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第4話「小説もまた奇なり」 作:えのきっち
ハギ、そしてヒメカを一瞬にして喰らった目の前の蟲惑魔、アトラは未だこちらを見つめている。様子を伺っているのか、はたまた余裕の表れか。本体である大蜘蛛に腰掛けながらリラックスしている様子だ。
ホールティアがふと溢した『古参』という言葉。この言葉には深い意味が込められている。
私たちの住む森には多くの蟲惑魔が生息している。そして、その蟲惑魔の多くは二種に分類される。もちろん、植物由来の植物型、昆虫由来の昆虫型といった分け方とはまた別の分類方法だ。
一つは、私たちのように古くから森に生息している『原住種』。そしてもう一つは、蠱毒が始まってから急激に増えた新たな個体、『新種』である。新種がどのようにして生まれたのかは定かになっていないが、急激な個体増加によって森はパニックとなったのだ。今まで戦ったセンやヒメカは新種の仲間。そして今目の前にいるアトラは原住種。原住種は長年森に住んでいることもあり、捕食のやり方なども熟知している。歴戦の猛者と言った方が早いだろう。……今までとは格が違う、とはそういうことなのだ。
「どうしたの?貴女、私と同じ昆虫型でしょ?貴女が攻めてこないでどうするのよ」
アトラが煽る。当然乗る気はない。そもそも、ホールティアとの落とし穴戦術を使う都合上安易に攻め込めないのだ。
「いやだよ、戦いたくないよ。だって絶対強いじゃん!ここは見逃してよ、ね?」
「命乞い?原住種が聞いて呆れるわね」
「だよね」
ダメ元の和平交渉は予想通り失敗。ホールティアの方をチラッと見る。小さく私に「やるしかない」と伝えてきた。腹を括るしかないみたいだ。
「言っておくけど、私たちはあんまり危害を加える気はないからね!」
「あ、そう。戦争真っ只中なのに呑気だこと。私は容赦する気はないけど」
じりじりと、アトラはこちらに近づいてくる。目の前の獲物に飢えながら。鋭い毒手をちらつかせながら__
「……散開するぞ!」
「えっ!?」
ホールティアの大声。呼応するかのように飛びつく大蜘蛛。私たちは別々の方面へと逃げる。散開しろ、と言われてもそれからどうすれば良いのだろう?とにかく固まらなければいいのか、だがそれだとアトラは止まらない。奴を安全に倒せる手立てを考えなくては。っと、こっちに来たみたい。
「逃げ足だけは立派ね!というか、擬似餌ばっかで動いて随分と不便そうじゃない!」
「私はこれでいいの!人のやり方に口出さないで!」
擬似餌で動くのにももちろんメリットはある。巨大な本体に比べて極端に小さい疑似餌は隠密はもちろん、小回りの効く動きが可能。もっとも、攻撃力は皆無なのだが落とし穴を使う私にはそんなものは大した問題じゃない。
作戦としてはこうだ。このままアトラを引き付け、落とし穴のある地点まで持っていく。そうしたら落とし穴に嵌められる……という安直な考えなのだが、ホールティアと離れた以上連携攻撃は不可能だ。だから、久々に私が体を張ってみようと思う。合流まで時間を稼ぐ。落とし穴の戦術を使うにはこれしか手段はない。
「ああもうすばしっこいわね!いい加減観念したらどう!?」
「嫌だよ、まだ喰べられたくないもん!そっちこそ諦めてよ!」
木々を蹂躙しながら迫る。私の進んだ道が悉く塗り替えられる。でも問題ない。地表がどこまで塗り替えられても、その下までは触れることはできない。……もうすぐ『直上』だ。
「ホールティア、こっち来て!やるよ!」
きっとまだ遠くには行っていない。私の声も聞こえたはずだろう。ホールティアが来るまで私一人で頑張らなければ。
「やっぱ小細工仕込んでる……でも、その前に喰べてしまえば問題ないわよねっ!」
「……耐えられたらいいんだけどなぁ!」
私を逃さぬと言わんばかりに張り巡らされる夥しいほどの蜘蛛糸。彼女の基本戦闘スタイルなのだろう。この蠱毒では疑似餌で戦う蟲惑魔はもはやほぼいない。対昆虫ならばそれが一番強いのだろう。アトラはその糸を器用に伝いながらこちらに近づいてくる。もし私が本体を使って戦っていたなら……想像もしたくない。
だが、戦況は未だ不利。スピードとしては相手の方が格段に上だし、その道中で私の逃げ場をなくすようにさらに巣を増設させている。捕まるのも時間の問題かもしれない。ホールティアはまだなのだろうか?……これもアトラの作った巣の影響なのだろうか。仕方ない、苦肉の策だが……使っておこう。
「……ちょっと早めて解禁だよっ!まずはシンプル、『落とし穴』!」
「んなっ」
かかった。少々深さと大きさに不安があるものの、時間を稼ぐにはもってこいだろう。その穴は足を何本かひっかけ、確かに動きを止まらせることができた。しかし、これは時間の問題だろう。大落とし穴のように丸ごと叩き込むことができなければ、狡猾な落とし穴のようにうまく奇襲できたわけでもない。またすぐに__
「ビックリさせないでよもう!戦う気あんの!?」
「……抜け出せちゃうよね」
足止めはできたが、戦闘として見るのであれば逆効果もいいところだ。怒りを増長させただけという結果になってしまった。早くホールティアと合流しなければこちらも手数切れになる。
「ああもう……!なら、『粘着落とし穴』で」
「カラクリがわかったら簡単に避けられるわ!どうしたの?防戦一方じゃない!」
「くっ」
足止めもできなくなってきた。もう落とし穴のレパートリが切れる寸前だ。このままだと、本当に喰われる……!ホールティアは__
「待たせたトリオン!ようやくここまで来れた!」
「待たされたよ!ここで決めよう!」
ようやくの到着だ。ついに突破口が見えた。ホールティアはいつものように相手の動きを止め、そこで私が叩き込む。うまくやってくれるはずだ。
「少し痛いぞ」
「はっ……?疑似餌風情がやってくれたわね!」
「そうだな、それでいい」
「私は準備オッケー。やるよっ!」
彼女の鋭い爪がアトラを少々傷つけ、その怒りの矛先はまんまと彼女の方へと向いた。位置もタイミングもバッチリ、落とし穴の直上!私たちの勝ち__
「喰らえっ……『大落とし__」
次の瞬間、私は地に伏していた。身体は動かなかった。……しまった、蜘蛛糸吐けるんだったっけ。
「……何かと思えばその程度!小賢しいわねっ!」
「トリオン!」
顔を上げたら、そこには顔があった。疑似餌じゃない。蟲の顔。複眼、大顎、荒い息。蜘蛛の前脚がこちらに迫っているのを感じた。あ、死ぬかも。絶対絶命、なのだろうか?
……ホールティアの声がする。戦っているのだろうか?
「トリオンを離せ……っ!」
爪をぎらつかせてアトラにかかる。駄目だ、ホールティアはただでさえ戦闘能力高くないんだから。
「食事の邪魔しないでよ……ねっ」
蹴飛ばされている。防御を忘れてもろに喰らっていた。
「がっ」
大樹に叩きつけられる。意識はまだあるみたいだけどしばらくダウンかな。
「さて、と。いよいよね……アンタは意識を疑似餌側で持ってそうだし、これ食べれば普通に死ぬよね?私も運動の後だし、ちょうど小腹が空いてたのよね」
死ぬ。死ぬ。喰べられる。殺される。生き残らなきゃ。まだやり残したこと沢山あるのに。ホールティアも喰べられる?そんなの嫌だ。動かなきゃ。縛られてるのに?無理。でもどうすればいい?不可能。死ぬしかない。でも、なんとかするしかない。まだ何かあるかも。諦めちゃいけない!
ふと、足元を見る。……もしかして、アトラは今慢心しているのでは?ならば上手くいくかもしれない。いや、動くまでもないのか。
アトラはホールティアが追って来れないように、そして私が逃げられないように糸を張り巡らせた。そう、『極端なほどに』。
「……んえ?なんか引っ掛かったわね。私の蜘蛛糸かしら」
そう、アトラの蜘蛛糸だ。……まさかそんなアホみたいなやられ方しないよね?やめてよ?
「ちょ、ちょっと!誰よここに蜘蛛糸張ったの!絡まったんだけど、ねえ!?……ああもう今度はこっちにも!」
自分の蜘蛛糸に引っ掛かるってのはどうなんだ?そんなこと考えてたらアトラがさらに悶絶し始めた。本体も疑似餌もばたつかせてなんとか解こうとしている。……あっ、そっちの方に転がったら__
「……そこ、『大落とし穴』なんだけど」
「あぁあぁぁぁぁ!?!?落とされ__」
呆気ない。何はともあれ助かった。それでもやはり腑に落ちない。相手が間抜けで助かったのか……
ホールティアが立ち上がる。どうやら回復したらしい。糸を避けながら、なんとかこちらまで来てくれた。
「糸、切ってあげようか」
「……うん、お願い」
全ての拘束から解き離れ、自分の激運に感謝する。気になったので、少し落とし穴を覗いてみることにした。
「……その面覚えたわ!2度目は無いから覚悟してなさい!!」
怒ってそうなので、復帰されないうちに私たちはその場を去ることにした。また捕まったら困るし。
「ねえホールティア」
「なんだい?」
「なんかさ……どっと疲れたよ」
安心感よりも、ため息がまず出てきていた。
ホールティアがふと溢した『古参』という言葉。この言葉には深い意味が込められている。
私たちの住む森には多くの蟲惑魔が生息している。そして、その蟲惑魔の多くは二種に分類される。もちろん、植物由来の植物型、昆虫由来の昆虫型といった分け方とはまた別の分類方法だ。
一つは、私たちのように古くから森に生息している『原住種』。そしてもう一つは、蠱毒が始まってから急激に増えた新たな個体、『新種』である。新種がどのようにして生まれたのかは定かになっていないが、急激な個体増加によって森はパニックとなったのだ。今まで戦ったセンやヒメカは新種の仲間。そして今目の前にいるアトラは原住種。原住種は長年森に住んでいることもあり、捕食のやり方なども熟知している。歴戦の猛者と言った方が早いだろう。……今までとは格が違う、とはそういうことなのだ。
「どうしたの?貴女、私と同じ昆虫型でしょ?貴女が攻めてこないでどうするのよ」
アトラが煽る。当然乗る気はない。そもそも、ホールティアとの落とし穴戦術を使う都合上安易に攻め込めないのだ。
「いやだよ、戦いたくないよ。だって絶対強いじゃん!ここは見逃してよ、ね?」
「命乞い?原住種が聞いて呆れるわね」
「だよね」
ダメ元の和平交渉は予想通り失敗。ホールティアの方をチラッと見る。小さく私に「やるしかない」と伝えてきた。腹を括るしかないみたいだ。
「言っておくけど、私たちはあんまり危害を加える気はないからね!」
「あ、そう。戦争真っ只中なのに呑気だこと。私は容赦する気はないけど」
じりじりと、アトラはこちらに近づいてくる。目の前の獲物に飢えながら。鋭い毒手をちらつかせながら__
「……散開するぞ!」
「えっ!?」
ホールティアの大声。呼応するかのように飛びつく大蜘蛛。私たちは別々の方面へと逃げる。散開しろ、と言われてもそれからどうすれば良いのだろう?とにかく固まらなければいいのか、だがそれだとアトラは止まらない。奴を安全に倒せる手立てを考えなくては。っと、こっちに来たみたい。
「逃げ足だけは立派ね!というか、擬似餌ばっかで動いて随分と不便そうじゃない!」
「私はこれでいいの!人のやり方に口出さないで!」
擬似餌で動くのにももちろんメリットはある。巨大な本体に比べて極端に小さい疑似餌は隠密はもちろん、小回りの効く動きが可能。もっとも、攻撃力は皆無なのだが落とし穴を使う私にはそんなものは大した問題じゃない。
作戦としてはこうだ。このままアトラを引き付け、落とし穴のある地点まで持っていく。そうしたら落とし穴に嵌められる……という安直な考えなのだが、ホールティアと離れた以上連携攻撃は不可能だ。だから、久々に私が体を張ってみようと思う。合流まで時間を稼ぐ。落とし穴の戦術を使うにはこれしか手段はない。
「ああもうすばしっこいわね!いい加減観念したらどう!?」
「嫌だよ、まだ喰べられたくないもん!そっちこそ諦めてよ!」
木々を蹂躙しながら迫る。私の進んだ道が悉く塗り替えられる。でも問題ない。地表がどこまで塗り替えられても、その下までは触れることはできない。……もうすぐ『直上』だ。
「ホールティア、こっち来て!やるよ!」
きっとまだ遠くには行っていない。私の声も聞こえたはずだろう。ホールティアが来るまで私一人で頑張らなければ。
「やっぱ小細工仕込んでる……でも、その前に喰べてしまえば問題ないわよねっ!」
「……耐えられたらいいんだけどなぁ!」
私を逃さぬと言わんばかりに張り巡らされる夥しいほどの蜘蛛糸。彼女の基本戦闘スタイルなのだろう。この蠱毒では疑似餌で戦う蟲惑魔はもはやほぼいない。対昆虫ならばそれが一番強いのだろう。アトラはその糸を器用に伝いながらこちらに近づいてくる。もし私が本体を使って戦っていたなら……想像もしたくない。
だが、戦況は未だ不利。スピードとしては相手の方が格段に上だし、その道中で私の逃げ場をなくすようにさらに巣を増設させている。捕まるのも時間の問題かもしれない。ホールティアはまだなのだろうか?……これもアトラの作った巣の影響なのだろうか。仕方ない、苦肉の策だが……使っておこう。
「……ちょっと早めて解禁だよっ!まずはシンプル、『落とし穴』!」
「んなっ」
かかった。少々深さと大きさに不安があるものの、時間を稼ぐにはもってこいだろう。その穴は足を何本かひっかけ、確かに動きを止まらせることができた。しかし、これは時間の問題だろう。大落とし穴のように丸ごと叩き込むことができなければ、狡猾な落とし穴のようにうまく奇襲できたわけでもない。またすぐに__
「ビックリさせないでよもう!戦う気あんの!?」
「……抜け出せちゃうよね」
足止めはできたが、戦闘として見るのであれば逆効果もいいところだ。怒りを増長させただけという結果になってしまった。早くホールティアと合流しなければこちらも手数切れになる。
「ああもう……!なら、『粘着落とし穴』で」
「カラクリがわかったら簡単に避けられるわ!どうしたの?防戦一方じゃない!」
「くっ」
足止めもできなくなってきた。もう落とし穴のレパートリが切れる寸前だ。このままだと、本当に喰われる……!ホールティアは__
「待たせたトリオン!ようやくここまで来れた!」
「待たされたよ!ここで決めよう!」
ようやくの到着だ。ついに突破口が見えた。ホールティアはいつものように相手の動きを止め、そこで私が叩き込む。うまくやってくれるはずだ。
「少し痛いぞ」
「はっ……?疑似餌風情がやってくれたわね!」
「そうだな、それでいい」
「私は準備オッケー。やるよっ!」
彼女の鋭い爪がアトラを少々傷つけ、その怒りの矛先はまんまと彼女の方へと向いた。位置もタイミングもバッチリ、落とし穴の直上!私たちの勝ち__
「喰らえっ……『大落とし__」
次の瞬間、私は地に伏していた。身体は動かなかった。……しまった、蜘蛛糸吐けるんだったっけ。
「……何かと思えばその程度!小賢しいわねっ!」
「トリオン!」
顔を上げたら、そこには顔があった。疑似餌じゃない。蟲の顔。複眼、大顎、荒い息。蜘蛛の前脚がこちらに迫っているのを感じた。あ、死ぬかも。絶対絶命、なのだろうか?
……ホールティアの声がする。戦っているのだろうか?
「トリオンを離せ……っ!」
爪をぎらつかせてアトラにかかる。駄目だ、ホールティアはただでさえ戦闘能力高くないんだから。
「食事の邪魔しないでよ……ねっ」
蹴飛ばされている。防御を忘れてもろに喰らっていた。
「がっ」
大樹に叩きつけられる。意識はまだあるみたいだけどしばらくダウンかな。
「さて、と。いよいよね……アンタは意識を疑似餌側で持ってそうだし、これ食べれば普通に死ぬよね?私も運動の後だし、ちょうど小腹が空いてたのよね」
死ぬ。死ぬ。喰べられる。殺される。生き残らなきゃ。まだやり残したこと沢山あるのに。ホールティアも喰べられる?そんなの嫌だ。動かなきゃ。縛られてるのに?無理。でもどうすればいい?不可能。死ぬしかない。でも、なんとかするしかない。まだ何かあるかも。諦めちゃいけない!
ふと、足元を見る。……もしかして、アトラは今慢心しているのでは?ならば上手くいくかもしれない。いや、動くまでもないのか。
アトラはホールティアが追って来れないように、そして私が逃げられないように糸を張り巡らせた。そう、『極端なほどに』。
「……んえ?なんか引っ掛かったわね。私の蜘蛛糸かしら」
そう、アトラの蜘蛛糸だ。……まさかそんなアホみたいなやられ方しないよね?やめてよ?
「ちょ、ちょっと!誰よここに蜘蛛糸張ったの!絡まったんだけど、ねえ!?……ああもう今度はこっちにも!」
自分の蜘蛛糸に引っ掛かるってのはどうなんだ?そんなこと考えてたらアトラがさらに悶絶し始めた。本体も疑似餌もばたつかせてなんとか解こうとしている。……あっ、そっちの方に転がったら__
「……そこ、『大落とし穴』なんだけど」
「あぁあぁぁぁぁ!?!?落とされ__」
呆気ない。何はともあれ助かった。それでもやはり腑に落ちない。相手が間抜けで助かったのか……
ホールティアが立ち上がる。どうやら回復したらしい。糸を避けながら、なんとかこちらまで来てくれた。
「糸、切ってあげようか」
「……うん、お願い」
全ての拘束から解き離れ、自分の激運に感謝する。気になったので、少し落とし穴を覗いてみることにした。
「……その面覚えたわ!2度目は無いから覚悟してなさい!!」
怒ってそうなので、復帰されないうちに私たちはその場を去ることにした。また捕まったら困るし。
「ねえホールティア」
「なんだい?」
「なんかさ……どっと疲れたよ」
安心感よりも、ため息がまず出てきていた。
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