『お姉さん』　作：はにわ改

　
「あーっ！また負けちった！」

「ふふ・・・惜しかったわね、透矢くん」

ーー夕暮れの『あの丘』
用意された丸太のテーブルの上にカードを広げた透矢と『お姉さん』は、純粋にデュエルを楽しんでいた。

「うぅ～、『お姉さん』から預かった『女帝』、だいぶ使いこなせるようになったんだけどなぁ。
まだ勝てないのか～」

『お姉さん』とのデュエル、透矢はやはり勝つことが出来ないようである。
徐々に手応えは感じてはいるものの、それが結果に結び付く事はない。

「もう少し、ね。透矢くん」

「修行が足んないか～」

「焦らないで、透矢くん。
会うたびに君は着実にレベルアップしているわ」

「そうかな？」

「うん。
きっとすぐに私なんか超えられちゃうね」

「『お姉さん』に勝つことが目標だしな！」

「それに・・・君が楽しそうにデュエルをしているのを見てると、私の心が癒されるの」

「それはお互い様だよ！
俺だって『お姉さん』がデュエルしてる時が一番楽しいんだからさ」

「ありがとう、透矢くん」

「よっし・・・『お姉さん』、まだ時間大丈夫？」

「うん、全然オッケー」

「じゃあもう一番行こうぜ！」

お互いに楽しそうに笑顔を向け合う二人。
心から今、この瞬間を喜ぶその表情。
透矢は出来ればこのまま日が沈まないでほしいーーずっとこの時間を過ごし続けたいと願っていた。


「ーー暗く、なってきたね」

「ああ・・・」

「そんな顔しないで、透矢くん。
また会えるから・・・」

しかし時が止まることはない。
暗くなり、散らばったカードをまとめてそれをテーブルの端に置いた『お姉さん』。
今日のデュエルは終わりーーいや、『お姉さん』との別れが近い事を察したものの、それが残念なのか、透矢の方はカードが散らばったままだ。

そんな透矢を見て、向かい側に座っていた『お姉さん』は透矢の隣に座り、彼の代わりにカードをまとめていく。
透矢は『お姉さん』の横顔をじっと見つめ続けていた。

「ね、ねぇ、『お姉さん』？」

「うん？」

「ずっと気になってたんだけど・・・。
その、『お姉さん』って一体・・・？」

遠慮がちに曖昧な問いを呟く透矢。

透矢はこの場所が現実でないだろう事は当然気付いていた。
この丘は、透矢が引っ越す前に通った場所。
その丘に自分がこうして在り、『お姉さん』と会えるはずがない。

ならば『夢』だろうか。

いや仮に夢だとしても、自分の身体というものをはっきりと感じる事が出来、そして物に触れるこの感覚ーー、これは決してただの夢ではないと透矢は確信していた。

ならばこの『空間』で、自分に会いに来てくれる『お姉さん』とは一体何者なのか。

ーーただ、それは聞いてはならない事である、というのを薄々感じていた透矢だから躊躇った。

夢でも何でも良い。

こうして『お姉さん』と会える事は、自分にとってこの上ない喜びなのだからーー。

だがそんな『お姉さん』だから、その正体を知りたい、という彼の本心である。

「私は・・・君をずっと探していたの」

「俺を？」

「うん。
そして・・・こうして出会えた」

「そういえば『お姉さん』、俺の名前知ってたけどさ、俺の事知ってたの？」

『お姉さん』は頷いた。

「そっかーーひょっとして、『お姉さん』は親父か母さんの知り合い、とか？」

「ううん。
もっと前から知っていたーー。
君の事はずっと前から知っていた」

「え、えっと・・・子供の頃、会ってたのかな・・・？」

「透矢くん・・・私は、ずっと君をーー」

まとめ終えたデッキを差し出す『お姉さん』。
透矢はそれを受けとりながら、『お姉さん』の頬に光るものが伝うのを目にする。

「お、『お姉さん』、ど、どうして泣いてーー？」

「透矢くん・・・私、ずっと・・・待ってるからね」

「お、お姉さん！」

「君がーー私をーー」

ーー不意に揺らぐ意識。
『お姉さん』はまだ何かを透矢に語りかけていたが、既に彼の耳はそれを聞くことは出来ない。

「『お姉さん』ーーっ！」

どうして『泣いて』いたのか。
お姉さんの語った言葉は何を意味するのかーー。
透矢は薄れる意識の中、必死に手を伸ばしたが、それが彼女の身体に触れることは無かった。