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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#61「新たなステージ」

Report#61「新たなステージ」 作:ランペル

「2273……年……?」

梨沙が自覚するここへ連れてこられた、もしくは来た年代は2265年。
しかし、顔色の悪い白神は2273年にここへ来たとそう言っていた…。

「そうだ…僕はだいたい半年ぐらいここに居る。
2273年の3月13日に来たんだ」

そう告げる彼の目には嘘と言う言葉は微塵も感じられない。
それが、梨沙をより一層混乱させる。

「あ、あはは…え?
2273?私、ここに来たの2265年ですよ…?
11月だったから少し時間経っていたとして…66年にしかならないですよ!?」

「私が見るに、二人とも嘘をついている風には見えませんね。
しかし、そうなると矛盾が生じます」

父親は梨沙と白神の顔を見て、静かにそれだけを口にした。
そんなことは梨沙が一番分かっている。
父親が4歳からここに居た。それだけでもパニックなのに、今は自分がここに来たと思っている時間から8年も経過した2273年だと口にする白神。

頭がパンクする。

「なんですかそれ……」

「梨沙さん…一旦落ち着こう…。
げほっ…一度冷静になるんだ…」

狂気に取り込まれた梨沙の姿を知る白神が、咳き込みながらも冷静を促す。
早くなっていった呼吸を落ち着けるべく、梨沙は右手を自分の胸に置きゆっくりと深呼吸する。

「そう、ですね…。
冷静に…冷静に……」

目を閉じ、呼吸の乱れを治していく。

焦っても、混乱しても、動揺しても…いい事は何一つない。
今は落ち着いてこの意味不明な訳分からない事をみんなで話し合うべきだ。
ずっと攻撃的だったお父さんは、何とか和解にまで漕ぎ付けた。
アリスさんと翔君とも一時的かもしれないけど、協力関係になれているんだ。
何より、穂香ちゃんが生きている。
ここへ来たばかりの頃と比べると大きな前進だ。
このままやって行けば、いろいろとうまくいくはず。
それを信じて頑張るんだ。

やっとの思いでお父さんと和解できたのに、また新しい問題。
そもそもお父さんとアリスさんは険悪な雰囲気だ。当然と言えば当然だけど、何とか和解してもらわないと協力なんて出来ない…。
ダメ、今は落ち着くの。お父さんに本当は育てられてないとか、私が思っていたよりもたくさんの時間が流れてるとか。
でも、私はここへ来た時のまま成長なんてしてない???


「冷静になれるかーーー!!!!!」


目を開けた梨沙は大きな声でそう叫んでいた。
頭に雪崩れ込んで来る理解不能な現実。
これらを内に留めて冷静になるなど、今の彼女には不可能だった。

突然叫んだ梨沙に、驚いた父親と白神。
誰よりも驚いたのは、緑の暗がりから走り込んできたアリスだった。

「梨沙ちゃん!!?
どうしたの!何があったの!!
またコイツが何かして来たの!!?」

キッと父親を睨みながら、梨沙の肩を掴むアリス。
父親はその攻撃性に対抗する術なく、両手を挙げて降伏の姿勢を見せる。

「ち、違いますアリスさん!
ちょっと、頭がパンクしちゃって…」

「へ?パンク?」

状況が飲み込めず困惑するアリス。
そして、意図せず大声をあげてしまったことでアリスさんを焦らせた梨沙は顔をほんのり赤らめながら、アリスの手を握る。

「だ、大丈夫です!
今、落ち着きました!
お父さんから話を聞いてただけで何もされてなんかないです!」

焦る気持ちのままに早口でまくしたてた梨沙。
しかしそれが何かを隠している様に見えてしまったことで、アリスが父親への警戒を解くことはなかった。

「本当なの?
なにか酷い事を言われたんじゃないの?大丈夫?」

「ほ、ほんとですよ」

睨まれ続ける父親は、何か言いたげだが梨沙の言いつけを守って両手を挙げたまま黙秘を続ける。
見かねた白神が、ため息と共に話に割り込む。

「アリスさん…だよね。
梨沙さんの言う通り。彼女が混乱し切って耐えられずに大声をあげただけだよ」

声を掛けられ白神の方を向いていたアリスが、ゆっくりと目線だけを梨沙に戻す。

「大丈夫…ってこと?」

「あはは、お騒がせしました…」

照れ笑いをしながら、謝罪する梨沙にほっとしたようにアリスはへたり込む。

「まぁ、こんな所に居たら頭おかしくなるのが当たり前だもの。
大声で済むなら安いもんよ」

アリスが梨沙の肩をぽんぽんと叩きながら、優しく微笑んだ。
その表情を見て、父親は挙げていた両手を降ろす。
そして、白神が話を戻す様に言葉を繋げた。

「結果として梨沙さんは少し落ち着いたみたい。
聞いてただけだけど…取り乱すのも無理のない話だった」

その話に興味を持ったアリスが白神へ質問を投げかける。

「白神ちゃん…何の話だったの?」

「先にアリスさんに質問した方がいいだろう…。
アリスさんは西暦何年にここへ来たか覚えてる?」

余り意味が分からないアリスだったが、眠っている穂香を除く3人の視線が自分に集まっている事はすぐに分かった。

「えっと…西暦?
ここに来てからどれぐらいとか細かいのは憶えてないけど。
2270年だったと思うわ」

そうアリスが呟くと、梨沙は難色を示す。
その反応で不安になったアリスが続けざまに質問を投げる。

「なに?どういうこと?
なんで今そんな話になってるの?」

「…私、ここへ来た記憶では2265年の時だったはずなんです」

「あら、じゃぁ梨沙ちゃんの方がここでの先輩になるってこと…?」

一度は飲み込み聞き流してしまったアリスだが、その言葉の違和感に気づいたようにはっとする。

「んん?あれ?
梨沙ちゃんここには一昨日来たばかりだったはずよね…?
あれ、なんで?」

情報を噛み砕いてもその答えは見いだせない。
新たに頭を抱える人員を増やした事で、白神が話を進める。

「今が2273年と仮定したら、アリスさんはおよそ3年ほどここで時間を過ごしている事になる。なんとなくでも、その感覚はありそう?」

「3年……実感はないけれど違和感はないわね」

「もう一人のアリスさんが憶えていたりとかは?」

梨沙が、アリスの中に眠るもう一人の人格に言及する。
白神はなんのことだと言う風に首を傾げ、父親はそれらの会話を静かに観察していた。

「ううん。あの子は私よりも時間の感覚がないわ。
外と中だと時間の流れ方も結構違うみたいだから」

「そうですか…」

「でも、3年って言うのは結構しっくり来る気がするわ。
長すぎる気もしないし、短すぎる気もしないから」

現在が2273年という過程にある程度の納得を見せたアリスを確認した白神が、状況をまとめる。

「まだ確定は出来ないけど、時間が歪んでいるとしたら梨沙さんだけの可能性が今の所高いみたいだね…」

「今は2273年だけど、梨沙ちゃんは2265年から来たって言ってるのね…。
え、タイムスリップってこと?」

なんともSFチックな用語がアリスの口から放たれた。
普段なら笑い話で済むようなその言葉が、梨沙の胸に深々と突き刺さる。

「タイム…スリップ…」

現に自分の話は他の二人と食い違っている事実。
そして、この非現実を現実たらしめる実験施設の力。

俯き口を閉ざす梨沙。
一時の沈黙を破ったの父親だった。

「提案ですが、この話はここでおしまいにしましょう」

「な、何を勝手に…!」

反射的にアリスが父親へと噛みつくが、白神がそれを制す。

「げほっ…アリスさん落ち着いて。
実際問題この事を解決できる方法がある訳じゃない。
僕たちが死ぬわけでもない。梨沙さんには悪いけど、今は今後どうするかをみんなで話しておいた方が得策だとは思うかな」

咳払いの様に咳き込んだ白神は冷静にそう言い切る。
梨沙は顔を上げ、3人の顔を見た。
みんなの顔の表情は違えど、3人と関わりデュエルも交えた梨沙には、それぞれなりの気遣いが感じられた。

「そうですね…。
ありがとうございます。ここから出る時に、その謎も解けると信じて…今出来る事をみんなで探すべきですね!」

心のもやもやは残れども、前向きな姿勢を見せた梨沙に、他の3人の表情もどこか安堵が見える。

「よし!そうと決まったらこれからどうするか話しましょ。
ここから出る方法も考えないと」

「提案しといて悪いけど、僕はもう少し寝る。
寝首を掻こうってんなら…それ相応の覚悟はしといてね…」

話し合いを提案するアリスへ不参加を表明した白神は、毛布へと包まった。

「寝るの?
白神ちゃんは話に参加しないって事?」

「僕の目的がエスケープな事に変わりない。
キミらが今後どう動くつもりでも、僕の行動はその影響を受けないって事だよ。
じゃぁ、おやすみ」

そう表面上冷たく釘を刺した白神は、倒れるように横になると静かになった
エスケープの言葉が引っかかったアリスは、梨沙に聞こえるようにひそひそと話しかけた。

「エスケープって事は、この子クラスⅢを殺すつもりなんでしょ?
なんで梨沙ちゃんこの子と一緒に助けに来てくれたの?」

そう聞かれた梨沙は、少し嬉しそうにひそひそと返した。

「翔君は、クラスⅢを殺すつもりはありません。
殺さなくても、4人にデュエルで勝てば条件を満たせますから…!」

それを聞いたアリスは驚いたように梨沙の目を見つめ返す。

「驚いたわね…。
渚ちゃんの言ってた《金欲の悪魔》って異名から損得勘定でしか動いてないんだと思ってたわ…。
まぁ、さっきまでの話を聞いてる感じ所謂ツンデレって感じ?」

アリスもふふっと笑顔を見せながら梨沙にそう呟く。

「はい、アリスさんと同じでとってもいい人ですよ」

柔らかな笑みを見せる梨沙。
人を殺さずに外へ出ようとする白神。

不意にアリスの中で黒いものが涌き出る。

「(同じ……?)」

右手に視線を落としたアリス。
ゆっくりと掌が見えるように裏返すと、そこには真っ赤な血がべったりと付着していた。

「きゃぁああ!?」

突如、そこからのけ反り倒れ込んだアリス。

「アリスさん!どうしたんですか!?」

慌てて駆け寄って来る梨沙。
動転するままにアリスが再び自分の右手を見るも、そこに血は存在していなかった。

「(幻覚…?なんで…)」

瞬間、脳内でフラッシュバックする映像の数々。

(「また、また…今度は…一緒に…過ごせそうっすよ?」)

(「話がちがうだろうがあぁあああああ!??
あがっぁああああああああああああああああああ!!!!」)

絶望の中希望を見出した金髪の女性と、恨み節と共に身を焼かれた男性の顔が浮かんで来た。
その瞬間に嗅いだ、死の臭いも共に思い起こされる。

「うっ……」

アリスは耐えきれずその場で嘔吐してしまう。

「あ、アリスさん!?
どうしたんですか!?まさか、アリスさんも毒が!?」

「それは違う。
アリスさんは毒の影響を受けていません」

あたふたと動揺する梨沙は、アリスの身に何があったか思考を巡らす。
そして、その背後から原因が毒ではない事を伝える父親。

「(同じじゃないよ…梨沙ちゃん……)」

口元を覆っていたアリスが、口元を拭って梨沙の顔を見ないまま話しかける。

「ごめんね梨沙ちゃん…。
私も…ちょっといろいろあって気分が悪いみたいなの…。
話すのは、もう少し後でもいいかな……」

「もちろんですよ。
何か欲しいものありますか?ゆっくり休んでください。
あ、毛布持ってきます」

「大丈夫…。
ありがと、少し休んだら…良くなるから……」

立ち上がろうとした梨沙を制止し、立ち上がったアリスはその場を去ろうとする。

「何かあったら言ってくださいね。
ゆっくり休んでてください。何かあっても私がアリスさんを守りますから!」

優しく声を掛けてくる梨沙を見て、お礼を言うアリス。
顔色の悪くも笑顔を見せている彼女だが、それが無理やり作り上げたものだという事は梨沙にもすぐ分かった。

「うん。ありがとうね梨沙ちゃん。
ここ…後で片づけるから…」

「ここの清掃は、施設側がしてくれます。
死 体の処理と同じでとても綺麗になります」

そう言って清掃が不要である事を告げる父親。
しかし、それを聞いたアリスは口元を再び抑えたかと思うと、走ってこの場を去って行く。

「アリスさん…」

何が原因かは分からない。
しかし、彼女の体調不良は身体的と言うより心理的なものの様に感じられた。
父親の言葉を聞いた途端に走り出したことから、父親の存在のストレスが大きいのだろうか。

「……はぁ」

つい、意識せずため息を零してしまう。

「いろいろ考えるのもいいですが、ここでは考えれば考える程に心が擦り減っていきます。
おすすめはしません」

そう言った父親がデュエルディスクを操作すると、機械の稼働音と共に上空からゆっくりとロボットが降りてきた。キャタピラで移動する掃除機を備えたロボットが、汚れた床を綺麗に掃除していく。

「お父さんからいろいろ聞きたかったけど…。
今は混乱しててそれどころじゃないや。私も少し休もっかな」

「その前に1つだけ聞かせてください」

背伸びをした梨沙に父親が聞いてきた。
無機質な表情ばかりの父親が見せる悲し気な表情。

「なに?」

「……瑛梨は…。
あなたのお母さんは、もう死んでいるのですか……?」

父親が口にしたのは、母親の死についてだった。
彼が言っていた事がその通りなら、父親は母親が生死の境目に居る時にここへ来た事になる。

「……うん。
詳しくは聞かせてくれなかったけど、私が4歳の時に病気で死んじゃったって…」

それを伝えると父親は、はっと嘲笑の声をあげた。

「やはりそうですか…。
ここでは嘘であって欲しい事ばかりが本当になってしまいますね…」

再び悲し気な表情に戻った父親は梨沙に背を向け、緑に淀む暗がりに戻って行く。

「…ありがとうございました。
協力できるかは分かりませんが、あなたがそれを望むのであれば手は貸しましょう。
穂香が起きたら、謝罪する事とします。
それでは…」

哀愁の漂う背中からは、深い悲しみの気持ちが伝わって来る。
それを受け止めるだけの余裕がなかった梨沙は、去って行く父親をただ見送る事しか出来なかった。

「お父さん……」

下唇を噛んでいた梨沙は、両手で自分の頬を軽く叩いた。

「しっかりしないとね…。
でも、いろいろありすぎ!
一旦休んで、切り替えなきゃ」

自分へと言い聞かせるように考えを声に出しながら梨沙は立ち上がる。
そして、静かに眠る穂香の元まで来た梨沙はゆっくりとそこへ座った。

「穂香ちゃんよく頑張ったね」

優しく黄緑の髪を撫でる。

そこで、頭上からチャイムと共に機械音声のアナウンスが鳴り響いた。


ピンポンパンポーン


【レッドフロアにて、クラスアップが行われました。新たにクラスⅢへと就任した被験者を皆様で歓迎いたしましょう。】


「クラスアップ…?」

アナウンスは、レッドフロアの狂信者が殺された事を告げる。
それは、この施設で保たれていた今までのバランスが崩壊したことを意味していた。





 -----





赤い壁、赤い床、赤い天井。
極めつけは、天井より照らされる赤い照明。
全てが赤に染まったフロアの床には、多様なお札や蝋燭、数珠などが散乱しており、まだかつてのフロア主の面影が残されていた。

ピーガチャ

そのフロアの扉が開かれると、外の白い光がフロア内の赤を薄める。

「なぎさー!!!」

高らかな女性の声が一人の名前を呼びながら入って来る。
鮮やかな青髪と、アジサイがあしらわれた浴衣を着た女性はひるむことなく真っ赤に染まったフロア内へと踏み込んで来る。

「来たね」

フロアの奥で佇むその人は、来訪した客人を持て成す。

「結局、白神には会わなかったんだけど?」

「まぁ、それが理想的ではあったからね。
君が無事でよかったよ」

「ホントは思ってない癖によく言うよ!」

浴衣の女性と会話をするのは、茶色のコートを羽織り、右目に眼帯を着けた《情報屋》。そして、新たなフロア主となった福原 渚だ。

「それで?
なぎさの目的は達成できたの?」

「当初の目的は達成できたかな。
ただ…残念な事にその先にあるものは達成できないらしい」

自嘲的にそう述べる渚に、浴衣の女性も困惑するばかりだ。

「どういうこと?」

そう質問したところで、渚とは別の足音が二人分フロアの奥より聞こえてきた。

「ちょ!ちょっと!?
だれだれ!?」

「あぁ、安心していいよ近久君。彼らもボクの協力者だ」

そこに現れたのは、照明の影響で赤く染まった白いコートに身を包み、ヘッドホンを着けた男性。
そして、これまた照明で赤く染められた白衣を着込み、ヒビの入った眼鏡を掛けた老人だった。

「ウチと同じって事?
自己紹介いる訳?」

「君がしてくれるなら、ボクの喋る手間が省けるかな」

「なんでそんなめんどくさそうなのよ…」

渚に悪態を吐きながらも、浴衣の女性は自己紹介を始めた。

「ウチは、近久 沙苗(ちかひさ さなえ)!
クソバカ兄貴と一緒にここに来たよ。そんで、今はそのアホ兄貴を探してる所。
よろしく!」

元気に自己紹介をした彼女だったが、それに対して二人の反応はどうも鈍いものだった。

「ちょっと!!
せっかく自己紹介してるんだから、なんか反応ない訳!?」

少し怒りながら近久が声を荒げると、老人が申し訳なさそうに返事した。

「あぁ…すまないね…。
私は、河原 知秀(かわはら ともひで)…脳科学について研究している研究者だ」

自己紹介する老人を観察していた近久は、その異変に気付いた。

「あれ?あなたはなんでデュエルディスクを着けてないの?」

この実験において必須のデュエルディスク。
それを身に付けていない理由を問うと、たじろぐ老人。

「そ、それは…」

「彼はこの実験を観察する側の人間。
言うならこの実験を運営していた側の人間だからだね」

渚がそう言うと、近久は河原まですっ飛んでいくと、胸ぐらを掴んでぶんぶんと前後に揺する。

「だったら!早くウチ達をここから出せってー!!!
ここからの出かた知ってるんでしょ!」

「ひ!?
こ、殺さないでくれ頼む…!」

突如怯え始めた河原に、近久は手を放す。

「こ、殺すわけないじゃん…。
なんでそんな怖がんの…」

「ここでは、デュエルディスクを持っていない人間は無条件に殺されてしまう。
デュエルする術を持たない人間は、嬲り殺される運命にある」

そう淡々と告げる渚に、近久はぎょっとしたような視線を渚に向けた。

「なぎさ?何言ってんの。
な、なんでデュエルで殺すとか殺されるって話になるのよ?」

その困惑の言葉から、河原とヘッドホンを着けた青年は、彼女がここがどのような場所なのかを把握しきっていない事を察した。

「おや、そう言えば説明をしていなかったね。
ここは決闘実験。デュエルで発生するダメージが現実のものとなる。
そのダメージ量によっては、死んでしまう事もある訳だ」

「は…?」

渚の説明を飲み込めない近久。
しかし、構わず渚は説明を続ける。

「ボクもここには結構居るけど、殺してきたし、殺されてるのも見てきた。
この目の下も、火傷の跡で結構グロイことになってる。見てみるかい?」

眼帯を親指で押し上げた渚がそう聞くも、近久はぶんぶんと首を横に振ってそれを拒否する。

「見たい訳ないじゃん!!
え、てことはなに?バカ兄貴は……?」

渚の語る命のやり取りが行われているこの施設。
その概要を把握した近久は、顔を青くしフロアの出入り口へ向かおうとする。
しかし、ヘッドホンを着けた青年がその腕を掴んでそれを止める。

「なに!?触んな!離して!」

「落ち着きなよ近久君。
キミのお兄さんは無事だ」

その言葉で抵抗をやめた近久は、渚を見遣る。
緩く口角の上がった渚が話を続ける。

「キミのお兄さんは少し特殊でね。
ここへ来る条件は満たしていたけど、素行の悪さからこの実験から強制排除となった」

「排除…?」

そうやって話す渚の話を熱心に聞く、近久。
しかし、陰から河原がヒビの入った眼鏡越しに疑念の目で渚を見つめている。

「排除と言っても実験の参加資格を失っただけだ。
彼は君が実験に参加したことで、発生した資金を手に外でのうのうと生きている事だろう」

「はぁぁぁ!!???
あんのクソ兄貴!何ウチに内緒で帰ってんだよ!!」

兄への怒りを口から叫びながら、地団太を踏む近久。
そして、自分の手を掴む青年の手を振りほどくと、彼が何者かを尋ねた。

「そんで?あなたは誰?」

「………」

近久が青年へと名前を聞くが、青年は黙ったままだ。

「ちょっと!名前ぐらい答えなさいよ!」

そう言った矢先に青年は、近久にメモを渡して来た。

「メモ…?」

   *****
  玖能木 学
   *****

そこには名前らしきものが書かれていた。
まどろっこしい方法の自己紹介に、近久はついつい悪態を吐く。

「これが名前?なんでわざわざメモで渡してくるのよ」

「玖能木(くのぎ)君は耳が聞こえないんだ。
だから、こうやって筆談で話す。デュエルの時はサポートの音声が効果解説とかしてくれるみたいだよ」

横から渚が、久能木の耳が聞こえていないことを告げた。
悪態を吐いていた近久は反転して申し訳なさそうに久能木を見た。

「あぁ…そうだったの…ごめん。
てか、聞こえてないなら今ウチが言ってる事も聞こえてないか…」

そう口にすると、久能木から再びメモが渡された。

   *****
なに言ったかは分かってる
   *****

「え?なんで?」

「彼は生まれた時からこうみたいでね。
その過程で、相手の唇の動きから何を喋っているか読み取る読唇術が使えるようになっているみたいだ。だから、彼がこっちを向いている時なら、普通に喋ればこっちの言いたい事は彼に伝わる」

口をぽかんと開けた近久が、渚と久能木を交互に見る。

「すご」

「彼にとって必要な物とは言え、同感だね」

そう言って一通りの自己紹介を終えた事で、近久が渚に問いを投げた。

「それでどうする訳?
どうやってここから出るの?ここ仕切ってる人が居るんだし、何か方法あるんでしょ?」

「ああ、それのことなんだが…」

そう言った渚は、懐から缶ビールを取り出すと蓋を開けた。
プシュっという音と共に、中から泡が溢れ出る。
近久は唐突に出現した酒に引き気味になりながら、苦言を呈す。

「えぇ…昼間から酒って…」

「固い事を言わないでくれよ。
…外に出る話だったね。実はそれを諦める事にした」

「は?」

あふれ出す泡と共に、ビールの缶を口元まで運んだ渚。
近久はその言葉の意味を理解しきれず、渚へと詰め寄る。

「何言ってんの!?
どういうことか説明してよ!
兄貴も見つかるし、外にも出れるって話だったから、あなたの指示に従ったんだよ!?」

「君は運がいい~。
ボクの目的を果たすために、君と同じように指示を送った他の3人は全員死んだみたいだ」

酒を煽りながら軽く言いのけた渚。
その瞬間に、近久の背筋に寒気と共に登って来る恐怖感。

「なぎさ…何言ってるの…?」

「おっと~誤解しないでくれよ?
デュエル初心者の君の為に、一度行ったことあって一番危険の少ないホワイトエリアに行ってもらったんだ」

うすら笑いを浮かべる渚。
それに怒りが噴出した近久が怒鳴り声をあげる。

「あなた正気なの!?
人が死んだって話をなんでそんな笑いながらしてるのよ!!!」

「ここでは、それが当たり前になっているからだよ」

「な…!」

残された左目で真っすぐ近久を捉える渚から、それは即座に返された。
表情に笑みは見えるもその目はどこか冷たく迷いのないものだ。
その眼力に気圧されて近久は言葉を続けられない。

「隅野君に米花君。後は~山辺君だな。
彼は実に惜しかった~。
デュエルに脳を焼かれてるが、まともに話が出来て実力もあった。
だが、彼があいつを足止めしてくれたお陰で、ボクの計画は問題なく成功まで漕ぎつけられたんだ」

「………」

話をする渚の傍らで、懐から煙草を取り出した久能木がそれに火をつける。

「さて、そんな彼らの犠牲を無駄にしない為にも~。
ボクはこの世界に秩序を生み出す事を決めたんだ」

「ま、まって。
なんでそんな話になるのよ…。外に出るんじゃなかったの?
なんで、外に出られないって決めつけるのよ」

震える声で近久が渚へと問いかける。
アルコールにより顔が赤くなった渚が、さらに一口ビールを口へと運んだ後にそれに答えた。

「決め手は河原さんの存在だね~。
彼が聞かせてくれたこの実験の概要。
それを聞くに、ボク達が外へ脱出するという選択肢。
それが何とも無意味なものだって事を教えてもらったんだ~」

「う……」

微笑みながら目線を向けられた河原は気まずそうに、俯く。

「な、なんでよ。
ウチにも教えてよ!なんで、外に出るのが無意味って事になるの!!」

「ま~ま~それは後で教えてあげるから、まずはお姉さんの話を聞いてよ~」

ふふっと笑った渚は何度目かのビール缶を口に運ぶ。
すると、中身が尽きたのか缶を一気に傾けた渚はその中身を全て飲み干す。

「ぷはーー!
このやっすい感じが最高なんだよね!
近久君はお酒はいける口かな~?」

「……飲まない。
いいから続きを話してよ」

素っ気なく返事した近久。
それを笑って流した渚は、己が実行しようとしている事の全貌を明かした。

「ボクが目指すのは秩序ある世界。
こんな、デュエルで人を殺すような事がまかり通っていいはずがない。
だから、そんな危険分子は排除する必要があると思うんだ」

「危険分子の…排除…?」

にやっと微笑んだ渚は声を高らかに答えた。

「そう。
この実験で人を平気で殺すような奴は人間じゃないんだ。
だから、ボクたちは秩序の名の元にそいつらを駆除する。
そして、残った真っ当な人間達だけで手を取りあって、ここで平和に生きていくんだ」

「な…!?」

渚から語られた理想論。
近久が反応する前に、河原が声をあげた。

「ダメだ…!!
そんな人を殺すなんて事しちゃいけない!
自分にとって不都合な人を殺すってのは、独裁政治となんら変わりない!!!」

河原が声をあげると同時にデッキからカードを引き抜いた渚は、デュエルディスクにモンスターを召喚した。

「ぐあっ…!?」

その瞬間、河原の頭上より黒い翼を広げた鳥獣が飛来した。
鳥獣は瞬く間に、その巨大な鉤爪を河原の肩に喰い込ませ地に伏せてしまう。

「え!?」

「………」

突然の事態に近久は動揺する。
しかし、久能木は何も気にすることなく、たばこの煙を虚空へ放つ。

「河原さん?あなたはそんなことを言える立場にあるのですか?
あなたはデュエルディスクを持っていない。そんなあなたがまだ殺されていないのは、ボクの協力者の久能木君がここへ連れて来たからですよ。
むやみやたらに正義感を振りかざしたから、あなたもここへ送り込まれてしまった。
どうやら学習能力を持っていないようですね?今あなたの命はこの実験場において、一番の最下層にある事をよーーーく自覚した方がいいと思いますよ~?」

鳥獣は、そのくちばしを河原の首筋にあてがうと、カチカチと口を開け閉めする。
酔いが回っているのかふわふわとした表情の渚だが、その口から放たれる言葉には明確な殺意が練り込まれていた。

「ひ……わ、悪かった…。
すまない…だから頼む…殺さないでくれ……」

「はは、悪いね」

乾いた笑い声と共に、デュエルディスクよりモンスターが離されると、出現した鳥獣が姿を消した。
河原の肩からは、鉤爪が突き刺さったことで出血し、白衣が血に染まって行く。

「別にボクが機嫌を損ねた~って訳じゃないんだ。
ただ、あなたがその間違った認識を続けるのは危険と判断して、言わせてもらったよ。
せっかく生きてるんだから、命は大事にしないとだからね~」

「ぐ……分かった…。
すまなかったね……」

傷口の肩を抑えながら河原が、ゆっくりと答えた。

「なぎさ…あなた……」

震える声で、渚に語り掛ける近久。
渚はそれに快く応じ、彼女が聞きたいであろうことを語る。

「必要な事だと思ったんだけどね。
さっき独裁政治と彼はそう言ったけど、そもそもここには政治も何も存在しない無法地帯だ。
だから、余計に人は死ぬし、死にそうになるから真っ当な人間も他者を襲って人間を辞めていく。そんな空しい事を、ここで終わらせたいと…。
ボクはそう考えているんだけどどうかな~?」

そう言って近久に手を差し伸べる渚。
その手を取る事はなく、近久は質問を続けた。

「本当に…殺すしかない訳…?
どうにか平和な解決策とか……」

「見てただろう?人間では太刀打ちできない力をここに居る人間は操れるようになる。
一度染まった人間はもう、人間に戻れないよ。
もちろん、それが人間かを確かめる会話は交わすさ。だけど、人外と分かったら後は排除の対象でしかない」

渚はそう言って、自らの右目の眼帯に人差し指をあて、トントンと叩く。

「人外を助けようとして、こうはなりたくないだろう?」

近久は唾をゆっくりと飲み込む。
そして、渚へ己の想いをぶつける。

「話は…なぎさが外に出る事を諦めた理由を聞いてから。
なぎさがバカになってて、可能性を自分から潰してるかもしれない!」

「まぁそれもそうだ。
君も話を聞いて納得出来たら、一緒に協力しようじゃないか」

了承した渚は、突如真上を向き声高に叫んだ。

「この実験は新たなステージに突入する。
ここに文明が、秩序が生み出されるんだ。
これもまたいい実験結果になるだろうさ!」

まるで誰かに伝える様に叫ばれたそれは、赤く染まったフロア内で反響していく…。
現在のイイネ数 18
作品イイネ
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コンドル
別々の時間軸のことを考えても分からない。それなら前を向こうと頑張る姿勢、とても大事ですね。協力者も増えて、一歩前進といったところでしょうか。
そしてレッドエリアでは不穏な空気が。
狂気に飲み込まれた人間を倒した者もまた、狂気に飲まれたということでしょうか。
「怪物と戦う者は、その際自分が怪物にならぬように気をつけるがいい。 長い間、深淵をのぞきこんでいると、深淵もまた、君をのぞきこむ」と昔の哲学者も言ってましたしね。
次回から新しい展開になりそうな予感。楽しみに待っています (2024-05-12 21:05)
ランペル
コンドルさん閲覧及びコメントありがとうございます!

中々難しい選択ですが、今までの苦しい出来事を振り切った梨沙は前向きに物事を考えれるようになりました。また新たな問題が出て来たものの、仲間は確実に増えています。確実に前へと進んでいきたい所ですね。

一体何を知ってしまったのか…。狂気を打ち破った渚でしたが、その口ぶりからも狂気の片鱗が…。哲学者もやはり名前に違わないですねぇ。深淵を見つめている内に深淵い飲み込まれてしまうとは恐ろしい事です。
引き続きまったり見て頂けると幸いでございます! (2024-05-16 02:03)

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