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第2話 舞網の朝 作:氷色
「起きなさいッ!遊緋ッ!!」
けたたましい声によって遊緋は目を開けさせられた。
見慣れた自室の天井を背景にくりっと大きな茶色の瞳がこちらを見下ろしている。
「おはよう、杏里」
欠伸の延長線のような挨拶。
「はい、おはよ!さ、早く起きて学校行くわよ」
遊緋の間の抜けた挨拶に快活に返し、杏里は散らかった部屋の中から的確に彼の制服一式を発掘してこちらに放り投げる。
「あ、ありがと」
ベッドからずるずると身体を引きずるようにして抜け出、おもむろに着替え始める。
杏里はそれを仁王立ちで待っている。
一応説明しておくが、彼女ーーーー『真崎 杏里(マサキ アンリ)』は遊緋の母親ではない。というか家族ですらない。杏里はお隣に住む同級生の女の子だ。所謂幼馴染みというやつ。
保育園の頃からずっと同じ学校に通っていて、姉御肌というかそういう性格でずっと遊緋の世話をあれこれと焼いてくれる。だから遊緋の着替えなど最早見慣れたものだ。今更お互いに恥ずかしいものでもない。
制服に着替え終わるとようやく遊緋は立ち上がった。
立ち上がっても、遊緋が杏里と視線を合わせようとすると少し見上げる形になる。
杏里の身長は167センチ。対する遊緋は160センチほどしかない。お互い高校1年生の男女だというのに女子である杏里の方が身長は高いのだ。
というか二人を見比べると色々とスペック的な差は歴然だった。
杏里は控えめに言っても中々の美少女だ。
目鼻立ちの整った均整の取れた顔立ちに大きな茶色の瞳。栗色の髪の毛はボブに切り揃えられていて快活な彼女にはよく似合っている。
スタイルも良く、出るところは出ていて引っ込んでいるところは引っ込んでいる。制服を押し上げるバストはかなりボリューミーだし、短く折り込んだスカートからは細く長い足が見えている。雑誌のモデルをしていると言われても難なく納得できるルックスだ。
まだ少女らしさこそ残ってはいるものの、それが逆に活き活きとした魅力となって彼女を包み込んでいた。
それに比べて遊緋は背も低く、インドア派の急先鋒のような生活の賜物か肌も白いし、運動不足で筋肉にも乏しく、およそ男らしさとかいうものとは縁遠い外見だ。
顔も凡庸で、雑踏に紛れればすぐに見失ってしまうだろう。
総じてカップルとしては全くバランスの取れていない組み合わせだった。
そしてそれは遊緋自身、充分に自覚するところでもある。
「全く、遊緋は私が起こしてあげなくちゃ夕方まで寝てるんだから。感謝してよね、こんな可愛い幼馴染みが毎朝起こしにきてくれるなんて幸せなことなんだから!」
この杏里のセリフももはや毎朝のルーティンのようになっている。
「別に頼んでるわけじゃないんだけどね」
遊緋の母は忙しい人で、家にも帰ってきたりこなかったり、帰ってきてもまた朝早くに出勤してしまうことが多い。そのため確かに杏里が来てくれなければ、遅刻せずに学校に行けるかと問われれば遊緋のずぼらな性格上無理そうではある。
しかし、だからといって隣の幼馴染みが家の合鍵を持っていて毎朝無断で家や男子の部屋に入り込むというのは防犯上・倫理上如何なものなのか。
「なに、不満なわけ?」
遊緋が言うと杏里はぷくっと頬を膨らませる。
そんなことを言いながら二階の部屋を出て階段を階下のリビングへと降りて行くと、なんだか良い香りがしてきた。
杏里がにんまりと悪戯っぽく笑う。
「じゃあせっかく作ったんだけどこの朝ごはんもいらないわけね」
見るとリビングダイニングのテーブルの上にはきっちり二人分の朝食が用意されていた。
僅かに焦げ目のついたトーストとベーコンが食欲をそそる良い香りを漂わせ、目玉焼きは朝日にツヤツヤと輝き、サラダは瑞々しい青さで遊緋を誘惑している。
昨夜は何も食べていないせいもあり、遊緋の腹は盛大な白旗を上げた。
「わかった、ごめん。ありがたくいただきます」
遊緋が言うと、杏里は得意気ににっこりと笑った。
昔から杏里には何をしても敵わない。幼馴染みの特性とでも言えばいいだろうか、彼女には完全に思考パターンを把握されていて、大抵のことは先回りされて有無を言わさない状況に追いやられてしまうのが常だった。
それでも不思議と不快に感じないのは彼女の人柄あってのことなのだが。
「さ、冷めない内に食べちゃお。早くしないと本当に遅刻するわよ」
そう言って遊緋をテーブルに着くよう急かす杏里の笑顔が眩しいのは、きっと遊緋がまだ寝ぼけていて朝陽が目に沁みているからに違いない。
☆
玄関を出ると、遊緋の目を銀色の光が撃った。
何の光なのかは言うまでもない。
そちらに視線を向けると、街の中心にまるで塔のようにそびえ立つ巨大なビルが見えた。
形状は高層になるほど細くなる円錐形、外壁は無機質なメタリックな銀色。まるで天を衝き刺さんとする槍の切っ先のようだ。
『レオ・コーポレーション』
30年程前、この街ーーー舞網市に誘致された超巨大企業。
それまで田舎の一地方都市に過ぎなかったこの街はこの会社の出現で大きく変わった。インフラや各種施設が急速に整備され、次々に増える関連企業による雇用や経済利益や税収の飛躍的な増大は街の経済を潤した。人々の住環境は劇的に向上し、街全体がその恩恵を享受した。
現在では、舞網市はレオ・コーポレーションの企業城下町と呼ばれ、日本でも有数の都市となった。それはもはや舞網市=レオ・コーポレーションという認識が日本中に浸透するほどにこの街に根差している。
この街の人々の大半がレオ・コーポレーション関連企業の関係者であり、この街の誰もがレオ・コーポレーションの影響下で生活をしているのだ。
あれはその本社ビル。
先程の光はその窓だか外壁だかに陽の光が反射して遊緋の目を眩ましたのだろう。
あのビルはこの街にいれば何処からでも望むことができる。まさにこの街のシンボルだった。
「遊緋?どうかした?」
学校に向けて先を歩き始めていた杏里が振り返る。
遊緋はそれにかぶりを振って後を追って歩き出した。
レオ・コーポレーション本社ビルはそんな二人の日常の風景を、今日もまた普段と変わらず静かに見下ろしていた。
けたたましい声によって遊緋は目を開けさせられた。
見慣れた自室の天井を背景にくりっと大きな茶色の瞳がこちらを見下ろしている。
「おはよう、杏里」
欠伸の延長線のような挨拶。
「はい、おはよ!さ、早く起きて学校行くわよ」
遊緋の間の抜けた挨拶に快活に返し、杏里は散らかった部屋の中から的確に彼の制服一式を発掘してこちらに放り投げる。
「あ、ありがと」
ベッドからずるずると身体を引きずるようにして抜け出、おもむろに着替え始める。
杏里はそれを仁王立ちで待っている。
一応説明しておくが、彼女ーーーー『真崎 杏里(マサキ アンリ)』は遊緋の母親ではない。というか家族ですらない。杏里はお隣に住む同級生の女の子だ。所謂幼馴染みというやつ。
保育園の頃からずっと同じ学校に通っていて、姉御肌というかそういう性格でずっと遊緋の世話をあれこれと焼いてくれる。だから遊緋の着替えなど最早見慣れたものだ。今更お互いに恥ずかしいものでもない。
制服に着替え終わるとようやく遊緋は立ち上がった。
立ち上がっても、遊緋が杏里と視線を合わせようとすると少し見上げる形になる。
杏里の身長は167センチ。対する遊緋は160センチほどしかない。お互い高校1年生の男女だというのに女子である杏里の方が身長は高いのだ。
というか二人を見比べると色々とスペック的な差は歴然だった。
杏里は控えめに言っても中々の美少女だ。
目鼻立ちの整った均整の取れた顔立ちに大きな茶色の瞳。栗色の髪の毛はボブに切り揃えられていて快活な彼女にはよく似合っている。
スタイルも良く、出るところは出ていて引っ込んでいるところは引っ込んでいる。制服を押し上げるバストはかなりボリューミーだし、短く折り込んだスカートからは細く長い足が見えている。雑誌のモデルをしていると言われても難なく納得できるルックスだ。
まだ少女らしさこそ残ってはいるものの、それが逆に活き活きとした魅力となって彼女を包み込んでいた。
それに比べて遊緋は背も低く、インドア派の急先鋒のような生活の賜物か肌も白いし、運動不足で筋肉にも乏しく、およそ男らしさとかいうものとは縁遠い外見だ。
顔も凡庸で、雑踏に紛れればすぐに見失ってしまうだろう。
総じてカップルとしては全くバランスの取れていない組み合わせだった。
そしてそれは遊緋自身、充分に自覚するところでもある。
「全く、遊緋は私が起こしてあげなくちゃ夕方まで寝てるんだから。感謝してよね、こんな可愛い幼馴染みが毎朝起こしにきてくれるなんて幸せなことなんだから!」
この杏里のセリフももはや毎朝のルーティンのようになっている。
「別に頼んでるわけじゃないんだけどね」
遊緋の母は忙しい人で、家にも帰ってきたりこなかったり、帰ってきてもまた朝早くに出勤してしまうことが多い。そのため確かに杏里が来てくれなければ、遅刻せずに学校に行けるかと問われれば遊緋のずぼらな性格上無理そうではある。
しかし、だからといって隣の幼馴染みが家の合鍵を持っていて毎朝無断で家や男子の部屋に入り込むというのは防犯上・倫理上如何なものなのか。
「なに、不満なわけ?」
遊緋が言うと杏里はぷくっと頬を膨らませる。
そんなことを言いながら二階の部屋を出て階段を階下のリビングへと降りて行くと、なんだか良い香りがしてきた。
杏里がにんまりと悪戯っぽく笑う。
「じゃあせっかく作ったんだけどこの朝ごはんもいらないわけね」
見るとリビングダイニングのテーブルの上にはきっちり二人分の朝食が用意されていた。
僅かに焦げ目のついたトーストとベーコンが食欲をそそる良い香りを漂わせ、目玉焼きは朝日にツヤツヤと輝き、サラダは瑞々しい青さで遊緋を誘惑している。
昨夜は何も食べていないせいもあり、遊緋の腹は盛大な白旗を上げた。
「わかった、ごめん。ありがたくいただきます」
遊緋が言うと、杏里は得意気ににっこりと笑った。
昔から杏里には何をしても敵わない。幼馴染みの特性とでも言えばいいだろうか、彼女には完全に思考パターンを把握されていて、大抵のことは先回りされて有無を言わさない状況に追いやられてしまうのが常だった。
それでも不思議と不快に感じないのは彼女の人柄あってのことなのだが。
「さ、冷めない内に食べちゃお。早くしないと本当に遅刻するわよ」
そう言って遊緋をテーブルに着くよう急かす杏里の笑顔が眩しいのは、きっと遊緋がまだ寝ぼけていて朝陽が目に沁みているからに違いない。
☆
玄関を出ると、遊緋の目を銀色の光が撃った。
何の光なのかは言うまでもない。
そちらに視線を向けると、街の中心にまるで塔のようにそびえ立つ巨大なビルが見えた。
形状は高層になるほど細くなる円錐形、外壁は無機質なメタリックな銀色。まるで天を衝き刺さんとする槍の切っ先のようだ。
『レオ・コーポレーション』
30年程前、この街ーーー舞網市に誘致された超巨大企業。
それまで田舎の一地方都市に過ぎなかったこの街はこの会社の出現で大きく変わった。インフラや各種施設が急速に整備され、次々に増える関連企業による雇用や経済利益や税収の飛躍的な増大は街の経済を潤した。人々の住環境は劇的に向上し、街全体がその恩恵を享受した。
現在では、舞網市はレオ・コーポレーションの企業城下町と呼ばれ、日本でも有数の都市となった。それはもはや舞網市=レオ・コーポレーションという認識が日本中に浸透するほどにこの街に根差している。
この街の人々の大半がレオ・コーポレーション関連企業の関係者であり、この街の誰もがレオ・コーポレーションの影響下で生活をしているのだ。
あれはその本社ビル。
先程の光はその窓だか外壁だかに陽の光が反射して遊緋の目を眩ましたのだろう。
あのビルはこの街にいれば何処からでも望むことができる。まさにこの街のシンボルだった。
「遊緋?どうかした?」
学校に向けて先を歩き始めていた杏里が振り返る。
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レオ・コーポレーション本社ビルはそんな二人の日常の風景を、今日もまた普段と変わらず静かに見下ろしていた。
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ところで、またオッP関連のリクエストをさせて頂いても、よろしいでしょうか? (2017-02-08 21:45)
レオ・コーポレーションは遊緋にとって味方となるのかそれとも……。
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