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10:過ち 作:ほーがん
第10話「過ち」
これは、私の記憶。私がずっと隠して来た、”罪”
ーそれは、戦争の後。瓦礫と廃墟が世界を埋め尽くす。残された人々は壊れてしまった文明を捨て、血で濡れた地面を這って生きていた。
月明かりの下。冷たい風が頬を切り裂くように通り過ぎて行く。二つの人影は、ただひたすらに歩き続けていた。
「お父さん、まだ?」
小さな影を引きずる少女は、隣を歩く男に声を掛ける。
「・・・もう少し、待ってくれリンカ。きっと辿り着けるから。」
「・・・わかった。」
その少女、幼き頃のリンカは口を閉じると、渋々足を進める。娘をつれて歩くリンカの父は、焦りと不安を感じていた。
「(早く・・・早く辿り着かなくては・・・)」
戦乱に巻き込まれ、母親を失ったリンカは生き残った父親と共に、歩き続けていた。
目指すは、難民キャンプ。戦争の最中、家を失った人々が集まり、食料などを分け合い暮らしていたという場所。度々、ラジオや伝言板で難民キャンプの事を聞いていたリンカの父は、それを思い出しそこまでの移動を決意した。
それがまだ残っているのかは分からない。しかし、今はそこに望みを掛けるしかなかった。食料と水は後わずか。空腹と喉の渇きが二人を苦しめた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
二人きりの旅路を嘲笑うように、眼前で砂煙が踊る。目を細め、リンカは歯を食いしばった。乾いた父の手を握り、黙り込みながら歩く。
リンカの父は東の果てに見え始めた光を睨む。目的地までの道のりは、二人にとってあまりにも険しいものだった。それでも、旅をやめる事は死に直結する。選択肢など、どこにも無かった。
「・・・そろそろ、眠らなきゃ。」
凍死を防ぐため、太陽が出ている内に睡眠を取る。衰弱している二人に、夜に寝る事は許されない。
地平線から出でた朝日が、瓦礫の群れを照らし始める。リンカの父は、旅人というにはあまりにも軽い鞄を肩から降ろし、地面の上に横になった。
「はぁ。・・・ん?」
リンカは横になった父を見下ろす。立ったまま動かない娘に、父は訊ねた。
「おい、リンカ。どうした。早く寝ないと。」
絞り出すような声でリンカは言う。
「・・・お父さん、お腹空いた。」
それを聞いた父は、表情を険しくする。
「リンカ。今は寝なさい。」
「・・・」
俯いたリンカは、地面に腰を降ろすと父の隣で横になった。
「・・・。」
背中合わせで並ぶ二人。静寂の中、小さな声が父の後ろから漏れた。
「・・・お母さん・・・お母さん・・・」
父は、無理やり目を閉じる。やがて、二人は日の光の下で眠りに付いた。
ーそれから。
旅を始めて、とうとう食料と水が尽きた。
「・・・ない。もう、ない・・・。」
鞄の底をうつろな目で見つめ、父は呟く。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・」
リンカは重心をふらつかせながらも、必死に父の後を追う。
瓦礫と廃墟の中。残酷なまでの静寂。二人以外の何者も居ない空間。父は鞄を捨てた。
「・・・ない・・・どこにも・・・」
その時。不意に父の後ろから、娘の声がか弱く聞こえた。
「・・・・お・・かあ・・・さん・・みて、きょうりゅうさん・・・じょうずに・・かけたよ・・・」
父は振り向いた。
「おか・・・あさん・・・ほめて・・・おか・・あ・・さん・・・だい・・すき・・・・」
地面に倒れたまま、うわごとを喋るリンカ。父はボロボロになった足で、娘に近づいた。
「リンカ・・・。」
「・・・お・・かあさ・・ん・・・きょう・・・の・・ごはん・・・なぁ・・に・・・」
父は膝を付いた。リンカはゆっくりと顔を上げると、父に訊ねる。
「・・・お・・とう・・さん・・・おかあ・・さん・・どこ・・・?」
「・・・リンカ・・母さんは・・・もう・・・。」
リンカは身体を起こすと、父にしがみついた。
「ねぇ・・おかあさんは・・・おとうさんは・・・おしご・・と・・いかなく・・て・・・いい・・の・・・?」
困惑する娘の目を見た父は、耐えきれず擦れた声で叫んだ。
「リンカ!!もう無いんだ!!全部!!街も!!家も!!母さんも!!!全部!!!」
その叫喚を聞き、リンカは震える首で周りを見渡した。
そこにあるのは、瓦礫と静寂。街の痕跡。リンカは悟ったような顔で言った。
「・・・そう・・だね・・・。そうだったね。ごめんなさい、お父さん。」
堪えきれない涙が、リンカの目から溢れる。父は精一杯の優しい声で言った。
「・・・立てるか?」
「・・・うん。」
手を取り合い、二人は一緒に立ち上がった。父は希望を思い出す。
そうだ。そこに行けば、食料も水も暖もある。人だって沢山いる。歩こう、もうすぐだ。もうすぐ、この辛く苦しい旅も終わるんだ。
しかし。世界はあまりにも惨い現実を、二人に突きつけてくる。
「・・・なんだ・・・・。」
辿り着いた、難民キャンプ。残された最後の希望。
有ったのは、腐った、無数の、屍体。
千切れて、手足の欠損した亡骸。固まった黒い血溜まり。その周りに散らばる、血塗られた刃物や鈍器。
残された人々は争ったのだ。自分の欲望を満たすため奪い合い、殺し合い、死に合った。
もう誰も居ない。誰も生きていない。それが、ずっと追い求めて来た希望の姿だった。
父は膝を折った。
「・・・なんだ・・・なんだこれは・・・」
認め難い事実が、二人を嘲る。父は首を横に振った。
「・・・ちがう・・・ちがう・・・これは・・・ちがう・・・」
リンカは光を失った目で、その惨状を見つめる。父は這うように、キャンプの中へと入り込んだ。
「だれか・・・だれか・・・いないか・・・」
父の声。本人は叫んでいるつもりだったが、それはあまりにも弱々しく、リンカの耳にさえ届かなかった。
その時、父はふと、横に倒れている腐った屍体の手に握られている物に目を奪われた。
「・・・これ・・は・・・」
足を引き摺り、這って近づく。それは、乾燥肉の欠片だった。
「・・・あ・・ああ・・!!・・た・・・たべ・・・たべもの・・・!!」
父は、死後硬直で固まった屍体の手を砕き、その欠片を手にした。
「・・・たべ・・・たべ・・・!!」
欠片を骨のような手で握る父。一瞬、父は遠くに立つリンカに目をやった。棒のような足でリンカは立っている。痛々しいほどに痩せこけた娘を目にした父は、迷いを見せた。
だが、迫る死の恐怖は、父を”父”で無くしてしまった。
娘から目を逸らした父は、ボロボロの歯で乾燥肉に喰らい付いた。
見つめるリンカ。死の恐怖に怯えていたのは、父だけではなかった。
ー死ぬ。食べなければ。
ー死ぬ。食べなければ。
ー死ぬ。奪わなければ。
ー死ぬ。殺さなければ。
奪わなきゃ、殺さなきゃ。
”死にたくない”
リンカは、足下に落ちていた鉄の棒を手に取った。そして、遠くで肉を貪る父を見据え、歩き出す。
荒い息がリンカの小さな身体を揺らす。幼い少女には重いその棒を引き摺り、ゆっくりと近づく。その音は、静寂の中で悲しく響いた。
それに気付かない父は夢中で肉を頬張る。もはや、口にしているもの以外など見えていなかった。
そして。リンカは辿り付く。最後の力を振り絞り、鉄の棒を振り上げた。
”死にたくない”
鈍い音が響き渡る。叫びなど無かった。
武器を捨て、屍体となった男の手から少女は肉の欠片を奪った。
そして、それを貪る。咀嚼をするごとに、頭の中を支配していた死の恐怖が、段々と薄れて行く。
少女は、必死に食べた。背後から肩を叩いて来る”死”から逃れるように、食べて、食べて、食べた。
少女は食べ終わると、酷い吐き気に襲われた。長い間食事をしていなかった身体は、入り込んで来た肉の欠片を受け止められなかったのだ。
吐いた。わずかな吐瀉物が、少女の膝を汚す。少女は嗚咽を漏らしながら、喘いだ。
その時、隣に倒れている男の屍体に目が向く。少女は、怪訝に思い、声を掛けた。
「・・お・・・とうさん・・・どうし・・た・・の・・?」
少女は気付く。
「おと・・・う・・・さん・・・おと・・・う・・さん・・・」
少女は、殺した。男を殺した。
リンカは、殺した。自分の父を殺した。
「いや・・・いや・・・!!」
死の恐怖が掻き消した親子の認識を、リンカはようやく取り戻した。
「おとう・・・さん・・・!おきて・・・おきて・・・!」
動かない身体を揺さぶるリンカ。ふと、自分の手を見ると、そこは鮮やかな赤に染まっていた。
リンカはやせ細った父の屍体に寄りかかった。そして、自身のした事への恐怖に震え、むせび泣く。
ー戻らない。もう戻らない。誰も助けてなどくれない。
今の自分を助けられるのは、自分しか居ない。自分以外、誰も。
守るため、自分を守る為に。この記憶を封印する。
闇に押し込んで、思い出さないように。この記憶を思い出せば、私は壊れてしまう。
壊れてしまうから。
ーこれが、私の記憶。
私がずっと隠して来た、”罪”
光が収まった。リチャードの手に握られていた魔法カードは役目を終えたかのように消える。
「ちっ、くだらねぇ記憶を読み取っちまったか。」
解放されたリンカは、その場に倒れ込んだ。
「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・お父さん・・・ごめんなさい・・・」
リンカは掘り起こされた記憶に懺悔を繰り返す。カケルは手を震わし口を開いた。
「今のが・・・リンカの・・・記憶・・・?」
その隙を見たジェイミーは、ポケットから黒い球を取り出す。
「行くぞ、リチャード。こうなれば直接”ブツ”の脳から記憶を引きずり出すしかない。」
「くっ、まぁしょうがねぇか。」
ジェイミーは黒い球を床に叩き付けた。瞬間、煙幕が周りを包み込む。
ユーガは悪しき鳥人に抱えられ、連れ去られる。それと同時にジェイミーとリチャードの二人は姿を消した。
煙幕の中、カケルは叫ぶ。
「ユーガ!!クソっ!!」
カケルは倒れたまま動かないリンカに目をやった。
「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・許してください・・・生き残った私を・・・許してください・・・」
変わらず、懺悔の言葉を言い続けるリンカ。カケルは苦い顔で呟く。
「・・・いっぱい居たさ。そうするしかなかった奴なんて。」
拳を固めるカケル。静かになった闘技場で、一人立ち尽くす。
「俺は・・・どうすればいい。」
それでも、カケルは分かっていた。動けるのは自分しか居ないと。
「今こそ、自分の正義を信じる時・・・だよな。」
端末を取り出すカケル。そして、ある人物に連絡を取った。
「・・・俺だ。キジマ、力を貸してくれ。」
次回 第11話「分断された仲間たち」
これは、私の記憶。私がずっと隠して来た、”罪”
ーそれは、戦争の後。瓦礫と廃墟が世界を埋め尽くす。残された人々は壊れてしまった文明を捨て、血で濡れた地面を這って生きていた。
月明かりの下。冷たい風が頬を切り裂くように通り過ぎて行く。二つの人影は、ただひたすらに歩き続けていた。
「お父さん、まだ?」
小さな影を引きずる少女は、隣を歩く男に声を掛ける。
「・・・もう少し、待ってくれリンカ。きっと辿り着けるから。」
「・・・わかった。」
その少女、幼き頃のリンカは口を閉じると、渋々足を進める。娘をつれて歩くリンカの父は、焦りと不安を感じていた。
「(早く・・・早く辿り着かなくては・・・)」
戦乱に巻き込まれ、母親を失ったリンカは生き残った父親と共に、歩き続けていた。
目指すは、難民キャンプ。戦争の最中、家を失った人々が集まり、食料などを分け合い暮らしていたという場所。度々、ラジオや伝言板で難民キャンプの事を聞いていたリンカの父は、それを思い出しそこまでの移動を決意した。
それがまだ残っているのかは分からない。しかし、今はそこに望みを掛けるしかなかった。食料と水は後わずか。空腹と喉の渇きが二人を苦しめた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
二人きりの旅路を嘲笑うように、眼前で砂煙が踊る。目を細め、リンカは歯を食いしばった。乾いた父の手を握り、黙り込みながら歩く。
リンカの父は東の果てに見え始めた光を睨む。目的地までの道のりは、二人にとってあまりにも険しいものだった。それでも、旅をやめる事は死に直結する。選択肢など、どこにも無かった。
「・・・そろそろ、眠らなきゃ。」
凍死を防ぐため、太陽が出ている内に睡眠を取る。衰弱している二人に、夜に寝る事は許されない。
地平線から出でた朝日が、瓦礫の群れを照らし始める。リンカの父は、旅人というにはあまりにも軽い鞄を肩から降ろし、地面の上に横になった。
「はぁ。・・・ん?」
リンカは横になった父を見下ろす。立ったまま動かない娘に、父は訊ねた。
「おい、リンカ。どうした。早く寝ないと。」
絞り出すような声でリンカは言う。
「・・・お父さん、お腹空いた。」
それを聞いた父は、表情を険しくする。
「リンカ。今は寝なさい。」
「・・・」
俯いたリンカは、地面に腰を降ろすと父の隣で横になった。
「・・・。」
背中合わせで並ぶ二人。静寂の中、小さな声が父の後ろから漏れた。
「・・・お母さん・・・お母さん・・・」
父は、無理やり目を閉じる。やがて、二人は日の光の下で眠りに付いた。
ーそれから。
旅を始めて、とうとう食料と水が尽きた。
「・・・ない。もう、ない・・・。」
鞄の底をうつろな目で見つめ、父は呟く。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・」
リンカは重心をふらつかせながらも、必死に父の後を追う。
瓦礫と廃墟の中。残酷なまでの静寂。二人以外の何者も居ない空間。父は鞄を捨てた。
「・・・ない・・・どこにも・・・」
その時。不意に父の後ろから、娘の声がか弱く聞こえた。
「・・・・お・・かあ・・・さん・・みて、きょうりゅうさん・・・じょうずに・・かけたよ・・・」
父は振り向いた。
「おか・・・あさん・・・ほめて・・・おか・・あ・・さん・・・だい・・すき・・・・」
地面に倒れたまま、うわごとを喋るリンカ。父はボロボロになった足で、娘に近づいた。
「リンカ・・・。」
「・・・お・・かあさ・・ん・・・きょう・・・の・・ごはん・・・なぁ・・に・・・」
父は膝を付いた。リンカはゆっくりと顔を上げると、父に訊ねる。
「・・・お・・とう・・さん・・・おかあ・・さん・・どこ・・・?」
「・・・リンカ・・母さんは・・・もう・・・。」
リンカは身体を起こすと、父にしがみついた。
「ねぇ・・おかあさんは・・・おとうさんは・・・おしご・・と・・いかなく・・て・・・いい・・の・・・?」
困惑する娘の目を見た父は、耐えきれず擦れた声で叫んだ。
「リンカ!!もう無いんだ!!全部!!街も!!家も!!母さんも!!!全部!!!」
その叫喚を聞き、リンカは震える首で周りを見渡した。
そこにあるのは、瓦礫と静寂。街の痕跡。リンカは悟ったような顔で言った。
「・・・そう・・だね・・・。そうだったね。ごめんなさい、お父さん。」
堪えきれない涙が、リンカの目から溢れる。父は精一杯の優しい声で言った。
「・・・立てるか?」
「・・・うん。」
手を取り合い、二人は一緒に立ち上がった。父は希望を思い出す。
そうだ。そこに行けば、食料も水も暖もある。人だって沢山いる。歩こう、もうすぐだ。もうすぐ、この辛く苦しい旅も終わるんだ。
しかし。世界はあまりにも惨い現実を、二人に突きつけてくる。
「・・・なんだ・・・・。」
辿り着いた、難民キャンプ。残された最後の希望。
有ったのは、腐った、無数の、屍体。
千切れて、手足の欠損した亡骸。固まった黒い血溜まり。その周りに散らばる、血塗られた刃物や鈍器。
残された人々は争ったのだ。自分の欲望を満たすため奪い合い、殺し合い、死に合った。
もう誰も居ない。誰も生きていない。それが、ずっと追い求めて来た希望の姿だった。
父は膝を折った。
「・・・なんだ・・・なんだこれは・・・」
認め難い事実が、二人を嘲る。父は首を横に振った。
「・・・ちがう・・・ちがう・・・これは・・・ちがう・・・」
リンカは光を失った目で、その惨状を見つめる。父は這うように、キャンプの中へと入り込んだ。
「だれか・・・だれか・・・いないか・・・」
父の声。本人は叫んでいるつもりだったが、それはあまりにも弱々しく、リンカの耳にさえ届かなかった。
その時、父はふと、横に倒れている腐った屍体の手に握られている物に目を奪われた。
「・・・これ・・は・・・」
足を引き摺り、這って近づく。それは、乾燥肉の欠片だった。
「・・・あ・・ああ・・!!・・た・・・たべ・・・たべもの・・・!!」
父は、死後硬直で固まった屍体の手を砕き、その欠片を手にした。
「・・・たべ・・・たべ・・・!!」
欠片を骨のような手で握る父。一瞬、父は遠くに立つリンカに目をやった。棒のような足でリンカは立っている。痛々しいほどに痩せこけた娘を目にした父は、迷いを見せた。
だが、迫る死の恐怖は、父を”父”で無くしてしまった。
娘から目を逸らした父は、ボロボロの歯で乾燥肉に喰らい付いた。
見つめるリンカ。死の恐怖に怯えていたのは、父だけではなかった。
ー死ぬ。食べなければ。
ー死ぬ。食べなければ。
ー死ぬ。奪わなければ。
ー死ぬ。殺さなければ。
奪わなきゃ、殺さなきゃ。
”死にたくない”
リンカは、足下に落ちていた鉄の棒を手に取った。そして、遠くで肉を貪る父を見据え、歩き出す。
荒い息がリンカの小さな身体を揺らす。幼い少女には重いその棒を引き摺り、ゆっくりと近づく。その音は、静寂の中で悲しく響いた。
それに気付かない父は夢中で肉を頬張る。もはや、口にしているもの以外など見えていなかった。
そして。リンカは辿り付く。最後の力を振り絞り、鉄の棒を振り上げた。
”死にたくない”
鈍い音が響き渡る。叫びなど無かった。
武器を捨て、屍体となった男の手から少女は肉の欠片を奪った。
そして、それを貪る。咀嚼をするごとに、頭の中を支配していた死の恐怖が、段々と薄れて行く。
少女は、必死に食べた。背後から肩を叩いて来る”死”から逃れるように、食べて、食べて、食べた。
少女は食べ終わると、酷い吐き気に襲われた。長い間食事をしていなかった身体は、入り込んで来た肉の欠片を受け止められなかったのだ。
吐いた。わずかな吐瀉物が、少女の膝を汚す。少女は嗚咽を漏らしながら、喘いだ。
その時、隣に倒れている男の屍体に目が向く。少女は、怪訝に思い、声を掛けた。
「・・お・・・とうさん・・・どうし・・た・・の・・?」
少女は気付く。
「おと・・・う・・・さん・・・おと・・・う・・さん・・・」
少女は、殺した。男を殺した。
リンカは、殺した。自分の父を殺した。
「いや・・・いや・・・!!」
死の恐怖が掻き消した親子の認識を、リンカはようやく取り戻した。
「おとう・・・さん・・・!おきて・・・おきて・・・!」
動かない身体を揺さぶるリンカ。ふと、自分の手を見ると、そこは鮮やかな赤に染まっていた。
リンカはやせ細った父の屍体に寄りかかった。そして、自身のした事への恐怖に震え、むせび泣く。
ー戻らない。もう戻らない。誰も助けてなどくれない。
今の自分を助けられるのは、自分しか居ない。自分以外、誰も。
守るため、自分を守る為に。この記憶を封印する。
闇に押し込んで、思い出さないように。この記憶を思い出せば、私は壊れてしまう。
壊れてしまうから。
ーこれが、私の記憶。
私がずっと隠して来た、”罪”
光が収まった。リチャードの手に握られていた魔法カードは役目を終えたかのように消える。
「ちっ、くだらねぇ記憶を読み取っちまったか。」
解放されたリンカは、その場に倒れ込んだ。
「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・お父さん・・・ごめんなさい・・・」
リンカは掘り起こされた記憶に懺悔を繰り返す。カケルは手を震わし口を開いた。
「今のが・・・リンカの・・・記憶・・・?」
その隙を見たジェイミーは、ポケットから黒い球を取り出す。
「行くぞ、リチャード。こうなれば直接”ブツ”の脳から記憶を引きずり出すしかない。」
「くっ、まぁしょうがねぇか。」
ジェイミーは黒い球を床に叩き付けた。瞬間、煙幕が周りを包み込む。
ユーガは悪しき鳥人に抱えられ、連れ去られる。それと同時にジェイミーとリチャードの二人は姿を消した。
煙幕の中、カケルは叫ぶ。
「ユーガ!!クソっ!!」
カケルは倒れたまま動かないリンカに目をやった。
「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・許してください・・・生き残った私を・・・許してください・・・」
変わらず、懺悔の言葉を言い続けるリンカ。カケルは苦い顔で呟く。
「・・・いっぱい居たさ。そうするしかなかった奴なんて。」
拳を固めるカケル。静かになった闘技場で、一人立ち尽くす。
「俺は・・・どうすればいい。」
それでも、カケルは分かっていた。動けるのは自分しか居ないと。
「今こそ、自分の正義を信じる時・・・だよな。」
端末を取り出すカケル。そして、ある人物に連絡を取った。
「・・・俺だ。キジマ、力を貸してくれ。」
次回 第11話「分断された仲間たち」
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連れ去られたユーガはどうなるのか?主人公がしばらく不在というのも斬新な展開です。 (2016-02-16 07:40)
ここまで殺伐として世界観は中々見られませんね。 (2016-02-16 20:55)
>ター坊さん
お褒めの言葉、大変嬉しいです。ありがとうございます。戦争で全てが崩壊した世界を舞台とする以上、このくらいのヘビーな要素は必要と思い書きました。
連れ去られたユーガは一体どうなってしまうのか、残された仲間達はどうするのか。いよいよ物語もクライマックスに近づいて行きます。お楽しみに。
>ギガプラントさん
アニメ遊戯王の本編でも、エクシーズ次元が次元戦争によって崩壊したりしていますが、少しリアル寄りに突き詰めていくと、こういう風になるのかなぁと想像してみたり。
私自身、遊戯王を題材にとことんハードな話を書いてみたかったというのもありますね。殺伐とした世界の中で、これからも物語は進んで行きます。また読んで頂けたら嬉しく思います。 (2016-02-17 06:55)