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第2話 胸騒ぎの連撃!③ 作:黒壱(クロイツ)
ヒカリ LP:4000 手札:0枚 場:エヴォルテクター・シュヴァリエ、ヘルカイザー・ドラゴン
翼 LP:1200 手札:3枚 場:狩場
「わ、私のターン……」
デッキに手を伸ばした翼は、カードを引くのを躊躇ったようにその指を止めた。
そんな彼女を、楓は胸元で拳を握り締め、固唾を呑んで見守る。
ジャッジを引き受けた以上、中立の視点で見なければならないはずだ。
しかし今にもその場に倒れてしまいそうなほど儚げな少女の姿を見ていると、それだけで胸を締め付けられるほど心が騒ぐ。
(――入学試験の時、彼女の絶望に打ちひしがれた姿は演技なのだと思った。あれだけ鮮やかに逆転して見せたんだから)
《ペンギン・ソルジャー》から続くあの迷いのない逆転劇が、ひと月近く過ぎた今でも楓の目に焼きついている。
可憐な容姿と気弱な性格からは想像もつかないほど、その姿は凛々しく勇ましかった。
本当に久しぶりに心がワクワクして、そしてかつてないほど胸のドキドキが止まらなかった。
(……でも、そうじゃないんだ。彼女は、いつも自分の弱さと戦ってる)
負けることへの恐怖、本当にそれだけだろうか。
何が彼女をそこまで追い詰めているのか、翼は敗北を間近にすると雨に打たれた雛鳥を思わせる弱々しさを見せるのだ。
――――
『私、実は小学校の頃に一度引退してて。これはその時使ってたデッキなんです』
『あら、復帰組なのね』
『はい。ちょっとしたきっかけがあって、もう一度始めてみることにしたんです、デュエルを。――少しでも、自分を変えたいな、って』
――――
自分を変えたい。それがデュエルに託す彼女の願いなのだろう。
ともすれば苦行とすら思える彼女の姿勢。しかし、それでは本当に自分を変えることは出来ないと、楓は思う。
(耐えるのではダメ。逆境を楽しむ心を持たなきゃ視点は広くならない。……お願い孔雀さん。貴女を信じるカードたちを信じて!)
声に出せない想いを胸の内で叫びながら、楓は唇を噛んだ。
† † †
ヒカリは目の前の少女を見つめた。
怯える気弱なお嬢様、そんな印象。自分で戦うこともしてこなかった、可憐で儚い温室育ちに見える。
それはヒカリにとって最も唾棄すべき対象だ。
けれど、ヒカリは賭けてみたかった。
彼女は《フェデライザー》を「強いね」と言ってくれたのだ。
周囲の人間が見向きもしない弱小カード、その秘めた真価を目の前の少女は賞賛してくれた。
彼女なら、もしかしたら――。
そんな期待が、ヒカリに口を開かせた。
「なぁ、翼。アタシが何でこのデッキに拘るのか、教えようか」
「――え?」
ヒカリは少し柔らかな表情でデッキに目を落とした。
「このデッキは元々ストラクチャー・デッキでさ。ガキの頃に少ねぇ小遣いを必死で貯めて、ようやくの思いで買ったんだ。
ウチは貧乏だったからさ、高くて強いカードなんて全然買えねぇ。
それでもデュエルできない奴はクラスじゃ浮いちまうからな、ゴミ箱に捨てられてるようなカードや一山いくらの雑魚カードも漁って、どうにかこうにか纏め上げたのがこのデッキさ」
そこでぐっと小さな身体に力が漲った。大きな双眸が彼女の名前と同じく二つの輝きを灯す。
「昔は単に負けたくねぇって一心だったが、今じゃアタシもデュエルが好きだ。弱いデッキでもその気持ちが誰に恥じるようなモンじゃねえってことを、他のヤツらに証明してやるんだ」
びしっ、とデュエルディスクを掲げて、翼に対してヒカリは笑顔を向ける。闘志と、戦うことへの喜びに満ちた太陽のような。
「お前もそうだろ? 【ハーピィ】なんてロックなデッキ使ってるんだ、そのデッキでやり遂げたいこと伝えたいことがあるんじゃないのか?」
「私、は」
自分のデッキに視線を落とす翼。
「今からアタシの輝きを見せてやる。最初から最後まで、アタシは常に全力全開だ」
ヒカリは手札を構え、にっ、と笑う。
「お前をこれから思いっきりぶちのめす。嫌ならそっちも全力で来いってんだ!」
「ヒカリちゃん、……うん」
再び顔を上げた翼の顔には、戦意の輝きが満ちていた。
ヒカリは知る由もないが、それは試験の際、悟堂の前で彼女が見せたものと同一だった。
「あのね、ヒカリちゃん。私が勝ったら、お願いがあるの」
不意に翼が、意味深な言葉を投げかける。
「おう? 何だよそれ。……ま、良いけど勝つのはアタシだぜ!」
これでいい、とヒカリは笑う。
相手は強い方がいい。勝っても負けても、その結果がヒカリの強さになるからだ。
翼が、再びデッキに指を伸ばす。
「私のターン、ドロー!」
しゃきんっ! 強さを増した宣言と共に引き抜かれたカードが確かに光り輝いたのを、ヒカリは目にした。
「……うん、行くよ、ヒカリちゃん!」
「おうよ!」
「まず、モンスターをセット。カードを1枚伏せて……」
ずばっ、と袖を鳴らして手札のカードを突きつける。
「私は手札から魔法カード、《命削りの宝札》を発動!」
「そいつだな、さっき引いたのは!」
「手札が3枚になるようドローする。私の手札は現在1枚、よって――」
突如として少女の目の前に現れる小さな断頭台。
不吉な輝きを宿す刃の下に、翼は迷わず手を突き込む。
「カードを2枚、ドローする!」
がこん、と落ちたギロチンの刃からすんでのところで抜けた細い指先に、2枚のカード。
「……よし、2枚セット! エンドフェイズに《命削りの宝札》の効果で最後の1枚を捨てて、ターンエンド!」
ヒカリ LP:4000 手札:0枚 場:エヴォルテクター・シュヴァリエ、ヘルカイザー・ドラゴン
翼 LP:1200 手札:0枚 場:裏守備モンスター×1、狩場、リバースカード×3
「よっしゃあ! アタシのターン行くぜ、ドロー!」
ヒカリも猛々しく叫んでカードを引く。
「そっちが命を削ったんなら、こっちも命を賭けるぜ!
魔法カード、《カップ・オブ・エース》発動! コイントスして表が出たら自分が、裏が出たら相手が2ドローだ!」
「ここで《カップ・オブ・エース》!?」
見ていた楓が声を上げた。
「ってなわけで行くぜ運命のコイントス! 表出ろやーっ」
ソリッドビジョン上にコインが浮かび上がり、キンッと澄んだ音を立てて跳ね上がる。
息を呑んで見守る全員の前で、コインは表を上にして静止した。
「ぃよっしゃあっ! 2ドローさせてもらうぜ!」
しゃきん、と2枚のカードを手札に加え、ヒカリは更に顔を輝かせる。
「しかも絶好の引きだ! デッキトップを1枚墓地に送り、魔法カード《アームズ・ホール》発動!
このターンの召喚権を放棄する代わりに、デッキから装備魔法1枚をサーチするぜ。アタシは《スーペルヴィス》を選択!」
じゃきじゃきっ、とデッキが動いて1枚のカードが排出される。それを細く小さな指で引き抜くと、ヒカリは叩きつけるようにフィールドに置く。
「《スーペルヴィス》発動! こいつは装備したデュアルモンスターを再度召喚された状態にする装備魔法だ。
アタシはコイツを《シュヴァリエ》に装備! 再度召喚(デュアル)!」
『ハァッ!!』
真紅の騎士が剣を頭上にかざし、切っ先でぐるりと円を描く。するとそこに魔方陣が浮かび上がり、放つ光を騎士へと差しかける。
輝く光をその身に浴びた、騎士の炎を模した鎧が赤く燃え上がる。まさしく炎そのものとなった鎧を纏い、騎士は剣を構え直した。
「これが、《シュヴァリエ》の真の姿……!」
「《シュヴァリエ》のデュアル能力は、フィールドに存在するものならば何でも斬り裂く炎の魔剣! 代償として装備を生贄にするけどな。
アタシは《スーペルヴィス》をリリースして《シュヴァリエ》の効果発動! フィールドに存在するカード1枚を選択して破壊する。アタシが選ぶのは……」
そこで僅かに迷う。
翼のフィールドに存在する謎のカードは4枚。どれも相応に危険そうに見える。
優先度は魔法・罠の方が少し上回るだろうか。
「――どれを、選ぶの?」
「っ!?」
問うた翼の瞳が、今までになく強い。
この4枚のうち、何を破壊されるかで勝負が決まる。そう考えているのだろう。
(――なら、真っ向勝負に邪魔なものはぶっ飛ばす!)
「アタシはお前が最後に伏せたリバースを破壊する! 〈真・魔導炎斬剣レーヴァテイン〉!」
炎の騎士が剣を八双に構えると、身体に纏う炎が剣へと収束していく。
赤熱を超えて真っ白に燃えるその刃を、騎士は気合と共に振り下ろした。
放たれた斬撃は大地に炎の軌跡を残しながら走り、翼のリバースカードを真っ二つにする――。
「罠カード、発動! 《鎖付き爆弾》!」
「ち、フリーチェーンのカードかよ!」
両断される前にカードがオープンされ、その効果を発動した。
鎖が巻き付いたダイナマイトが跳ね上がり、ヒカリの場の《ヘルカイザー・ドラゴン》に絡み付く。
「《鎖付き爆弾》の第一の効果により、これを攻撃力500アップの装備カードとして《ヘルカイザー》に装備。そして……」
「げっ、しまった!?」
《シュヴァリエ》の放った炎の斬撃が、鎖に燃え移る。
燃えないはずの鎖はまるで導火線のように燃え上がり、やがてダイナマイトへと引火する!
「《ヘルカイザー》!?」
耳を覆うような爆発音と、ドラゴンの悲鳴が響き渡る。
「第二の効果、このカードが効果によって破壊された時、フィールドのカード1枚を破壊できる! 《ヘルカイザー》滅殺!」
無為にアドバンテージを稼がれてしまったばかりか、自らの能力によって仲間を倒してしまった《シュヴァリエ》は、失意のあまりがくりと膝を落とす。
が、ここでヒカリの手が尽きる訳ではない。
「ならここで、墓地に送られた《スーペルヴィス》の効果発動! このカードが墓地に送られた時、自分の墓地に存在する通常モンスター1体を蘇生する!」
「もうひとつ効果が!?」
驚く翼の前で、セメタリーゾーンから1枚のカードを抜き放つ。
「アタシが選択するのはコイツだ、来い!」
膝を突いた騎士が、残る力を振り絞って剣を地面に突き立てる。
すると剣に残された炎が大地に魔方陣を描き出し、業火を吹き上げた。
その中から一人の男が騎士の忠誠に応え、冥府の底より蘇る。
現れたのは、背中から不死鳥の羽を思わせる炎を吹き上げる、真紅と純白に彩られた鎧を纏う戦士だ。
タワーシールドとバスタードソードを携えるその勇姿。フルフェイスの兜のひさしから覗く青い瞳。
「不死鳥のごとく蘇れ、《フェニックス・ギア・フリード》!」
『フゥゥッ、ハァッ!』
伝説の戦士ギア・フリード、推参。
その傲然と吹き抜ける威風が、相対する翼の髪を巻き上げる。
しかし、彼女の瞳はもはや恐れない。ただ闘志のみ。
ヒカリにとっては望むべくもない強敵の目だ。
「良いぜその目……アタシの好きな輝きだ!」
不敵に笑いながら、ヒカリは油断なくフィールドをチェックする。
(残りのセットは何だ? 《ミラーフォース》あたりの攻撃反応か? モンスターも怪しいと言えば怪しいし……くそっ、わかんねぇ!)
翼の瞳は相変わらず強い輝きを帯びている。
このターン、もし決めきれなければ、この様子では返しに逆転されるやも知れない。
残り1枚の手札に目をやる。
《デュアルスパーク》。ヒカリの切り札だ。
(《ヘルカイザー》を失った今、無暗にこの手札を切るのは上策じゃねぇ。
もしあのモンスターがリクルーターなら、《シュヴァリエ》で殴って攻撃表示が出たところを《ギア・フリード》で叩く。出てくる最大打点は《レディ1》の1800か? でも今のアタシの場なら、アイツ自身の《狩場》が足を引っ張るからそれは無いはずだ。
セットが攻撃反応なら? アタシのモンスターは全滅だが、代わりに《デュアルスパーク》を切って相手モンスターを破壊しつつドローできる。アド的にはプラマイゼロだ。
……よし、こうなりゃリターンのデカイ方を選ぶぜ。倒せるところで倒しきれないのが一番嫌だからな!)
慣れない長考の結果、ヒカリは意を決した。
「バトルだ! 《シュヴァリエ》でセットモンスターを攻撃! 〈魔導炎斬剣〉!」
失態を拭うべく、炎の騎士が再び大地を蹴る。
裂帛の咆哮が迫るが、翼は唇を噛んでそれを見送る。
(伏せは攻撃反応じゃねぇ。モンスターはどうだ?)
正体を現したのは大きいトンボの姿をしたモンスター、《ドラゴンフライ》だ。
燃え上がる刃がその胴体を切り裂き、甲高い悲鳴が上がる。
(リクルーター! 賭けに勝ったぜ!)
「……っ、破壊された《ドラゴンフライ》の効果。デッキから攻撃力1500以下の風属性モンスターを攻撃表示で特殊召喚するよ。私が出すのは……《ドラゴンフライ》!」
仲間の悲鳴を聞きつけたのか、もう一体のトンボがうなり声をあげながら飛翔する。
「へっ、何が出るかと思えば、攻撃力1400じゃあやられちまうぜ。このまま押し切ってやる! 《フェニックス・ギア・フリード》で《ドラゴンフライ》を攻撃!」
青い瞳の戦士が、背中の炎の羽を一打ちはばたかせる。
ごう、とその長身が空へと舞い上がり、太陽の光の中にその身を隠す。
彼が手にした大剣を掲げると、そこに猛火が渦を巻いて収束していく。
地表近くで滞空しながら、訝しげに顔を上げた巨大トンボの複眼に、映り込む影。
急降下して突撃する《ギア・フリード》だ。
「――〈フェニックス・メガ・スラッシュ〉!」
一刀両断!
哀れ蚊トンボは燃え上がる松明となって真っ二つ……そんな未来をヒカリは確かに目にした。
「……ダメージステップ」
目元を暗く影に沈ませた翼が、ぽつりと呟く。
ヒカリがはっ、と彼女に視線を向けた瞬間、デュエルディスクがカードの発動を告げた。
「――――《銀幕の鏡壁》、発動!」
「な、何だとぉおッ!?」
真っ二つとなったはずの《ドラゴンフライ》、しかしそれは幻影。
鏡の破片となって砕け散った標的に、剣を振りぬいたままの姿勢で《ギア・フリード》は瞠目する。
次の瞬間、背後に気配を感じて振り向いた彼の首筋に、高速で飛びかかった異形の蟲の顎が食らいつく!
『ぎぎききっ!』
『グァッ!?』
「《銀幕の鏡壁》の効果により、攻撃モンスターの攻撃力は永続的に半減。《ギア・フリード》の攻撃力は2800、よって攻撃力1400の《ドラゴンフライ》とは、相討ちになるよ!」
フェニックス・ギア・フリード ATK:2800 → 1400 VS ドラゴンフライ ATK:1400
(し、しまったぜ。ダメージステップになったからには《デュアルスパーク》が使えねぇ! 相手が攻撃力高めのモンスターを出したなら攻撃宣言前に撃つつもりだったけど……物の見事に裏目った!)
鎧の隙間に牙を突き立てられ、戦士の首から血がしぶく。
だが、そのまま食い破ろうとした蟲の首に、ガントレットに包まれた手が伸びた。
『ぎきっ?』
『ウォオオオッ!』
ぶちぃっ!
耳を覆いたくなる音を立てて、トンボの首と体が泣き別れる。
《ギア・フリード》がその膂力に物を言わせて引き千切ったのだ。
だが死んでもやられぬとばかりに《ドラゴンフライ》の残された頭部が、戦士の喉笛を噛み破る!
ヘルムの下から吐血して、伝説の戦士が膝をついた。
「《ギア・フリード》ッ!?」
ヒカリが伸ばした手の先で、振り向いた戦士は仮面越しに確かに笑ったようだった。
苦笑か、安心させようとする慈愛の笑みか。
守ることも出来ずに悲痛な叫びを上げたヒカリを、彼は確かに気遣って、そしてガラスのように砕け散った。
「……《ドラゴンフライ》の効果により、私はデッキから攻撃力1000の、《ハンター・アウル》を特殊召喚。その効果により、自分フィールドの風属性モンスター1体につき、攻撃力500アップ。さらに《狩場》の効果で、《アウル》の攻撃力は合計1700!」
『ホーッ!』
その命を散らした《ドラゴンフライ》の仇を討つため現れたのは、人型をしたフクロウだ。
手にした巨大な鎌を振り回し、こちらを威嚇するように大きな目で睨み付けてくる。
(攻撃力1700、さっき《ギア・フリード》の攻撃前に出していたら、アタシは迷わず《デュアルスパーク》を切った。……コイツ、この展開を読んでいたのか!)
戦慄と共に翼の顔を見る。
しかし彼女の表情は暗く、策が成った喜びなど到底見えない。
その唇が、「ごめんね、《ドラゴンフライ》」と寂しげに動いたのを、ヒカリは確かに目にした。
(……はは。本当に、コイツは優しいんだな)
ヒカリは小さく微笑んだ。
驚きと、呆れと、安堵と、そして共感。
気持ちはわかる。今しも、相棒と呼べるモンスターを失ったばかりだ。
その気持ちを共有できる相手。
「……孔雀、翼」
ヒカリは彼女の名前を呼んだ。
「え?」
「やるじゃねぇか。お前、やっぱスゲー奴だよ」
「そんなことないよ、私は……」
「いーや、お前がお前を否定しても、アタシがお前を肯定してやる。お前は強くてカッコ良い。保証するぜ。けどな――」
そう言って、不敵に笑う。
「言ったはずだぜ、勝つのはアタシだ! 1枚セットして、ターンエンドだ!」
ヒカリ LP:4000 手札:0枚 場:エヴォルテクター・シュヴァリエ、リバースカード×1
翼 LP:1200 手札:0枚 場:ハンター・アウル、銀幕の鏡壁、リバースカード×1
「私のっ、ターン!」
力を込めて、翼がデッキからカードを引き抜く。
(……さっきのアレは予想外だったが、まだ終わっちゃいねぇ。このターン翼が何を出して来ようと、《デュアルスパーク》があれば1キルは無い。1ドローと、次の通常ドロー。2枚あれば、勝てる!)
ヒカリは拳を握り締めた。
「スタンバイフェイズ、《銀幕の鏡壁》の維持コストは払わず、これを破壊します」
砕け散るミラーウォール。
「……で、良いカードは引けたのかよ?」
ヒカリの挑発気味な台詞に、翼は笑みを浮かべる。曇りのない、まっすぐな笑顔だ。
「最高の、ドローだよ!」
ぶわっ、とうなじの毛が逆立つのをヒカリは感じた。
(何だ……?)
「私は手札から、《ハーピィ・レディ1》を召喚!」
新たな妖鳥乙女がフィールドへと舞い降りる。
赤い髪を靡かせて、主人へと勝利をもたらさんと決意の眼差しをこちらに向けてくる。
「場に風属性モンスターが増えたことで《アウル》の攻撃力アップ、そして《レディ1》の効果でさらに2体の攻撃力が300アップ、これにより、《アウル》は攻撃力2500に! そして《ハーピィ・レディ》の召喚に成功したので、《狩場》の効果が発動!」
風が吹き荒れ、2体のモンスターが強さを増していく。
さらに一陣の暴風が、ヒカリのセットカードを引き剥がそうと駆け抜ける!
「チェーンするぜ! 速攻魔法、《デュアルスパーク》発動!」
ヒカリが掲げたカードから稲妻が迸り、それが《シュヴァリエ》へと落ちる。
稲妻のエネルギーを受けて、その瞳に限界以上の力が点る。
「レベル4デュアルモンスター1体をリリースして、フィールド上のカード1枚を破壊した後1ドローする! アタシが対象にするのは、《ハンター・アウル》だ!」
《シュヴァリエ》が剣を振りかぶり、今度こそその命の全てを込めて斬撃を放つ。
それは過たず防御のために掲げられたフクロウの大鎌ごと、その体を断ち切った。
『ホーッ!?』
しかしその代償として、力を使い果たした騎士もまた光となって消え去る。最後の輝きが、まるで次のドローに騎士の魂を宿すが如くデッキに触れる。
「そして、デッキから1ドロー! ――っ!?」
引いたカード、それは《死者蘇生》。墓地のモンスターを復活させる、原初にして最強のカード。
(勝ったぜコイツはよォ!)
絶好の引きに、思わず頬が緩む。
「…………」
対する翼は、心を落ち着けるかのように深呼吸する。
その様子が、浮かれかけたヒカリの心に冷や水を浴びせた。
「ヒカリちゃん」
「お、おう。何だ」
「私の最後の伏せカード、教えてあげるよ」
「――おい、まさか」
「魔法カード、発動――」
デュエルディスクがキュピン、と高い音を立てて、カードの発動を告げる。
「――《死者蘇生》!」
「そんな、バカなッ!?」
墓地から光の粒が溢れ出すと共に、一体の巨大な影がそこから現れる。
「……妖鳥の軛に繋がれし大翼の顎門、その忠誠の誓いによりて、冥府の底より応えたまえ! 」
『――GYAOOOッ!』
「来て、《ハーピィズペット竜》!」
咆哮を上げる、暗赤色の身体を持つ巨竜。
頭部には宝石をあしらった冠があり、黄金の首輪で傍らに立つハーピィの手に繋がれている。
暗い影に覆われた顔の中で、獰猛な輝きを放つ不気味な瞳がヒカリを睥睨した。
「い、いつの間にそんなモンスターを……」
「なるほど、先ほど撃った《命削りの宝札》で捨てたのね」
邪魔にならぬよう息を詰めて見守っていた楓が、感心したようにヒカリの疑問に答えた。
「そういうことです。《ペット竜》の攻撃力は場の《ハーピィ・レディ》の数×300アップする! 《レディ1》の効果により、合わせて攻撃力は2600!」
ハーピィズペット竜 ATK:2000 → 2600
「バトルフェイズ、《レディ1》と《ペット竜》でダイレクトアタック! 〈セイント・ファイヤー・ギガ〉!」
《レディ1》がまるで手綱を執るかのようにして《ペット竜》に跨り、その巨大な翼を打ち鳴らして竜が離陸。傲然と敵手を見下ろしながらホバリングしたかと思うと、大気を唸らせながら一息、そのアギトに猛火を蓄えていく。
思わず顔を庇ったヒカリに、巨竜が容赦のかけらも見せず紅蓮の炎を解き放つ!
「ぐッ、うわああああっ!?」
ハーピィ・レディ1 ATK:1800 & ハーピィズペット竜 ATK:2600
ヒカリ LP:4000 → LP:0
ピー、という電子音がヒカリのライフ残量が0になったことを伝えてくる。
業火と巨竜が幻のように消え去り、それを機にフィールドが非デュエル状態へと戻った。
「…………ふぅ」
尻餅をついたヒカリはしばらく天を仰いだ後で、不意にかんらかんらと笑い出した。
「いやあ、負けた! ったく、お前めちゃくちゃ強いじゃねーか!」
「だ、大丈夫?」
心配げに駆け寄った翼に、ヒカリはびしりとサムズアップで答える。
「心配しなくても元から頭は大丈夫じゃないぜ!」
「そういうことじゃあないんだけど」
「わははははっ」
「何だかなぁもう」
笑うヒカリに、翼もつられて笑顔になる。
「……んで。お願いって、何なんだ? よっぽどじゃなけりゃ聞いてやるけどさ」
「あ。それね、えぇと……」
デュエル中の闘気に満ちた表情は何処へやら、可愛らしくもじもじと指を組み、翼はようやく切り出した。
「私と、友達になって下さい!」
「はぁ?」
「だめ……?」
「何言ってるんだよ、お前」にっかりとヒカリが笑う。「言ったよな、デュエルをしたら友達だって! これからよろしくな、翼!」
「……う、うん! よろしくね、ヒカリちゃん!」
二人の様子を見ていた楓は、安堵したように微笑んだ。
友情は、美しい。
「よっしゃ、もう一回やろうぜ! 次は勝つ!」
「あ、うん。良いよ!」
「……この分じゃあジャッジは要らないわね。ちょっとしばらく休憩させてもらうわね」
楓は二人にそう言って、コート脇の自販機に歩を進めた。
背後からは、二戦目の開始を告げる決闘宣言が響いてくる。
楽しげな声に、思わず楓の口元もほころんだ。
「……今度の新入生は、期待できる娘が多いわね。そう思わない?」
自販機の前、まるで独りごちるかのように、楓が言う。
「気付いていたのデスか」
がさり、と音がして傍に立つ樹の枝から、逆さにぶらさがって少女が現れた。
驚いた様子も無く、楓は自販機にコインを投入する。
「ラーイエローの制服は隠れるには不向きなんじゃない? 遠くからでも丸見えだったわ」
「ウカツ! 実際盲点デシタ」
微動だにせず腕を組み、逆さになったまま少女が言う。
マフラーに口元が覆われているため表情は伺えないが、その眼光は鋭くデュエル中の新入生に向けられている。
「……楓=サンはあの二人のどちらかをスールに選ぶつもりデスか?」
「今すぐどうこうって話でも無いでしょう。性急に過ぎるわ」
「それは失礼。しかしどちらにせよ、誰もが注目することになりそうデス。特にブルーに昇格した“あの娘”はどう思うデスかね……」
がこん、と自販機から音が響き、次いで電子音が当たりを告げた。
「おっとラッキー」
「……ワタシの分は無いのデスか?」
「無いわね。これは新入生のための差し入れだから」
「アイエエエ……」
悲しそうに呟き、少女は木陰に引っ込んだ。
今度は完全に気配が消える。さすがの隠形である。
「まったく。スールだとかブルーだとか、制度ばかりでヤになるわ。何で人は自由に生きられないのかしらね」
楓は柳眉を寄せて嘆息する。
そして、新しきデュエリストたちの健闘を称えようと、三人分のジュース缶を細腕に抱えて歩き出した。
翼 LP:1200 手札:3枚 場:狩場
「わ、私のターン……」
デッキに手を伸ばした翼は、カードを引くのを躊躇ったようにその指を止めた。
そんな彼女を、楓は胸元で拳を握り締め、固唾を呑んで見守る。
ジャッジを引き受けた以上、中立の視点で見なければならないはずだ。
しかし今にもその場に倒れてしまいそうなほど儚げな少女の姿を見ていると、それだけで胸を締め付けられるほど心が騒ぐ。
(――入学試験の時、彼女の絶望に打ちひしがれた姿は演技なのだと思った。あれだけ鮮やかに逆転して見せたんだから)
《ペンギン・ソルジャー》から続くあの迷いのない逆転劇が、ひと月近く過ぎた今でも楓の目に焼きついている。
可憐な容姿と気弱な性格からは想像もつかないほど、その姿は凛々しく勇ましかった。
本当に久しぶりに心がワクワクして、そしてかつてないほど胸のドキドキが止まらなかった。
(……でも、そうじゃないんだ。彼女は、いつも自分の弱さと戦ってる)
負けることへの恐怖、本当にそれだけだろうか。
何が彼女をそこまで追い詰めているのか、翼は敗北を間近にすると雨に打たれた雛鳥を思わせる弱々しさを見せるのだ。
――――
『私、実は小学校の頃に一度引退してて。これはその時使ってたデッキなんです』
『あら、復帰組なのね』
『はい。ちょっとしたきっかけがあって、もう一度始めてみることにしたんです、デュエルを。――少しでも、自分を変えたいな、って』
――――
自分を変えたい。それがデュエルに託す彼女の願いなのだろう。
ともすれば苦行とすら思える彼女の姿勢。しかし、それでは本当に自分を変えることは出来ないと、楓は思う。
(耐えるのではダメ。逆境を楽しむ心を持たなきゃ視点は広くならない。……お願い孔雀さん。貴女を信じるカードたちを信じて!)
声に出せない想いを胸の内で叫びながら、楓は唇を噛んだ。
† † †
ヒカリは目の前の少女を見つめた。
怯える気弱なお嬢様、そんな印象。自分で戦うこともしてこなかった、可憐で儚い温室育ちに見える。
それはヒカリにとって最も唾棄すべき対象だ。
けれど、ヒカリは賭けてみたかった。
彼女は《フェデライザー》を「強いね」と言ってくれたのだ。
周囲の人間が見向きもしない弱小カード、その秘めた真価を目の前の少女は賞賛してくれた。
彼女なら、もしかしたら――。
そんな期待が、ヒカリに口を開かせた。
「なぁ、翼。アタシが何でこのデッキに拘るのか、教えようか」
「――え?」
ヒカリは少し柔らかな表情でデッキに目を落とした。
「このデッキは元々ストラクチャー・デッキでさ。ガキの頃に少ねぇ小遣いを必死で貯めて、ようやくの思いで買ったんだ。
ウチは貧乏だったからさ、高くて強いカードなんて全然買えねぇ。
それでもデュエルできない奴はクラスじゃ浮いちまうからな、ゴミ箱に捨てられてるようなカードや一山いくらの雑魚カードも漁って、どうにかこうにか纏め上げたのがこのデッキさ」
そこでぐっと小さな身体に力が漲った。大きな双眸が彼女の名前と同じく二つの輝きを灯す。
「昔は単に負けたくねぇって一心だったが、今じゃアタシもデュエルが好きだ。弱いデッキでもその気持ちが誰に恥じるようなモンじゃねえってことを、他のヤツらに証明してやるんだ」
びしっ、とデュエルディスクを掲げて、翼に対してヒカリは笑顔を向ける。闘志と、戦うことへの喜びに満ちた太陽のような。
「お前もそうだろ? 【ハーピィ】なんてロックなデッキ使ってるんだ、そのデッキでやり遂げたいこと伝えたいことがあるんじゃないのか?」
「私、は」
自分のデッキに視線を落とす翼。
「今からアタシの輝きを見せてやる。最初から最後まで、アタシは常に全力全開だ」
ヒカリは手札を構え、にっ、と笑う。
「お前をこれから思いっきりぶちのめす。嫌ならそっちも全力で来いってんだ!」
「ヒカリちゃん、……うん」
再び顔を上げた翼の顔には、戦意の輝きが満ちていた。
ヒカリは知る由もないが、それは試験の際、悟堂の前で彼女が見せたものと同一だった。
「あのね、ヒカリちゃん。私が勝ったら、お願いがあるの」
不意に翼が、意味深な言葉を投げかける。
「おう? 何だよそれ。……ま、良いけど勝つのはアタシだぜ!」
これでいい、とヒカリは笑う。
相手は強い方がいい。勝っても負けても、その結果がヒカリの強さになるからだ。
翼が、再びデッキに指を伸ばす。
「私のターン、ドロー!」
しゃきんっ! 強さを増した宣言と共に引き抜かれたカードが確かに光り輝いたのを、ヒカリは目にした。
「……うん、行くよ、ヒカリちゃん!」
「おうよ!」
「まず、モンスターをセット。カードを1枚伏せて……」
ずばっ、と袖を鳴らして手札のカードを突きつける。
「私は手札から魔法カード、《命削りの宝札》を発動!」
「そいつだな、さっき引いたのは!」
「手札が3枚になるようドローする。私の手札は現在1枚、よって――」
突如として少女の目の前に現れる小さな断頭台。
不吉な輝きを宿す刃の下に、翼は迷わず手を突き込む。
「カードを2枚、ドローする!」
がこん、と落ちたギロチンの刃からすんでのところで抜けた細い指先に、2枚のカード。
「……よし、2枚セット! エンドフェイズに《命削りの宝札》の効果で最後の1枚を捨てて、ターンエンド!」
ヒカリ LP:4000 手札:0枚 場:エヴォルテクター・シュヴァリエ、ヘルカイザー・ドラゴン
翼 LP:1200 手札:0枚 場:裏守備モンスター×1、狩場、リバースカード×3
「よっしゃあ! アタシのターン行くぜ、ドロー!」
ヒカリも猛々しく叫んでカードを引く。
「そっちが命を削ったんなら、こっちも命を賭けるぜ!
魔法カード、《カップ・オブ・エース》発動! コイントスして表が出たら自分が、裏が出たら相手が2ドローだ!」
「ここで《カップ・オブ・エース》!?」
見ていた楓が声を上げた。
「ってなわけで行くぜ運命のコイントス! 表出ろやーっ」
ソリッドビジョン上にコインが浮かび上がり、キンッと澄んだ音を立てて跳ね上がる。
息を呑んで見守る全員の前で、コインは表を上にして静止した。
「ぃよっしゃあっ! 2ドローさせてもらうぜ!」
しゃきん、と2枚のカードを手札に加え、ヒカリは更に顔を輝かせる。
「しかも絶好の引きだ! デッキトップを1枚墓地に送り、魔法カード《アームズ・ホール》発動!
このターンの召喚権を放棄する代わりに、デッキから装備魔法1枚をサーチするぜ。アタシは《スーペルヴィス》を選択!」
じゃきじゃきっ、とデッキが動いて1枚のカードが排出される。それを細く小さな指で引き抜くと、ヒカリは叩きつけるようにフィールドに置く。
「《スーペルヴィス》発動! こいつは装備したデュアルモンスターを再度召喚された状態にする装備魔法だ。
アタシはコイツを《シュヴァリエ》に装備! 再度召喚(デュアル)!」
『ハァッ!!』
真紅の騎士が剣を頭上にかざし、切っ先でぐるりと円を描く。するとそこに魔方陣が浮かび上がり、放つ光を騎士へと差しかける。
輝く光をその身に浴びた、騎士の炎を模した鎧が赤く燃え上がる。まさしく炎そのものとなった鎧を纏い、騎士は剣を構え直した。
「これが、《シュヴァリエ》の真の姿……!」
「《シュヴァリエ》のデュアル能力は、フィールドに存在するものならば何でも斬り裂く炎の魔剣! 代償として装備を生贄にするけどな。
アタシは《スーペルヴィス》をリリースして《シュヴァリエ》の効果発動! フィールドに存在するカード1枚を選択して破壊する。アタシが選ぶのは……」
そこで僅かに迷う。
翼のフィールドに存在する謎のカードは4枚。どれも相応に危険そうに見える。
優先度は魔法・罠の方が少し上回るだろうか。
「――どれを、選ぶの?」
「っ!?」
問うた翼の瞳が、今までになく強い。
この4枚のうち、何を破壊されるかで勝負が決まる。そう考えているのだろう。
(――なら、真っ向勝負に邪魔なものはぶっ飛ばす!)
「アタシはお前が最後に伏せたリバースを破壊する! 〈真・魔導炎斬剣レーヴァテイン〉!」
炎の騎士が剣を八双に構えると、身体に纏う炎が剣へと収束していく。
赤熱を超えて真っ白に燃えるその刃を、騎士は気合と共に振り下ろした。
放たれた斬撃は大地に炎の軌跡を残しながら走り、翼のリバースカードを真っ二つにする――。
「罠カード、発動! 《鎖付き爆弾》!」
「ち、フリーチェーンのカードかよ!」
両断される前にカードがオープンされ、その効果を発動した。
鎖が巻き付いたダイナマイトが跳ね上がり、ヒカリの場の《ヘルカイザー・ドラゴン》に絡み付く。
「《鎖付き爆弾》の第一の効果により、これを攻撃力500アップの装備カードとして《ヘルカイザー》に装備。そして……」
「げっ、しまった!?」
《シュヴァリエ》の放った炎の斬撃が、鎖に燃え移る。
燃えないはずの鎖はまるで導火線のように燃え上がり、やがてダイナマイトへと引火する!
「《ヘルカイザー》!?」
耳を覆うような爆発音と、ドラゴンの悲鳴が響き渡る。
「第二の効果、このカードが効果によって破壊された時、フィールドのカード1枚を破壊できる! 《ヘルカイザー》滅殺!」
無為にアドバンテージを稼がれてしまったばかりか、自らの能力によって仲間を倒してしまった《シュヴァリエ》は、失意のあまりがくりと膝を落とす。
が、ここでヒカリの手が尽きる訳ではない。
「ならここで、墓地に送られた《スーペルヴィス》の効果発動! このカードが墓地に送られた時、自分の墓地に存在する通常モンスター1体を蘇生する!」
「もうひとつ効果が!?」
驚く翼の前で、セメタリーゾーンから1枚のカードを抜き放つ。
「アタシが選択するのはコイツだ、来い!」
膝を突いた騎士が、残る力を振り絞って剣を地面に突き立てる。
すると剣に残された炎が大地に魔方陣を描き出し、業火を吹き上げた。
その中から一人の男が騎士の忠誠に応え、冥府の底より蘇る。
現れたのは、背中から不死鳥の羽を思わせる炎を吹き上げる、真紅と純白に彩られた鎧を纏う戦士だ。
タワーシールドとバスタードソードを携えるその勇姿。フルフェイスの兜のひさしから覗く青い瞳。
「不死鳥のごとく蘇れ、《フェニックス・ギア・フリード》!」
『フゥゥッ、ハァッ!』
伝説の戦士ギア・フリード、推参。
その傲然と吹き抜ける威風が、相対する翼の髪を巻き上げる。
しかし、彼女の瞳はもはや恐れない。ただ闘志のみ。
ヒカリにとっては望むべくもない強敵の目だ。
「良いぜその目……アタシの好きな輝きだ!」
不敵に笑いながら、ヒカリは油断なくフィールドをチェックする。
(残りのセットは何だ? 《ミラーフォース》あたりの攻撃反応か? モンスターも怪しいと言えば怪しいし……くそっ、わかんねぇ!)
翼の瞳は相変わらず強い輝きを帯びている。
このターン、もし決めきれなければ、この様子では返しに逆転されるやも知れない。
残り1枚の手札に目をやる。
《デュアルスパーク》。ヒカリの切り札だ。
(《ヘルカイザー》を失った今、無暗にこの手札を切るのは上策じゃねぇ。
もしあのモンスターがリクルーターなら、《シュヴァリエ》で殴って攻撃表示が出たところを《ギア・フリード》で叩く。出てくる最大打点は《レディ1》の1800か? でも今のアタシの場なら、アイツ自身の《狩場》が足を引っ張るからそれは無いはずだ。
セットが攻撃反応なら? アタシのモンスターは全滅だが、代わりに《デュアルスパーク》を切って相手モンスターを破壊しつつドローできる。アド的にはプラマイゼロだ。
……よし、こうなりゃリターンのデカイ方を選ぶぜ。倒せるところで倒しきれないのが一番嫌だからな!)
慣れない長考の結果、ヒカリは意を決した。
「バトルだ! 《シュヴァリエ》でセットモンスターを攻撃! 〈魔導炎斬剣〉!」
失態を拭うべく、炎の騎士が再び大地を蹴る。
裂帛の咆哮が迫るが、翼は唇を噛んでそれを見送る。
(伏せは攻撃反応じゃねぇ。モンスターはどうだ?)
正体を現したのは大きいトンボの姿をしたモンスター、《ドラゴンフライ》だ。
燃え上がる刃がその胴体を切り裂き、甲高い悲鳴が上がる。
(リクルーター! 賭けに勝ったぜ!)
「……っ、破壊された《ドラゴンフライ》の効果。デッキから攻撃力1500以下の風属性モンスターを攻撃表示で特殊召喚するよ。私が出すのは……《ドラゴンフライ》!」
仲間の悲鳴を聞きつけたのか、もう一体のトンボがうなり声をあげながら飛翔する。
「へっ、何が出るかと思えば、攻撃力1400じゃあやられちまうぜ。このまま押し切ってやる! 《フェニックス・ギア・フリード》で《ドラゴンフライ》を攻撃!」
青い瞳の戦士が、背中の炎の羽を一打ちはばたかせる。
ごう、とその長身が空へと舞い上がり、太陽の光の中にその身を隠す。
彼が手にした大剣を掲げると、そこに猛火が渦を巻いて収束していく。
地表近くで滞空しながら、訝しげに顔を上げた巨大トンボの複眼に、映り込む影。
急降下して突撃する《ギア・フリード》だ。
「――〈フェニックス・メガ・スラッシュ〉!」
一刀両断!
哀れ蚊トンボは燃え上がる松明となって真っ二つ……そんな未来をヒカリは確かに目にした。
「……ダメージステップ」
目元を暗く影に沈ませた翼が、ぽつりと呟く。
ヒカリがはっ、と彼女に視線を向けた瞬間、デュエルディスクがカードの発動を告げた。
「――――《銀幕の鏡壁》、発動!」
「な、何だとぉおッ!?」
真っ二つとなったはずの《ドラゴンフライ》、しかしそれは幻影。
鏡の破片となって砕け散った標的に、剣を振りぬいたままの姿勢で《ギア・フリード》は瞠目する。
次の瞬間、背後に気配を感じて振り向いた彼の首筋に、高速で飛びかかった異形の蟲の顎が食らいつく!
『ぎぎききっ!』
『グァッ!?』
「《銀幕の鏡壁》の効果により、攻撃モンスターの攻撃力は永続的に半減。《ギア・フリード》の攻撃力は2800、よって攻撃力1400の《ドラゴンフライ》とは、相討ちになるよ!」
フェニックス・ギア・フリード ATK:2800 → 1400 VS ドラゴンフライ ATK:1400
(し、しまったぜ。ダメージステップになったからには《デュアルスパーク》が使えねぇ! 相手が攻撃力高めのモンスターを出したなら攻撃宣言前に撃つつもりだったけど……物の見事に裏目った!)
鎧の隙間に牙を突き立てられ、戦士の首から血がしぶく。
だが、そのまま食い破ろうとした蟲の首に、ガントレットに包まれた手が伸びた。
『ぎきっ?』
『ウォオオオッ!』
ぶちぃっ!
耳を覆いたくなる音を立てて、トンボの首と体が泣き別れる。
《ギア・フリード》がその膂力に物を言わせて引き千切ったのだ。
だが死んでもやられぬとばかりに《ドラゴンフライ》の残された頭部が、戦士の喉笛を噛み破る!
ヘルムの下から吐血して、伝説の戦士が膝をついた。
「《ギア・フリード》ッ!?」
ヒカリが伸ばした手の先で、振り向いた戦士は仮面越しに確かに笑ったようだった。
苦笑か、安心させようとする慈愛の笑みか。
守ることも出来ずに悲痛な叫びを上げたヒカリを、彼は確かに気遣って、そしてガラスのように砕け散った。
「……《ドラゴンフライ》の効果により、私はデッキから攻撃力1000の、《ハンター・アウル》を特殊召喚。その効果により、自分フィールドの風属性モンスター1体につき、攻撃力500アップ。さらに《狩場》の効果で、《アウル》の攻撃力は合計1700!」
『ホーッ!』
その命を散らした《ドラゴンフライ》の仇を討つため現れたのは、人型をしたフクロウだ。
手にした巨大な鎌を振り回し、こちらを威嚇するように大きな目で睨み付けてくる。
(攻撃力1700、さっき《ギア・フリード》の攻撃前に出していたら、アタシは迷わず《デュアルスパーク》を切った。……コイツ、この展開を読んでいたのか!)
戦慄と共に翼の顔を見る。
しかし彼女の表情は暗く、策が成った喜びなど到底見えない。
その唇が、「ごめんね、《ドラゴンフライ》」と寂しげに動いたのを、ヒカリは確かに目にした。
(……はは。本当に、コイツは優しいんだな)
ヒカリは小さく微笑んだ。
驚きと、呆れと、安堵と、そして共感。
気持ちはわかる。今しも、相棒と呼べるモンスターを失ったばかりだ。
その気持ちを共有できる相手。
「……孔雀、翼」
ヒカリは彼女の名前を呼んだ。
「え?」
「やるじゃねぇか。お前、やっぱスゲー奴だよ」
「そんなことないよ、私は……」
「いーや、お前がお前を否定しても、アタシがお前を肯定してやる。お前は強くてカッコ良い。保証するぜ。けどな――」
そう言って、不敵に笑う。
「言ったはずだぜ、勝つのはアタシだ! 1枚セットして、ターンエンドだ!」
ヒカリ LP:4000 手札:0枚 場:エヴォルテクター・シュヴァリエ、リバースカード×1
翼 LP:1200 手札:0枚 場:ハンター・アウル、銀幕の鏡壁、リバースカード×1
「私のっ、ターン!」
力を込めて、翼がデッキからカードを引き抜く。
(……さっきのアレは予想外だったが、まだ終わっちゃいねぇ。このターン翼が何を出して来ようと、《デュアルスパーク》があれば1キルは無い。1ドローと、次の通常ドロー。2枚あれば、勝てる!)
ヒカリは拳を握り締めた。
「スタンバイフェイズ、《銀幕の鏡壁》の維持コストは払わず、これを破壊します」
砕け散るミラーウォール。
「……で、良いカードは引けたのかよ?」
ヒカリの挑発気味な台詞に、翼は笑みを浮かべる。曇りのない、まっすぐな笑顔だ。
「最高の、ドローだよ!」
ぶわっ、とうなじの毛が逆立つのをヒカリは感じた。
(何だ……?)
「私は手札から、《ハーピィ・レディ1》を召喚!」
新たな妖鳥乙女がフィールドへと舞い降りる。
赤い髪を靡かせて、主人へと勝利をもたらさんと決意の眼差しをこちらに向けてくる。
「場に風属性モンスターが増えたことで《アウル》の攻撃力アップ、そして《レディ1》の効果でさらに2体の攻撃力が300アップ、これにより、《アウル》は攻撃力2500に! そして《ハーピィ・レディ》の召喚に成功したので、《狩場》の効果が発動!」
風が吹き荒れ、2体のモンスターが強さを増していく。
さらに一陣の暴風が、ヒカリのセットカードを引き剥がそうと駆け抜ける!
「チェーンするぜ! 速攻魔法、《デュアルスパーク》発動!」
ヒカリが掲げたカードから稲妻が迸り、それが《シュヴァリエ》へと落ちる。
稲妻のエネルギーを受けて、その瞳に限界以上の力が点る。
「レベル4デュアルモンスター1体をリリースして、フィールド上のカード1枚を破壊した後1ドローする! アタシが対象にするのは、《ハンター・アウル》だ!」
《シュヴァリエ》が剣を振りかぶり、今度こそその命の全てを込めて斬撃を放つ。
それは過たず防御のために掲げられたフクロウの大鎌ごと、その体を断ち切った。
『ホーッ!?』
しかしその代償として、力を使い果たした騎士もまた光となって消え去る。最後の輝きが、まるで次のドローに騎士の魂を宿すが如くデッキに触れる。
「そして、デッキから1ドロー! ――っ!?」
引いたカード、それは《死者蘇生》。墓地のモンスターを復活させる、原初にして最強のカード。
(勝ったぜコイツはよォ!)
絶好の引きに、思わず頬が緩む。
「…………」
対する翼は、心を落ち着けるかのように深呼吸する。
その様子が、浮かれかけたヒカリの心に冷や水を浴びせた。
「ヒカリちゃん」
「お、おう。何だ」
「私の最後の伏せカード、教えてあげるよ」
「――おい、まさか」
「魔法カード、発動――」
デュエルディスクがキュピン、と高い音を立てて、カードの発動を告げる。
「――《死者蘇生》!」
「そんな、バカなッ!?」
墓地から光の粒が溢れ出すと共に、一体の巨大な影がそこから現れる。
「……妖鳥の軛に繋がれし大翼の顎門、その忠誠の誓いによりて、冥府の底より応えたまえ! 」
『――GYAOOOッ!』
「来て、《ハーピィズペット竜》!」
咆哮を上げる、暗赤色の身体を持つ巨竜。
頭部には宝石をあしらった冠があり、黄金の首輪で傍らに立つハーピィの手に繋がれている。
暗い影に覆われた顔の中で、獰猛な輝きを放つ不気味な瞳がヒカリを睥睨した。
「い、いつの間にそんなモンスターを……」
「なるほど、先ほど撃った《命削りの宝札》で捨てたのね」
邪魔にならぬよう息を詰めて見守っていた楓が、感心したようにヒカリの疑問に答えた。
「そういうことです。《ペット竜》の攻撃力は場の《ハーピィ・レディ》の数×300アップする! 《レディ1》の効果により、合わせて攻撃力は2600!」
ハーピィズペット竜 ATK:2000 → 2600
「バトルフェイズ、《レディ1》と《ペット竜》でダイレクトアタック! 〈セイント・ファイヤー・ギガ〉!」
《レディ1》がまるで手綱を執るかのようにして《ペット竜》に跨り、その巨大な翼を打ち鳴らして竜が離陸。傲然と敵手を見下ろしながらホバリングしたかと思うと、大気を唸らせながら一息、そのアギトに猛火を蓄えていく。
思わず顔を庇ったヒカリに、巨竜が容赦のかけらも見せず紅蓮の炎を解き放つ!
「ぐッ、うわああああっ!?」
ハーピィ・レディ1 ATK:1800 & ハーピィズペット竜 ATK:2600
ヒカリ LP:4000 → LP:0
ピー、という電子音がヒカリのライフ残量が0になったことを伝えてくる。
業火と巨竜が幻のように消え去り、それを機にフィールドが非デュエル状態へと戻った。
「…………ふぅ」
尻餅をついたヒカリはしばらく天を仰いだ後で、不意にかんらかんらと笑い出した。
「いやあ、負けた! ったく、お前めちゃくちゃ強いじゃねーか!」
「だ、大丈夫?」
心配げに駆け寄った翼に、ヒカリはびしりとサムズアップで答える。
「心配しなくても元から頭は大丈夫じゃないぜ!」
「そういうことじゃあないんだけど」
「わははははっ」
「何だかなぁもう」
笑うヒカリに、翼もつられて笑顔になる。
「……んで。お願いって、何なんだ? よっぽどじゃなけりゃ聞いてやるけどさ」
「あ。それね、えぇと……」
デュエル中の闘気に満ちた表情は何処へやら、可愛らしくもじもじと指を組み、翼はようやく切り出した。
「私と、友達になって下さい!」
「はぁ?」
「だめ……?」
「何言ってるんだよ、お前」にっかりとヒカリが笑う。「言ったよな、デュエルをしたら友達だって! これからよろしくな、翼!」
「……う、うん! よろしくね、ヒカリちゃん!」
二人の様子を見ていた楓は、安堵したように微笑んだ。
友情は、美しい。
「よっしゃ、もう一回やろうぜ! 次は勝つ!」
「あ、うん。良いよ!」
「……この分じゃあジャッジは要らないわね。ちょっとしばらく休憩させてもらうわね」
楓は二人にそう言って、コート脇の自販機に歩を進めた。
背後からは、二戦目の開始を告げる決闘宣言が響いてくる。
楽しげな声に、思わず楓の口元もほころんだ。
「……今度の新入生は、期待できる娘が多いわね。そう思わない?」
自販機の前、まるで独りごちるかのように、楓が言う。
「気付いていたのデスか」
がさり、と音がして傍に立つ樹の枝から、逆さにぶらさがって少女が現れた。
驚いた様子も無く、楓は自販機にコインを投入する。
「ラーイエローの制服は隠れるには不向きなんじゃない? 遠くからでも丸見えだったわ」
「ウカツ! 実際盲点デシタ」
微動だにせず腕を組み、逆さになったまま少女が言う。
マフラーに口元が覆われているため表情は伺えないが、その眼光は鋭くデュエル中の新入生に向けられている。
「……楓=サンはあの二人のどちらかをスールに選ぶつもりデスか?」
「今すぐどうこうって話でも無いでしょう。性急に過ぎるわ」
「それは失礼。しかしどちらにせよ、誰もが注目することになりそうデス。特にブルーに昇格した“あの娘”はどう思うデスかね……」
がこん、と自販機から音が響き、次いで電子音が当たりを告げた。
「おっとラッキー」
「……ワタシの分は無いのデスか?」
「無いわね。これは新入生のための差し入れだから」
「アイエエエ……」
悲しそうに呟き、少女は木陰に引っ込んだ。
今度は完全に気配が消える。さすがの隠形である。
「まったく。スールだとかブルーだとか、制度ばかりでヤになるわ。何で人は自由に生きられないのかしらね」
楓は柳眉を寄せて嘆息する。
そして、新しきデュエリストたちの健闘を称えようと、三人分のジュース缶を細腕に抱えて歩き出した。
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119 | 第1話 波乱の決闘宣言② | 986 | 4 | 2016-05-01 | - | |
87 | 第1話 波乱の決闘宣言③ | 1005 | 8 | 2016-05-03 | - | |
67 | 第2話 胸騒ぎの連撃!① | 639 | 2 | 2016-11-09 | - | |
84 | 第2話 胸騒ぎの連撃!② | 645 | 0 | 2016-11-13 | - | |
140 | 第2話 胸騒ぎの連撃!③ | 1514 | 2 | 2016-11-16 | - |
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Amazonのアソシエイトとして、管理人は適格販売により収入を得ています。
デュエルの内容も、お互いにカードの効果を巧みに生かしていて中々見応えがありました!二人のタクティクスの高さに、とても惹かれました!
翼ちゃんには是非、TFオリカのファイナル・カウントダウンを使って欲しいですね!ハーピィの狩場で除去する事で、セットした魔法・罠を使える様になる上に、単体でもヒステリック・サインのサーチ及び後半に効果の発動を補佐する事が出来ますし、長文失礼しました。
次回も楽しみにしてます!無理せずに頑張ってください!応援しております! (2016-12-04 17:21)
お久しぶりです。
今回はたまたま翼の勝利でしたが、最初のシュヴァリエ効果で別のカードが破壊されていたり、2体目のドラゴンフライにデュアルスパークが使われたらその時点で負けてたんですよね。
ご都合主義かもしれませんが、そこは主人公力ということでひとつ。
ファイナルカウントダウン、強いですね! OCG化は……されないかなぁ。ちょっと導入が難しそうですが、参考にします! ありがとうございます! (2016-12-04 22:53)