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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#73「救われない」

Report#73「救われない」 作:ランペル



白神ーLP  :8000
手札     :3枚
モンスター  :《ゴーティスの双角アスカーン》[攻]、《シャドウ・ヴァンパイア》[攻]、《白鰯》[守]、《揺海魚デッドリーフ》[攻]
魔法&罠   :なし

ーVSー [ターン2]

久能木ーLP :1000
手札     :0枚
モンスター  :《ヴァンパイア・レッドバロン》[攻]、《白闘気白鯨》[攻]、《ヴァンパイア・フロイライン》[守]
魔法&罠   :《ヴァンパイアの領域》[表]、《九十九スラッシュ》[発動中]


 《ヴァンパイア・フロイライン》と《九十九スラッシュ》の効果により、攻撃力が12400にまで跳ね上がった《ヴァンパイア・レッドバロン》の血染めの騎槍が、モンスターを突き抜け白神の心臓部を狙い撃つ。

 体に突き刺さると、弾ける様に鮮血が周囲へと飛び散った。どろどろと血の滝が白神と騎槍の間を流れ落ち、地面へ血の湖が形成される。

「………」

 命そのものが流れ落ちて行くような光景を、久能木は静かに見届けている。絶命の一撃を受けてなお、白神は一言も言葉を発することなく静かにそこへ立ち尽くしたままだ。

「………?」

 この状況に違和感を抱いた久能木。ダメージが発生した瞬間には、《ヴァンパイアの領域》によって与えたダメージ分の回復が発生するはず。本来のデュエルであれば発生しない処理だが、久能木の《盤外発動》の影響によりそれは必ず処理されるのだ。

 だが、一向に自身のライフが回復される処理や演出が起こらない……。

 改めて立ち尽くす白神へ視線を向けた久能木。突き刺した槍を引き抜いたレッドバロンだったが、その先端の血で強化された部位がへし折れていた。

「………!?」

「僕はダメージ計算時に……手札の《クリボー》を捨てて効果を使った。
その戦闘でのダメージを1度だけ0にする効果だ」
手札:3枚→2枚

 よく見ると、レッドバロンと白神の間には大きな瞳のもじゃもじゃとした生き物が現われており、血で濡れた体をぶんぶんと震わし血しぶきを周囲へと飛ばしている。白神の胸部に傷も見られず、流れ落ちていた血液もレッドバロンの槍を強化していた血が《クリボー》に防がれたことで、硬質化が解かれ流れ落ちていたのだ。

「………」

 渾身の一撃を躱されてしまった久能木の表情には明らかな陰りが見られる。そんな彼へ向けて白神が口を開いた。

「僕は誰にも負けない……負けたから母さんはあんなにも苦しそうにしていた……。
だから、僕だけは負けちゃいけないんだ……。たとえ……勝ったその先に何もなかったとしても……負ける事だけは許されないんだよ……!!」

「っ……!」

「メインフェイズ2に移行します。《ヴァンパイア・レッドバロン》と《ヴァンパイア・フロイライン》の2体でリンクマーカーをセットします。2体目の《ヴァンパイア・サッカー》をリンク召喚します。」[攻1600]

 白神から覇気が消えていないことを悟った久能木は、くわえていたタバコを吐き捨て、次の攻撃に備えるべく残されたカードで展開を再開させる。

「相手の墓地の《ゴーティスの灯ペイシス》を対象に《ヴァンパイア・サッカー》の効果を発動します。対象モンスターをアンデット族として扱い、相手のフィールドへ守備表示で特殊召喚します」[守0]

 再びフィールドへと現れた《ヴァンパイア・サッカー》が鋭い爪の生えた翼を羽ばたかせると、久能木のフィールドへ体が変形し、淀みを宿した《ゴーティスの灯ペイシス》が蘇生される。

「アンデット族が自分か相手の墓地から特殊召喚されたことで、《ヴァンパイア・サッカー》の効果を発動します。デッキから1枚ドローします。」
手札:0枚→1枚

 デッキから1枚を引き込んだ久能木は、L召喚した《ヴァンパイア・サッカー》と白神から奪った《白闘気白鯨》の2枚をデュエルディスクから掴み取る。

「《ヴァンパイア・サッカー》と《白闘気白鯨》の2体でリンクマーカーをセットします。《ヴァンパイア・ファシネイター》をリンク召喚します。」[攻2700]

 音もせず、フィールドへ降り立ったのはドレスに身を包んだ麗しき女性。滑らかな髪を自らの手で撫でると、彼女は妖艶にほほ笑んだ。すると、久能木のフィールドへと水しぶきが巻き起こる。そこには、リンク召喚の素材として使われたはずの《白闘気白鯨》が飛び上がり彼のフィールドへと呼び戻されていた。

「僕のホエールが……何故まだあんたのフィールドに居る……?」

「《ヴァンパイア・ファシネイター》がリンク召喚に成功した時、相手の墓地の《白闘気白鯨》を対象に効果を発動します。対象モンスターを自分のフィールドへ守備表示で特殊召喚します。」[守2000]

「そいつの召喚時の効果を使った訳か……」

 デュエルディスクの音声へとその回答を任せた久能木は、呼び出したばかりのファシネイターを手に取った。

「ヴァンパイアモンスターである《ヴァンパイア・ファシネイター》自身をリリースして、《ゴーティスの灯ペイシス》を対象に《ヴァンパイア・ファシネイター》の効果を発動します。対象モンスターのコントロールをエンドフェイズまで得ます。」

 ファシネイターが、フロアの赤い光をそのまま映し出すほどに透き通った腕を伸ばし、手招きをした。すると、ペイシスがハートマークを出しながら、相手のフィールドへとふわふわと飛んで行ってしまう。

「(わざわざ呼んだリンク3モンスターを使ってまで、レベル2のペイシスが欲しかったのか……?何を狙っている……)」

 奪い取ったモンスターが強力な効果を有しているモンスターならばいざ知らず、自ら蘇生させ、その上でリンク3をコストにそのコントロールを奪ったのがレベル2のチューナーモンスター。シンクロ召喚のギミックを用意しているのであれば、そもそもこんなまどろっこしい事をする必要もないはずなのである。意図を計りかね警戒を続ける白神を前に、奪い取ったペイシスを手に取った久能木はそれを奪い取った白鯨の上へと重ね始めた。

「重ねて……まさか……?」

「《白闘気白鯨》と《ゴーティスの灯ペイシス》の2体でオーバーレイネットワークを構築します。《真血公ヴァンパイア》をエクシーズ召喚します。」[守2800]

 沸き立つ黒い靄から出現したのは悪魔のような4つの翼。深紅の剣を左手に構え、赤いマントをなびかせながら、新たなる吸血鬼がその場へと呼び起こされた。
 その登場と共に自身のデュエルディスクへと目を落とした白神が、レベルの異なる2体でのエクシーズ召喚の正体に気づく。

「なるほど……僕から奪ったモンスターをレベル8として扱えるのか。それで、わざわざペイシスをコントロール奪取して……」

「《真血公ヴァンパイア》のオーバーレイユニットを1つ使って効果を発動します。互いのデッキの上から4枚のカードを墓地へ送り、その中にモンスターがあればその内の1体を自分フィールドへ特殊召喚が出来ます。」

 デッキより4枚のカードが墓地へと送られ、互いのフィールドへそれぞれ4つずつ棺が出現する。ジ・アンデットが深紅の剣を振るうと共に、久能木のフィールドに並ぶ棺の1つへと三又の槍が降りかかり、それを貫く。壊された棺からはゆっくりと黒い影が現われ、人の手の形となったそれが三又の槍を手に取った。

「モンスターが墓地へ送られたことで、墓地へ送られたモンスターの中から《竜血公ヴァンパイア》を特殊召喚します。」[守2100]

 影が抜け落ち現れたのはジ・アンデットにも劣らぬ威厳を放つ新たなるヴァンパイア。赤いマントを揺らし、掴み取った槍を振るう。

「墓地から《馬頭鬼》を除外し、墓地の《ヴァンパイア・フロイライン》を対象に効果を発動します。対象モンスターを特殊召喚します。」[守2000]

 無数の蝙蝠が2体のヴァンパイアに挟まれるように集合すると、そこへ傘を差したヴァンパイアの令嬢が蘇った。

「さっきの墓地肥やしで《馬頭鬼》が落ちたか……」

「カードを1枚セットして、ターンエンドします。」
手札:1枚→0枚

 白神のモンスターさえも操り展開を伸ばした久能木のフィールドは、3体のヴァンパイアと1枚の伏せカードで備えられた。


久能木ーLP:1000
手札:0枚


 [ターン3]


「どんな理由であれ……僕は負ける気ないから。
僕のターン、ドロー!」
手札:2枚→3枚

 強い宣言と共にカードを引いた白神は、眼前の宙を遊泳する1枚のカードを手に取りデュエルディスクへと叩きつける。

「スタンバイフェイズに、前のターン除外された《ゴーティスの妖精シフ》の効果を発動する。
自身を特殊召喚」[守500]

 淡く発光するクリオネのようなモンスターがフィールドへと現れると、白神のフィールドに残された《シャドウ・ヴァンパイア》と《揺海魚デッドリーフ》の周囲を円を描くように泳ぎ始めた。

「僕は、レベル5の《シャドウ・ヴァンパイア》、レベル4の《揺海魚デッドリーフ》にレベル2の《ゴーティスの妖精シフ》をチューニング。
シンクロ召喚。

来い、《氷結界の還零龍 トリシューラ》」[攻2700]

「………!?」

 突如として凍てつく空気。まるで極寒の地へと瞬間移動したかのように、久能木の吐く息が白くなる。彼の眼前へと現れたのは極寒の3つ首龍。体内で沸き立つ血が滲み出るかのように、その体には赤い線が流れ、黄色く光る目元さえも血走った還零龍が咆哮をあげた。

「《氷結界の還零龍 トリシューラ》のシンクロ召喚成功時に効果を発動。相手フィールドのカード3枚を除外できる。僕が除外するのは、あんたのフィールドのモンスター3体だ」

 鋭く目を見開き、狙いを見定めた還零龍の3つの口元へ冷気が集まり始める。それに反応した久能木がデュエルディスクへと触れ、伏せカードを発動した。

「カウンター罠《ヴァンパイアの支配》を発動します。《氷結界の還零龍 トリシューラ》の効果の発動を無効にし破壊します。
さらに、その元々の攻撃力分のLPを回復します。」
久能木LP1000→3700

 《竜血公ヴァンパイア》が手に持った三又の槍を、還零龍へ向けて放つ。それが突き刺さった瞬間に、還零龍は弾け飛び赤い血の雨が久能木の元へと降り注いだ。

「………」

「ドローでカウンター罠を引いたのか…運がいいね。
けど……それじゃ足りないよ」

 突如、血の雨に混ざり氷の槍が降り注いだかと思えば、久能木のフィールドの3体のヴァンパイアへと突き刺さりその体を凍らせてしまう。

「………!?」

「《氷結界の還零龍 トリシューラ》が相手によって破壊された場合、EXデッキから《氷結界の龍 トリシューラ》を攻撃力3300にして特殊召喚できる。さらに、その時相手フィールドのモンスター全ての攻撃力を半分にして効果を無効にする!」[攻3300]

 弾けたはずのトリシューラは依然としてフィールドへ居残り、凍てつく眼差しで久能木を見遣った。

「これで、妨害は全て封じた……。
後は、あんたのライフを0にするだけだ」

「………」

 焦りを見せる久能木に向けて冷徹に言いのけた白神は、左手で手札の1枚を掴み取る。

「永続魔法《白の輪廻》発動。
その効果でデッキから、自身をチューナーとして扱う効果を持つ魚族…《白鱓》を手札に加える」
手札:3枚→2枚→3枚

 水しぶきと共に、地面より飛び上がった1枚のカードを掴み取り、それとは別のカードをデュエルディスクへ召喚する白神。すると、骨だけとなった揺海魚が深海より浮かび上がる…。

「《揺海魚デッドリーフ》を召喚。その召喚時効果で、デッキから魚族《フィッシュボーグ・ランチャー》を墓地へ送る。
さらに、墓地に水属性しか存在しない時、チューナーモンスター《フィッシュボーグ・ランチャー》は墓地から特殊召喚できる」[攻1500][守100]
手札:3枚→2枚

 内部へ虫のような生物を格納した水槽を備えた機械が、フィールドへと浮上してくる。

「レベル4の《揺海魚デッドリーフ》、レベル2の《白鰯》にレベル1の《フィッシュボーグ・ランチャー》をチューニング。
シンクロ召喚。

来い、《白闘気一角》」[攻2500]

 3体のモンスターでシンクロ召喚が行われると、地面より水しぶきがあがる。勢いよく浮上して来たのは、異常に発達し角と化した牙を備えるイッカクであった。

「モノケロスがシンクロ召喚成功時、墓地から魚族1体を特殊召喚できる。
蘇えれ、《ゴーティスの双角アスカーン》」[攻2700]

 モノケロスが地面へ顔を沈め、鳴き声を上げる。それへ呼び寄せられるように、地面の奥より黄色い目を光らせ《ゴーティスの双角アスカーン》がフィールドへと再浮上した。

「この効果で特殊召喚したアスカーンは、このターン攻撃が出来ない。
でも、狙いはこっちだ。墓地からレベル8以上の魚族シンクロモンスターが特殊召喚されたことで《白の輪廻》の効果を発動。
相手フィールドのモンスターを全て破壊する!」

「………!」

 モノケロスとアスカーンの2体が潜行し、久能木のフィールドで突如浮上すると、凍り付いた3体のヴァンパイアをその角で砕き破壊した。

「これで、あんたをダメージから守るモンスターも居なくなった……」

「………」

 敗北を悟ったのか、久能木は目を閉じるとタバコを取り出しそれに火をつける。その指先は対面の白神から見ても震えている様に見えた。

「……僕がここに来たのは金の為だ。
あんたを殺せば10万DP……100万円貰えるって話も、今となっては価値がなくなった訳だよね」

 そう鼻で笑いながら白神はフィールドのシンクロモンスター2体を手に取った。

「《白闘気一角》と《ゴーティスの双角アスカーン》の2体でリンクマーカーをセット。
リンク召喚。

来い、《アビス・オーパー》」[攻1500]

 2体の角持つ怪魚が地面に生成されたリンク召喚のゲートをくぐった事で、フィールドへ1つの明かりが現われ小さく揺らめく。

「リンク召喚した《アビス・オーパー》の効果を発動。手札から魚族モンスター1体をリンク先へ特殊召喚する。
来い、《白鱓》」[攻600]
手札:2枚→1枚

 その明かりへ集まってくるようにうねうねとウツボのモンスターがフィールドへと泳いでくる。白いであろうその体はフロアの光で不気味に赤く輝いている。

「………?」

 白神の呼び出したそのモンスターを前に、タバコを口から離した久能木は困惑していた。自らを殺すのであれば、《アビス・オーパー》をリンク召喚せずとも、既に3000のデッドラインを超えていたはずだからだ。挙句に、その展開の果てに呼び出したのが攻撃力600のモンスターである事が久能木には理解できなかった。

「梨沙さんが言ってた事……いや、あんたには聞こえてないか……。
あんたを殺したって結局僕は金を貰えないんだ。だったら、わざわざ殺して僕が気分を害する必要はないだろ?」

「………!」

 白神の口の動きからその発言を読み解いた白神が驚きの表情を見せる。それが意味するのは、このデュエルで久能木を殺さないという宣言であった。

「だが、このデュエルは終わらせないといけない。それと、すぐ再戦なんかされても困るからね。再戦したら確実に殺されるっていう絶対的な恐怖をあんたには与えておく必要がある。確実な死は与えないが、相応の痛みを受けるとは思うけど……その程度なら覚悟はできてるよね?」

「………」

「もし、再戦してくるような事があるなら……今度はこんな慈悲は一切見せない。今からでも僕は手札の《アビス・シャーク》を使って展開を伸ばす事が出来る。それこそ、あんたにより苦痛を与えて殺す事だって出来る。
その事を忘れないようにしっかり刻んでおくよ」

 残された最後の手札を指先で掴み、掲げながらそう口にした白神。その手を下ろすと、フィールドへ鎮座しているトリシューラへと目を向けた。

「死にたくなかったら……耐えろよ!
バトルフェイズ、《氷結界の龍 トリシューラ》でダイレクトアタック!」[攻3300]

 動き出した3つ首の龍。それぞれの口元へと冷気が迸り、それが一斉に久能木へ向けて放たれた。

「………!?」

久能木LP3700→400


 攻撃を防ごうと咄嗟に右腕を目の前へと突き出した久能木。そんな彼へ向かっていった3つの氷弾が触れると共に、極寒の冷気が久能木の右手と両足を凍り付かせた。瞬間的な凍結は、皮膚に度を越した拒絶を知覚させ、それと同時に痛みが凍り付いた手に生じ始めた。

「………!!!」

 末端部の凍結と周囲を漂う冷気が久能木の体から熱を奪い去っていく。声にならない呻き声をあげながら、何とかしようと反対の手で凍り付いた腕へ触れるも、当然その状態をどうにか出来る訳もない。それどころか急激な冷却で反対の掌が真っ赤になった。

「その手なら、さっきの手品みたいにカードを使っての回復もすぐには出来ないだろう。逆に言うなら、生きてさえいればさっきの回復で、その傷もなかったことに出来る訳だ。
わざわざ生かしたんだ……もう、僕の邪魔はしないでくれよ……。
《白鱓》でダイレクトアタックだ」[攻600]

 攻撃宣言を受け、《白鱓》がうねうねと久能木の元へと近づいて行く。迫って来たウツボの顔が久能木の顔を覗き込む。鋭い牙に、人間ではないその目で見つめられた久能木の背筋を、ごく自然な恐怖が駆け上がっていく。それが攻撃力600のモンスターであったとしても……鋭いキバに噛まれた時に生じるであろう痛みを想像すれば、怖がるなというのには無理があった。そんなごく当たり前の生物としての危険信号が脳へとゆっくり伝わっていく。

「………」

 冷気も合わさり、歯をカチカチと鳴らしながら震える久能木。緊張が高まる彼の脳天目掛けて、ウツボが頭突きをかました。

久能木LP400→0


 本来のウツボとは違い硬質化していた頭部による頭突き。それと同時に、彼が装着していたヘッドホンは後ろに向かって吹き飛び、頭に響く振動と咄嗟の出来事へ混乱したまま彼の体も後ろへと倒れた。


ピーーー


「久能木様のライフが0になりました。勝者は白神様です。」

 アナウンスがデュエルの勝敗を告知する。それを聞き取った白神は、倒れた久能木を見つめながら深いため息をつく。

「…………はぁ。
マジで…………これからどうしたらいいんだよ、僕は……」

 デュエルで勝利を収めたはずの白神も、その表情に喜びはない。あるのは、帰る場所と未来を奪われた少年の当て所ない失意の感情だけだった……。





 ーーーーー





有栖川ーLP :8000
手札     :3枚
モンスター  :なし
魔法&罠   :なし

ーVSー [ターン2]

近久ーLP  :8000
手札     :1枚
モンスター  :《花札衛ー五光ー》[攻]、《花札衛ー雨四光ー》[攻]
魔法&罠   :なし


 近久の発動した《影のデッキ破壊ウイルス》の効果によって、初期手札の半分を占める3枚ものモンスターを破壊されてしまったもう一人のアリス。残されたのは《魔神儀の創造主ークリオルター》、《魔神儀の祝誕》、《三戦の号》の3枚。これらを駆使して、何とか巻き返せなければ次のターンの敗北は必至な状況にあった。

「《魔神儀の創造主ークリオルター》は、自分か相手メインフェイズに手札のこいつを相手に見せることで効果を発動できる!
手札の《魔神儀の祝誕》を捨てることで、合計レベルが10になるように墓地から魔神儀を特殊召喚だ。あたしは、墓地からレベル4の《魔神儀ーキャンドール》とレベル6の《魔神儀ータリスマンドラ》を特殊召喚!」[守0][守0]
手札:3枚→2枚

 突如、2つの大きな炎が現れ燃え盛る。その中から蝋燭と炎の双方に顔のついたモンスターと、自らの首飾りの奇声に耳をふさぐマンドラゴラのモンスターの2体がフィールドへと現れた。

「蘇生した《魔神儀ーキャンドール》を墓地へ送って、墓地の《魔神儀の祝誕》の効果を発動!デッキから魔神儀を特殊召喚し、墓地のこのカードを手札へ加えさせてもらう」

「魔法の発動……だよね。
《花札衛ー五光ー》の効果発動。1ターンに1度、相手が魔法か罠カードを発動した時にその発動を無効にして破壊できる」

 五光の効果発動を宣言した近久だったが、肝心の五光は発動の素振りを見せずフィールドに佇むのみだ。

「あれ……?」

「バカが。そいつが無効化出来んのは、カードの発動。
あたしが発動したのは、魔法の効果の発動だ!そいつでは無効に出来ねぇんだよ!!
デッキから《魔神儀ータリスマンドラ》を特殊召喚し、墓地の《魔神儀の祝誕》を手札へ回収だ」[守0]
手札:2枚→3枚

 フィールドへ2体目のタリスマンドラが駆け込んでくる。そして、それと同時に首飾りが奇声を上げ始め、マンドラゴラは懸命に耳を塞ぎ始めた。

「デッキから特殊召喚した《魔神儀ータリスマンドラ》の効果だ。
デッキから儀式モンスター1体…《霊魂鳥神ー彦孔雀》を手札に加える!」
手札:3枚→4枚

 対面の近久は目が虚ろながらも、少々不満げな表情を浮かべていた。

「カードの発動と効果の発動って何が違うのよ……」

「文字が違けりゃ、意味も違うんだよ!
儀式魔法《魔神儀の祝誕》を発動。魔神儀を生贄に儀式召喚を行う!」
手札:4枚→3枚

 もう一人のアリスが儀式魔法を発動したことで、近久は再びデュエルディスクへと触れる。その瞬間、先ほどは微動だにしなかった《花札衛ー五光ー》が動きを見せる。

「これには使えるんだね……。
今度こそ《花札衛ー五光ー》の効果で、発動された《魔神儀の祝誕》の発動を無効にして破壊」

 鞘から抜刀した五光が刀を振るうと、発動された《魔神儀の祝誕》が切り刻まれてしまう。だが、それに動じることなくもう一人のアリスが、手札から1枚のカードを発動する。

「どっちにしろ逆転は決まってんだよ!お前がこのターンモンスター効果を使っている事で、《三戦の号》を発動!
デッキから通常魔法か通常罠1枚を自分フィールドへセット。ただし、相手フィールドにモンスターが居る場合はセットせず、そのまま手札へ加えることが出来る。
あたしはデッキから通常魔法《儀式の準備》を手札へと加える!」
手札:3枚→2枚→3枚

「さっきのカードは囮だったの……」

 1度無効化したにも関わらず展開を押し進められた事で動揺が隠せない近久。そんな彼女を前に、デッキより飛び出した《儀式の準備》を掴み即座に発動するもう一人のアリス。

「どっちにしろって言っただろ!?止めようが止められまいが、あたしの展開は止まらない!
《儀式の準備》発動。デッキからレベル7以下の儀式モンスター…《魔神儀ーカリスライム》を手札へ加え、墓地の儀式魔法《魔神儀の祝誕》を手札に回収する」
手札:3枚→2枚→4枚

 デッキと墓地からそれぞれカードを手札へと加えた事で、1枚のカードが2枚へと増殖する。

「改めて儀式魔法《魔神儀の祝誕》を発動。
レベルが儀式召喚するモンスターのレベル以上になるように手札、フィールドから魔神儀を生贄に捧げる…フィールドのレベル6の《魔神儀ータリスマンドラ》2体を生贄に降臨しろ。
儀式召喚。

来な、《霊魂鳥神ー彦孔雀》」[攻3000]
手札:4枚→2枚

 浮かび上がった円陣より呼び出されたのは巨大な鳥。大きく羽ばたいたそれは、青い羽根を散らしながらすぐさま上空へと消えてしまう。そして、代わりに孔雀の羽の模様があしらわれた着物を纏う彦星がフィールドへと降り立つ。

「攻撃力3000なら、せいぜい雨四光と相打ちにしかなれないよ……」

「んなことする訳ねぇだろうが……!?
儀式召喚に成功した彦孔雀の効果発動!相手モンスターを3体まで選んで手札へ戻す!」

「手札へ戻す……?」

 彦孔雀が鞘から刀を抜き、虚空に向けて刀を振るった。すぐさま、切りつけた虚空より突風が吹き荒れ、近久のフィールドの2体の花札衛を吹き飛ばしてしまう。
 緩やかに流れて来た風を顔に受けた近久が浮かべるのは、困惑の表情だ。

「当然、あたしはお前のモンスター2体ともを手札へ戻す!」

「破壊とは……違うんだよね?でも雨四光の効果で対象にもならないのに……どうして……」

「あたしは一言も、対象に取るなんて言ってやしない。言っただろ!?文字が違けりゃ意味も違うって!!!」

 雨四光の耐性を潜り抜け近久のフィールドを更地としたもう一人のアリス。だが、負けじと近久も新たな効果を発動しようとする。

「でも……まだだよ。
相手の効果でフィールドを離れた《花札衛ー五光ー》の効果を発動!EXデッキから、五光以外の花札衛シンクロモンスター1体を場に出す事が出来る」

 発動を宣言し、EXデッキへ手をかける近久。しかし、EXデッキを収めた場所が開くことはなく、フィールドにも何ら変化が起ころうとしない。

「な、なんで……なんでさっきから効果が使えないの……」

「……お前、あたしの事を舐めてるのかと思ってたんだが……素でやってんな?
フィールドを離れた時の効果は、EXデッキに戻された連中は発動が出来ないんだよ。つまり、五光の効果は使えねぇ」

 呆れる素振りを見せたもう一人のアリスがその現象を言語化するも、近久は釈然とせず疑問を投げかけ続けた。

「なんで……?
だって、フィールドを離れるってこういう事じゃないの?」

「……離れてはいるな。
だが、デッキやEXに戻されたら使えないんだよ」

「いや、だからなんでなの?
離れてるなら、離れてる時の効果が使えるはずでしょ」

 納得がいかない様子の近久の質問攻めに、もう一人のアリスがキレながら返答した。

「んなこと、あたしが知るかぁぁ……!?」

 一瞬の静寂の後にもう一人のアリスはため息をつく。

「はぁ……お前もうこのまま何にもするな。
お前みたいな眼帯に言われるがままの素人殺しても、気分が悪いだけ。死なない程度のダメージで留めてやる。
バトルフェイズ」

 バトルフェイズへの移行を宣言したアリスの元で、彦孔雀が刀を構えた。

「《霊魂鳥神ー彦孔雀》でダイレクトアタック」[攻3000]

 虚空に向かって刀を振るった彦孔雀。その剣筋のままに近久の足元に風の刃が届きダメージとなった。

「いっ……!?」

近久LP8000→5000


 浴衣が斬られ、近久のふくらはぎにも刀傷が刻まれると共に、血が流れ落ちる。痛みから立っていられなくなった近久が崩れる様にその場へと座り込む。

「これ以上抵抗しないって言うなら、もっとダメージを緩めてやっていい。
別にあたしに人を嬲る趣味はないからな」

 崩れ落ちた近久を視界に捉えながら、そう口にする。その後、デュエルディスクより彦孔雀が吹き飛び、それを手で掴み取った。

「エンドフェイズ、彦孔雀は特殊召喚したターンの終わりに手札へ戻る。そして、自分フィールドへ《霊魂鳥トークン》2体を特殊召喚する。
これで、ターンエンドだ」[守1500]×2
手札:2枚→3枚


有栖川ーLP:6500
手札:3枚


 [ターン3]


「………」

 俯いたまま動かない近久。それを見てもう一人のアリスが構えていたデュエルディスクを降ろす。

「喋りたくねぇならそのままでいい。
時間が経てば自動的にあたしのターンだ。今にして思えば、お前のその無気力さも諦めの1つなんだろうな。あたしの身内にも精神病んで無気力になってた奴がいたから、分からねぇでもない。
けど、あたしに害を与えようってんなら覚悟しろよ……。どっちみち、お前の手札は1枚でドローフェイズもスキップされるんだろ?抵抗したって逆転の目はないはずだ」

 常にキツイ眼差しをしていたもう一人のアリスから、ほんの少しだけ穏やかな表情が現われた。俯く近久に、もう一人のアリスはかつての主人格を重ね合わせる。

 他者から与えられた理不尽。それに疲れ果て心を閉ざし、誰も彼もを信用できなくなっていく。だが、そこから主人格は立ち直った。その果てに、今の自分は見ず知らずの他者に殺意以外の感情を抱けるようにまで変質した。あり得ない程の主人格の心の安定は、自分としても気分が良かった。
 だからこそ、何を話していたかまでは分からないが、その主人格の感情を再び揺らし、貶めた眼帯の奴が許せなかった。

「だったら……」

「ん?」

 既に意識が近久から逸れていたもう一人のアリスは、口を開いた近久に意識を戻される。座り込んだまま俯いていた彼女が顔をあげ、虚ろな目で自分を見てきていた。

「ウチが勝てる可能性を潰して欲しかった。
逆転できる可能性を潰して欲しかった。
あなたを殺せる可能性を潰して欲しかった。
やりたくなんかない。でも、やらなきゃいけない。それが正しいとか正しくないとかそんな事は関係ない……ウチが始めてしまったんだから、やるしかないんだよ……」

「てめぇ……!」

 その目は降伏する人間の目ではない。かといって生気を感じる訳でもない、空虚な眼。かつて鏡で見た主人格の眼とまるで同じその眼を前に、もう一人のアリスは怒りを隠せなくなった。

「正気じゃねぇな。だったらやってみろよその1枚の手札で!何が出来るんだよ!!ルールもままならねぇお前にいったい何が出来んだよ!!?」

 座ったまま近久は残されていた最後の手札をかざす。

「まだデュエルのルールとかは、よくわかんない事ばっかりだよ……。でも、ウチは勝負事に強いんだ……。
《超こいこい》発動。デッキから3枚をめくってその中の花札衛を全てレベル2にして、効果を無効にして特殊召喚できる。もし外れたらそれは裏側で除外されて、1枚につきウチは1000のLPを失うよ」
手札:1枚→0枚

「運だけで……何とかなるはずねぇだろ……世の中そう都合よくいかねぇんだよっ……行ってたまるかぁああ!!?」

 もう一人のアリスの願いにも似た絶叫が木霊する。近久は1枚1枚、デッキの上からカードをめくっていく。

「1枚目…《花札衛ー松ー》。
2枚目…《花札衛ー桜ー》。
3枚目…《花札衛ー芒ー》。
全部、花札衛だったから、全て場に出すよ」[守100][守100][守100]

 全てを的中させ、フィールドへ新たに3枚の花札板が連結し並び立つ。しかし、そのどれもがチューナーモンスターには属していない。シンクロモンスターを扱う近久の最後の1枚から展開されたモンスター達にチューナーが居なかった事で、もう一人のアリスの口元がほんのりと緩んだ。

「ほら見ろ……全部モンスターを引いたとしても、チューナーがいなけりゃシンクロには繋がらない。言っただろ、運だけ何とかなるもんじゃねぇ」

「ウチは墓地の《花積み》を除外して、墓地の《花札衛ー牡丹に蝶ー》を手札に加えることが出来る」
手札:0枚→1枚

「ぐ……!?」

 前のターンに墓地へと送られていた《花積み》の効果を使い、墓地より飛び出したカードを手に取った近久。場の芒の札を取り、手に取ったチューナーが場へと呼び出される。

「《花札衛ー芒ー》を取って、《花札衛ー牡丹に蝶ー》を場に出す。
この時、牡丹に蝶の効果で、デッキから1枚ドロー。ドローしたのは《花札衛ー桜に幕ー》。花札衛だったから、あなたのデッキの上から3枚を確認して、デッキの上か下に好きな順番で並び替えることが出来る……」
手札:1枚→0枚→1枚

 近久が自身のデュエルディスク上に表示された画面を操作すると、アリスのデュエルディスクのデッキがシャッフルされる。

「(まず間違いなくデッキトップは《影のデッキ破壊ウイルス》の効果範囲……次のドローは期待できない……)」

 実質次のドローを封じられたことを悟ったもう一人のアリスの前で、場に出された3枚の札を近久が手に取り始める。

「牡丹に蝶を含む、合計3枚の花札衛を取って、
シンクロ召喚。

《花札衛ー月花見ー》」[攻2000]」

 桜が舞い散ると共に舞を披露する芸者がフィールドへと現れる。月花見は、すぐさま手に持つ扇を開きそれを頭上へと翳した。

「月花見の効果。デッキから1枚ドローして、それが花札衛なら召喚条件を無視して場に出せる。
ただし、ウチの次のドローフェイズがスキップされる……」

 ゆっくりと自身のデッキトップへと指をかける近久。既に墓地効果も使用した近久が逆転するには、このドローで逆転の手を引くしかない。

「ここが……たぶんウチの勝負所。ここで逆転の手が引き込めなかったら、あなたが勝つと思う。
そうなれば、あなたを殺さずに済む……」

「んなに殺したくねぇなら……何を引こうがターンエンドすればいいだけだろ!?
あの眼帯に殺されるからか?あの眼帯なら、向こうの奴が何とかする。あいつが何とかできないってんなら、あたしがこの手で殺してやる。やりたくもない事をしようとするんじゃねぇよ!!!」

 もう一人のアリスが怒りと共にそう言いのける。しかし、近久は首を横に振る。

「駄目だよ……。
なぎさに脅されたとか、怖かったからとか、理由はどうでもいいの。どんな理由があれど、ウチは人を殺した。だから、もう殺していくしかない……。実力を前に負けることは許されても、人を殺すのが嫌だからって理由でそれを投げ出すなんて事しちゃいけない。そんな選択するなら最初っから人なんか殺さなければよかったもの……。

だから……それだけは、絶対に許されない……」

 目をつむり、まるで自分自身へと言い聞かせる様にそう言い放った近久。罪悪感に囚われ、そこから逃げようとする自分を戒めるべく、デッキトップにかけた右手へ力が込められていく。

「お前……」
 
「ドロー……」
手札:1枚→2枚

 ゆっくりと引き抜いたデッキトップのカード。それが自分に見えるようにゆっくりと顔の方へ向け、薄目を開ける。映りゆく赤い光の中で、引いたカードが段々と鮮明になって行く……。

 それを認識した瞬間に、近久の顔が歪んだ。

「そんな都合いい事……起こるはずないよね……」

 失意の感情と共に、引いたカードをアリスへと翳す。

「ウチが引いたのは、《超勝負!》……シンクロモンスターの月花見を対象にそのまま発動。対象のモンスターをEXデッキに戻して、墓地から4体の花札衛を特殊召喚できる」
手札:2枚→1枚

「4体の蘇生だと……!?」

 舞い散る無数の花札に隠れ月花見が姿を消す。花札の舞が終わると、フィードには3枚の花札板と扇で口元を隠し微笑むもう1体の月花見が呼び戻されていた。

「ウチは、墓地から《花札衛ー月花見ー》、《花札衛ー芒に月ー》、《花札衛ー桐に鳳凰ー》、《花札衛ー柳ー》の4体を場に出す。そして、1枚をドロー。それが花札衛なら、召喚条件を無視して場に出せる。
違ったら、ウチの場のモンスターが全部破壊されて、ウチのライフが半分になる……」[攻2000][攻2000][攻2000][守100]

 重たいデメリットを口にした近久が再びデッキトップへと指をかける。もう一人のアリスの頬を汗が伝っていく。彼女は可能性を追い求める様に、それを言葉にした。

「だったら、お前が自爆する可能性はまだ残ってる訳だ……花札衛さえ引かなきゃ……!」

 虚ろな瞳のままに悲し気な表情を浮かべた近久がゆっくりと首を横に振る。そして、指をかけた右手に再び力が込められていく。

「ううん……。
さっきの引きで、流れは完全にウチのものになってしまった……もう、どうにもならない……」
手札:1枚→2枚
 
 そう告げた近久はデッキからカードを引くと、確認するでもなくアリスへと引いたカードを翳して来る。そこには、花札の描かれたモンスターが引き込まれていた。
 
「くそっ……!?」

「引いたのは《花札衛ー萩に猪ー》。よって、召喚条件を無視して場に出すよ」[攻1000]
手札:2枚→1枚

 新たに展開された猪のモンスターが描かれた花札板を迎え、近久のフィールドに5体のモンスターが並び立った。

「場に出た《花札衛ー芒に月ー》、《花札衛ー桐に鳳凰ー》、《花札衛ー萩に猪ー》の3体の効果を発動。全員の効果で1枚ドローして、花札衛以外ならそれを墓地へ送る。
3体分で3枚ドロー、ドローしたのは《花札衛ー柳ー》、《花札衛ー紅葉に鹿ー》、《花札衛ー牡丹に蝶ー》の3枚だったからそのまま手札へ。
さらに、萩に猪の追加効果で、花札衛を引いたことであなたのフィールドの《霊魂鳥トークン》1体を破壊させてもらう」
手札:1枚→4枚

 一気に3枚の手札を増やすと同時に、アリスのフィールドのトークン1体が破壊されてしまう。

「柳の効果も発動。墓地の《花札衛ー桜に幕ー》をデッキに戻して1枚ドロー。
月花見もさらに効果発動。効果はさっきと一緒だよ……ドロー、ドローしたのは《札再生》」
手札:4枚→5枚→6枚

「何が……どうなってんだよぉぉぉ……!!?」

 近久へターンを渡した直後は1枚だけだったはずの手札は既に6枚にまで増え、フィールドにはモンスターが敷き詰められている光景が映し出されている。そのあまりの都合の良さと己の危機に、もう一人のアリスが苦悶の叫びをあげるしかなかった。

「勝負強いって言ったよね。
それは、ウチが勝ちたくない勝負でも例外はなかったみたい……」

「ふざ……けるなよ…………。
そんなふざけた引きで、殺されてたまるかぁああああああ!!!??」

 喉が裂けんばかりに絶叫の声をあげたもう一人のアリス。そんな彼女の悲痛な叫びを受けながら、ゆっくりと場へ並び立てた5枚の花札を手にした近久が残念そうに言葉を零す。
 
「だから……あなたに可能性そのものを潰して欲しかったの……。
ウチは、場の《花札衛ー芒に月ー》、《花札衛ー桐に鳳凰ー》、《花札衛ー柳ー》、《花札護ー萩に猪ー》に《花札衛ー月花見ー》の合計5枚を取って、
シンクロ召喚。

《花札衛ー五光ー》」[攻5000]」

 彦孔雀によってバウンスされた五光が再びフィールドへと降り立つ。

「また……出やがったな……」

「レベル10以下の花札衛が場にあるから、手札から《花札衛ー柳ー》を場に出すよ。
その効果も発動して、墓地のもう1体の柳をデッキに戻して1枚ドロー」[守100]
手札:6枚→5枚→6枚

 手札を一時的に消費し、場に花札板を増やす近久。その場に出した花札を取り、新たな花札が場に現れる。

「場の柳を取って、《花札衛ー柳に小野道風ー》を場に出す。場に出た時の効果で、1枚ドロー。引いたのが花札衛なら召喚条件を無視して場に出せる。
引いたのは……《花札衛ー萩に猪ー》。よって、場に追加で出すよ」[攻2000][攻1000]
手札:6枚→5枚→6枚→5枚

 連鎖的にカードを引き、場に並ぶモンスターを増やし続ける近久。その展開力を前に、もう一人のアリスにも焦りが見え始めた。

「確か……そいつの効果は……」

「萩に猪も場に出た事で、ドローする効果を発動。それが花札衛なら相手モンスター1体を破壊できる。
ドロー、引いたのは《花札衛ー松ー》。よって、あなたの場に残されたトークンを破壊する」
手札:5枚→6枚

「く、そぉぉ…………」

 萩に猪の絵柄より飛び出したモンスターが、《霊魂鳥トークン》を破壊する。間髪入れず、近久の手より花札が場に置かれる。

「《花札衛ー松ー》を召喚。その効果で、デッキからドローして花札衛以外なら墓地へ。
ドロー、引いたのは《超こいこい》だったから墓地に送るね……」
手札:6枚→5枚

 引いたカードをそのまま墓地へと送り込むと、場に並んだ花札板3枚を手に取る近久。その瞬間に、彼女のデュエルディスクのEXデッキを格納している場所が解放された。

「《花札衛ー松ー》と《花札衛ー萩に猪ー》に《花札衛ー柳に小野道風ー》の合計3枚を取って、
シンクロ召喚。

《花札衛ー猪鹿蝶ー》」[攻2000]

 呼び出された将軍、猪鹿蝶が上空より飛び降り着地すると、手に持つ鹿の角を模した槍を振るう。

「墓地から《花札衛ー桜ー》を除外して、猪鹿蝶の効果発動……。次のあなたのターンの終わりまで、あなたは墓地から効果を使えず、モンスターも特殊召喚が出来なくなる」

「……だが、それに直接チェーンすれば効果は使える。
手札の《魔神儀の創造主ークリオルター》を見せ、自身を捨てて効果発動。墓地から合計レベルが10になるように魔神儀を蘇生だ。《魔神儀ーキャンドール》《魔神儀ータリスマンドラ》の2体を特殊召喚……!」[守0][守0]
手札:3枚→2枚

 猪鹿蝶が左腕の蝶があしらわれた軍配を翳すと、無数の蝶がアリスのフィールドを飛び交い始める。その直前、フィールドにキャンドールとタリスマンドラの2体が滑り込んでくる。

「…………」

 もう一人のアリスは、今一度その盤面と近久の残りの手札を見て押し黙る。

「(ダメだ……防ぎきれない……。
どうすればいい……いったい、どうすれば…………)」

 《花札衛ー牡丹に蝶ー》の効果で十中八九次のドローは潰されている。《花札衛ー猪鹿蝶ー》の効果により墓地の《魔神儀の祝誕》の効果も使えなくなった。相手のデッキの枚数は残り少なくなっているとはいえ、そもそもこれから来るであろう近久の猛攻は、到底防ぎきれるものではない。

「バトルフェイズ」

 打開策を思案するもう一人のアリスの時間を奪うように宣言された近久のバトルフェイズ。焦りと共にもう一人のアリスが必死に叫んだ。

「ぐ……!?
待って、待ってくれ……分かった。あたしの、負けだ……完全に。あたしの事は殺せ、元々あたしが吹っ掛けたデュエルだ。それぐらいの覚悟はある……。
だが、こいつは……こいつだけは見逃してやってくれ!
やっと生きる目標が出来たんだよ。今まで、何にもなかったこいつに初めて生きる為の目的が出来たんだ!あたしの事は、いたぶり殺してくれたって構わない……だから、頼む!!
こいつだけは…………殺さないでくれよっ……!!!」
 
 その声は切実で、心の底からの懇願だった。誰よりもアリスの身近に居たもう一人の彼女の懸命な願い。
 だが、その迫真さに対して近久は戸惑いと困惑の表情を見せるだけだ。

「……?
あなたはいったい……誰の命乞いをしているの?」

「誰……って…………あ……?」

 それに気づいたもう一人のアリスが声を震わせる……。
 彼女は咄嗟の事で失念してしまっていた。自分がアリスの体に宿るもう1つの人格で、肉体を共有していたその事実を。自分の死こそ、アリスの死と同義である事を……。

「《花札衛ー猪鹿蝶ー》で《魔神儀ーキャンドール》を攻撃する」[攻2000]

 槍を回転させながら猪鹿蝶がキャンドールへ向かっていく。炎と蝋燭が共に驚きの表情を見せた瞬間に、猪鹿蝶の槍に薙ぎ払われ、その蝋の体がアリスに向かって勢いよく向かっていく。

「ぐぁあああ……!!?」

アリスLP6500→4500


 腹に向かって飛んできた蝋の塊はアリスの柔い体を容易く吹き飛ばし、地面へと叩きつけた。

「猪鹿蝶の効果で、花札衛が守備表示モンスターを攻撃する時には、その守備力を超えた分の攻撃力分のダメージが相手に与えられる……」

「がはっ……」

 逆流する胃液を吐き出し悶えるもう一人のアリス。苦痛を抑え込み、何とか体を起こし近久の方へと顔を上げる。その視線の奥には、攻撃力5000の《花札衛ー五光ー》が控えていた。

「あぁぁぁ……くそ……やめて……。
あたしのせいで……あたしがもっとちゃんと、しとけば……」

 体へと伝わった確かな痛み。それが、確信となって絶望がもう一人のアリスを襲う。迫りくる大切な人の死。それを前に、後悔の言葉がいつまでも零れ続けていく。

「あなたを殺す……その事を恨んでくれていい……。ウチも人をいたぶる趣味なんかないから、すぐに終わらせるね……。
《花札衛ー五光ー》で《魔神儀ータリスマンドラ》を攻撃。
ダメージ計算前に手札の《花札衛ー桜に幕ー》を捨てて、五光の攻撃力を1000アップさせる……」[攻6000]
手札:5枚→4枚

 攻撃が宣言された。もう間もなく……それが執行される。

 抜刀した五光は、1歩ずつ……カツン……カツン……と下駄の音を響かせながら、アリスのフィールドのタリスマンドラの元へと向かっていく。

「くそ、くそっ……くそぉぉ……!!?
あ……ぁぁぁ……あたしが、あたしが殺しちまう……。嫌だ……やめてくれ……死んで欲しくない……いや……」

 逃げ場のない死を前に、後退りながら絶望を吐露していたもう一人のアリス。

「いや……あぁっ…………!!?な、なん……で!?」
 
 突如として、何らかの違和感を感じ取った彼女は、焦りだすと共に錯乱し始めた。

「待って!?やめて!!出てこないで!!
あたしが悪いんだから!あたしがバカだったから!?お前は何にも悪くない!!!
全部あたしが……責任、取る……か、ら……。
おね、が…い……出てこないでぇぇぇ……!!?」

 段々と弱弱しくなっていった声が上げた悲痛の叫び。それを最期に、肉体の主導権が在るべき者へと返された。

「辛い事ばっかり……もうあなたに押し付けたりなんかしないわよ……」

 無理やりもう一人の自分と入れ替わったアリスは、周囲の状況を今一度確認するべく視野を広げる。そこには、既にタリスマンドラを切り捨てた五光が眼前まで迫っていた。

「きっと、天罰なのね……。恩人が外に出られなくなった事……一瞬でも喜んでしまったから……」

 五光がゆっくりと刀を振り上げ構えた。その様を、穏やかな表情で見上げたアリスの目からは、一筋の涙が流れ落ちていく。

 最期に思い起こすのは、こんな自分を命がけで救い出してくれた親友の健気な笑顔だった。

「梨沙ちゃん…………。
役立たずで、ごめんね……」

 構えられた刀は、見えない程に素早くアリスへと振り下ろされた。


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