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【DAY1】カゼミネとカレー 作:ギガプラント
~あの頃の話~
あれは今から何年前の話だったか……
俺の姉はなんでもできる人だった。
学校の成績は当然優秀。スポーツをさせればそれがどんなものでもエース級の活躍。更には誰もが認める品行方正。
そしてそれを鼻にかけることもなく幅広い交友関係を持ち、おまけに容姿もそれなりに整っている。
そんな姉に俺が肩を並べられる可能性があるとすればただ一つ、デュエルの腕だけだった。
何かと冷めていた俺がデュエルだけは続けていた理由は、きっと姉に対する小さな対抗心からかもしれない。
当時まだまだ子供で狭い世界しか見えていなかった俺は、少なからず自分の力を過信していた部分もあったと思う。
何せその狭い世界では、俺は姉以外に負けたことが無かった。
複数個持っていたデッキはどれもかなりの完成度を誇り、相手のデッキを知らずにその場で適当にデッキを選んだ場合でさえ、
そこらのデュエリストになら負けることはまずない。
だから知人に頼まれてなんとなく参加したあの大会でも、そうなる事を疑わなかった。
だが大会で、俺は初めて「大海」を見た。
完敗だった。モンスター・魔法・罠のバランスやその場その場の判断力。デュエルに必要なあらゆる要素が俺のそれを優に超えていたのだ。
もしかしたら姉ですらあの人には勝てないかもしれない。
姉はもうデュエルをすることはないので、ただの絵空事に過ぎないが。
生まれて初めての完全なる敗北感を味わい、あの時期俺は妙な虚無感に囚われていた。今この場に姉が居れば過度に心配をかけただろう。
あの時どうすれば勝てたのか。いや本当に勝てたのか?そんな事を考えながら当てもなくブラブラする日が何日か続いた。
そんなある日の事である。
何をするでもなく街中を歩きまわっていた時、大通りから外れた小道から声が聴こえてきた。
「いいじゃんか。ちょっと俺達と遊ぼうぜ~?」
絵に描いたようなナンパだ。学生らしき女の子に言い寄っている。人目のつかないところでやってるあたり質が悪い。
いくら冷めていたとはいえ、こんな露骨な悪行を見逃がせるわけは無かった。
声をかけ不良たちの視線を集める。
幸い奴等は皆デュエリストのようだ。デュエリストならばカードで対抗する事ができる。
…しかし何から何まで上手くいくとは限らない。問題は数だ。
連中は全部で3人。デュエルの腕に自信があるとはいっても、3対1で勝つのは非常に難しい。
更にこの手の連中の事だ。彼女を人質にしてくることも十分に考えられる。
首を突っ込んでいておいて難だが状況はあまりよろしくない。
頭の中で考えを巡らせていたところで彼女が動いた。
一瞬の隙をついて身体をこちら側に翻したのだ。
良し、これで人質に取られることはなくなる。なんなら一気に逃げてしまってもいい。
そんなことを思った矢先、ここで予想外の動きがあった。
彼女がデュエルディスクを構えたのだ。
俺と2人で3人を相手に戦おうとしているらしい。
「相手は3人だぞ…?大丈夫か?」
「『大丈夫』と信じれば『大丈夫』はやってくるのです!きっと大丈夫!デュエルには自信あるから!」
「なんだそれ…。」
素直に逃げればいいのに……と少し呆れたところで俺は漸く気づいた。
彼女こそ、大会で俺を負かしたあの時の対戦相手その人だった。
~~~ ~~~ ~~~ ~~~ ~~~ ~~~
美羽「うわぁ、やっぱりできたばかりだから綺麗だねぇ。」
遊路「あぁ、随分前から長い時間かけて建てられただけあるな。」
二人は目の前に建つ建造物の大きさに改めて目を丸くする。
建物だけでなく、その周辺に設置された植え込みや噴水。そしてドラゴンを模した石像等、中に入る前からその存在感は圧巻であり、心を躍らせる。
入り口前に設置されている看板に記された名前を美羽が読み上げる。
美羽「ShinTokyo-Duelist Museum(シントーキョー・デュエリストミュージアム)かぁ…!」
美羽「こんなところで授賞式なんて本当に夢みたい…。」
遊路「夢じゃないさ。だからここにいるんだろ?」
美羽「うん。でもまだ実感湧かなくて…緊張するなぁ。」
遊路「おいおい、本番は明日だぞ?」
美羽「それは分かってるけどぉ……。」
遊路「大丈夫、俺も一緒なんだ。美羽はいつもどおり可愛い美羽でいればいいんだよ。」
少しだけ不安げになる美羽の頭を撫でながら遊路は優しく諭す。
美羽「うん…//ありがと遊路。」
ShinTokyo-Duelist Museum(シントーキョー・デュエリストミュージアム)
つい最近完成したばかりの大型美術館である。
その特徴は何と言ってもデュエルに関する展示専用の美術館というところである。
歴史あるプレミアカード、カードイラストの原画、初期型のデュエルディスク等デュエリストであれば誰しも目を輝かせるであろう展示品が数多く並んでいる。
?「あぁ!風峰プロ、Luciaさん!ご足労ありがとうございます!」
?「只今会議室の方にご案内しますので。」
エントランスホールに入ったところで一人の男性スタッフが姿を見せた。
美術館という場所には少し似つかわしくないような青年であり、見た目や喋り方からは軽い印象を受ける。
齢の程は遊路等とそんなに変わらないように見えるが、ゲストである自分等の事を任されているあたり意外としっかりしているのかもしれない。
?「あっと…!自分、当館のスタッフやってます『桜庭 瑛路(さくらば えいじ)』といいます。」
遊路「ご丁寧にどうも。風峰です。こっちは…」
桜庭「あぁ~っと大丈夫です!お二人の事はしっかり存じ上げてますから!」
会議室までの道程を歩きながら、彼は嬉々として語り出した。
桜庭「風峰遊路プロ。デュエリンピックV2覇者にして世界デュエル機関・WDOの日本支部特別顧問。この国で貴方を知らない人はいません!」
遊路「はは、恐縮です。」
桜庭「そしてその奥方のLuciaこと風峰美羽さん。若くしてカードデザイナーとして花開いた業界期待の星!今特に注目されているカードデザイナーの一人!
あ、最優秀カテゴリ賞おめでとうございます!」
美羽「あ、ありがとうございます。」
桜庭「あぁ~っと!!実は自分滅茶苦茶ファンでして!!後で1枚サインなんか貰っちゃったりなんかできたりなんかしちゃいませんかね?」
美羽「え、えぇいいですよ。」
桜庭「本当ですか!!ありがとうございます!」
桜庭「いや自分もイラストが好きでここで働いた口でしてね~。今回のS・HEROも良いんですが、個人的にはアレ大好きなんですよ!幻麗華団!!」
遊路(よく喋る人だな…。)
有名人相手にテンションが上がり、マシンガントークを繰り広げる桜庭に苦笑してる間に会議室へと辿り着いた。
桜庭「っと、只今館長を呼んできますんで。こちらでお待ちください。」
遊路「はい。」
促され二人は席に着く。
美羽「でも美術館で授賞式ってのも珍しいよね。」
遊路「美術館って言ってもここは特別デカいからな。イベントホールやらデュエルフィールド設備まであるなんて、もう美術館の枠を越えてるよ。」
美羽「本当にね…。」
遊路「此処の運営、WDOも一枚噛んでるからな、外国人観光客なんかも取り入れられるよう半ば強引に色々詰め込んだらしい。」
二人は改めて施設の大きさに感服する。
そして明日この施設で大勢の人の前に立つ事になっているのだ。
遊路は仕事柄この手の事は慣れているが、元々引っ込み思案で人前に立つ事は多くない美羽は緊張を隠せないようだ。
?「失礼します。」
会議室に一人の女性が入る。
黒いスーツに眼鏡、落ち着いたボブカットの髪型。先程とは打って変わって地味めな印象だが、よく見ると目鼻立ちは整っている美人な女性だった。
「おはようございます。私、当館の館長を務めさせて頂いております。『浜池 レオナ(はまいけ れおな)』と申します。」
落ち着いた雰囲気の女性。歳は遊路達よりは上だろうが館長というにはかなり若く見える。
遊路「えっ…?」
丁寧なお辞儀を終え顔を上げたその瞬間、遊路の脳裏に電流が流れたかのような衝撃が走る。
自分でも驚くくらい物凄く自然にその言葉は発せられた。
遊路「あの……!」
美羽「おはようございます。……遊路?」
遊路「以前、どこかで逢った事………ありませんか?」
浜池「えっ…?」
美羽「ええっ!?」
唐突な遊路の発言に美羽は目を丸くする。
それもそのはず、普段はフランクに話す事が多い遊路とはいえ、一応公的な場であるこの状況で開口一番に発する言葉としてはかなり異質だ。
しかもこの台詞、昨今ドラマでも使われないレベルのコテコテの殺し文句である。
例え文字通りの意味だったとしても挨拶すら済んでいないままに配偶者の目の前で初対面(と思われる)の女性に唐突に口走るのはやはり非常識と言わざるを得ない。
浜池「……………。」
言葉を受けて一瞬だけ悲しそうな顔を見せた…ような気がしたのは気のせいだろうか。等と思いを巡らせた後、
浜池館長は直ぐに大人びた笑顔を見せると動じる事も無くこう返した。
浜池「いいえ、風峰プロとお会いするのは初めてですよ。貴方程の有名人と逢っていたら忘れる筈ありませんもの。」
美羽(ちょっと遊路…!!)
遊路「えっ…あぁ!すいません急に!」
浜池「いえ、風峰プロ流のリップサービスなんて光栄ですわ。」
社交辞令や冗談の類と思われたのか、浜池館長は特に取り乱すでもなく返す。
遊路(変な事口走ってしまった…優しそうな人で助かったな…。)
美羽(ほっ……。)
浜池「では早速ですが、明日の授賞式の打ち合わせを始めさせて頂きます。…といっても簡単な手順の確認だけですが。」
遊路「はい。宜しくお願いします。」
その後、何事も無く打ち合わせは進み、二人は帰路についた。
--- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
美羽(ジトー)
帰り道。といっても今日に関しては足を向ける先は魅河荘。
遊路の傍らを歩く美羽の表情はやや訝しげである。
その理由は言うまでもない。
遊路「えーっと…美羽?」
美羽「以前どこかで逢った事ありませんか~?ね。」
遊路「あの、悪かった。あれは本当に変な意味じゃなくてだな…。」
美羽「…あの人指輪してたから多分既婚者だよ。」
遊路「いやいやナンパした訳じゃくて!」
美羽「ムゥー」
遊路「信じてくれ頼む。」
美羽「…信じてるけどぉ。」
遊路「場所も弁えず変な事口走りました。ごめんなさい。このとおり。」
美羽の前を遮るように立つと深々と頭を下げる。
美羽「もういいよ。遊路がそんな人じゃないって分かってるから。」
遊路「すまない。」
美羽「…遊月さんには内緒にしといてあげる。」
遊路「…面目ない。」
愛妻の海より広い心に感謝する。
美羽「でもどこかで逢った事って…遊路なら偉い人に会う機会なんていくらでもあるんじゃない?」
遊路「うーん……ただなんというか、ここ最近じゃなくて、もっとずっと昔に会ったような、そんな気がするんだよな。」
美羽「館長さんは初めてだって言ってたけど。」
遊路「もしかしたらなんかの勘違いかもしれないな。悪い、もう忘れる事にする。」
そんな話をしている内に、遊路のもう一人の妻『風峰 遊月』が寮母を務めるアパート『魅河荘』に到着する。
遊路「そんな事より今夜は……」
遊路はアパートの扉を大きく開け放った。
パアアアァァァン!!!
そして幾つもの火薬が弾ける音と共に、二人の頭上から色とりどりのテープが降り注ぐ。
遊路「お祝いパーティだ!」
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勝彦「いや~めでたい!おめでとう美羽ちゃん!」
美羽「ありがとうございます。」
勝彦「流石は遊路君の嫁さんだ!いやしかし最優秀カテゴリ賞とはなぁ!」
魅河荘の食堂は小さなパーティ会場となっていた。ニューサニーアップ事務所のメンバーや魅河荘の住人達。勿論風峰家の家族も集まっている。
遊月「美羽様、遊路様。改めておめでとうございます。」
大和「おめでとーございます!」
遊路と遊月の子、大和も母親に倣って賞賛の言葉を送る。
遊路「ありがとな。けど今回俺はただのおまけだ。目一杯美羽を祝ってやってくれ。」
千代「かぁ~!謙虚だねぇ!アンタも見習いよ!」
遊路「あ、女将さん、カレーの方はどうなってます?」
千代「ちゃ~んと全部温めてあるよ!しっかし凄いわねぇ。あんな沢山作っちまうなんて。」
遊路「いや最初は甘いのと辛いのの二種類だけのつもりだったんですけど、作ってる内に熱くなっちゃって……」
遊月「ふふ、遊路様らしいです。」
グレート「うむ!食事を作るにも全力をつくす!それでこそ少年だ!」
千代「サラダもた~んと用意したからね。」
遊路「よし!皆待たせた!風峰遊路特製カレー、好きなだけ食べてってくれ!」
食堂が歓声に包まれる。
概要としては、カードデザインで賞をとった美羽のお祝いパーティなのだが、パーティに向けて気合いを入れまくった遊路が、
大鍋五つ分(五種類)ものカレーを作ってしまった為、実質カレーパーティになっている。
しかし遊路の料理スキルは調理師免許を持つ料理人等と比較しても遜色無いレベルの為、その事に歓喜の声を上げたものも多く、
現に今も待ってましたと言わんばかりに何人かが自身の分をよそりに行った。
仮に大量のカレーを余らせてしまった場合、後々面倒なので招待する人数を増やしたりしたのだが、このペースなら案外あっという間に空っぽになるかもしれない。
遊季都「すみません。僕たちまで呼んでもらって…。」
皆がカレーに手をつけ始めた頃、赤崎遊季都を始めとする「チャレンジャーZ」の三人が挨拶にやってくる。やや申し訳なさげな遊季都、
いつも通り堂々とした梓、そして盛雄は緊張しているのか大きな身体をやや縮こませている。
梓「お招き頂きありがとうございます。」
盛雄「お、お邪魔してますだ。」
美羽「気にしないで。やっぱりこういうパーティは大勢いた方が楽しいから。」
遊路「それに見てのとおり中々に作りすぎててな。出来は良い筈だから遠慮無く食っていいぞ。」
詩音「…だからって鍋五つは作りすぎだっての。」
小飛「おぉ!このカレーなんか不思議な色してるアル!」
心愛「先生。お疲れ様です。」
遊路「あぁ。皆もありがとな。」
続いて遊路直属の弟子達でありニューサニーアップ事務所の所属チーム「クイーンフォース」の面々。因みにシャオは既にカレー皿を持っている。
遊路「ほら食え食え。早くしないと無くなっちまうぞ。」
詩音「あんだけ大量にあんのにそんな直ぐ無くなるかっての。」
遊路「安心しろ詩音。ちゃんと辛いの駄目な人も食べられるように甘口カレーも作ったからな。」
詩音「なっ…!おいコラ屑コーチ……誰のこと言ってやがる!?」
遊路「別に詩音のことなんて一言も言ってないぞぉ?…あ、詩音は辛いの大丈夫なのか?」
わざとらしくやや煽り気味に言う遊路。当然黙っている詩音ではない。
詩音「ったりめえだろ馬鹿にしてんじゃねえぞ!辛口でも激辛でも何でも食ってやろうじゃねえか!」
小飛「食べてみるアルか?」
詩音「へっ?」
小飛「これ辛口注意って書いてたやつアル。」
遊路「あぁそれな。ちょっと珍しい香辛料が手に入ったから作ってみたんだ。ピリッと辛いんだけど良い味を出すんだよなこれが。」
遊路「因みにそれが一番辛いやつだから食えたら他は全部余裕だと思うぞ。」
小飛「アーン。」
返事を聞かぬまま一口分を詩音の口元へと差し出す。
詩音「…………。」
小飛「?」
詩音「こ、こんなの余裕だっての!!」
詩音「っはむ!」
詩音はやや間を置いて差し出されたスプーンにかぶりついた。
詩音「…………う」
遊路「お?美味いか?そうだろそうだろ。実は今回の自信作でな……」
詩音「…………は、」
小飛「は??」
モゴモゴと口内を動かしその一口を飲み込んだ後、詩音は…
詩音「はらひはらひはらひはらひはらひいいい!!ふふほーひのはほおおおおおお!!!」
天をも焦がす灼熱の炎を吹き出しながら駆け出した。
盛雄「なななんだぁ!!?」
小飛「おおぉ!シャオあれ知ってるアル!ホルスの黒炎竜アル!!レベル8のやつアル!!」
遊季都「い、今確かに炎が……」
ラズベリー【えぇ!?アタシはなんもしてないよ!?】
心愛「いや…燃えちゃう!!燃えちゃう燃えちゃう!また全部燃えちゃう!!!」
遊路「落ち着け心愛!今のは幻だ!詩音のリアクションが産み出した幻想なんだ!何も燃えてはいない!」
梓(リアクションって凄いんですのね…。)
美羽「大丈夫かなぁ……」
目の前で繰り広げられたとんでもない光景(幻)に各々が驚く中、ピッチャーから直に水を一気飲みした詩音は鬼の形相で舞い戻る。
詩音「屑コーチてめえざっけんじゃねえぞ!!あんな辛ぇの人間が食えるわけねえだろ!!!」
口元のヒリヒリを気にしつつ更に言葉を畳み掛ける。
詩音「あぁ!?シャオてめぇさてはグルだな!?お前ら二人してアタシを嵌めやがったなぁ!!」
小飛「なんの話アルか?」
シャオは首を傾げ二つの大きな髪束を揺らすと、そのまま何事も無かったかのように、先程のカレーをパクリと食べ始める。
小飛「う~んちょっと辛口だけどシャオにはこのくらいが丁度良いネ!故郷の激辛料理を思い出すアルよ~。心愛も食べてみるヨロシ。」
心愛「はふっ!確かに結構辛いですね……でもなんだか独特な苦味があって美味しい…!」
勝彦「ほぉ~こりゃたまげた。お高い洋食屋みたいな味だ!こりゃ美味い。」
穂香「はふはふ……すんげぇ、こったらうめえカレーさ初めてだぁ…はふはふ…!」
龍美「ほのちゃん方言出てる出てる。……でも流石は遊路ちゃんねぇ。ま!?これはもしかして赤ワインかしらん♪ちょっぴりオトナなお・あ・じ♪」
詩音「…………」
遊路「あー……その、詩音?」
一般家庭のそれではまず使われないであろう珍しいスパイスという言葉に惹かれ、初めに最辛カレーに手を伸ばした面々は、
やや大人向けで上品な味付けに舌鼓を打っていた。当然ながら炎を吹く者は詩音を除いて一人として居ない。
己の味覚(厳密にいえば痛覚だが)の幼稚さを堂々とさらしてしまった詩音の顔が、カレーの辛さとは別の理由で赤く染まっていく。
詩音「~~~~~!!うっせバーカ!バーカバーカ!アホコーチ~!!」
子供のような罵詈雑言を捨て台詞に、詩音は食堂の外に走り去って行った。
遊季都「詩音先輩……泣いてたような…。」
美羽「遊路ぃ…あんまり詩音ちゃん虐めちゃ駄目だよ?」
遊路「いやまぁ今回は俺が悪かった……まさかあそこまでとは…。」
少し可哀想な事をしたなと反省する遊路だった。
--- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
マリア「お待たせしました~!香草たっぷりチキンカレーで~す!」
千春「まぁ良い香り…!」
マリア「まだまだ沢山ありますよ~!」
手慣れた様子で押し売りの如く配膳していく小さなメイドに遊路は労いの声をかける。
遊路「ありがとなマリア。…けど今は仕事じゃないんだしそんなに根詰めて働かなくても。」
マリア「いえいえ先生!好きでやってる事ですから。」
遊路「そうか?あまり無理は…」
龍美「遊路ちゃ~ん!!ちょっとちょっと!こっち来てん!」
遊路「ん?はい!今行きま~す!…そんじゃ、ゆっくりしていってな。マリアもちゃんと食べるんだぞ。」
マリア「はい!」
数人と盛り上がっていたジョセフィーヌに呼ばれ、遊路はその場を後にする。
遊季都(やっぱり凄いな…風峰プロ。)
ラズベリー【遊季都君も沢山彼女できるといいね~】
遊季都(そういうことじゃないって!!)
マリア「あ、皆さんもおかわりいかがですか?」
遊季都「あっと、僕はもう大丈夫です。」
梓「私も……少々食べ過ぎてしまったので。」
マリア「チキンカレーとっても美味しいですよ。」
盛雄「じゃ、じゃああと一杯だけ貰おうかな…。」
笑顔を崩さないままマリアはよそったカレーを差し出す。
マリア「はい!ではも~っと美味しくなるおまじないを……」
盛雄「だだっだ大丈夫だぁ!このままでも十分美味しそうだから大丈夫だあぁ!これ以上美味しくなって頬っぺた落っこちたら大変だから大丈夫だああぁ!!」
マリア「そうですか…。ではごゆっくり~」
なんの躊躇もなく覗き込んでくるキュートな瞳と『おまじない』という単語のダブルパンチの恥ずかしさに耐えかね、
よく分からない理屈でマリアを突っぱねる。
微妙に居心地が悪くなった盛雄は、照れ隠しに無理矢理話の種を撒き始める。
盛雄「そ、そういやぁオイラずっと気になってたんだけど、明日の式って一体どんなもんなんだ?」
盛雄「今更こんなこと言うのもあれだけど……実はオイラどんな賞なのかもよく分かってなくて…。」
ラズベリー【あ~!アタシもアタシも~!】
遊季都「明日の授賞式の事ですか?」
ラズベリー【遊季都君たら雑誌のピンナップに夢中で全然教えてくんないんだも~ん!】
遊季都(ちょっと!?あの雑誌にそんなページ無かったでしょ!!?)
ラズベリー【にゅふふ~♪冗談だよ~】
梓「賞の事でしたら……確かにこちらに詳しく…。」
梓はどこからか雑誌を取り出しその中からとある一頁を開く。
因みにこの雑誌はカードイラストについての情報誌である。梓も遊季都と同様の物を購入していたようだ。
遊季都「デュエルモンスターズ・カテゴリアワード…でしたよね。」
盛雄「カテゴリアワード…かぁ。」
梓「簡単言うとモンスターカテゴリのデザインに関する賞の授賞式ですわ。」
遊季都「何年か前に設立されて、毎年やってるそうなんです。僕も最近知ったんですけどね。」
梓「今回風峰プロの奥様美羽さんが受賞されたのが、最上位の『最優秀カテゴリ賞』。毎年二名しか選ばれないとても栄誉ある賞ですわ。」
盛雄「はぇ~たったの二人!すっげえなぁ。」
遊季都「そしてその受賞カテゴリが、この前New Duelyで見た『S・HERO』なんです。」
盛雄「あの時竹子が戦ってたロボットのやつかぁ。」
梓「思い返してみれば、シンプルながらとても鮮麗されたデザインでしたね。」
美羽「うーん、今回はそれだけが理由じゃなさそうなんだけどね。」
盛雄「あっ…」
梓「美羽さん。」
いつの間にか後ろにいた美羽に話しかけられ、三人は少し驚く。
美羽「あ、ごめんね急に入って来ちゃって。」
遊季都「いえ全然。」
梓「それだけではないとは…どういうことですの?」
梓の問いに美羽は恐縮気味に語り出す。
美羽「このカテゴリアワードってね、デザイン性や人気は勿論なんだけど、それ以外にも『社会的影響の高さ』みたいな物も審査基準に入ってるらしいんだ。」
遊季都「社会的影響…ですか?」
美羽「そう。例えば以前人気の高い天使族のカテゴリが出た影響で、天使が出てくる映画やアニメが流行ったなんて時期があったんだよね。」
遊季都「そういえば…。」
梓「それが社会的影響力ですのね。…S・HEROにもそれが?」
美羽「うん。S・HEROって元々うちの雛里がお絵描きしてたロボットがモチーフなんだけど、」
遊季都「そうなんですか!?」
盛雄「す、すげぇなぁ。」
美羽「大和もすっごく喜んでくれてね、カードになったら絶対このデッキ使うって張り切ってたの。あの娘もロボット大好きだから。」
梓「言うなれば妹とお母様の合作ですからね。素晴らしいですわ…!」
美羽「その頃から本格的にデュエルのお勉強を始めたんだけど…これが大苦戦で。」
遊季都「えっ!?」
予想外の言葉を聞いて遊季都は驚く。大会を幾つも制したあの風峰プロの娘なのだ。血統というものを絶対的に信じているわけではないが、
子供大会であれだけの力を見せていたのを見たこともあり、大和がデュエルの勉強に苦戦していたという事実は少々意外だった。
美羽「といっても何もおかしい事じゃないんだ。そもそもやっと読み書きができたばかりだったんだから。」
梓「それは確かに…ですわね。」
盛雄「竹子もすげえ頑張ってたからなぁ。」
初めから完璧な人間など存在しない。どんな天才や秀才も赤子の頃からその力を発揮できたわけではない。
遊路は勿論の事、大和とて例外ではないのだ。更に言えば子供の成長というというのは著しく早い。
20歳と21歳の違いと4歳と5歳の違いは桁外れであり、小さな子供にとっての一年は凄まじく大きいのだ。
他人より少し早く勉強を始めるというのは、子供にはかなり難しいことなのかもしれない。
美羽「遊路の真似して色んなカードで遊んでたんだけどやっぱり大変だったみたいで。ほら『機械複製術』なんて小さな子に言っても分からないでしょ?」
三人は先程までよりもより興味深げに耳を傾ける。
美羽「だから小さな子供にも優しいカードがあったら便利だね…って遊路達と話してたら、なんかいつの間にか話が大きくなっていって、
気が付いたら公式に作られる事になっちゃったの。」
美羽「その時にできたのがS・HEROなんだ。」
遊季都「そんな背景が…。」
盛雄「あ!表紙に書いてるぞぉ!『業界初の試み、子供向けカテゴリ』って。」
遊季都「成程…そういう部分も評価されたという事ですね。」
梓「そういえばこれを機に他でも特定の年齢層を意識したカードの製作が行われていると聞いたことがあります。確かに社会的影響は大きいと言えますわね。受賞も納得ですわ…!」
美羽「あはは…それで一応発案者だからって私がパイオニアみたくなったんだけど…。私一人の力じゃないし、遊路やその他の沢山の人達の協力あっての事だから、
私一人こんな凄い賞貰っちゃうのはちょっと恐れ多いんだけどね。」
梓「そんなことありませんわ。他でもない美羽さんが居たからこそ生まれたものだと私は思います。もっと胸を張られても誰も文句は言いませんわ。」
遊季都「僕もそう思います。」
盛雄「オ、オイラも…!」
美羽「ありがとう皆。遊路と同じ事言ってくれるんだね。」
心の底から感謝の言葉を送る。
盛雄「あれ?」
遊季都「どうかしました?」
盛雄「あ、あぁ。明日の受賞式って風峰プロがデュエルするって聞いたんだけど…。どういう事なんだぁ?」
盛雄は新たな疑問を投げかける。
先程の話からも分かるように、最優秀カテゴリ賞を受賞したのは美羽の作ったカード群であり遊路ではない。
にも拘わらず遊路が授賞式に出席し更にデュエルまで行うという。一体何のために誰と戦うというのか。
疑問を受けて梓は丁寧に答え始める。
梓「先程、最優秀カテゴリ賞は二名選出されると言いましたよね。」
盛雄「あぁ。」
梓「カテゴリアワードの授賞式では、最優秀カテゴリ賞に選ばれた二つのカテゴリでエキシビションマッチを行うのが恒例なんですの。」
遊季都「今年は風峰プロがS・HEROを使って戦うんです。」
盛雄「へぇ…!それでなのかぁ。んん?そのカテゴリで戦うデュエリストってどうやって決められるんだぁ…?」
美羽「アワードの団体側が選んだデュエリストに直接オファーが来るの。大体の場合そのカテゴリを使う有名デュエリストとかプロが多いかな。
デザイナーがデュエリストだったりすると作った本人が出る事もあるけど。」
遊季都「あれ?でも確か美羽さんも…」
美羽「うん。一応私もデュエルは出来るんだけど……ほら、遊路が出た方が色々と都合が良いみたいで。」
確かに様々な理由で今や時の人となっている遊路なら話題性的にも申し分ないだろう。
受賞者である美羽の配偶者なら選出者としても無理が無い。
美羽「遊路はあまりそういうの好きじゃないんだけど、一応上にWDOも関わってるからあまり無下にもできなくて。」
美羽「あと子供用に作られたカテゴリだから、メインで使っているプロが中々いないっていうのもあるんだけどね。」
美羽「私としては大勢の人の前でのデュエルなんてガチガチに緊張しちゃいそうであまり気が乗らないからそっちの方が助かるんだけどね。」
金や名声といったものよりも「そのデュエルを行う意味」を重要視する遊路にとって、
あくまでデザイナー達が主役である授賞式に引き出され客寄せパンダのようにデュエルさせられるのは喜ばしい事ではない。
遊路としても始めは美羽本人がエキシビションマッチに立つよう勧めていたという。
自身の信念や大切な人の為になら上司に喧嘩を売る事も辞さない遊路だが、
今回に関しては、
『遊路の選出によって、授賞式の本質的意味や伝統を阻害する事はないこと。』
『あくまで受賞カテゴリカードの披露が目的であり、誰が使うかではなく何を使うかの方が大事であること。』
『美羽自身はエキシビションマッチに乗り気でないこと』
の三点から渋々了承したのだという。当然引き受けた以上は全力で取り組むとの事だが。
盛雄「成程なぁ~。」
遊季都(風峰プロらしいな…。)
盛雄「そんで対戦相手はどんなデッキなんだぁ?」
梓「もう一つの受賞カテゴリは…。天才若手デザイナー『みねこ』作『メルティスケイル』…と云うそうです。」
ラズベリー【『メルティスケイル』かぁ…なんか格好良い名前だね。】
盛雄「うーん…オイラそのメルティなんとかってデッキ、聞いたことねえんだけど…有名なのか?」
梓「確かに聞き覚えがありませんわね。」
美羽「あぁそれはね。メルティスケイルってちょっと色々事情があって日本での発売が遅れてるの。だから知らないのも無理ないと思うよ。」
ラズベリー【事情って…なんだろね?】
遊季都(さぁ……。)
盛雄「そっちも凄そうだなぁ。じゃあ風峰プロはそのデザイナーの人と戦うってことかぁ?」
美羽「ううん。みねこちゃんはデュエリストじゃないから、」
梓「もう一人の受賞者の方の事ご存知なのですか?」
美羽「うん。何度かお仕事で一緒になったことがあって。確か歳も皆より一つか二つ上くらいじゃないかなぁ。」
盛雄「えぇ!?」
遊季都「若手って…まだ学生なんですか!?」
美羽「そうだったんだけど、お仕事に専念する為に中退したって言ってたよ。確か前までフィーリスに居たんじゃなかったな。」
梓「フィーリスって…国立フィーリス女学園!?」
盛雄「ってことはお嬢様なのかぁ!?」
遊季都「あの名門校を中退するなんて、凄いデザイナーなんですね。」
美羽「本人はお勉強が嫌だから~とか言ってたけどね…。」
遊季都「じゃあ風峰プロの対戦相手は…」
美羽「私も詳しくは知らないけどプロデュエリストの人らしいよ。なんでもずっと海外に行ってて最近帰ってきたみたい。」
梓「プロデュエリスト『三宅 蘭次郎(みやけ らんじろう)』…アジアの強豪達を荒らしてきた男…と書いてます。」
梓「外国の大会の決勝で『メルティスケイル』デッキを使っていた事が選出理由のようですね。」
盛雄「海外じゃメジャーなのかなぁ…?」
遊季都「相手にとっては使い慣れているデッキってことですね…。」
ラズベリー【えーそれって大丈夫なの?こっちは自分のデッキじゃないんでしょ?】
圧倒的実力を持つ遊路とて、使い慣れていないデッキで戦うのは間違いなく大きなハンデとなるに違いない。
美羽「でも大丈夫、絶対勝つよ!なんたって遊路だもん!」
美羽は遊路への全幅の信頼と期待を笑顔と共に見せた。
美羽「皆は明日見に来てくれるんだよね。」
遊季都「はい。風峰プロが席を用意してくれて。」
美羽「じゃあしっかり見ていってあげて。きっと凄いデュエル見せてくれるから。」
チャレンジャーZの3人は明日のイベント内容を再確認すると共に、エキシビションマッチに思いを馳せる。
自身の家族が作ったカードを操る風峰遊路。世界で活躍しているというプロが使う、まだ見ぬカテゴリデッキ。
その二人がどのような戦いを見せるのか。公式試合でなくともその期待は十分に膨らんだ。
このエキシビションマッチが思いもよらぬ結末を迎える事を、この時の彼等は誰も知らない。
因みに部屋を飛び出した詩音は、心愛に宥められながら直ぐに食堂に戻ってきており、隅っこで甘口カレーを頬張っていたという。
心愛「美味しいですね先輩。」
詩音「…まぁ不味くはねーんじゃねーの?」モグモグ
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118 | 【DAY1】カゼミネとカレー | 996 | 4 | 2019-06-24 | - | |
72 | 【DAY2】カゼミネと開戦 | 830 | 4 | 2019-07-16 | - | |
62 | 【DAY2】カゼミネと解答 | 607 | 4 | 2019-07-30 | - | |
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それにしても美羽のデザイナーネームやちょっとしか出てないマリアとか細かいところまで拾ってくれているのは流石です。 (2019-06-24 18:10)
改めてDDを何度か読み返して色々拾ってみました。(多少強引な部分もあるかもですが…)大小問わず齟齬が出てきたらすみません。
時間はかかりそうですが、暖かく見守って頂けると嬉しいです。 (2019-06-24 18:30)
遊路君は相変わらずの大物っぷりですね。エキシビションマッチを受けるまでの経緯に家族の絆を感じます。
あの頃の話も後々詳細が明かされることだと思いますが、メルティスケイル対S・HEROがどんな戦いになるのかを楽しみに待ってます。 (2019-06-26 23:51)
なんとからしさを出したかったというところがありますが、良い感じに纏まりましたかね…。
あの頃の話は暫くワケワカメだと思うのでなんとなく読んでいただければと思います。 (2019-06-27 10:42)