っていた。
その背中には黒いリュックが背負われていた。
玄関口には水が滴っている。

男は何も言わない。
目線を少し下に下げ、遊次が胸に掛けているネックレスを見たような気がしたが、
その後、再び視線を遊次の顔に移す。

ただ土砂降りの雨の音だけが2人を包んでいた。
男は、ひどく冷たい目をしていた。
遊次はその目に、言葉に言い表せないマイナスの感情が渦巻いているように見えた。

「…お前、誰」
遊次はその目を敵意と捉えた。
顔からはすぐに笑顔が消え、目の前の男を睨む。


「俺は……イーサン。イーサン・レイノルズだ。今日から、君の父親代わりになる」
男が名乗るまでにはわずかな間があった。
その後、彼が淡々と衝撃的なことを述べる。

「…はぁ?父さんはもういるよ。お前、さては悪い奴だな!」
当然、遊次にとっては彼の言葉が理解できなかった。

「君のお父さん…天聖さんは、とある事情でお家に帰ってこれない。
俺は君のお父さんから、君の父親代わりになるように頼まれてるんだ」
イーサンは無表情のまま、低いトーンで説明を重ねる。

「意味わかんねー!父さんが俺に何も言わないでいなくなるわけないだろ!
ってか誰だよお前!」

「君のお父さんの…友人、ってところだ。
天聖さんにはどうしても帰ってこれない事情がある。駄々をこねるな」
イーサンは遊次を冷たくあしらう。そこには遠慮も配慮も存在していなかった。

「ふざけんなー!なんなんだよ!そんなもん信じねえよ!」
イーサンの態度も相まって、遊次の反抗は更に強くなる。
イーサンはため息をつきながらポケットから鍵を取り出し、遊次の目の前にぶら下げる。

「俺は天聖さんから、この家の鍵を預かってる。
これこそがこの命題が真であるという証明だ」

「めーだい…?難しい事言われてもわかんねえよ!
父さんは俺を置いて行ったりしねえ!」

子供相手にも言葉の軟度を一切下げないイーサンに、遊次は更に苛立つ。
それと同時にイーサンも子供の物分かりの悪さに苛立ちを募らせていた。

「事実、天聖さんは君を置いて行ったんだ。…置いていくしかなかった。
君は記憶喪失なんだろう。じゃあ…君に天聖さんの何がわかる!」

「…っ!」
イーサンの口を突いて出た言葉は遊次をさらに激昂させた。

「出て行け!出て行けよ!!」
遊次は思い切りイーサンの体を突き放し、家の扉を閉める。
完全に締め出された形だ。

玄関口にあるほんの少しの屋根だけがこの豪雨を凌ぐ唯一の手立てだ。
持っている鍵を使えば家の中に入ることはできるが、そうする気にはならなかった。


「…無理だよ、天聖さん。俺が人の親になるなんて」
イーサンは俯き、独り呟いた。


それから数時間後。
通り雨もすっかり止んだ頃、イーサンは未だ玄関口で座り込んでいた。
これからどうするか頭の中でシミュレーションを繰り返すも、答えは未だに見つからなかった。
遊次を育てるということも、突如言い渡されたことだった。
途方に暮れていたという方が的確だろう。

「……飯…」
イーサンはふと思い出したように呟き、近所のコンビニへ向かった。



コンビニから帰ったイーサンは家へ戻ると持っていた鍵で、音を立てぬよう静かに中に入る。
何の物音もしない。

2階へ上がると遊次の名前が書かれたプレートが掛かった部屋を見つけた。
静かに開けると、真っ暗な部屋で遊次が床にうつ伏せで寝ていた。
恐らく泣き疲れてそのまま眠ってしまったのだろう。

「……」
イーサンはそんな遊次の様子をしばらく見つめる。
自分の中で今どんな感情が湧いているかはわからなかった。
わかったのは、おそらく哀れみに近い感情であることだけだ。

イーサンはベッドから毛布を取り、そっと遊次にかけ、そのまま部屋から出る。
階段を降り、リビングのテーブルにコンビニで買ってきたサンドイッチを一つ置くと、
辺りからメモ用紙とペンを見つけ、サンドイッチと一緒に書き置きをする。

イーサンはそのまま玄関から外へ出た。
遊次の許可を得ていないこともあり、
起きてきた時にまた騒がれることを想像すると、そうする以外なかった。

結局、イーサンは家の前の屋根の下で座り込み、気づけばそのまま朝まで眠ってしまっていた。



「んん……。あれ…俺寝ちまってたのか…」
部屋の外から陽の光を感じ、遊次は目を覚ました。
体を起こすと床に毛布が落ちる。遊次はそれをしばらく見つめていた。
おそらくイーサンが掛けたであろうことは想像できたが、
もしかしたら父が帰ってきたのではないかという淡い期待もあった。


「食事を提供するように言われている。栄養摂取を怠らないこと」

リビングのテーブルの書き置きを見た瞬間、そんな期待はすぐに吹き飛んだ。
書かれてあることの意味は半分ほどしかわからなかったが、
その事務的な書き置きがイーサンのものであることは一目でわかった。

「…なんだよ、こんなもん…っ!!」
遊次の中で複雑な感情が湧き上がり、
置かれたサンドイッチを掴んで、投げ捨てるモーションを取る。
しかし、遊次の動きはすんでの所で止まった。
握った力で少し形の崩れたサンドイッチをしばらく見つめると、遊次はビニールを剥がし始めた。



遊次がカバンを背負い、学校へ通うために家を出ると、
そこには丸く座ったまま眠っているイーサンの姿があった。

「……まだいたのかよ」
その姿をしばらく見つめる。
この寒い中、家にも入らず律儀に外で待っていた彼を見て、
決して遊次の心が動かなかったわけではなかった。
しかし抵抗の感情がそれを押し殺そうとしていた。

遊次がそのまま学校へ向かおうとすると、目を覚ましたイーサンが後ろから声をかける。

「…学校か。ちゃんと勉強しろよ」
「うるせー。父親ぶんな」
遊次はぼそっとした声で反抗すると、振り向くことなくそのまま学校へ走った。


その後、イーサンは持参していたノートパソコンで自分の作業を片付けていた。
隣人のおばさんに怪しい目で見られたこともあり、
さすがにずっと外にいるわけにもいかず、その間は家の中に入っていた。
時計を見ると13時半を回っていた。
いくら反発されていても自分は自分の役割を果たさなければならない。
学校の場所など必要な情報は天聖から引き継ぎされている。
遊次の部屋に貼ってあった学校のスケジュールからすると、今は体育の授業中だ。
イーサンは遊次の様子を見に学校へ向かった。


イーサンは学校の前まで到着する。校庭では子供達がサッカーをしていた。
ボールを奪い合い、パスを回し、子供達は楽しんでいる様子だ。
しかし、集団から外れて後ろからとぼとぼと走る少年が1人いた。
遊次だ。

「(…あまり馴染めてないのか…?)」

イーサンは意外に感じた。
もっと皆の中心にいるような活発なイメージがあったからだ。
しばらくそのまま授業を眺めていた。
数分後、ホイッスルが鳴り、走っていた子供達の動きも止まる。
どうやら試合が終わったようだ。
見ている間、遊次にボールが回ってくることはなかった。
まるでそこに存在していないかのように。
イーサンはその姿を複雑な眼差しで見ていた。


14時半を過ぎた頃。低学年はそのまま下校時刻となった。
体育の授業中の様子もあり、遊次の帰る姿も見届ける必要があると考え、
怪しまれないように、少し離れた所でそのまま待っていた。

通り過ぎてゆくのは、友達と話しながら帰る者達や、追いかけっこをする子供達。
その後ろで、遊次が1人で歩いていた。イーサンには気付いていない様子だ。

「(おそらく、記憶を失ったことで周囲との不和が生じている。
まるで…)」

遊次の寂しげな後ろ姿を見つめていると、イーサンの脳裏に様々な声が蘇る。


(陰気ヤロー!)

(あ、ごめん。存在感なくて気付かなかったわ!ハハハ!)

(インチキ科学者が。近づくな)

(どんな不正をしてこの研究所に入ったの?)


そんな声を振り払うと、イーサンは1人で歩く遊次を追いかけ、後ろから肩を掴む。
これはほとんど衝動的な行動だった。
焦りの感情が「早くなんとかしなければならない」という身体への命令に変わったのだ。

「…!なんでお前がここにいんだよ」
遊次は急に肩を掴まれたことで勢いよく振り向き、驚きの表情を見せる。

「君、友達がいないのか」
イーサンは単刀直入に問いかける。

「は、はぁ!?お、お前にはカンケーねえだろ!」
思わぬ質問に遊次は動揺し、そのまま走り去っていった。

「…」
人とのコミュニケーションに慣れていない彼は、
子供との、ましてや自分に反発する子との距離の詰め方がわからなかった。
イーサンはその背中を追いかけることなく、ただ見つめるしかなかった。



「…これが、晩飯…?」
リビングの食卓に並べられた物を見ながら、遊次は顔をしかめる。
そこには明らかに全てコンビニで購入したであろう、
グリルチキンとサラダ、ヨーグルトが置かれていた。

遊次が走り去った後、イーサンはそのまま帰宅する気にはならず、
夕飯時になった時に「食事を提供する」という口実で家に入ろうと考えた。
その結果が今である。

「栄養バランスを考えてのことだ。ほら、食え」

「…父さんはもっとちゃんとしたの作ってくれたのに」
遊次は食事の落差でもって、今はいない父に思いを馳せてしまう。

「俺にそんな技術はない。諦めろ」
イーサンは悪びれる様子もなく、開き直って自分用にも購入したサラダを頬張っている。

「…いただきます」
遊次は諦めたようにグリルチキンの袋をめくり始める。

「で、どうなんだ。君には友達がいないのか?」
イーサンは早速本題を切り出す。

「だから、お前にはカンケーないだろ!」
相変わらず遊次の態度は冷たい。

「"お前"じゃない、イーサンだ。
俺は君の現状を把握する役目を負ってる。学校生活についても知っとかなきゃならない」
イーサンは淡々と言葉を返す。

「…やだ。お前に言ったら、その…父さんに言うだろ」

「(…なるほど、そういうことか)」

遊次の言葉は聞いたイーサンの中で、何かがカチッとハマった気がした。
天聖からは、遊次に友達がいないといったことは一切聞いたことがなかった。
むしろ記憶が消えてからは、明るく活発な性格に変わったとさえ聞いていた。
それも、学校生活のことを遊次自身が天聖に隠していたと考えれば合点がいく。

「当然だ。君の状態は逐一報告しなければならない」
イーサンは正直に返答した。
取り繕ったり建前を使うといったことは必要がないと判断した。
育ての親となる責務を負った以上、
この程度のことで取り繕わなければならないようではいけないと考えたのだ。

「やっぱりな!てか、友達ぐらいいるっての!
つーか、いくら外国にいるっつっても、話すぐらいできるだろ!
今すぐ父さんと喋らせろよ!」
遊次はまだまだ現状を受け入れられない様子だ。

「…それも今は難しい状況だ。少しトラブルがあってな。
詳しく言ってもわからないだろうが、外国に行くことになったのもそれが原因だ。
…とにかく、当分は連絡は取れないと思った方がいい」

「っ!!なんだよ!じゃあもういいよ!!」
遊次が物凄い勢いで目の前の食べ物を全て食べ尽くすと、テーブルを叩いて立ち上がる。
自室に行くため大きな足音を立てて階段を上がるが、途中で思い出したように振り向く。

「…飯、ごちそうさま!
…あと、わざわざ外で寝ないでいいからな!……じゃあな!」
遊次は不機嫌な顔のまま伝え、言い終わるとすぐに部屋へと駆けてゆく。
今すぐにでも部屋に籠もりたかったが、伝えておかなければ気がすまなかったようだ。


静まったリビングで、イーサンは天井を仰ぎ1人考える。
この2日間でわかったことは、今のやり方では埒が明かないということだ。

イーサンは昼間の校庭で見た、輪に入れない遊次の姿を思い出す。

「(遊次は…孤独なんだ。
記憶を失って、唯一の拠り所だった天聖さんもいなくなった。
友達がいないとか、そういうレベルの話じゃない。
今のあの子には…居場所がないんだ。…あの頃の俺と同じように)」

イーサンはかつての自分と今の遊次を重ねる。

「(天聖さんなら…どうしただろうか)」
イーサンの脳裏には、孤独だった自分を救うきっかけとなった天聖の声が蘇る。


(見たぞ、論文!凄いじゃないか!
あの境界条件の再定義、従来の枠組みに挑戦する見事なものだった!感動したよ!)


(何を言ってる!君はもう、私にとってかけがえのない存在だ!
ここが、君の"居場所"なんだよ!)


イーサンの頭に、かつての天聖の声がこだまする。

突如言い渡された責務に追われ、
遊次の親代わりとならなければならないという一方向からしか遊次と向き合っていなかった。
だが、それではいけない。


「今の俺にできることは…」
イーサンは、あの時、天聖が自分に手を差し伸べた時の記憶こそが、
今自分がすべきことの答えだと理解した。







「父…さん…父さん…」
遊次は、父の背中を追う夢を見ていた。いくら追いかけても追いつかない。振り向いてくれない。
そしてその差はどんどんと開いていく。

「待って!父さん!行かないで……父さん!!」
叫ぶと同時に目を覚ます。

「ん…あれ、俺…いつの間に…」
遊次はこの日も泣いている間に眠りに落ちてしまったようだった。
昨日と同じように、まだ体には毛布がかけられていた。

しかし、昨日と違うことが1つだけあった。
下の階、リビングの方で僅かながら音がするのだ。
フライパンで何かを焼いているような音。その音は、どこか少し懐かしいものだった。

「…父さん…!!」
遊次は部屋の扉を急いで開けて、階段を駆け下りる。


しかしキッチンには、想像していた父親の背中ではなく、料理に奮闘するイーサンの背中があった。
父親が帰って来たという期待が一瞬にして弾けた喪失感と同時に、
昨日までコンビニで買った適当な物しか与えなかったイーサンが
料理をしていることの違和感がやってきた。


「…起きたか。今メシ作ってるから、座って待ってろー」
「……」
見慣れない光景に戸惑う遊次だったが、昨日までのイーサンとは少し印象が違う気がした。
遊次は何も言わず、とりあえず言われた通りに座って待っていることにした。


台所に目をやると、卵の殻が周りに散らばり、辺りには黄身が飛び散っていた。
明らかに幾度か失敗した証跡だ。

「よし、できたぞ。待たせたな」

イーサンは皿を遊次の目の前に置く。
そこには、焦げたマフィンの上に焦げたベーコンが乗っており、
焦げた卵に大量の溶けたチーズが乗った、異形の代物が存在していた。


「…なんだよこれ」
遊次が目の前の物体に怪訝そうな顔をする。


「なんだよとは失礼だな、エッグベネディクトだ。
ほら、早く食わないと冷めちまうぞ」

遊次は全く気が進まなかったが、
いつもとは違ってイーサンの口調に柔らかな温度を感じたこともあり、
少し躊躇いながらもフォークに手を伸ばす。


「…いただきます。…うぇ、にっが……」

おそるおそる口に入れたそれは、想像以上…否、以下の味わいだった。
目を瞑り、思い切り舌を出して拒否反応を示す。


「どれどれ…うあっ…これはダメだ…。焦がしすぎちまった。
チーズさえあればなんとか誤魔化せると思ったんだが…。
悪いな、今まであんま料理とかしてこなかったから」

遊次の反応を見たイーサンが自分の料理を味見すると、すぐに顔をしかめる。

「料理できないくせに、なんで今日はメシ作ってくれたんだよ」

「…なんでだろうな。なんとなく、その方がいいと思ったんだ」
イーサンにもはっきりとは自分の行動を説明することができなかった。
天聖ならどうするかを考えた結果なのだろう。

「…父さんはいつ帰ってくるんだよ。なんで連絡すらできないんだよ」
遊次はキッチンに立つ父親の姿を思い浮かべたことで、またも寂しい気持ちが襲ってきた。
しばらくは連絡が取れないとイーサンは言ったが、
それがどのくらいの期間なのかは聞いていなかった。


「いつ帰ってくるかはわからないが、多分…何年も帰ってこれないと思っていたほうがいいと思う」

「なんでだよ…なんでそんな…」
遊次にとって、それは永遠にも等しいものだった。
しかし、昨日までとは違い、遊次自身も冷静さを保っていた。
人間とはどんなに悲しいことがあっても、時間の経過と共に、自然と頭が整理されるものだ。

「コラプスの関係でいろいろゴタゴタがあってな。
あの災害が起きた時に天聖さんの研究所もその…巻き込まれてな。
なんていうかその…リカバーというか」

イーサンはこれまでよりも詳細な情報をしどろもどろに伝える。

「…りかばー?」

「あぁ~…えっと、補正っつーか…正常化っつーか…あぁえっと…回復?みたいな…」

「回復ならわかるぞ、俺のライフポイントを増やすやつだ」

「あぁ、デュエルにもあるもんな。まあそんな感じだ、ざっくり言うと…」
遊次がギリギリ納得しそうな雰囲気を感じ取ると、説明をフェードアウトさせてゆく。

「ふーん…。だからって、なにも言わないで出ていくことねーだろ、父さんのバカ…」

今までは得体のしれない失踪であったが、その解像度が上がったことで、
遊次の中で天聖との繋がりが少しだけ戻ったような気がした。
少なくとも、世界から消えたわけではないのだ。
自分の中でなんとかこの現状を受け入れようとしているように見える。

「じゃあ、父さんとはあと何年も会えねーのかよ。
そんなのやだよ…。また父さんといっぱいデュエルしてえよ…」

「…」

「なんでいなくなっちまったんだよ。
俺、記憶なくなっちまって、頼れる人もいねえし…。どうすれば…ううぅっ…」

遊次の目には涙が浮かぶ。
やはり、そう簡単には受け入れられなかった。
現状を真正面から受け止めようとするほど、心にかかる負荷もまた大きかった。

「うっ……うぇええぇ…」
遊次の嗚咽は大きくなってゆく。
しかし、ようやく遊次が弱さを見せたのだ。これはイーサンにとっては前進だった。

「お父さんがいなくなって、辛いと思う。悲しいと思う。
急に知らない奴が来て…怖いと思う。でも…」
遊次は涙目でイーサンを見上げる。

「俺は、何があっても君の味方だ。
君は1人じゃない。俺が…遊次の"居場所"になってみせるから」

イーサンの真っ直ぐな目を見た遊次は、その言葉が本心であることをすぐに理解した。

「……っ…」

「…うぇえぇえん!!とうさあぁあん!!父さぁあああん!!」
その瞬間、ダムが決壊したように堪えていた涙が溢れだす。
イーサンは何も言わず、遊次を抱き締めた。

「(天聖さんなら…きっと、全て受け止めるはずだ。人の弱さや脆さも全て)」
イーサンは遊次の熱い体を抱き締めながら、心に一つ誓いを立てた。

「うううっ…ひっぐ…」
遊次はしばらく泣き止まなかったが、イーサンは何も言わずにただ遊次を抱き締め続けた。
その温かさに包まれ、遊次の涙も少しずつ引いていった。
遊次からは、すでにイーサンへの敵意は消え去っていた。

「…メシ、冷めちまうぞ」
優しい声でイーサンが声をかける。

「ううぅうっ…だべる゛…」
遊次は涙でボロボロの顔で崩れたエッグベネディクトを口に入れる。

「うううぅっ…に゛がい゛いぃ…ううぅうう…」
味は相変わらず最悪だったが、せっかくイーサンが作ってくれたものだ。
泣きながら無理やり口に詰め込んでいく。

「ごめんな。料理もうまくなるように、いっぱい勉強するからさ」


「(天聖さんは、事情はどうあれ、自分のたった1人の息子を悲しませてる。
そして…これは俺の背負った罪でもある。だから、俺が居場所になるんだ。
いつか、本当の父親同然に思ってもらえるように)」

こうして、かつて孤独だった1人の男は、孤独な1人の少年の父親となったのだった。











それから約半年後。

遊次が父親の失踪を現実のものと受け止め、イーサンとの生活にも少しずつ実感が湧いてきた頃。
遊次はリビングのテレビ画面の前に座り込み、とある映像を見ていた。


「何見てるんだ?」
イーサンは後ろから話しかける。

遊次「ちゃんぴおんだよ」
遊次は振り向いて笑顔でテレビを指さす。
そこには赤い髪をした爽やかな青年が映し出されていた。

「……天王寺高貴か。ほんと好きだな、お前」

イーサンは画面に映し出されたデュエルチャンピオンをしばらく見つめている。
この約2年前、ドミノタウンはコラプスという悲劇に見舞われたが、
ヴェルテクス・デュエリアは通常通り開かれた。
当然、大会の開催は政府に課せられた契約であるため、破ることは許されない。
その優勝者が天王寺高貴(てんのうじこうき)という、当時20歳の青年だったのだ。

遊次とイーサンは大会を観戦し、天王寺の雄姿をその目で見届けていた。
記憶を失った遊次が、ようやく強く興味を抱いたのがヴェルテクス・デュエリアだった。
2人は本戦会場の真っ赤なドームに直接赴き、試合を観戦していた。

そこから、天王寺は遊次の憧れの存在となった。
彼の圧倒的なデュエルタクティクスとカリスマ性・真っ直ぐな瞳に惹かれ、
自分も彼のようなデュエリストになりたいとはしゃいでいた。

「うん!好き!」
まるで雲間から光が差したかのように、表情がぱっと明るくなる。

「そうか!どんなところが好きなんだ?」

「えっとね、かっこよくて、強くて…
なんか、モンスター皆で協力してるっていうか、
自分のデッキを信じてる感じがして…とにかく、かっけーんだよ!」

「そうか、そりゃあかっこいいな」
天聖が失踪して以降、遊次がここまで笑顔になれることをイーサンは心から喜んだ。

「あとね、頭もいいんだ!相手の裏をかくっていうか、
ちゃんと相手の動きを読んでるってのがわかるんだよ!」

「そうか!まさに完璧なチャンピオンってわけだ。
遊次もそういうデュエリストになりたいか?」

「うん!俺、天王寺さんみたいに、強くて、頭もよくて、
自分のデッキを信じてて、かっけーデュエリストになるんだ!」

幼少の遊次は天王寺高貴という理想像を夢に見た。
そして12年後の遊次はまさしく、その憧れのチャンピオンに着実に近づいている。
そのデュエルタクティクスだけに留まらず、彼の真っ直ぐで熱い性格も、
遊次の人格形成に大きく影響したのだ。


「なあ、デュエルしようぜ!俺もう、うずうずしちまって…!」
遊次は傍らに置いていたデュエルディスクを片手に取り、笑顔で提案する。

「あぁ、いいぞ。本当にデュエルが好きだな」
彼らは毎日のようにデュエルで戦い、お互いへの理解を深めていった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「そこからは段々と心を開いてくれてな。
天聖さんは、デュエルは魂と魂の会話だと言っていた。
遊次にもそう教えてたみたいだ」

イーサンは怜央に遊次との出会いと心を開くきっかけを語った。
彼らはハリスンの弁護士事務所まで電車で来ていたが、
ちょうど帰りの電車に乗る駅に到着した頃だった。

「魂の会話…。俺と戦った時もそんなこと言ってたな」

「あぁ、今やそれがあいつのポリシーだ。
だから遊次はデュエルを通じて、感じている不安や悲しみを全て俺にぶつけた。
俺も精一杯それを受け止めた。
俺にできることは、それぐらいしかなかったから」

遊次とイーサンを深く繋げたものは、天聖の存在と、デュエルによる魂の会話だった。

「全て受け止める、か。あのガンコ親父もそれができりゃいいんだが」

「…お前、変わったな。もう牙は抜けちまったのか?」
イーサンはニヤニヤした顔で怜央をからかう。

「う、うるせぇ!俺は元々そんな尖ってねえよ!」
全く予想していなかった攻撃に怜央は思わずたじろぐ。

「Unchained Hound Dogsなんてカッチョいい~チーム名つけてたのにか?」

「お前イジってんだろ!カッチョいいだろうが、実際!」
「その価値観は変わってないんだな…」
チーム名に関しては当の本人は本気だったようだ。

「なんやかんや、遊次に負けてからの方が良い顔つきになってるよな。お前ら3人とも。
悪いことに手を出してしまう奴らは、本当は誰かに止めてほしいだけなのかもしれない。
真っ直ぐ思いを受け止めてぶつかってくる大人が必要なんだ。
テイル君だってそうかもしれない」

かつての遊次との衝突や怜央達との戦いの経験。
これらが今回の依頼の解決のヒントになっているとイーサンは直感していた。

「…あぁ。ま、そこは遊次と灯がやってくれるだろ。
…意外とガキの扱いはうまいからな」

「お、もう仲間への信頼も芽生えてきたか?成長が著しいな」
「だからイジんじゃねえ!」






時計が15時を回った頃。
遊次と灯はテイルの通う学校の前に来ていた。


「いいか灯。テイルには依頼のことは言わずに行くんだ。
じゃないと警戒されちまうからな」

「うん。あくまでも自然に、だね」

午前中は他の依頼をこなし、
午後にウノタウンでテイルが好きなお菓子「スナックスター 宇宙カレー味」を購入した。
学校付近に真っ赤なスポーツカーを停め、今、校門近くでテイルが出てくるのを待っている。


「おう。まずはきっかけを作らねえと…お、来たぞ、テイルだ」
ジュリエッタが写真で見せてくれた赤毛の男の子が校門から出てくるが、何やら様子がおかしい。
数人の小学生たちがテイルに絡んでいるようだ。


「…?なんか変だぞ」
「そうだね…。大丈夫かな」
しばらく様子を見ていると、テイルが他の男の子の胸倉に掴みかかっていた。
このままでは一触即発だ。

「お、おい!」
遊次がすかさず飛び出て、今にも振り抜かれようとしているテイルの右手を止める。

「な、なんだよお前!離せよっ…!」
テイルは突然現れた知らない大人に動揺する。

「こら、殴っちゃダメだろ」

「大丈夫?ほら、君たちはもう離れたほうがいいよ」
灯も子供達の前に出てテイルと他の男子達を引き離す。
トラブルを避けるためにも話を聞くためにも、これが最善だ。
遠くの交番では、警察官が訝し気な目でこちらを見ている。


「う、うん…。ありがとう…」
他の男の子達も突然現れた大人に唖然としながらも、足早に立ち去る。
それと同時に遊次は掴んでいたテイルの拳を離す。

「っ…!なんなんだよお前!」
テイルが遊次に食ってかかる。想像通りの跳ねっ返りな性格だ。

「ただの通りすがりだ。
ついお前が人を殴るのを見かけちまったからさ。止めるのが当然だろ?」
遊次はあくまで偶然を装う。

「どうしてあんなことしたの?」
「お前らには関係ねーだろ!」
灯が事情を探ろうとするも、やはり一筋縄ではいかない。

「確かに関係はないけど…。
あ、そうだ!私、車に忘れ物しちゃった。ちょっと取りに行ってくるね」
ここで灯が動き出す。あくまでもテイルの本音を引き出すのが目的だ。
まずは彼に詳しい話を聞くために、ある作戦に出る。

「おう、そうか。
車ってのはあそこに止まってる超カッケー真っ赤なスポーツカーのことだよな?」
遊次は近くに停めてあった灯の車をわざとらしく指さす。

「車…」
テイルが指を指した方向に目をやる。

「わぁ…カッコいい…」
前情報通り、車には目がないようだ。

「そうそう!あのちょーーカッコいい真っ赤なスポーツカー、実は私のなんだよね~!
あ、ちょうど誰か1人、特別に運転席に乗せてあげたい気分になってきたなー!
ど、どうしよっかなー!」

テイルの食いつきを見て、灯が強引に誘い込もうとする。

「え…」
しかし、テイルは見え見えの餌にしっかりと食いついた。

「あぁー俺は乗ったことあるからなぁ~!
どうせなら、乗ったことない奴がいいと思うけどな~」
ここで遊次も追い打ちをかける。

「あぁーー早く返事しないと締め切られちゃうよー!!5、4…」
「ほ……ほんとかよ。車、乗せてくれるって」

灯が謎のカウントダウンを始めると、テイルはまんまと誘いに乗ってしまう。

「うんうん!ちょうど誰かを乗せたい気分だったんだよねー!」
灯は内心、ここまで簡単に作戦通りになることに驚いていたが、
このチャンスを逃すわけにはいかない。

「で、でも…知らない人に付いて行っちゃダメって、
おじさん……その…誰かが、言ってた」

しかし、早くも作戦に危機が訪れる。
父親と呼ぶのを躊躇っているところを見るに、
どうやらハリスンに厳しく言いつけられているようだ。
本来は真っ当な教えなのだが、今回はそれが完全に裏目に出ようとしている。

「(確かに傍から見れば完全に誘拐じゃねえか!気付かなかった!)」
校門の近くであるため、下校する生徒にもジロジロと見られてしまっている。
ここにきて遊次達は作戦の大きな穴に気がつく。

「あぁーいやぁーー…そのぉ…」
灯は返答に困っている。遊次は自分がどうにかしなければならないと必死に辺りを見回す。

「(怪しまれたらマズい、どうする…ん…?)」
遊次は学校の近くに交番があることに気が付く。
誘拐にも等しいこの状況においては非常にまずいことだが、遊次はそれを逆手に取ることにした。

「おっとぉーその心配はないぜ!
あそこに交番があって、おまわりさんがしっかりと見張ってるからな!
もし俺らが君を連れ去ったりしようとしたら、俺らは捕まっちまう!
そんなことできねえって!」

まさか交番前で堂々と誘拐など行うはずがない。
それをテイルに説くことで信頼を得る作戦だ。

「そ、そう!怪しいことなんて一つもできないよ!」
内心で遊次にサムズアップを送りながら、灯もその作戦に乗る。

「そっか…。でも、なんか変だ…。
そもそもなんだよ、誰かを車に乗せたい気分って。そんな気分あんのか…?」

「(まずい!テイルが真実に気付き始めてる!)」
作戦の土台の脆さが次々と浮き彫りになってくる。
早い内に勝負を着けなければならない。

「あぁ~…忘れ物っていうのは
袋いっぱいに詰め込まれた『スナックスター 宇宙カレー味』のことなんだけどなぁー!
早く取りに行かなきゃ!」

ここで灯が二の矢を放つ。
あまりにも強引に放った矢が的に届くことを祈りながら、灯は必死にテイルの表情を見つめる。

「うちゅうカレーあじ……!」
どうやら的には命中したようだ。

「おなかペコペコだから、今にも私が全部食べちゃうところだよー!
でもそんなことしたら太っちゃう!
誰かがかわりに食べてくれたら、太らなくて済むんだけどなー!」

灯はここぞとばかりにテイルの目の前に釣り餌を垂らす。
もはや釣り針そのものが見えてしまっているような状態だが、ここまで来たら開き直るほかない。

「太ったら病気にもなりやすいし、危ないよなぁ!
あぁーどっかに俺の大事な幼なじみを救ってくれるヒーローはいねえかなぁー!
お菓子を食べてくれるヒーローが!」

「…別に、食ってやってもいいけど…」

「……!ほ、ほんとー!?なんて優しい子なの!?」
一瞬別の言葉に気を取られた灯だったが、テイルに話を聞く糸口をようやく見つけ出せた。

「でも、宇宙カレー味はもう売ってないだろ?ほんとにあんのかよ…?」
テイルの疑いも当然だ。
しかし、灯は急いで車までダッシュして、すぐに目の前に現物を提示する。

「マ、マジかよ…!…お、おばさんは期間限定だからもう無いって言ってたのに」

「俺らぐらいになると、秘密のルートから手に入れられるんだよ。
これで灯が太らなくて済むぜ!お前はヒーローだ!」

ただ期間限定品も売っている店で買っただけだが、
あえてミステリアスに仕上げることでテイルの興味を更に引く作戦だ。

「なんか、困ってそうだから仕方なくだからな!
…あと、車にも乗せてくれるんだよな?」

「もちろん!今キミのことをすっごく車に乗せてあげたい気分!」

「…しょ、しょうがねえなぁー!
そこまで言うなら乗ってやってもいいし、お菓子も食ってやってもいいぞ」

まずは第一関門突破だ。
テイルがもっと慎重な性格だったここまでうまくはいっていないだろう。

「マジかよぉ!ありがとな!じゃあ、今すぐ行こうぜ!」

遊次と灯はテイルを停めてあるスポーツカーまで連れてゆく。
テイルを運転席に乗せると、今まで見たことのないほどの笑顔を浮かべていた。
テイルが満足するまで一通り車を触らせてあげたあと、
スナックスターを一緒に食べることになったのだった。
そしてその流れでテイルに話を聞くことに。

「名前はなんて言うんだ?」
実際は知っているが、これは聞いておかなければならないことだ。

「俺、テイル。テイル…フォスター」
引き取られてから姓が変わったためまだ言い慣れていないようだ。

「ほら、宇宙カレー味。好きなだけ食べていいからね」
灯がビニール袋いっぱいに詰め込まれたスナックスターから一袋を取り出し、テイルに渡す。

「やった!へへ…こんなカッケー車で宇宙カレー味を食えるなんて、夢みてえだ。
こんなことあるんだな」

少し前まで他の男子達と喧嘩していたこともあり、その落差でテイルは幸せの最中にいる。

「あの…でも、あんまりポロポロこぼさないでね。一応、車の中だから…」
灯は心配そうな顔でテイルが持っているお菓子の袋を注視している。

「こぼさねーよ、カッケー車を台無しにしたくねーし」

「車、好きなんだな。なんか理由とかあんのか?」
ここで遊次がテイルに話題を振る。
これをきっかけに親子の話まで繋げられれば作戦成功というわけだ。

「うん!俺のパパが車の整備士だったんだ!
毎日色んなカッケー車見てて、ずっといいなって思ってて…」

これは初めて聞いた情報だ。パパというのは実の父親のことだろう。

「そっか。カッコいいよね、車!
私も昔から早く運転したいなって思ってて、免許取ったらすぐに買っちゃったもの。
まあ、両親にもお金出してもらっちゃったけど」

「……でも、パパはもう…」
実の父親のことを突然思い出したテイルは、ふいに悲しい表情に変わる。

「!…なんか、あったのか?その、イヤじゃなければ聞かせてくれねえか?」
しかしこれは遊次達にとってはチャンスだ。
ここで話を深堀することで、テイルの本音を引き出そうとする。

「……俺のパパとママは、事故で…うぅう…っ」
ついさっきまで満面の笑顔だったテイルの顔がさらに曇りだす。

「あっ…も、もう無理して話さなくていいよ!そっか…つらいよね」

「…もしかしてよ、さっき他の男の子を殴ろうとしてたのも、なんか関係あったりするか?」

ジュリエッタが話していた「クラスメイトを殴った理由」も、
実の父を馬鹿にされたからということだった。
先ほどの喧嘩もそれが原因かもしれないと遊次は考えた。

「そうなんだ!あいつら、いっつも俺のパパをバカにしてきやがって!
しかも、パパとママが事故に遭った後にも同じことを…。
そん時はあいつらはその事を知らなかったけどよ、つい俺、カッとなって…」

「クラスメイトを殴っちゃった?」
テイルが自分から言葉を最後まで紡がないと察した灯が、その続きを促す。

「よ、よくわかったな。
あんな奴ら、殴られて当たり前だ!1回殴るだけじゃ物足りねえよ!
次同じこと言いやがったら…」

テイルの目に憎しみが宿る。


「言いやがったら……許さねえ」
例の言葉を口にすることを思いとどまったようだ。
少なからずハリスンの叱咤は無駄ではなかったらしい。
しかし、そのことは今の遊次と灯には知る由もない。


「気持ちはわかるぜ。家族をバカにするなんて最低だ」
「だろ!?」

「でもな、殴っちまったら、そいつらと同類になっちまうぜ。
いや、そいつらより悪い奴になっちまう」
遊次は共感しながらもここは大人としての意見をしっかりとぶつける。

「…なんだよ、どいつもこいつも…。お前もアイツと同じこと言いやがるのかよ…!」
持っていたお菓子の袋を握りつぶし、テイルは怒りを露わにする。

「アイツ?」
それがハリスンのことだということはすぐにわかった。
ここからが正念場だ。

「…もしかして、それが今の両親だったりするか?」
「な、なんだよ…エスパーかよ、にーちゃん」

あまりの推察力の高さに、さすがのテイルも違和感をおぼえたようだ。

「ま、まあな…俺ぐらいになると、そんぐらいはわかるんだよ」
遊次は思わぬ指摘にしどろもどろになるが、テイルはそこまで深く気にしていないようだ。

「その通りだよ。俺のパパとママが死んだ後、新しいパパとママができた。
でも、俺は認めてない。俺にとってパパとママは、パパとママだけだ」

「…」
本人の口から今の両親への拒否感がはっきりと言葉にされた。
やはり問題解決へのハードルは高いことを2人は思い知る。

「アイツには…俺の気持ちなんてわからないんだ…。
ただ俺がクラスメイトを殴ったってことだけを怒りやがってよぉ…!
ただ俺が…あいつらを殴って…よくないこと言ったから…。
それだけを悪いことみたいに言いやがってよぉ…!くそぉっ…!」

テイルの目から悔し涙が溢れる。
これこそが両親と口を利かない理由であり、遊次達が聞きたかったことだ。
しかし、この1つ奥の本音を引き出さなければ
ミッションは達成とは言えないことを2人はわかっていた。

「…だから、今のお父さんやお母さんとも、まともに口を利けてないのね?」
「なんだよぉ…ひっぐ…ねーちゃんまでエスパーかよぉ…」

灯は何も知らない体であることを忘れて、つい普通に会話をしてしまうが、テイルの指摘で我に返る。

「あっ…!ま、まあね…そのぐらいはなんとなくわかるよ。
悔しかったんだね。自分だけが悪者みたいに言われて」

灯はテイルに寄り添う。
ジュリエッタから聞いた話だけでは、ここまでのテイルの思いを推察することはできなかった。
テイルが気に食わなかったのは自分を叱ったことそのものではなく、
自分の気持ちを理解しようとしてくれないことだったのだ。

「だって悪いのはパパをバカにしたあいつらだろ…!
今のパパとママは、俺のことなんか嫌いなんだ!だからわかってくれないんだ!」

テイルの感情は勢いのまま爆発する。

「嫌いなわけねーだろ!」
「っ…!」

テイルの隣で、その目を見て遊次は本心をぶつける。

「嫌いだったら、怒ったりしねえよ。
お前のことを大事に思ってるから、本気でお前にぶつかるんだ。
お父さんも、お母さんも、きっと…
お前とうまく話せなくて、どうしたらいいかわからねえだけだ」

両親から直接テイルに話せないからこそ、その思いを知っている遊次が代わりにテイルに伝える。
テイルからも両親に歩み寄ってもらうことが必要だ。
そのためには彼にも両親の思いを知ってもらわなければならない。

「俺もさ、育ててくれたのは本当の父さんじゃないんだ」
「えっ…?」
突然出会った大人が自分と同じ境遇であることにテイルは驚く。

「お前と同じで、急に実の父親はいなくなっちまった。
急に現れて、今日から俺が父親だって名乗る奴がいてさ。それが新しい俺の父さんだったわけだ。
だから、テイルと一緒で、最初は接し方がわからなかった」

「そっか…にーちゃんにもそんなことが…」
同じ境遇だからこそ、テイルは遊次の言葉に強い説得力をおぼえた。

「まあ、俺は割とすぐ仲良くなれた方だと思うけどさ。
今の父さんはイーサンって言うんだけどな、その人が歩み寄ってくれたからだ。
それがなかったら仲良くなれてなかったかもしれねえ」

「あゆみよる…」
それが今の両親とテイルにとって最も大切な言葉であることは間違いなかった。

「テイル君、今のパパとママとは、もう一生仲良くしたくない?」
「そ、そんなこと…!」

テイルは灯の言葉をすぐに否定しようとする。それを聞いて灯はほっとした。
テイルも、今の両親を心から憎んでいるわけではないのだ。

「できれば、仲良くなれたら嬉しいよね?」

「それは…ずっと仲が悪いよりは…その方がいいけどさ…。
でも、なれねえよ…。どうせまた俺が怒られるんだ。
俺のことなんてわかってくれないんだ…!」

しかし簡単にはテイルも歩み寄ることはできない。
そう思わせるほどにハリスンの態度も頑なだったのだろう。
そこは向こう側の問題点ともいえる。

「大事なのはお互い歩み寄ることだと思うな。
お父さんも意地を張りすぎてる部分はあると思うし」

「でも…俺は悪くねえんだ。
おじさんは、俺のパパをバカにした奴をなんで責めねえんだよ…!
なんで俺ばっかり…」

「(テイルは…自分の気持ちをわかってほしいんだ。
実の父親をバカにしたことに、もっと怒ってほしい。
そこがテイルにとって一番大事な本音ってところか)」

遊次はテイルが語った思いから、和解に繋げるためのヒントを得る。

「うーん…じゃあ、今のままじゃ話し合うのは難しいか?」

「アイツから謝ってこなきゃヤダ!俺のこと、勝手に息子にしたのはアイツだろ!
俺は頼んでない!だから、謝るのはアイツだ!」

原因の一端はハリスンにもあるとは言え、テイルの態度もあまりにも強固だった。
子供特有の頑固さなわがままと、
実の両親がいなくなった現状への投げやりな気持ちが混ざっているのだと灯は感じた。

「(こりゃあ簡単にはいかねえな…)」
遊次はポケットからデュエルディスクを取り出し、テイルに見せる。

「なあテイル、こういう時はデュエルだ」
「デュエル…?」

「さっきも話したけど、
俺もイーサンって奴が父さんの代わりにきた時に打ち解けなくて、
心を開くきっかけがデュエルだったんだ。デュエルってのは魂と魂の会話なんだよ。
だから、テイルがデュエルで父さんにぶつかっていけば、父さんも受け止めてくれると思うぜ」

遊次にとってはこれが最も手っ取り早い解決策だと考えていた。
小難しい話し合いではきっと解決しない。心からお互いがぶつかり合わなければ。

「うーん…でも俺、デュエルはあんまり強くなくて…。
おじさんには勝てっこねえよ。何回かデュエルしたことあるけど、すっごい強かったもん。
俺、なんもできなかった」

デュエル至上主義の世界だからといって、全ての者がデュエルに全力を注ぐわけではない。
デュエルに拘らない道や職業も多く存在する以上、それもおかしいことではない。

「大事なのは強さじゃねえよ、ぶつかることが大事なんだ」

「ダメだ、俺が父さんに勝たなきゃいけねえんだよ!
父さんに謝らせなきゃいけないんだ!」

「そっか…そりゃあ勝ちてえよな。
デュエルだもんな。俺だって同じ立場だったら絶対に勝ちてえ」

遊次にとっては結果よりも過程が大事だと考えていた。
しかしテイルは、自分はデュエルには自信がないが、やるからには勝ちたいという。
この視点は遊次もあまり見えていなかった部分といえる。

「だから、俺がやっても…絶対に勝てねえよ。そんなデュエルしたくない」

「(本気で勝ちたいと思うからこそ、本気で心をぶつけ合えるんだ。
負けてもいい、負けても仕方ないってどっかで考えた時点で、それは魂の会話じゃねえ)」

今のテイルの心理状態では、おそらくハリスンと魂の会話はできないだろう。
一方的な戦い…ましてや子供が一方的に負けるような展開になれば、
関係が悪化する可能性すらある。


「遊次、いったんイーサン達と話した方がいいかも…」
「俺もちょうどそう思ってたとこだ」
灯と遊次はテイルに聞こえないように小声で会話する。そしてテイルの方に向き直る。

「なあテイル、俺らがテイルの代わりにデュエルするってんならどうだ?」

遊次は新たな道を提示する。
遊次の中では、デュエルで心をぶつけ合うということこそ最善の回答だと確信していた。
それは彼自身がそうやって様々な人とぶつかり、わかり合ってきたからこそでもある。
今はお互いがお互い、胸に秘めた気持ちを抱え続けている。
しかし今は向き合って話すことが難しい状況だ。
それを2人がデュエルという形でぶつけ合っている姿は、想像に難くなかった。

「俺のかわり…?」
「あぁ。それならテイルの気持ちを全力でぶつけた上で、お父さんに勝てるかもしれねえ。
俺らの周りには強いデュエリストしかいねえからな」

「でも…そんなことできんのかよ。俺の気持ちは、俺にしかわかんねえだろ」
テイルの言葉も的を射ていた。
遊次が提示した「デュエルは魂の会話」という概念の本質を理解した上での言葉でもある。
テイルは頑固に見えて飲み込みが早い子供なのかもしれないと、遊次は感じた。

「そうだな。だからこそ、俺らに全部話してほしいんだ。実は、俺には仲間がいてさ。
まさに今のテイルみたいな、いろんな人の悩みを解決する仕事してるんだよ」

「その人達ならテイル君の気持ち、わかってくれると思うよ」
出会いは自然を装いながらも、結果的にNextが1枚噛むように話を運ぶことができれば、
後はデュエル成立まで持ってゆくだけだ。

「それと、デュエルに関しては任せとけ。負けねえから。
俺達に手伝わせてくれないか?お父さんとの、魂と魂の会話を」

「……うん、わかった。
おじさんをボコボコにして、俺のことわからせてくれるんだよな?」

テイルはあくまでも「父親とわかり合う」ことよりも
「勝って自分の気持ちを理解させる」という捉え方の方が強いようだ。
しかし、それもハリスンと本気でぶつかり合おうとしている証拠だ。

「もしハリスンさんが全然ぶつかってきてくれなかったら、こっちがボコボコにしちまうかもな。
でもお父さんもテイルに一生懸命応えようとするなら、きっといいデュエルになると思うぜ」

「…よくわかんない。なんで?」
デュエルはあくまでもカードゲームだ。
引いた手札やその時の場の状況、デッキの相性。
それらで勝負が決まるというのがテイルの考え…否、一般的な考えだ。

「デッキってのは必ずデュエリストの想いに応えてくれるのさ。
お父さんがテイル君の想いに本気でぶつかってきてくれるなら、
デッキもそれに応えようとしてくれるはずだ。
だから、いい勝負になるといいな」

これは遊次にとってはオカルトではなく、単なる事実だった。
彼にとってモンスターはれっきとした命を持った仲間であり戦友である。
彼が本気で真っ向からこのことを口にするからこそ、そこに説得力が生まれる。

「…俺にはよくわかんねーけど…なんか、にーちゃんが言う事はしんじれるよ。
だから…にーちゃんの仲間のとこに連れてってくれ」

何度もエスパーのようにテイルのバックボーンを言い当てたことも効果的だったのだろう。

「おう、任せとけ!」
遊次は胸の近くで拳を握り、自信満々に答える。


かくして、デュエルによる親子の対話…それをNextが代理として行うことは半ば決定したのだった。
しかし、まだ解決の糸口が見えたに過ぎない。
全てはデュエルの行く末と、親子の気持ちに懸っている。

第28話「親と子」 完



ハリスンとテイルによるデュエルを通した魂の会話。
テイルの代理はイーサンが務めることに。
イーサンは先行で2体のリンクモンスターによる制圧的な盤面を仕上げる。

ハリスンはペンデュラムモンスターを主体とするデッキで応戦するも、
イーサンは次々とカードを無効にしてゆく。
まるで、テイルが持つ心の壁を表すように。

次回 第29話「心の壁」
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