26話　蒼の衝突　その①　作：コングの施し

白石杯、その4回戦での遊大との決闘を勝利で終え、ひとまず決闘ホールを退こうとしていた。出口を股がこうとしたとき、一人の声が龍平を呼び止める。

???「キミ…大石龍平くんだよね。龍ちゃんって呼んでもいい？」

曇りひとつなく明るい声、しかしその悪く言えば軽々しい声に対して顔をしかめた。

龍平「…龍ちゃん？」

決闘ホールの外側、自販機に並んで壁側に、小柄な少年が一人、未開封の葡萄の缶ジュースを片手で転がしながら立っていた。前のボタンを開けた学ランにレトロな学生帽を浅くかぶり、にこやかに少年は続ける。

???「おれは鬼ヶ逢馬！やだなあ、キミの次の対戦相手だよ！」

一見すればただの自己紹介、ただの軽いコミュニケーションに過ぎない。しかし龍平はその小さな男の笑顔にやはり何か違和感を抱いていた。何か、ほんの一滴の黒い墨が垂らされてたような、何か引っかかる感じ。そこで違和感を感じたとしても突き放すわけにもいかず、渋々龍平も返す。

龍平「大石龍平。対戦よろしく。」

もう用は済んだだろうと、そう立ち去ろうとした時、ホール出口から同じく4回戦を終えた遊大が龍平を呼び止める。

遊大「龍平！やっぱさ！」

再び足が止まり、龍平は振り返る。

遊大「お前もデュエル部入ろうぜ！先生も嬢もみんなも、龍平みたいな強いやつ大歓迎だって！俺もリベンジしたい！」

龍平は喉から出てくる言葉がグッと詰まってしまうのを感じた。しかし直前に戦った一人の男の思いの強さと、龍平を見つめるまっすぐな視線から目を落とし、曖昧に返した。

龍平「…考えとく。」

その言葉を聞くと、遊大は目をキラキラさせて龍平に肩を組もうと勢いよく近づく。

遊大「いいのか！考えてくれんのか！！？」

龍平「…っ！ああ、わかった、考えとくから、近えよっ。」

暑苦しく感じてしまった龍平は不慣れな苦笑いで近づく遊大をあしらい、遊大もそのままのテンションで『ありがとうなあ〜！みんなに言っとくわ！』という言葉とともに2回へとさっさと上がって行った。

その一部始終を見ていた逢馬は、相も変わらないその口角で龍平へと再び話しかける。

逢馬「へぇ〜、デュエル部に入ってなかったんだね。信用されてるし信頼されてるみたいだけど、たったデュエルだけであそこまで仲良くなれるなんて、すごいな。」

変わらずニコニコした表情で続けているにも関わらず、龍平は先刻に感じた違和感の正体が少しだけ輪郭を表したような気がした。どことなく毒を孕んだようなその物言いに表情が曇る。

龍平「…何が言いたい？」

逢馬は龍平の厳しい視線を感じ取ってもその表情を濁らすことなく、一貫してにこやかな表情を崩すことなく返した。

逢馬「嫌だなぁ〜。そんなに睨まないでよ。
別にキミだって、決闘部に入るのは本意じゃないんだろ？なんの理由があるか知らないけどさ。」

龍平は再び言葉を詰まらせる。『それは…』と言いかけた時、逢馬は壁に寄りかかった体を起こして龍平の元まで近寄ると、一瞬龍平の横で立ち止まった後にホール外周の観客席へと姿を消した。

『楽しみだよ。キミと戦えるのが。』という言葉だけ残して。

逢馬が去った後、龍平はその場に立ち尽くしていた。打ち明けなければいけない葛藤と焦燥がその身を焦がす。手には『タイラント・ドラゴン』のカードが握られていた。



遊大はチームメイトたちのもとに駆け寄る。

遊大「ましろ先生！龍平がデュエル部に入ってくれるかもしれないって！」

顧問のましろを初めとした部員たちは安堵の表情を浮かべる。そんな中、逢馬と龍平を呼び出すアナウンスが会場中に響いた。

『鬼ヶ逢馬さん、大石龍平さん、第一デュエルスペースに集合してください。』


アナウンスに招かれるまま、龍平はデュエルスペースへと歩みを進める。しかしその視界は焦燥と迷いによってどんよりと曇っていた。

先刻の逢馬の言葉が幾度も頭の中で繰り返される。

『デュエル部に入るのは本意ではない。』

振り切ることのできない迷いに身を縛り付けられ、体の何倍もの重りを引きずるような感覚の中、デュエルスペースに足を踏み入れた。

対戦相手の逢馬はすでに入場しており、壁に寄りかかってデッキを見つめていた。龍平の入場に気づくと、その顔をあげてまた薄暗い笑みを浮かべた。

逢馬「来たね。さあ、始めようか、、！」

絡み合う重い泥のような迷いを振り切ろうと、龍平も顔を上げる。お互いの中にある闘志は赤よりも熱い蒼く光る炎のように燃えたぎり、会場中の者がその衝突に目を奪われようとしていた。


続く