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第2話:1-1 作:光芒
爽やかな風が吹き、桃色の花びらが舞う。未来へと歩み出す若者たちを応援するかのような暖かな日差しが降り注いでいた。親友と共にこれまでの努力を讃え合い、エールを送り合う者もいれば、高校生活の終わりに涙する者もいる中、天都 遊希は片手に証書の入った筒を持ち、校庭に植えられた中で最も大きい桜の木の下に立っていた。何処か寂しそうな顔をしている遊希は遠くを見つめていた。
「遊希さん!」
そんな遊希の眼には息を切らして駆けてきた遊大の姿が映る。進級するにあたって生徒会の役員となる彼は早くも大忙しだった。
「すいません……仕事が長引いてしまって……」
「いいわ。あなたは来年度から役員になるのだから、しょうがないことよ」
「あの、遊希さん」
「何かしら?」
「ご卒業……おめでとうございます!」
そう言って遊大は手を差し出した。遊希は不器用に微笑むと、その手を優しく握り返した。今日を以て、天都 遊希はデュエルアカデミアジャパン・セントラル校を卒業する。竜司からの誘いを受け、入学して三年……様々なことがあったが、その三年間は間違いなく彼女の人生を左右するほどのものとなっていた。
「ありがとう……本当はもっといたかったけどね。もっとセントラル校の生徒でいられれば、遊大と一緒にいられたのに」
「だからって留年はしないで下さいよ? 俺も、定期的に会えなくなるのは寂しいですけど……」
「でも、あなたはいずれ私と同じ世界に来る。その時までの我慢と思えばなんてことないわ」
遊希は卒業式から一週間後に日本を離れる。プロデュエリストとして復帰した彼女に対しては世界中のデュエル協会から大会参加のオファーが来ていたのだ。かつて一つの時代を築いた“銀河竜を駆る少女”が帰ってくる。それを今か今かと待ちわびている人が世界中にいるのだ。
「みんなが私を待っていてくれている。私は今改めてその人たちの想いに応えたい。もちろん、このセントラル校で経験したことや色々な人との出会いで培ったものをデュエルに活かしてみせる。この【光子銀河】デッキで……」
「それでこそ遊希さんです。俺も、なるべく早くに遊希さんたちが待っているところに行きます。そして……その、遊希さんに改めて俺の決意を伝えます」
「待ってる。でも、今遊大がすべきことは私のことじゃないわよね?」
未来を描くのは悪いことではないが、遊大はこの春に高校二年生となる。学生の本分は勉強であり、デュエリストの本分はデュエルに強くなること。遊大は自分を磨くことはそうだし、上級生として後輩たちの指導をしなければならないのだ。まずは足元をしっかりと固め、上を見るのはそれからでも遅くはない。それが羽ばたく遊希の言葉であった。
「はい。結衣さんをはじめ、多くの後輩が4月に入ってきますからね。俺も先輩としてみんなの目標になれるように頑張ります!」
「うん、様になって来たわね。先・輩?」
「あはは……」
そう言って遊希と遊大は木の幹に寄りかかってその場に座る。春風に吹かれながら、流れゆく雲を眺めていた二人であるが、そんな中遊希がふと思い出したかのように呟いた。
「そう言えば、この間結衣から連絡が来たの」
「結衣さんから?」
「ええ。まずは無事合格したとの報告。そして……準首席入学ってことをね」
白幡 結衣は現役の中学生プロデュエリストであり、遊希と共に日本デュエル界の未来を担う逸材だ。しかし、準首席入学ということは、そんな彼女よりも良い成績を修めて入学する新入生がいるということでもある。
「……俺も本人から言われて驚きました。彼女の上を行くデュエリストがいるなんて」
「電話口であの子、悔しがっていたように思えたわ。でも、頂点じゃないということはまだまだ上を向いて前に進むことができる、とも伝えておいた。多分気にしているだろうから、会ったらそれとなくフォローしてあげてね?」
「わかりました」
そんな時、遊大の脳裏には一人の少女の姿が浮かんでいた。留奈を倒し、自分ともデュエルをした風花 遊舞その人である。あれから彼女と出会うことはなかったが、遊大は何故か彼女のことを忘れられずにいた。
「あの、実は一人その子らしき受験生を知っています」
「それは首席入学者のことかしら?」
「はい。試験が終わった後、仁たちが使っていたデュエルフィールドにふらっと現れては留奈さんをあっさり倒したそうです」
「舞原さんが? それは気になるわね。でも、どうしてその子が首席入学者だと?」
「……デュエルの時の佇まいが、遊希さんに似ているような気がしたんです。性格とか見た目はだいぶ違いましたけど、対峙していて遊希さんを相手にしているような、そんな感じが……」
「ふーん……私に。在校生相手に勝てるんだから結衣レベルのデュエリストであることには間違いないわね。でも対峙して初めてわかることもある。私が初めて遊大に出会った時と同じようなものを、遊大も感じたんじゃないかしら?」
遊希が遊大に目を付けたのは、レアカードである【オッドアイズ】を所持していること。そしてI2社のデータに無かった《覇王烈竜オッドアイズ・レイジング・ドラゴン》のカードを所持していたこと。それもあるが、数ある理由の一つに過ぎない。遊希はあの時の、まだデュエリストとして芽生え始めたばかりの遊大に何かを感じていた。だからこそ今、二人はこのような関係になっているのだ。
「そういう直感というのは案外馬鹿にならないものよ。私と遊大のように、遊大もその子と出会ったことが今後のアカデミア生活に活かせる日が来るかもしれないわね。あ、でも浮気は許さないから」
「そんな、俺は遊希さん一筋です……」
「嬉しいけど、堂々と言われると結構恥ずかしいものね」
そう言って遊希は一人立ち上がる。この後彼女は綾香ら親友たちと卒業パーティーの予定があり、明日からは二泊三日の卒業旅行が控えている。遊大とはできるだけ一緒にいたい、という思いはあるが、だからといって必要以上に人を待たせたくはなかった。
「遊大、じゃあ……私は行くから」
「遊希さん……遊希さん!」
「?」
「俺、絶対にあなたのいるところまで辿り着いてみせます。そして、あなたを迎えに行きます」
「……うん、待ってるから。約束よ?」
桜の花びらが舞う中、一人の少年と一人の少女の間には固い契りが交わされた。
*
遊希の活躍が、世界中で報じられるようになった頃。遊大はセントラル校の二年生となっていた。生徒会の役員となった遊大は入学式において、去年の遊希同様に挨拶を求められる。初めての挨拶はとても緊張したが、それでも昨年末の事件の英雄であり、またその眉目秀麗さが内外で話題になっていた彼にはたどたどしいスピーチであっても、多くの拍手が送られた。
「ふぅ……緊張した」
「遊大さんらしくていいスピーチでしたよ」
「ありがとう、美鈴さん」
生徒会役員たちのスピーチが終わり、会場が拍手に包まれた。遊大たちの存在が新入生たちにやる気と活力を与えていくのである。そして入学式は最後のプログラムへと移るのだが、この学校では入学式の最後にはある催しが行われていた。そしてその催しこそアカデミアの新入生が最も楽しみにしていたものなのである。
「それでは、入学式最後のプログラムになります。首席入学の新入生と準首席入学のデュエリストによるデュエルです。只今より会場設営を行いますので、新入生および来賓の方々は席を立ち、所定の位置へと移動してください」
すっかり恒例となった新入生によるエキシビションデュエル。代表に選ばれた二人のデュエリストの名が高らかに呼ばれた。
「エキシビションデュエル代表・準首席入学者、白幡 結衣」
「はい」
拍手と歓声に迎えられて起立した結衣は真面目そうな顔をしてはぺこりと一礼する。結衣の入学は既に報じられていたため、彼女の名が呼ばれることに対してその場にいた誰もは納得の様子だった。
「そしてエキシビションデュエル代表・首席入学者―――」
―――風花 遊舞―――
「はぁーい!☆」
結衣と比較してなんとも明るく、軽い返事が響き渡る。他の生徒がきっちりと指定の制服を着用している中、早くも一人制服をアレンジしている派手な出で立ちに会場中がどよめいた。幸いセントラル校はそれほど校則が厳しい訳ではないが、入学して初日にそんな着こなしをしてくるとは。結衣とは違った意味で遊舞は周囲の目を引いた。
「そ、それでは今名前を呼ばれた二人は指定の場所へ向かってください」
「あ、あの方が……あの不埒者が首席入学者なんですか……?」
「みたいだね……あ、美鈴さん落ち着いて。今は入学式だから」
美鈴が珍しく怒気を露わにし、遊舞のテンションに司会も思わず動揺を見せる中、デュエル委員となった遊大は予め先回りして二人の到着を待っていた。しかし、自分の予想した通り、遊舞が首席入学者ということに驚きを隠せなかった。
(しかし、本当の彼女が結衣さんを上回る成績を残して首席入学者になるなんて。人は見た目によらないってあるんだなぁ)
「セーンパーイ!!」
考え込んでいた遊大の後ろから明るい声が聞こえる。振り返ろうとした遊大に遊舞はまるで飛びつくかのように抱き着いてきた。
「うわっ!?」
「センパイ! アタシ、またセンパイに会えて嬉しいな☆ これから宜しくね!」
「う、うん……あの、えっと。そんなにくっつかないでもらえるかな?」
「えーっ、いいじゃん別に!」
「良くないですよ。ここは公衆の面前です」
遊舞を邪険にできない遊大の代わりに割って入ったのが結衣だった。結衣は遊舞を引き剥がすと、ジロリと彼女を睨みつける。遊希と遊大の関係性を知っている彼女は、尊敬する遊希のためにも遊大と別の女性が必要以上にベタベタするのを良しとしなかった。
「ちぇーっ。ま、センパイが迷惑してるならしょうがないよね☆」
「全くです。あなたは首席入学なんだからもっとあるべきように振る舞ってください。準首席の私の顔も立ちません」
「えっ、あなたが準首席なの? アタシは風花 遊舞って言うんだ! 宜しくね☆」
「……白幡 結衣です。よろしくお願いいたします」
「宜しくね、ゆいゆい!」
「ゆ、ゆいゆい?」
「うん☆ 結衣だからゆいゆい。めっちゃ可愛い名前だよね!」
「……いくらなんでも気安すぎると思わないんですか? 私たちは初対面ですよ?」
「確かにはじめましてだけど、アタシたちこれから同じセントラル校の生徒なんだよ? だったらいいじゃん! これくらい距離近くても☆ あっ、じゃあアタシのことはゆまりんとかゆままとか呼んでもいいよ? これでおあいこだね!」
「そういう問題じゃありません!」
「ふ、二人とも……火花を散らすならデュエルでやってね」
見ていられず止めに入った遊大。遊大に迷惑をかけたくはない、と思った遊舞は「じゃ、先に行ってるねー!」と言って持ち場へと駆けていった。彼女がいなくなるを見届けた結衣は深くため息をついた。
「私は、あんな子に成績で負けたんですか?」
「……みたいだね。でも、首席準首席という成績をそんなに引きずらなくてもいいと思うよ? デュエルに臨めば一概にデュエリストなんだからさ」
「わかっています。遊大さん、私……勝ちますから」
「……うん。確かに彼女、風花さんは強いかもしれない。でも結衣さんが今までやってきたことをやればきっといい結果がついてくるから」
「はい」
そう言って遊大に深々と一礼して自分の持ち場へと向かう結衣。遊舞と結衣―――二人の正反対のデュエリストによるデュエルの火蓋が切って落とされようとしていた。
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(2019-06-27 22:33)